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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
156/197

蔦と日常

「あの……」


ザインは木へ絡み付いている蔦を見上げた。


蔦は相変わらず。


うにょうにょと揺れている。


まるで話を聞いているみたいだった。


ザインはふと思い出す。


以前。


レヴィアナと蔦の魔術を試していた時の事を。


あの時、一度だけ。


蔦に自分を運ばせた事があった。


そもそも蔦の魔術自体は、グリムヴァルドに教わったものだ。


だが。


こんな使い方を教わった覚えは無い。


「前みたいに」


蔦が。


うにょん。


と揺れる。


「僕を運んでくれますか?」


数秒後。


地面から新しい蔦が何本も生え始める。


ぼこっ。


ぼこっ。


ぼこっ。


「……」


アリアが嫌な予感を覚えた。


「ザイン」


「はい?」


「それ本当に大丈夫なの?」


「多分」


嫌な返事だった。


次の瞬間。


蔦がザインへ伸びる。


足元へ。


腰へ。


背中へ。


肩へ。


優しく身体を包み込む。


そして。


ふわり。


ザインの身体が持ち上がった。


蔦はゆっくりと進む。


揺れない。


落とさない。


慎重だった。


まるで壊れ物を扱うように。


そのまま野営地へ向かう。


焚き火の横を通り過ぎる。


ミーナが目を丸くした。


「何してるの?」


「運ばれてます」


「それは見れば分かるよ」


正論だった。


やがて蔦はテントの前まで進む。


そして。


そっとザインを地面へ降ろした。


「ありがとうございます」


ザインが礼を言う。


すると。


蔦が。


うにょん。


と揺れた。


少し誇らしげだった。


その様子を見ていたグリムヴァルドは、腕を組んだまま黙っていた。


珍しく難しい顔をしている。


「グリムヴァルドさん?」


ザインが尋ねる。


グリムヴァルドはしばらく蔦を見つめた後。


静かに言った。


「蔦の魔術を教えたのは私だ」


「はい」


「だが」


一拍置く。


「そんな使い方は教えていない」


沈黙。


フィリスが眼鏡を押し上げる。


「でしょうね」


アリアも頷いた。


「でしょうね」


ミーナも小さく頷く。


「うん、でしょうね」


ザインだけが少し困ったように笑った。


「勝手にこうなりました」


「勝手にこうなるな」


即答だった。


グリムヴァルドは地面から顔を出した蔦を見る。


「拘束に使え」


「はい」


「足止めに使え」


「はい」


「足場に使え」


「はい」


「敵を絡め取れ」


「はい」


「運ばれるな」


「便利ですよ?」


「そういう話ではない」


師匠としての説教だった。


だが。


蔦は地面から先端だけを出し。


うにょん。


と揺れていた。


まるで自分も褒められたいと言っているようだった。


グリムヴァルドは深く息を吐く。


「……お前の魔術は時々おかしい」


ザインは少しだけ首を傾げた。


「そうでしょうか」


「そうだ」


即答だった。


その横で。


蔦だけがまた。


うにょん。


と機嫌良さそうに揺れていた。


テントの前まで運ばれた後。


ザインは一度礼を言い。


蔦が地面へ沈んでいくのを見送った。


だが。


そのままテントへ入る事はしなかった。


何かを考えるような顔になる。


そして。


再び先程の木の近くまで戻っていった。


夜風は冷たい。


焚き火の明かりも少し遠い。


周囲には木々の影が揺れている。


ザインは静かに立ち止まった。


「……」


ふと。


ある事を思い出した。


温泉街での出来事だった。


義手を構築しようとした時。


魔術を発動した時。


あの時だけ。


いつもと違う魔力が流れた。


禍々しい。


黒紫色の魔力。


レヴィアナが見ていた。


そして言った。


――魔族の魔力だ。


あの言葉。


今でも覚えている。


ザインは左肩へ触れた。


本来ならそこにあるはずの腕。


今は無い。


失われたまま。


マントの下には何も無い。


「……」


静かな夜だった。


グリムヴァルド達の声も遠い。


だから。


試してみたくなった。


右手ではない。


左腕で。


失われた腕で。


あの時と同じように。


