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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
158/197

旅は続く

静寂が戻る。


先程までの喧騒が嘘のようだった。


林の中には風の音だけが流れている。


倒れた野盗達。


血の匂い。


そして。


焚き火の残り火。


その中で。


ミーナはすぐにザインの元へ駆け寄った。


「見せて」


補給班長だった頃の顔だった。


ザインも素直に肩を見せる。


矢が掠めた部分。


服は裂けている。


血も流れていた。


だが。


ミーナは傷を見るなり安堵の息を吐いた。


「よかった」


「浅い」


傷口を確認する。


矢尻は掠めただけ。


筋肉を少し削った程度だ。


「大した傷じゃないよ」


ザインもほっとする。


「そうですか」


「うん」


ミーナは収納していた医療道具を取り出す。


小さな陶器の容器。


中には薬草から作られた塗り薬が入っていた。


蓋を開ける。


独特の匂いが漂う。


「少し染みるからね」


「分かりました」


そして。


傷口へ塗り込む。


ぐりぐり。


遠慮は無い。


「いっ――」


ザインの肩が跳ねる。


「アテテテテテ……」


思わず声が漏れる。


ミーナは手を止めない。


「我慢」


「染みます……」


「効いてる証拠」


即答だった。


さらに塗る。


「アテテテ……」


「じっとして」


「はい……」


しょんぼりした声だった。


その様子に。


フィリスが少しだけ口元を緩める。


先程まで戦闘だったとは思えない光景だった。


だが。


全員が気を抜いている訳ではない。


少し離れた場所では。


アリアが短弓を持ったまま周囲を見ている。


蒼い瞳は暗闇を警戒していた。


木々の間。


街道の方向。


野盗の仲間がいないか。


まだ探っている。


そして。


グリムヴァルドも同じだった。


杖を持ったまま立っている。


探知魔術を再展開していた。


周囲の気配を探る。


もし他に敵がいるなら。


すぐ分かるように。


焚き火の明かりの中。


ミーナだけがいつも通りだった。


傷へ薬を塗り終える。


そして。


満足そうに頷いた。


「これで大丈夫」


ザインも小さく息を吐く。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


ミーナは笑う。


その一方で。


アリアとグリムヴァルドはまだ警戒を解かない。


夜は長い。


そして。


街道の旅に絶対の安全など存在しないのだから。


ミーナが薬を塗り終える。


ザインは肩を回してみる。


少し痛む。


だが。


戦えない程ではない。


「無理しないでね」


「はい」


ザインは素直に頷いた。


その様子を見ていたグリムヴァルドは。


静かに息を吐く。


探知魔術は維持したまま。


周囲に敵がいない事を確認する。


そして。


少し離れた場所で警戒を続けているアリアへ声をかけた。


「アリア」


「何?」


アリアは視線を森へ向けたまま答える。


弓はまだ手放していない。


グリムヴァルドは焚き火の傍に座るザインを見る。


肩には応急処置。


服にはまだ血が残っている。


軽傷だ。


だが。


怪我は怪我だった。


しばらく沈黙した後。


ぽつりと呟く。


「お主らが来てくれて良かったのかもしれんな」


アリアが振り返る。


少し意外そうな顔だった。


グリムヴァルドがそんな事を口にするのは珍しい。


「珍しい事言うじゃない」


アリアが言う。


グリムヴァルドは肩を竦めた。


そして。


ザインを見る。


「私は魔術師だ」


「近付かれる前に仕留める事は出来る」


「だが」


そこで言葉を切る。


「近付かれた後は万能ではない」


静かな声だった。


「今回もそうだ」


「ザインに怪我をさせた」


軽傷。


それは事実だ。


だが。


グリムヴァルドにとっては違った。


守るべき相手が傷付いた。


その結果だけが残る。


アリアは少し考える。


そして。


ザインを見る。


当の本人はミーナに包帯を巻かれていた。


「痛いです」


「当たり前でしょ」


「優しくしてください」


「嫌です」


そんなやり取りをしている。


アリアは思わず小さく笑った。


「大丈夫よ」


蒼い瞳が少し柔らかくなる。


「ザインは思ったより丈夫だから」


「おい」


ザインが不満そうな声を上げる。


ミーナは笑いを堪えている。


アリアは続けた。


「それに」


「私達がいるでしょ」


短い言葉だった。


だが。


それだけで十分だった。


グリムヴァルドはしばらく黙っていた。


そして。


小さく頷く。


「そうだな」


焚き火がぱちりと音を立てる。


その光の中。


ザインは包帯を巻かれながら首を傾げていた。


本人だけが。


何故そんな話になっているのか。


よく分かっていないようだった。


野盗達の亡骸をそのままに。


一行は手早く野営地を片付けた。


焚き火の跡を消す。


荷物を纏める。


そして。


再び街道へ戻る。


夜はまだ深い。


だが。


この場に留まる理由も無かった。


しばらく歩く。


やがて。


街道脇にそれは残されていた。


野盗達が乗ってきた馬車だった。


馬も繋がれたまま。


逃げていない。


「おお」


ミーナが目を丸くする。


「残ってる」


「残ってるな」


グリムヴァルドも頷く。


馬は少し怯えていたが。


暴れてはいない。


