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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
157/197

野盗

翌日。


五人は再び南へ向かって街道を歩いていた。


空は晴れている。


雪もかなり少なくなっていた。


街道脇には草も見え始めている。


冬の終わりが近付いていた。


そんな時だった。


「止まって」


先頭近くを歩いていたアリアが不意に口を開く。


蒼い瞳が街道の先を見ていた。


全員が足を止める。


「どうした?」


グリムヴァルドが尋ねる。


アリアは少し先を指差した。


「馬車」


ザイン達も目を凝らす。


かなり遠い。


しばらくして。


ようやくザインにも見えた。


街道の脇。


一台の馬車が止まっている。


「本当ですね」


フィリスも頷く。


ミーナも目を細めた。


「御者がいるみたい」


アリアは頷く。


「一人だけ」


馬車は壊れている様子も無い。


馬も落ち着いている。


御者台には男が一人。


それだけだった。


だが。


アリアは視線を逸らさない。


「少し変なのよね」


「何がだ?」


グリムヴァルドが聞く。


「分からない」


正直な答えだった。


「でも嫌な感じがする」


猟兵としての勘だった。


それに。


もう二日。


温泉街を出てから歩き続けている。


街道とはいえ安全ではない。


盗賊も出る。


魔獣も出る。


護衛を雇った商人もいる。


逆に。


護衛を装った盗賊もいる。


だから。


五人とも自然と警戒していた。


グリムヴァルドはしばらく馬車を見ていたが。


やがて杖を握る。


「少し見てみるか」


南方の言葉が紡がれる。


静かな詠唱。


緑色の魔力が地面へ染み込む。


木々へ。


草花へ。


風へ。


自然へ広がっていく。


探知の南方魔術だった。


しばらくして。


グリムヴァルドの表情が僅かに変わる。


「……なるほど」


低い声だった。


アリアが振り返る。


「何かいた?」


「ああ」


グリムヴァルドはゆっくり目を開く。


そして。


馬車を見た。


「御者は一人だ」


「だが」


一拍置く。


「馬車の中に六人いる」


沈黙。


フィリスが眉をひそめる。


「六人?」


「隠れているな」


グリムヴァルドは頷く。


「気配を殺している」


空気が変わった。


普通の旅人なら。


普通に座る。


普通に休憩する。


だが。


六人全員が馬車の中にいる。


しかも。


気配を隠している。


それは少し不自然だった。


アリアも馬車を見つめる。


蒼い瞳が細くなる。


「護衛か」


「待ち伏せか」


「あるいはその両方かもしれないわね」


誰も軽々しく近付こうとは言わなかった。


街道には街道の危険がある。


それを知っている者達ばかりだったからだ。


冷たい風が吹く。


遠く。


街道脇の馬車は静かに止まったままだった。


遠く。


街道脇に止まる馬車。


御者は一人。


だが。


馬車の中には六人。


しかも気配を殺している。


普通ではない。


アリアはしばらく馬車を見つめていた。


そして。


視線をグリムヴァルドへ向ける。


「どうする?」


短い問いだった。


グリムヴァルドはすぐには答えなかった。


杖を持ったまま。


馬車を見る。


探知魔術はまだ続いている。


御者。


馬車の中の六人。


誰も動かない。


こちらへ敵意を向けている訳でもない。


だが。


警戒はしている。


そんな気配だった。


しばらく考えた後。


グリムヴァルドは静かに言った。


「避けて行こう」


誰も驚かなかった。


むしろ。


予想していた答えだった。


「いいの?」


アリアが尋ねる。


「ああ」


グリムヴァルドは頷く。


「何にせよ妙だ」


馬車を見る。


「商人かもしれん」


「護衛かもしれん」


「盗賊かもしれん」


そこで肩を竦めた。


「どれでも構わん」


「だが」


少しだけ声が低くなる。


「関わる理由も無い」


その言葉に。


フィリスも頷く。


「確かに」


ミーナも同意した。


「私達は旅の途中だもんね」


