まずい…
翌朝。
ザインはゆっくりと目を覚ました。
窓の外は既に明るい。
どうやらそれなりに寝ていたらしい。
ぼんやりとした意識のまま身体を動かそうとして――違和感に気付く。
動きづらい。
正確には。
何かに絡め取られていた。
「……?」
まだ眠気の残る頭で視線を落とす。
そこで原因が分かった。
リザリアの尻尾だった。
長くしなやかな尻尾が。
ザインの胴へしっかりと巻き付いている。
逃がさないように。
守るように。
そんな力加減だった。
ザインはしばらく天井を見上げた。
昨夜の事を思い出す。
リザリアへ全てを話した。
聖騎士団の事。
戦争の事。
腕の事。
逃亡の事。
気付けば夜は更けていた。
そのまま話し続けて。
そのまま眠ってしまったのだった。
そして今。
隣を見る。
リザリアはまだ眠っていた。
穏やかな寝息を立てている。
普段は豪快な女戦士だが。
寝顔だけは年相応の女性に見えた。
もっとも。
尻尾は別だった。
無意識のままザインへ巻き付いている。
少し身体を動かしてみる。
すると尻尾が微かに動いた。
さらに絡みつく。
どうやら抜け出すのは難しそうだった。
ザインは小さく息を吐く。
「……リザリアさん」
反応は無い。
静かな寝息だけが返ってくる。
「リザリアさん」
もう一度呼ぶ。
今度は少しだけ大きな声で。
「ん……」
ようやく反応があった。
だが目は開かない。
寝返りを打つように身体が動く。
その拍子にリザリアの額がザインの肩へ触れた。
「……」
ザインは困った顔になる。
どうやらまだ起きる気配は無い。
「リザリアさん」
三度目だった。
今度は少し真面目な声で呼ぶ。
「朝ですよ」
「……ん」
寝ぼけた返事が返ってくる。
「そろそろ起きたいんですけど」
数秒。
沈黙。
やがてリザリアの眉がぴくりと動く。
「……起きたい?」
「はい」
「……あ」
ようやく意識が浮上してきたらしい。
ゆっくりと目が開く。
そして。
自分の尻尾がザインへ巻き付いている事に気付く。
さらに。
自分がザインのすぐ隣で寝ている事にも気付く。
しばらく沈黙。
リザリアは数回瞬きをした。
それから静かに尻尾を離す。
「……悪い」
昨夜とは違う意味で小さな声だった。
ザインはようやく自由になった身体を起こす。
「いえ」
苦笑する。
リザリアは頭を掻いた。
少しだけ視線を逸らしている。
昨夜の勢いはどこへ行ったのか。
珍しく居心地が悪そうだった。
ザインはそんな様子を見て少し笑う。
「おはようございます」
その言葉に。
リザリアもようやくいつもの調子を取り戻した。
「ああ」
短く答える。
そして少しだけ口元を緩めた。
「おはよう、相棒」
窓の外では雪が静かに降り続いていた。
だが。
次の瞬間。
コンコンコン!
勢いの良いノックが響いた。
二人とも同時に扉を見る。
そして。
聞き覚えのある声が飛んできた。
「ザインー!」
元気いっぱいだった。
「起きてるのー!?」
レヴィアナだった。
朝から妙に元気である。
ザインは思わずため息を吐く。
リザリアは目を細めた。
「朝から騒がしいな」
「レヴィアナさんです」
扉の向こうではまだ声が続いている。
「聞こえてるわよねー!?」
「今日は魔術の特訓よー!」
「逃げたら探し出すわよー!」
元気だった。
とても元気だった。
「呼んでるぞ…相棒」
リザリアは苦笑する。
「随分早起きな先生だな?」
「そうですね…」
そんな会話をしていると。
扉の向こうから再び声が響く。
「返事しなさーい!」
「寝てるなら起こすわよー!」
そして。
数秒の沈黙。
嫌な予感がした。
ザインも。
リザリアも。
同時にそう思った。
次の瞬間。
「開けるわよー!」
「ちょっ」
ザインが止めるより早かった。
勢いよく扉が開く。
レヴィアナが元気よく部屋へ入ってくる。
紫色のローブ。
朝から無駄に元気な笑顔。
そして。
そのまま固まった。
沈黙。
長い沈黙だった。
レヴィアナの視線。
ザイン。
リザリア。
同じベッド。
そして。
まだ少し乱れた寝具。
視線がゆっくり動く。
再び。
ザイン。
リザリア。
数秒。
完全な静寂。
そして。
レヴィアナが言った。
「……へぇ」
にやり。
嫌な笑みだった。
ザインの背筋に冷たいものが走る。
リザリアも何となく察する。
これは面倒な事になる。
レヴィアナは腕を組んだ。
そして。
実に楽しそうな顔で言う。
「詳しく聞かせてもらおうじゃない」
朝から面倒な事になった。
ザインはそう確信した。
「あの……誤解です」
ザインは真顔でそう言った。
切実だった。
本当に切実だった。
だが。
リザリアは隣で苦笑していた。
寝起きで少し乱れた赤髪を掻きながら。
「何が誤解だって言うんだ?」
「全部です」
即答だった。
レヴィアナは腕を組む。
口元が楽しそうに緩んでいる。
「全部?」
「全部です」
「へぇ」
絶対に信じていない顔だった。
ザインは額を押さえたくなった。
リザリアは肩を震わせている。
笑いを堪えているのだろう。
昨夜の事を思い出しているに違いない。
話をして。
抱き締められて。
そのまま眠った。
状況だけ見れば言い訳は難しい。
だが。
実際には何も無かった。
「本当に何もありませんから」
ザインは必死だった。
レヴィアナはそんなザインを見る。
それからリザリアを見る。
そして再びザインを見る。
数秒。
沈黙。
やがて。
レヴィアナは肩を竦めた。
「まぁ」
軽く手を振る。
「あなたの恋人の事は置いといて」
「違います」
即答だった。
だが。
レヴィアナは聞いていない。
「今日も魔術の勉強よ」
「聞いてください」
「聞いてるわ」
聞いていない顔だった。
リザリアはとうとう吹き出した。
「ははっ」
楽しそうだった。
「相棒」
「何ですか」
「諦めろ」
「諦めません」
即答だった。
レヴィアナはそんな二人を眺める。
少しだけ笑う。
そして。
ぱんっと手を叩いた。
一瞬で教師の顔になる。
「はい終わり!」
「今日は応用編よ!」
ザインが嫌そうな顔をする。
それを見てレヴィアナは満足そうだった。
「昨日は逸らす魔術を覚えたでしょ?」
「覚えました」
「今日はその先」
不敵に笑う。
魔術師らしい顔だった。
「防御と回避は覚えた」
「なら次は攻撃よ」
ザインは少しだけ嫌な予感がした。
レヴィアナはそんな反応を見て笑う。
「安心しなさい」
全く安心出来ない笑顔だった。
「今日はちゃんと魔術師らしい訓練をするわ」
「蔦で雪山を滑る訓練じゃないんですね」
「当たり前でしょ!」
即答だった。
リザリアが横で笑う。
レヴィアナは咳払いを一つした。
そして扉を指差す。
「着替えなさい」
「朝食を食べたら出発よ」
「どこへですか?」
その問いに。
レヴィアナはにやりと笑った。
「広場」
嫌な予感しかしなかった。
「今日は私が直々に相手をしてあげる」
その言葉に。
ザインは静かに天井を見上げた。
どうやら。
今日も平穏な一日にはならないらしい。