御者を失い。


ただその場に取り残されていた。


グリムヴァルドは顎へ手を当てる。


そして。


何かを考えた後。


「折角だ」


そう言った。


「使わせてもらおう」


次の瞬間。


御者台へ飛び乗る。


あまりにも自然だった。


「使うんですか?」


フィリスが尋ねる。


「使う」


即答だった。


「徒歩より楽だ」


それはそうだった。


誰も反論出来ない。


グリムヴァルドは手綱を確認する。


馬の状態を見る。


問題無し。


「よし」


満足そうに頷いた。


その間。


ミーナ達は荷台を調べる。


ギィ。


扉が開く。


中は薄暗い。


そして。


思った通りだった。


古びた剣。


欠けた斧。


錆びた槍。


野盗達が使っていたのであろう武器が積まれている。


他にも。


干し肉。


乾パン。


多少の保存食。


樽入りの水。


旅に使えそうな物も残っていた。


ミーナが剣を一本持ち上げる。


「どうします?」


すると。


御者台から即座に返事が飛んできた。


「武器は捨てろ」


グリムヴァルドだった。


「持っていても重いだけだ」


「売れるかもしれませんよ?」


フィリスが言う。


だが。


グリムヴァルドは首を振る。


「錆びている」


「野盗の武器だ」


「面倒事の種になる」


実にグリムヴァルドらしい判断だった。


使えない。


危険。


なら捨てる。


それだけだった。


「はーい」


ミーナが返事をする。


そして。


古びた剣を持つ。


ぽい。


街道脇へ投げる。


続いて斧。


ぽい。


槍。


ぽい。


どんどん捨てていく。


「雑だな……」


ザインが思わず呟く。


「だって要らないし」


ミーナは気にしない。


ぽい。


ぽい。


街道沿いに武器が増えていく。


フィリスも途中から手伝い始めた。


やがて。


荷台から武器は全て消える。


残ったのは保存食と水だけだった。


「こっちは使えそうですね」


フィリスが言う。


「うむ」


グリムヴァルドも頷く。


「ありがたく使わせてもらおう」


こうして。


五人は徒歩の旅人から。


馬車を持つ旅人になった。


少々強引な方法ではあったが。


誰も文句を言う者はいなかった。


馬車を手に入れてから。


旅は少し楽になった。


収納魔術がある。


荷物の運搬そのものは以前から困っていない。


グリムヴァルドも。


ザインも。


収納魔術を扱える。


だから荷物が重いという問題は元々無かった。


だが。


徒歩と馬車では話が別だった。


一日中歩き続ける必要が無い。


疲れたら座れる。


怪我人が出ても休ませられる。


それだけでも大きい。


特にザインは肩の傷が治りきっていない。


浅い傷とはいえ。


歩き続ければ疲労は溜まる。


馬車はその負担を大きく減らしてくれていた。


野盗達が使っていた馬車は幌付きだった。


木製の荷台の上へ布製の幌が掛けられている。


外から中は見えにくい。


旅をするには都合が良かった。


グリムヴァルドは御者台へ座り。


手綱を握る。


「意外と慣れてるんですね」


フィリスが言う。


「旅をしていると自然と覚える」


グリムヴァルドは静かに答えた。


その姿は妙に様になっていた。


そして。


アリアは御者台の後ろ。


幌の入口付近へ腰掛けている事が多かった。


周囲を警戒する為だ。


猫獣人の視力と聴覚は旅の間も大いに役立っていた。


幌の中には。


フィリス。


ミーナ。


そしてザイン。


三人が座っている。


人影が見える度に。


「ザイン」


アリアが声を掛ける。


「はい」


ザインは慣れた様子で幌の奥へ移動する。


毛布を被る。


荷物の陰へ隠れる。


そして通り過ぎるまで大人しくしている。


「僕は密輸品ですか」


ある日。


ザインが真面目な顔で聞いた。


「違うわ」


アリアが即答する。


ザインが少し安心した顔になる。


「荷物よ」


「やっぱり荷物じゃないですか」


反論は認められなかった。


もっとも。


幌の中にいる時間は暇という訳でもない。


収納魔術の訓練。


魔力操作の訓練。


蔦の魔術の訓練。


移動中でも出来る事は多い。


時折。


りんごが幌の中へ現れる。


オレンジが出てくる。


小瓶が頭へ落ちてくる。


「また失敗したの?」


ミーナが笑う。


「成功です」


「頭に落ちたけど」


「成功です」


本人は真面目だった。


フィリスも眼鏡を押し上げる。


「収納場所の把握からやり直した方が良いと思います」


「否定出来ません」


素直だった。


旅は続く。


街道では様々な人々とすれ違う。


商人。


冒険者。


巡礼者。


護衛付きの馬車。


だが。


大きな問題は起きない。


魔獣が現れる事はあった。


野盗らしき影を見かける事もあった。


しかし。


その度にアリアかグリムヴァルドが先に気付く。


アリアが周囲を警戒する。


グリムヴァルドが探知魔術を使う。


危険を見つける。


そして。


近付かれる前に進路を変える。


あるいは。


威圧して追い払う。


実際に戦闘になる事はほとんど無かった。


だから。


旅は平和だった。


少なくとも今は。


御者台にはグリムヴァルド。


その後ろにはアリア。


幌の中にはフィリス、ミーナ、ザイン。


馬車は揺れる。


風が吹く。


街道は続く。


そして五人は。


少しずつ。


確実に。


南方へ近付いていた。

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