レヴィアナの訓練
温泉街の外れにある訓練用の広場。
昨晩降った雪が地面を白く覆っていた。
その中央に。
ザインとレヴィアナが向かい合って立っている。
周囲には見物人がいた。
リザリア。
カティア。
ヴァレル。
シオン。
そしてベリアリア。
誰もが少し距離を取っている。
理由は単純だった。
危険だからだ。
「準備はいい?」
レヴィアナが笑う。
紫のローブが風に揺れる。
ザインは少し緊張した顔で頷いた。
右手を前へ出す。
魔力を巡らせる。
昨日覚えたばかりの魔術。
――逸らす魔術。
レヴィアナは満足そうに頷く。
「よろしい」
そして。
何の前触れも無く。
氷の槍が飛んだ。
「っ!」
ザインは反射的に魔術を展開する。
見えない力が氷槍へ触れる。
軌道が逸れる。
氷槍は横へ流れ。
雪原へ突き刺さった。
轟音。
雪が舞い上がる。
「よし!」
レヴィアナが嬉しそうに叫ぶ。
「次!」
今度は風刃。
さらに土の槍。
炎の弾丸。
次々に飛んでくる。
ザインは必死だった。
逸らす。
逸らす。
逸らす。
だが。
息が上がる。
額から汗が流れる。
魔術そのものは防げる。
だが。
問題は別にあった。
レヴィアナの圧力だ。
金級魔術師。
歴戦。
数え切れない戦場を潜り抜けた女。
その魔力が。
目の前に立っているだけで重い。
空気そのものが押し潰してくるようだった。
「どうしたの!」
レヴィアナが笑う。
さらに氷槍を生成する。
五本。
十本。
十五本。
「今のうちに!」
氷槍が空へ並ぶ。
空気が震える。
周囲の見物人達ですら息を呑んだ。
「色んな攻撃魔術を受けときなさい!!」
次の瞬間。
氷槍の雨が降り注いだ。
ザインは咄嗟に魔術を展開する。
逸らす。
逸らす。
逸らす。
次々と軌道を変えていく。
だが。
一つ。
二つ。
三つ。
数が多い。
「くっ……!」
右腕へ力が入る。
魔力が軋む。
レヴィアナは笑っていた。
楽しそうだった。
教師の顔だった。
「そうよ!」
「その調子!」
「戦場じゃ敵は待ってくれない!」
炎が飛ぶ。
風が飛ぶ。
氷が飛ぶ。
土槍が地面から突き上がる。
ザインは必死に対応する。
だが。
不思議と嫌ではなかった。
怖い。
プレッシャーもある。
しかし。
今のレヴィアナは敵ではない。
殺そうとしている訳でもない。
教えようとしている。
だから。
踏ん張れた。
その様子を見ながら。
少し離れた場所でリザリアが腕を組む。
「相変わらず滅茶苦茶だな」
呆れた声だった。
隣でカティアが頷く。
「金級魔術師の訓練なんて大体あんなものよ」
「死人出ないのか?」
「たまに出るわ」
「怖ぇな」
リザリアは素直な感想を漏らした。
その視線の先では。
白髪の少年が必死に魔術を捌いている。
その姿を見て。
リザリアは少しだけ笑った。
「頑張れよ」
小さく呟く。
その声は。
誰にも聞こえなかった。
しばらく後。
ザインは雪の上へ大の字になって倒れていた。
息が上がる。
胸が苦しい。
白い吐息が空へ昇っていく。
腕も重い。
脚も重い。
頭までぼんやりしていた。
空は青かった。
雲がゆっくり流れている。
その景色を見上げながら。
ザインはしばらく動けなかった。
「終わり?」
かろうじて声を出す。
すると。
横から呆れた声が返ってきた。
「まだ半分よ」
「……」
ザインは何も言わなかった。
言えなかった。
その反応を見てレヴィアナが笑う。
「冗談よ」
どうやら本当に冗談だったらしい。
ザインは小さく息を吐いた。
そして再び空を見上げる。
疲れていた。
だが。
同時に理解もしていた。
レヴィアナの魔術は凄まじい。
昨日見せられた時も思った。
今日実際に相手をして。
改めて理解した。
格が違う。
氷。
炎。
風。
土。
どれも洗練されていた。
無駄が無い。
そして何より。
魔術そのものが速い。
発動も。
構築も。
制御も。
全部が異常だった。
自分なら。
同じ事は出来ない。
まだ遥か先だ。
ザインは雪へ右腕を伸ばす。
握る。
冷たい感触が伝わる。
そして。
ふと思い出した。
あの日の事を。
祠の前。
吹雪。
追手。
そして。
金級に近い実力者達。
雷撃。
剣。
魔術。
命のやり取り。
あの時。
自分は生き残った。
逃げ切った。
だが。
今になって思う。
本当に運が良かったのだと。
もし少し違っていたら。
もし一歩遅れていたら。
もし誰かが本気で仕留めるつもりだったら。
今ここにはいない。
レヴィアナの魔術を受けて。
初めて実感した。
戦場には上がいる。
圧倒的な上が。
そして。
自分はまだ生きている。
それは決して当たり前ではない。
「……運が良かったな」
ぽつりと呟く。
誰に聞かせるでもなく。
レヴィアナはその言葉を聞いた。
だが何も言わない。
代わりに隣へ腰を下ろした。
雪が沈む。
しばらく沈黙。
そして。
レヴィアナが空を見上げたまま言う。
「運も実力の内よ」
ザインは少し目を細める。
レヴィアナは続ける。
「死ぬ奴は死ぬ」
「強くても死ぬ」
「賢くても死ぬ」
「運が良くても死ぬ」
そこで一度言葉を切る。
そして。
小さく笑った。
「でも生き残った」
「なら今はそれで十分じゃない?」
雪が静かに降り始めていた。
ザインは何も言わない。
ただ。
白い空を見上げる。
生きている。
その事実だけが。
妙に温かく感じられた。