目的は南方だ。


馬車ではない。


ましてや。


正体も分からない集団へ近付く理由も無い。


ザインも馬車を見る。


そして小さく頷いた。


「そうですね」


今の自分達は五人。


そのうち二人は戦闘専門ではない。


自分も本調子ではない。


わざわざ危険へ近付く必要は無かった。


グリムヴァルドは杖を軽く振る。


「街道を外れる」


「少し森側を迂回するぞ」


全員が頷いた。


そして。


五人は静かに進路を変える。


街道から離れる。


馬車からも離れる。


関わらないために。


だが。


その時だった。


アリアが最後に一度だけ馬車を見る。


御者は相変わらず前を向いている。


動かない。


馬車の中の六人も。


気配を潜めたままだった。


まるで。


何かを待っているように。


その姿が。


少しだけ気になった。


結局。


何も起きなかった。


五人は街道を外れ。


森側を大きく迂回した。


グリムヴァルドの探知魔術を頼りに。


馬車の集団とは十分な距離を取る。


そして。


しばらく進んだ後。


再び街道へ戻った。


誰も追って来ない。


誰も襲って来ない。


馬車の連中とも再び会う事は無かった。


それだけだった。


旅は続く。


空は青い。


風は冷たい。


だが。


穏やかだった。


盗賊もいない。


魔獣も現れない。


ただ歩く。


それだけの時間。


ミーナは道端で見つけた草を眺めている。


フィリスは記録帳へ何かを書いていた。


グリムヴァルドは先頭を歩く。


そして。


アリアは少し後ろからザインを見ていた。


白い髪。


風に揺れている。


昔は違った。


黒かった。


あの頃は。


まだ。


普通の少年だった。


少なくとも。


今よりは。


アリアは知っている。


崖の上で見たからだ。


雪の夜。


雷撃の光の中。


白く変わっていく髪を。


あの日を境に。


何もかも変わってしまった。


左腕を失った。


左目も失った。


そして。


髪まで白くなった。


今のザインは。


黙って歩いているだけでも。


どこか痛々しく見える。


本人は気にしていない。


いや。


気付かないようにしているのかもしれない。


収納魔術の練習をして。


蔦の魔術を練習して。


前を向こうとしている。


それは分かる。


だから余計に。


アリアは胸が痛かった。


「……」


気付けば。


手が伸びていた。


白い髪へ。


ふわりと触れる。


「?」


ザインが振り返る。


残った右目が瞬く。


「どうしました?」


アリアはすぐには答えなかった。


白い髪を見る。


そして。


少しだけ目を伏せた。


「何でもない」


小さな声だった。


ザインは首を傾げる。


だが。


それ以上は聞かなかった。


アリアも説明しない。


説明出来なかった。


ごめんなさい。


その言葉が。


今でも胸の奥に残っていたからだ。


だから。


代わりに。


ぽん。


と一度だけ頭を撫でる。


「……?」


ザインはますます困惑していた。


アリアは視線を逸らす。


そして。


何事も無かったように前を向いた。


旅は続く。


平和な時間だった。


少なくとも今は。


ただ風だけが。


白くなった髪を静かに揺らしていた。


夜だった。


街道から少し離れた林の中。


五人は小さな焚き火を囲んでいた。


パチパチと薪が爆ぜる。


ミーナが作った簡単なスープの匂いが漂う。


穏やかな時間だった。


昼間の馬車の事もあり。


街道からは距離を取っている。


見つかりにくい場所だった。


だから。


誰もが少し気を緩め始めていた。


その時だった。


グリムヴァルドの表情が変わる。


ほんの僅かだった。


だが。


ザインは気付いた。


「グリムヴァルドさん?」


グリムヴァルドは返事をしない。


探知魔術を維持したまま。


じっと夜の闇を見つめている。


そして。


低く言った。


「警戒しろ」


空気が変わる。


アリアが即座に立ち上がる。


短弓を手に取る。


ミーナもショートソードへ手を伸ばした。


フィリスも剣を抜く。


ザインも杖を握る。


焚き火の周囲から緊張が消える。


代わりに。


