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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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帝国猟兵の来訪者

その夜。


温泉街には穏やかな灯りが灯っていた。


宿や土産屋の明かりが石畳を照らし、湯気が夜風に流れていく。


昼間ほどの賑わいは無い。


だが静か過ぎる訳でもない。


どこか心地良い夜だった。


その道を。


フィリスとザインは並んで歩いていた。


フィリスは厚手の外套を羽織っている。


眼鏡の奥の瞳は相変わらず真面目だった。


隣を歩くザインも外套を羽織っている。


仮面で顔を隠し、白い髪もフードの下へ収めていた。


傷もかなり良くなっている。


歩く事に不自由は無い。


だからこそ。


ザインは少し困ったように笑った。


「フィリスさん」


「はい」


「もう一人でも大丈夫ですよ」


フィリスは歩く速度を変えない。


数歩進んでから答えた。


「そうですか」


「はい」


少し期待した返事だった。


だが。


次の言葉は予想通りだった。


「駄目です」


即答だった。


ザインは苦笑する。


「やっぱりですか」


「やっぱりです」


フィリスは真顔だった。


冗談ではないらしい。


「ザイン君は自分の無茶を無茶だと思っていません」


「そんな事は」


「あります」


こちらも即答だった。


フィリスは小さくため息を吐く。


「ですので」


「しばらくは監視です」


「監視なんですね」


「監視です」


言い切られた。


ザインはそれ以上反論しなかった。


反論しても勝てない事を知っている。


二人はしばらく無言で歩く。


温泉街の夜は穏やかだった。


遠くから聞こえる笑い声。


湯の流れる音。


夜空には星も見えている。


そんな景色を眺めながら。


ふとザインは宿を出る前の事を思い出した。


「そういえば」


「はい」


「リザリアさん、付いて来たそうでしたね」


フィリスの口元が少しだけ緩む。


「そうですね」


宿を出る時。


リザリアは露骨だった。


付いて行きたい。


そう顔に書いてあった。


だが。


カティアとの予定があった。


依頼の確認やギルドでの用事もある。


流石に放り出す訳にはいかなかった。


結果として。


リザリアは宿へ残った。


正確にはカティアと共にギルドへ向かった。


「随分心配されてますね」


フィリスが言う。


ザインは少し困ったように笑った。


「そうなんですかね」


「そうですよ」


今度は少しだけ優しい声だった。


フィリスは横目でザインを見る。


仮面の奥の表情までは分からない。


だが。


少し照れているような気はした。


「リザリアさんだけではありません」


フィリスは静かに言う。


「皆そうです」


温泉街の夜風が吹く。


外套の裾が揺れた。


ザインは何も言わない。


ただ静かに前を向いて歩いていた。


その横を。


フィリスもまた静かに歩いていた。



その様子を。


一人の猫獣人が見つめている事を。


二人はまだ知らなかった。


温泉街の屋根の上。


雪の積もった瓦の上へ静かに腰を下ろし。


その猫獣人は夜の街を見下ろしていた。


青い毛並み。


鋭い瞳。


風に揺れる外套。


アリア・エルレインだった。


その視線の先には。


フィリスとザインがいる。


だが。


距離がある。


夜でもある。


フードと仮面で顔も隠れている。


だからアリアはまだ気付いていなかった。


ただ。


フィリスの姿だけは見覚えがあった。


眼鏡。


鳥獣人。


静かな歩き方。


間違えようがない。


フィリスだった。


アリアは目を細める。


そして。


数刻前の事を思い出す。


温泉街へ到着した時の事を。


街の入口。


帝国兵による検問所。


アリアは外套の内側から身分証を取り出した。


帝国猟兵の証。


兵士達の表情が引き締まる。


「失礼しました、アリア様」


アリアは短く頷いた。


「しばらくこの街へ滞在する」


それだけ伝える。


兵士達は道を開けた。


温泉街には既に帝国の監視網も敷かれている。


偵察兵が二名殺害された件。


そして。


暗部と思われる人物の目撃情報。


帝国も無視出来なくなっていた。


アリアは街へ入る。


その時から。


目的は一つだった。


暗部。


あの夜。


ジンを逃亡へ追い込んだ者達。


自分達を利用した者達。


もし本当にこの街へ潜んでいるのなら。


必ず見つけ出す。


その為に来た。


それだけだった。


アリアは静かに息を吐く。


夜風が毛並みを揺らした。


そして再び視線を下へ向ける。


歩いているフィリスを見る。


戦争終結後。


誰よりも早く聖騎士団を去った記録係。


今こうして温泉街にいる理由は何なのか。


アリアはまだ知らない。


ただ。


その瞳だけは鋭かった。


獲物を探す猟兵のように。


夜の街を静かに見下ろしていた。

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