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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
144/197

アリアの告白

朝。


温泉街の一日は早い。


宿屋は朝食の準備を始め。


商店は雪かきを始める。


冒険者達も依頼の準備を進めていた。


そんな中。


温泉街ギルドマスターのエルカはいつものようにギルドへ姿を現した。


「おはようござ――」


言葉が止まる。


受付カウンター。


誰もいない。


エルカは目を瞬かせた。


「……あれ?」


もう一度見る。


やはり誰もいない。


受付嬢の姿が無い。


首を傾げる。


珍しい。


いや。


今まで一度も無かった。


昨夜の騒ぎもある。


嫌な予感がした。


エルカはそのまま医務室へ向かう。


扉の前まで来ると、中から複数人の声が聞こえた。


こんな時間に?


そう思いながら扉を開く。


そして。


固まった。


医務室。


そこには金級パーティの面々。


レヴィアナ。


ヴァレル。


シオン。


ルドヴィカ。


さらに。


リザリア。


フィリス。


ミーナ。


アリア。


カティア。


そして。


ベッドの上。


白髪の少年。


左目には応急処置が施されている。


青白い顔。


疲弊した身体。


だが。


生きている。


エルカは数秒黙った。


視線がゆっくり部屋を巡る。


誰も口を開かない。


重い空気。


そして。


受付嬢の姿がどこにも無い。


エルカはゆっくりと頭を押さえた。


「……」


嫌な予感しかしない。


本当に。


嫌な予感しかしない。


しばらくして。


困惑したまま周囲を見回した。


「えっと……」


誰も答えない。


エルカはもう一度口を開く。


「説明してくださる?」


困ったような声だった。


怒っている訳ではない。


ただ。


何が起きているのか全く分からなかった。


「私が知らない間に何が起きたんです?」


静寂。


そして。


全員が顔を見合わせる。


どこから説明すればいいのか。


誰も迷った。


死んだと思われていた少年が生きていた事。


医務官の裏切り。


受付嬢の正体。


襲撃。


逃亡。


あまりにも情報量が多過ぎた。


エルカはそんな様子を見て。


さらに頭を抱える。


「いや待って」


両手を上げる。


「皆さんの反応で嫌な予感しかしないんですけど」


誰も否定しない。


エルカの表情が引き攣る。


「否定してくださいよ……」


小さく呟く。


だが。


誰も否定しなかった。


それからしばらくして。


昨夜の出来事を聞き終えたエルカは。


本当に頭を抱えていた。


机へ突っ伏しそうな勢いだった。


「医務官が裏切り者で」


指を折る。


「受付嬢も共犯で」


もう一本折る。


「二人とも逃亡して」


さらに折る。


「死んだと思われてた子が生きていて」


さらに折る。


「その生きてた子が襲撃されて左目を失った?」


静寂。


誰も反論しない。


エルカは天井を見上げた。


深いため息。


長いため息。


とても長いため息。


「……なるほど」


全然なるほどじゃなかった。


むしろ何一つ理解したくなかった。


エルカは再び頭を抱える。


「私、温泉街のギルドマスターなんですけど」


誰も何も言わない。


「いつからこんな物騒な街になったんです?」


心の底からの疑問だった。


医務室の空気が少しだけ緩む。


だが。


エルカはすぐに表情を引き締める。


ギルドマスターの顔になる。


「とりあえず」


視線を上げる。


「逃げた二人の情報を整理しましょう」


そして。


「ザインさんは絶対に一人にしないでください」


その言葉に。


医務室の全員が静かに頷いた。


医務室。


朝日が差し込む中、エルカを中心に情報の整理が始まっていた。


ジンはベッドの上に横たわっている。


左目には応急処置が施され、顔色はまだ悪い。


その傍にはアリアが座り、片時も離れようとしなかった。


リザリアは壁際で腕を組み、レヴィアナは椅子に腰掛けている。


ヴァレル、シオン、ルドヴィカ。


カティア。


フィリス。


ミーナ。


それぞれが重い表情で話を聞いていた。


「では、一つずつ確認しましょう」


エルカが静かに言う。


最初に口を開いたのはフィリスだった。


「数日前、ザイン君は温泉街で襲撃を受けています」


全員の視線が集まる。


「相手は妙に優しそうな顔をした長身の男性でした。投げナイフと細身の剣、それと爆発系の魔術……いえ、煙幕に近い術も使用しています」


フィリスは一度言葉を切る。


「その場には金級冒険者の皆さんも駆けつけ、ザイン君は助けられました」


ヴァレルが頷く。


「ああ。俺達が着いた時には、そいつはもう引き際を見てた。金級相手に長居する気は無かったんだろうな」


レヴィアナも表情を険しくする。


「腕は立つわ。正面から潰すには厄介な相手よ」


次に、アリアが口を開いた。


声はまだ掠れていた。