静かな戦闘態勢が出来上がった。


「何人?」


アリアが尋ねる。


「七」


即答だった。


グリムヴァルドは目を閉じている。


探知魔術越しに感じているのだ。


「武装している」


「こちらへ向かって来ている訳ではない」


そこで言葉を切る。


そして。


僅かに眉をひそめた。


「……いや」


「何かを探している」


その時だった。


遠くから音が聞こえた。


ガラガラ。


車輪の音。


馬の足音。


街道だ。


夜の街道を馬車が走っている。


やがて。


その音が止まる。


近い。


かなり近い。


林を挟んだ向こう側。


街道沿いだ。


アリアが木へ飛び乗る。


枝の上から様子を窺う。


数秒後。


小さく舌打ちした。


「昼間の馬車」


その一言で全員が理解する。


グリムヴァルドも頷いた。


探知魔術の気配と一致していた。


馬車は一台。


そして。


七人。


気配が散る。


林の周囲へ。


街道沿いへ。


少しずつ広がっていく。


まるで。


何かを探すように。


いや。


実際に探しているのだろう。


探知魔術越しにも分かる。


焦り。


緊張。


警戒。


その感情がはっきりと伝わってくる。


「……私達か?」


ミーナが小さく呟く。


誰も答えない。


分からないからだ。


だが。


少なくとも。


七人は何かを探している。


そして。


その捜索範囲は。


少しずつ。


この林へ近付いていた。


焚き火の火が小さく揺れる。


誰も動かない。


誰も声を上げない。


ただ。


武器を握ったまま。


闇の向こうの気配を見守っていた。


気配が近付いてくる。


一つ。


二つ。


三つ。


そして七つ。


ゆっくりと。


だが確実に。


林の中へ入って来ていた。


アリアが木の上から小さく呟く。


「来る」


グリムヴァルドも頷いた。


探知魔術越しにも分かる。


一直線だ。


迷いが無い。


まるで。


最初からこちらの位置が分かっていたかのように。


「焚き火だな」


グリムヴァルドが低く言う。


杖を振る。


南方魔術。


風が吹く。


焚き火の炎が揺れる。


そして。


ふっ。


火が消えた。


林を照らしていた明かりが消失する。


辺りは月明かりだけになった。


だが。


遅かった。


火は消せても。


匂いまでは消せない。


料理の匂い。


煙の匂い。


人の匂い。


夜の林では十分な目印だった。


気配が止まる。


そして。


次の瞬間。


男の声が響いた。


「いたぞ!!」


怒鳴り声。


その直後だった。


七つの気配が一斉に動く。


走る。


木々を掻き分ける音。


足音。


武器の音。


一直線にこちらへ向かって来る。


「っ!」


ミーナが剣を抜く。


フィリスも前へ出る。


アリアは木の上から矢を番えた。


ザインも杖を握る。


そして。


男達が姿を現した。


月明かりに照らされる。


その顔を見た瞬間。


アリアの表情が険しくなる。


野盗だった。


革鎧。


汚れた服。


欠けた剣。


斧。


棍棒。


まともな装備ではない。


そして何より。


顔だった。


全員が笑っている。


下卑た笑み。


獲物を見つけた肉食獣のような笑み。


「おいおい」


先頭の男が笑う。


「女ばっかじゃねぇか」


別の男も笑った。


「当たりだな」


「売ってもいい」


「遊んでからでもいいぞ」


下品な笑い声。


月明かりの下。


七人の野盗が武器を握る。


そして。


その視線は。


アリア。


フィリス。


ミーナ。


三人へ向いていた。


グリムヴァルドの目が細くなる。


ザインも杖を握る手へ力を込めた。


野盗達はまだ気付いていない。


目の前にいる相手が。


ただの旅人ではない事に。


「殺しちまえ!!」


先頭の男が怒鳴る。


汚れた歯を見せながら笑っていた。


「女は後だ!」


「生け捕りにしろ!!」


その声と同時だった。


野盗達が一斉に動く。


七人。


散開。


剣。


斧。


棍棒。


そして。


後方の二人が弓を構えた。


アリアの目が見開かれる。


「ザイン!!」


ヒュッ!!


ヒュッ!!


