誰もが…
深夜。
医務室から泣き声は消えていた。
残ったのは静かな沈黙だけだった。
老医務官はジンの亡骸へ白い布を掛ける。
その手付きは丁寧だった。
長年多くの死を見てきた者の手だった。
そして静かに振り返る。
「しばらくはここで預かろう」
穏やかな声だった。
「この子を外へ出すには夜も遅い」
「私が見ておく」
誰も反対しなかった。
出来なかった。
フィリスは小さく頭を下げる。
アリアも。
ミーナも。
言葉が出ない。
老医務官は再びジンを見る。
白い髪。
安らかな顔。
まるで眠っているようだった。
だからこそ余計に現実感が無かった。
医務室の扉が閉まる。
その音だけが妙に大きく聞こえた。
まるで。
本当に最後の別れのように。
――――――
その後。
フィリス。
アリア。
ミーナ。
三人はギルド宿舎へ案内されていた。
誰も喋らない。
足音だけが廊下へ響く。
フィリスは俯いている。
眼鏡の奥の瞳は赤い。
何度も涙を流した。
それでも足りない。
もっと出来たのではないか。
もっと早く気付けたのではないか。
そんな考えばかりが頭を巡っていた。
アリアはさらに酷かった。
魂が抜けたようだった。
虚ろな瞳。
力の入らない足。
歩いているのが不思議なほどだった。
何も考えたくない。
だが。
考えない事も出来ない。
自分が撃った。
自分が殺した。
その事実だけが頭の中で繰り返されていた。
ミーナもまた無言だった。
小さな手を握り締める。
ようやく会えた。
やっと会えた。
そのはずだった。
それなのに。
もう二度と話せない。
その現実が受け止め切れなかった。
三人は宿舎の部屋へ入る。
誰もおやすみとは言わなかった。
そんな言葉を言える夜ではなかった。
――――――
一方。
ギルド酒場。
こちらも静かだった。
普段なら笑い声で満ちる場所。
今は違う。
灯りだけが揺れている。
リザリアは席に座っていた。
酒を飲む。
また飲む。
それでも酔えない。
酔える訳がなかった。
向かいにはカティア。
その周囲にはヴァレル。
シオン。
ルドヴィカ。
金級冒険者達がいる。
誰も騒がない。
誰も笑わない。
時折杯を傾ける音だけが響く。
リザリアは酒を見つめる。
昨夜の事を思い出していた。
風呂。
部屋。
抱き締めた事。
話を聞いた事。
「目の届くところにいてくれ」
そう言った事。
全部昨日の事だった。
なのに。
もう遠い昔のように感じる。
金色の瞳から涙が零れる。
拭わない。
拭う気力も無かった。
カティアも何も言わない。
ただ隣にいる。
それだけだった。
そして。
深夜の温泉街は静かに更けていく。
誰も眠れない夜だった。