「帝国兵からの報告では……温泉街周辺に暗部と思われる人物が出没している、と」


彼女はジンの手を握ったまま、目を伏せる。


「そして、その人物は仮面を付けた男だと聞いていました」


沈黙が落ちる。


誰もが、その誤認が何を招いたかを知っていた。


アリアは唇を噛む。


「私は……その仮面の男を、暗部だと思いました」


ジンは何も言わない。


ただ静かに聞いていた。


エルカが続ける。


「こちらにも報告があります。帝国の偵察兵が二人、何者かに殺害されています」


空気がさらに重くなる。


「おそらく、それも先ほど話に出た優男……暗部と思われる人物の仕業でしょう」


シオンが眼鏡を押し上げた。


「つまり、温泉街には少なくとも一人、ジンさんを狙う暗部関係者が潜んでいた。そして、さらに医務官と受付嬢も長年ギルド内に潜伏していた可能性がある」


エルカは深く息を吐く。


「医務官も受付嬢も、長らくこのギルドに勤務していました。怪しい行動も、少なくとも表向きにはありませんでした」


「何年も前から入り込んでいた、という事ですね」


フィリスが低く呟く。


エルカは頷く。


「そう考えるしかありません」


医務室に沈黙が戻る。


ザインへの襲撃。


帝国兵の誤報。


偵察兵の殺害。


医務官と受付嬢の裏切り。


全てが一つの線に繋がり始めていた。


シオンが静かに言う。


「問題は、なぜそこまでしてジンさんを狙うのか、です」


その言葉に。


誰もすぐには答えられなかった。


シオンの言葉に。


医務室は静まり返った。


――なぜ、そこまでしてジンを狙うのか。


誰も答えない。


だが。


三人だけは違った。


アリア。


フィリス。


ミーナ。


三人は互いの顔を見る。


それだけで分かった。


全員。


同じ事を思い出していた。


リザリアが眉をひそめる。


「何か知ってるのか?」


問い掛ける。


しばらく沈黙が続いた。


やがて。


アリアが静かに口を開く。


「……多分」


声は重かった。


誰よりも語りたくない過去だった。


「思い当たる事はあるわ」


医務室の全員が彼女を見る。


アリアは一度だけジンを見る。


ベッドの上の少年。


白い髪。


失われた左腕。


そして。


今は左目まで失っている。


アリアは拳を握った。


「ジンは……」


喉が詰まる。


それでも続けた。


「左腕を女王陛下の命令で切断された」


リザリアの瞳が細くなる。


カティアも表情を変える。


だが。


話は終わらない。


アリアは続けた。


「その左腕は……」


医務室が静まり返る。


「帝国の街区を滅ぼしたほどの威力を持つ新型魔導砲」


誰も口を挟まない。


「その炉心にされたの」


沈黙。


誰も理解出来なかった。


いや。


理解したくなかった。


最初に反応したのはヴァレルだった。


「……は?」


思わず漏れた声。


シオンも眼鏡を押し上げる手を止める。


ルドヴィカも眉をひそめた。


レヴィアナでさえ目を細める。


アリアは続けた。


「祠で発見された特殊な魔石」


「その適応者だったのがジン」


「聖王国はその力を利用した」


「そして左腕ごと切断して回収した」


医務室が静まり返る。


リザリアだけは動かなかった。


表情も変わらない。


だが。


尻尾だけがゆっくりと揺れている。


怒りを抑えている時の癖だった。


フィリスが静かに口を開く。


「私は記録係でした」


「当時の資料を見ています」


誰も話を遮らない。


「ジン君は兵器利用の対象として扱われていました」


その言葉に。


エルカが絶句する。


ミーナも俯く。


補給班だった彼女も知っていた。


知らされていた訳ではない。


だが。


皆がどこか様子がおかしかった。


あの日から。


あの手術の日から。


そして。


フィリスはさらに続けた。


「追加切断計画も存在していました」


今度こそ。


医務室が凍り付いた。


「……何だと?」


低い声。


リザリアだった。


フィリスは俯いたまま答える。


「左腕だけではありません」


「右腕」


「両脚」


「適応が確認出来れば利用する計画がありました」


誰も喋らない。


ジン本人ですら。


黙っていた。


知っている話だったからだ。


そして。


だからこそ逃げた。


だからこそ崖から落ちた。


だからこそ白髪になった。


全てが繋がる。


シオンが静かに息を吐いた。


「つまり」


眼鏡の奥の瞳が細くなる。


「彼らはジンさん本人を狙っている」


「殺すためではなく」


「利用するために」


誰も否定出来なかった。


医務室の空気が重くなる。


その中で。


リザリアだけが静かにジンを見ていた。


失った左腕。


失った左目。


昨夜聞いた過去。


そして今聞かされた真実。


やがて。


低い声が漏れる。


「……ふざけるな」


誰に向けた言葉か。


分からない。


だが。


その金色の瞳には。


今まで見た事もないほどの怒りが宿っていた。



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