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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
143/197

家族の再会

朝。


淡い陽射しが医務室へ差し込んでいた。


ジンはゆっくりと意識を浮上させる。


重い。


身体が重い。


そして。


痛い。


左側。


何も見えないはずの場所が焼けるように痛む。


「あ……」


小さく息を吐く。


無意識に左目へ手を伸ばそうとして。


そこで止まった。


昨夜の記憶。


老医務官。


拘束具。


激痛。


そして。


失われた左目。


現実だった。


夢ではない。


ジンは残った右目を開く。


ぼやける視界。


少しずつ焦点が合う。


医務室。


椅子。


窓から差し込む朝日。


そして。


ベッドの傍ら。


椅子へ座ったまま眠っている猫獣人の女性。


青い毛並み。


見慣れた顔。


「……アリア」


掠れた声だった。


その声に。


アリアの耳がぴくりと動く。


ゆっくりと顔を上げた。


そして。


目を見開く。


「……っ」


ジンが起きている。


こちらを見ている。


アリアの喉が詰まる。


何を言えばいいのか分からなかった。


会いたかった。


ずっと会いたかった。


謝りたかった。


それなのに。


言葉が出ない。


崖の上を思い出す。


雷撃。


落下する背中。


昨夜を思い出す。


銃声。


砕けた仮面。


血。


そして。


医務室。


二度。


二度も自分は彼を死なせかけた。


二度も。


アリアは視線を伏せる。


怖かった。


ジンが自分をどう思っているのか。


許されると思っていない。


恨まれていて当然だと思っていた。


その時。


ジンが静かに目を閉じる。


昨夜の記憶。


銃声。


痛み。


飛び出してきた人物。


アリア。


確かに撃たれた。


確かに傷付けられた。


だが。


その後の顔も覚えている。


泣いていた。


震えていた。


必死に止血していた。


まるで自分が死ぬかのような顔で。


だから。


分かっていた。


本心じゃなかった。


敵意じゃなかった。


誤解だった。


ジンは再び口を開く。


「……アリア」


もう一度。


名前を呼ぶ。


アリアの肩が震える。


恐る恐る顔を上げる。


ジンは少しだけ笑った。


昔と同じ。


困ったような。


優しい笑み。


そして。


静かに言った。


「久しぶりです」


その一言だった。


たったそれだけだった。


だが。


アリアの瞳から涙が溢れる。


ぽろり。


ぽろぽろと。


止まらない。


怒られなかった。


責められなかった。


恨まれなかった。


その代わりに返ってきたのは。


あまりにも昔と変わらない言葉だった。


アリアは唇を震わせる。


声にならない。


涙だけが零れ続ける。


そして。


ようやく。


掠れた声で。


「……おかえり」


そう呟いた。


アリアの瞳から涙が零れ落ちる。


ぽろぽろと。


止まらない。


震える唇。


何か言おうとしている。


けれど言葉にならない。


何年も。


ずっと。


会いたかった。


謝りたかった。


生きていて欲しかった。


その相手が今。


目の前にいる。


ジンはそんなアリアを見つめる。


残った右目で。


静かに。


穏やかに。


そして。


少しだけ笑った。


昔と変わらない笑顔だった。


戦争の前。


まだ皆で笑っていた頃のような。


優しい笑顔。


「……ただいま」


掠れた声。


弱々しい声。


それでも。


アリアにははっきり聞こえた。


その瞬間。


アリアは顔を覆う。


嗚咽が漏れる。


肩が震える。


「なんで……」


涙混じりの声。


「なんでそんな顔するの……」


怒って欲しかった。


責めて欲しかった。


恨んで欲しかった。


その方が楽だった。


なのに。


ジンは笑っている。


まるで何事も無かったかのように。


アリアは知っていた。


ジンが優しい事を。


昔から。


誰よりも優しかった事を。


だから余計に苦しかった。


ジンはゆっくりと目を閉じる。


崖の上を思い出す。


雪。


極寒。


追手。


そして。


雷撃の矢。


確かに撃たれた。


確かに痛かった。


だが。


あの時のアリアの顔も覚えている。


必死だった。


泣いていた。


傷付けたくて撃った訳ではない。


連れ戻したかっただけだった。


だから。


恨んだ事は無い。


とうの昔に。


許していた。


昨夜も同じだった。


銃を撃った。


だがその後。


アリアは泣きながら止血していた。


必死に。


震えながら。


だから。


分かっていた。


本心じゃない。


敵意じゃない。


ただの悲しいすれ違いだった。


ジンは再び目を開ける。


アリアを見る。


そして静かに言った。


「大丈夫ですよ」


アリアが顔を上げる。


涙でぐしゃぐしゃになった顔。


ジンは小さく笑う。


「アリアですから」


その言葉に。


アリアの瞳がさらに揺れた。


何も言えなくなる。


ジンは昔と変わっていなかった。


傷付いても。


失っても。


それでも。


大切な人達を嫌いになれないままだった。


アリアは震える手でジンの手を握る。


今度は離さないように。


消えてしまわないように。


そして。


泣きながら。


何度も何度も。


その手を握り続けていた。


アリアがジンの手を握ったまま泣いている。


医務室には静かな時間が流れていた。


その時だった。


「……っ」


小さな声。


部屋の隅にいたミーナが気付く。


ジンが起きている。


いや。


アリアと話している。


ミーナは椅子から立ち上がった。


信じられないものを見るような顔で。


ゆっくりと。


一歩ずつ近付いてくる。


「ジン君……?」


震える声だった。


ジンはその声に顔を向ける。


そして。


残った右目を見開いた。


「……ミーナ?」


驚いた顔。


本当に驚いた顔だった。


ミーナは何も言えない。


言葉が出てこない。


昨夜。


死んだと思った。


もう二度と話せないと思った。


なのに今。


こうして話している。


ジンはそんなミーナを見て。


少しだけ笑った。


だが。


その笑顔は痛々しかった。


青白い顔。


隠し切れない疲労。


左目を覆う包帯。


失われたものがあまりにも大きい。


それでも。


笑おうとしていた。


「ミーナも来ていたんですか」


掠れた声。


昔と変わらない口調。


まるで昨日別れたばかりのような。


「久しぶりです」


ミーナの唇が震える。


何か言おうとしている。


けれど言葉にならない。


ジンは困ったように笑った。


「そんな顔しないでください」


その言葉に。


ミーナの瞳から涙が溢れた。


ぽろり。


ぽろぽろと。


止まらない。


「そんな顔って……」


声が震える。


「そんな顔するに決まってるじゃないですか……!」


涙声だった。


ミーナはベッドへ近付く。


そして。


ジンの手を握った。


小さな両手で。


離さないように。


「会いたかったんですよ……」


嗚咽混じりの声。


「ずっと……」


ジンはその言葉を聞きながら目を細める。


どこか安心したように。


懐かしむように。


「僕もです」


小さく答えた。


それだけだった。


だが。


ミーナは堪えきれなくなる。


顔を伏せる。


肩が震える。


昨夜。


冷たくなっていく手を握っていた。


もう二度と話せないと思っていた。


だからこそ。


今こうして返事が返ってくる事が。


奇跡のように思えた。


アリア。


ミーナ。


二人に手を握られながら。


ジンは静かに笑う。


傷だらけで。


欠けてしまって。


それでも。


ようやく再会出来た家族達を見つめていた。


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