二本の矢。


真っ直ぐ。


ザインへ向かう。


咄嗟だった。


ザインは身体を捻る。


左目を失ってから狂った距離感。


それでも。


聖騎士団時代に叩き込まれた反射は残っている。


一本目。


頬の横を掠める。


そして。


二本目。


避け切れない。


「っ!」


ザシュッ!!


肩口へ鋭い痛みが走る。


矢尻が服を裂く。


血が飛ぶ。


だが。


深くは刺さらない。


身体を捻ったおかげで。


肩を掠めただけだった。


それでも痛い。


焼けるような痛みだった。


「ザイン!」


アリアが叫ぶ。


蒼い瞳が怒りに染まる。


だが。


ザインは倒れない。


肩を押さえながら杖を構える。


痛みはある。


血も流れている。


だが。


動ける。


まだ動ける。


その時だった。


グリムヴァルドの周囲の空気が変わる。


探知魔術は既に切っている。


今度は別だ。


純粋な戦闘魔術。


風が巻く。


草が揺れる。


木々が軋む。


「……」


グリムヴァルドは何も言わない。


ただ。


杖を持ち上げた。


その姿を見た瞬間。


先頭の野盗だけが気付く。


「あ……?」


嫌な予感。


本能的な恐怖。


だが。


遅かった。


アリアは矢を番える。


フィリスは剣を抜く。


ミーナもショートソードを構える。


そして。


ザインも痛む肩を押さえながら。


杖を前へ向けた。


野盗達は知らない。


自分達が襲った相手が。


金級冒険者上位の魔術師。


元帝国猟兵隊長。


元聖騎士団員。


そして。


長い旅を生き抜いてきた者達である事を。


その瞬間。


野盗達にとって最悪の戦いが始まった。


「ザイン!」


アリアの声が響く。


肩口から血が流れる。


掠っただけ。


だが。


それで十分だった。


アリアの表情から迷いが消える。


短弓を引く。


帝国猟兵隊長だった頃の動き。


速い。


あまりにも速い。


野盗達は気付く事すら出来なかった。


ヒュッ!!


一射。


矢が飛ぶ。


弓を構えていた男の喉へ突き刺さる。


男は声も出せず倒れた。


そして。


次の矢は既に放たれている。


ヒュッ!!


二射目。


もう一人の弓兵の胸へ。


男は後ろへ吹き飛び。


そのまま動かなくなった。


二人。


終了だった。


「なっ――」


野盗達の顔色が変わる。


残り五人。


その時だった。


先頭を走っていた男がグリムヴァルドへ飛び掛かる。


剣を振り上げる。


だが。


グリムヴァルドは動かない。


杖を僅かに振るだけだった。


ゴォッ!!


突風。


男の身体が浮く。


まるで見えない巨人に殴られたようだった。


「ぎゃああっ!?」


男は木へ叩き付けられる。


鈍い音。


そのまま動かなくなった。


残り四人。


ここでようやく理解する。


相手がおかしい。


旅人ではない。


護衛でもない。


化け物だ。


逃げようとする者もいた。


だが。


グリムヴァルドは既に杖を構えていた。


「遅い」


静かな声だった。


風が集まる。


圧縮される。


刃になる。


四つ。


いや。


それ以上。


月明かりに薄く輝く風の刃。


そして。


放たれる。


ヒュンッ!!


一瞬だった。


風が走る。


男達の身体を通り過ぎる。


次の瞬間。


四人が同時に倒れた。


武器が落ちる。


地面へ転がる。


誰一人として立ち上がらない。


静寂。


風だけが吹いている。


戦闘開始から。


ほんの数十秒。


野盗七人。


全滅だった。


アリアはゆっくり弓を下ろす。


フィリスも剣を収めた。


ミーナに至っては剣を抜く暇すら無かった。


ザインは肩を押さえながら呆然としている。


グリムヴァルドは杖を下ろした。


表情は変わらない。


ただ。


倒れた野盗達を見て一言だけ呟く。


「だから関わるなと言ったんだ」


それは野盗へ向けた言葉だったのか。


それとも別の誰かへ向けた言葉だったのか。


誰にも分からなかった。


ただ一つだけ確かなのは。


この程度の野盗では。


この五人を止める事など出来なかったという事だった。

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