魔力を出力する事は出来ないのか。


ザインは目を閉じる。


意識を左肩へ向ける。


そこに腕があるように。


昔と同じように。


魔力を流す。


左腕を動かす感覚。


指先へ魔力を集める感覚。


義手を構築した時の感覚。


何度も繰り返した感覚。


それを思い出す。


そして。


魔力を流した。


だが。


何も起きなかった。


「……」


もう一度。


集中する。


魔力を流す。


左腕を動かすように。


魔力を送り出す。


だが。


何も起きない。


光も無い。


蔦も出ない。


炎も生まれない。


あの禍々しい魔力も現れない。


静かな夜だけがそこにあった。


ザインはゆっくり目を開く。


左肩を見る。


当然だ。


腕は無い。


魔力の通り道も無い。


理屈では分かっている。


だが。


どこかで期待していた。


もしかしたら。


何か残っているのではないかと。


あの時の魔力が。


あの紫の魔石が。


左腕と共に消えた訳ではないのではないかと。


だが。


何も起きなかった。


ザインは小さく息を吐く。


そして。


マントの上から左肩を軽く押さえた。


「……気のせいだったんでしょうか」


誰に聞かせるでもない呟き。


返事は無い。


夜風だけが吹いていた。


そしてザインは。


何事も無かったように踵を返し。


焚き火の明かりが見える野営地へ戻っていった。


何も起きなかった。


左腕からも。


あの禍々しい魔力からも。


何一つ。


ザインは小さく息を吐く。


そして。


肩を落としたまま野営地へ戻った。


焚き火の火は小さくなっている。


ミーナも。


フィリスも。


既にテントへ入ったらしい。


グリムヴァルドは相変わらず起きていたが。


ザインの顔を見ると何も聞かなかった。


ただ一度だけ視線を向け。


また森へ目を戻した。


ザインも何も言わない。


そのまま三人用テントへ入る。


寝袋へ潜り込む。


寒い夜だった。


だが。


今日は少し疲れていた。


収納魔術。


蔦の魔術。


そして。


左腕の事。


色々試した。


結果は良くない。


魔術は少しずつ戻っている。


だが。


失ったものの大きさもまた実感していた。


「……」


しょんぼりした顔のまま。


寝袋へ顔を埋める。


そのまま。


いつの間にか意識が沈んでいった。


───


暖かい。


ぼんやりと。


そんな事を思った。


外は寒いはずなのに。


不思議なくらい暖かい。


ザインはゆっくり目を開く。


まだ夜だった。


テントの中は薄暗い。


そして。


そこでようやく気付く。


隣に誰かいる。


蒼い髪。


静かな寝息。


アリアだった。


「……」


ザインが少し身じろぎする。


すると。


アリアの耳がぴくりと動いた。


猫獣人らしい鋭い感覚だった。


蒼い瞳がゆっくり開く。


眠たそうな目。


だが。


ザインが起きている事に気付くと。


その表情が少しだけ柔らかくなった。


「起きたの?」


小さな声だった。


ザインも小さく頷く。


「はい……」


まだ少し眠そうだった。


アリアはそんなザインを見つめる。


しばらく。


何も言わない。


ただ。


その顔を見ていた。


そして。


ゆっくりと手を伸ばす。


優しく。


本当に優しく。


ザインの頭へ手を置いた。


ふわりと髪を撫でる。


昔と同じように。


子供を寝かしつけるように。


「まだ寝なさい」


穏やかな声だった。


蒼い瞳が優しく細められる。


「朝はまだよ」


ザインは少しだけ目を瞬かせる。


アリアの手は止まらない。


ゆっくり。


ゆっくり。


頭を撫で続ける。


その仕草には。


焦りも。


執着も。


無かった。


ただ。


無事でいてくれる事が嬉しい。


そんな優しさだけがあった。


「……はい」


ザインは小さく答える。


少しだけ力が抜けた。


アリアは満足そうに頷く。


そして。


もう一度頭を撫でた。


「おやすみ」


静かな声だった。


ザインも目を閉じる。


暖かかった。


外はまだ寒い。


けれど。


今だけは不思議と寒さを感じなかった。


アリアの手の温もりを感じながら。


ザインは再びゆっくりと眠りへ落ちていった。

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