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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
129/197

まずい…

翌朝。


ザインはゆっくりと目を覚ました。


窓の外は既に明るい。


どうやらそれなりに寝ていたらしい。


ぼんやりとした意識のまま身体を動かそうとして――違和感に気付く。


動きづらい。


正確には。


何かに絡め取られていた。


「……?」


まだ眠気の残る頭で視線を落とす。


そこで原因が分かった。


リザリアの尻尾だった。


長くしなやかな尻尾が。


ザインの胴へしっかりと巻き付いている。


逃がさないように。


守るように。


そんな力加減だった。


ザインはしばらく天井を見上げた。


昨夜の事を思い出す。


リザリアへ全てを話した。


聖騎士団の事。


戦争の事。


腕の事。


逃亡の事。


気付けば夜は更けていた。


そのまま話し続けて。


そのまま眠ってしまったのだった。


そして今。


隣を見る。


リザリアはまだ眠っていた。


穏やかな寝息を立てている。


普段は豪快な女戦士だが。


寝顔だけは年相応の女性に見えた。


もっとも。


尻尾は別だった。


無意識のままザインへ巻き付いている。


少し身体を動かしてみる。


すると尻尾が微かに動いた。


さらに絡みつく。


どうやら抜け出すのは難しそうだった。


ザインは小さく息を吐く。


「……リザリアさん」


反応は無い。


静かな寝息だけが返ってくる。


「リザリアさん」


もう一度呼ぶ。


今度は少しだけ大きな声で。


「ん……」


ようやく反応があった。


だが目は開かない。


寝返りを打つように身体が動く。


その拍子にリザリアの額がザインの肩へ触れた。


「……」


ザインは困った顔になる。


どうやらまだ起きる気配は無い。


「リザリアさん」


三度目だった。


今度は少し真面目な声で呼ぶ。


「朝ですよ」


「……ん」


寝ぼけた返事が返ってくる。


「そろそろ起きたいんですけど」


数秒。


沈黙。


やがてリザリアの眉がぴくりと動く。


「……起きたい?」


「はい」


「……あ」


ようやく意識が浮上してきたらしい。


ゆっくりと目が開く。


そして。


自分の尻尾がザインへ巻き付いている事に気付く。


さらに。


自分がザインのすぐ隣で寝ている事にも気付く。


しばらく沈黙。


リザリアは数回瞬きをした。


それから静かに尻尾を離す。


「……悪い」


昨夜とは違う意味で小さな声だった。


ザインはようやく自由になった身体を起こす。


「いえ」


苦笑する。


リザリアは頭を掻いた。


少しだけ視線を逸らしている。


昨夜の勢いはどこへ行ったのか。


珍しく居心地が悪そうだった。


ザインはそんな様子を見て少し笑う。


「おはようございます」


その言葉に。


リザリアもようやくいつもの調子を取り戻した。


「ああ」


短く答える。


そして少しだけ口元を緩めた。


「おはよう、相棒」


窓の外では雪が静かに降り続いていた。


だが。


次の瞬間。


コンコンコン!


勢いの良いノックが響いた。


二人とも同時に扉を見る。


そして。


聞き覚えのある声が飛んできた。


「ザインー!」


元気いっぱいだった。


「起きてるのー!?」


レヴィアナだった。


朝から妙に元気である。


ザインは思わずため息を吐く。


リザリアは目を細めた。


「朝から騒がしいな」


「レヴィアナさんです」


扉の向こうではまだ声が続いている。


「聞こえてるわよねー!?」


「今日は魔術の特訓よー!」


「逃げたら探し出すわよー!」


元気だった。


とても元気だった。


「呼んでるぞ…相棒」


リザリアは苦笑する。


「随分早起きな先生だな?」


「そうですね…」


そんな会話をしていると。


扉の向こうから再び声が響く。


「返事しなさーい!」


「寝てるなら起こすわよー!」


そして。


数秒の沈黙。


嫌な予感がした。


ザインも。


リザリアも。


同時にそう思った。


次の瞬間。


「開けるわよー!」


「ちょっ」


ザインが止めるより早かった。


勢いよく扉が開く。


レヴィアナが元気よく部屋へ入ってくる。


紫色のローブ。


朝から無駄に元気な笑顔。


そして。


そのまま固まった。


沈黙。


長い沈黙だった。


レヴィアナの視線。


ザイン。


リザリア。


同じベッド。


そして。


まだ少し乱れた寝具。


視線がゆっくり動く。


再び。


ザイン。


リザリア。


数秒。


完全な静寂。


そして。


レヴィアナが言った。


「……へぇ」


にやり。


嫌な笑みだった。


ザインの背筋に冷たいものが走る。


リザリアも何となく察する。


これは面倒な事になる。


レヴィアナは腕を組んだ。


そして。


実に楽しそうな顔で言う。


「詳しく聞かせてもらおうじゃない」


朝から面倒な事になった。


ザインはそう確信した。


「あの……誤解です」


ザインは真顔でそう言った。


切実だった。


本当に切実だった。


だが。


リザリアは隣で苦笑していた。


寝起きで少し乱れた赤髪を掻きながら。


「何が誤解だって言うんだ?」


「全部です」


即答だった。


レヴィアナは腕を組む。


口元が楽しそうに緩んでいる。


「全部?」


「全部です」


「へぇ」


絶対に信じていない顔だった。


ザインは額を押さえたくなった。


リザリアは肩を震わせている。


笑いを堪えているのだろう。


昨夜の事を思い出しているに違いない。


話をして。


抱き締められて。


そのまま眠った。


状況だけ見れば言い訳は難しい。


だが。


実際には何も無かった。


「本当に何もありませんから」


ザインは必死だった。


レヴィアナはそんなザインを見る。


それからリザリアを見る。


そして再びザインを見る。


数秒。


沈黙。


やがて。


レヴィアナは肩を竦めた。


「まぁ」


軽く手を振る。


「あなたの恋人の事は置いといて」


「違います」


即答だった。


だが。


レヴィアナは聞いていない。


「今日も魔術の勉強よ」


「聞いてください」


「聞いてるわ」


聞いていない顔だった。


リザリアはとうとう吹き出した。


「ははっ」


楽しそうだった。


「相棒」


「何ですか」


「諦めろ」


「諦めません」


即答だった。


レヴィアナはそんな二人を眺める。


少しだけ笑う。


そして。


ぱんっと手を叩いた。


一瞬で教師の顔になる。


「はい終わり!」


「今日は応用編よ!」


ザインが嫌そうな顔をする。


それを見てレヴィアナは満足そうだった。


「昨日は逸らす魔術を覚えたでしょ?」


「覚えました」


「今日はその先」


不敵に笑う。


魔術師らしい顔だった。


「防御と回避は覚えた」


「なら次は攻撃よ」


ザインは少しだけ嫌な予感がした。


レヴィアナはそんな反応を見て笑う。


「安心しなさい」


全く安心出来ない笑顔だった。


「今日はちゃんと魔術師らしい訓練をするわ」


「蔦で雪山を滑る訓練じゃないんですね」


「当たり前でしょ!」


即答だった。


リザリアが横で笑う。


レヴィアナは咳払いを一つした。


そして扉を指差す。


「着替えなさい」


「朝食を食べたら出発よ」


「どこへですか?」


その問いに。


レヴィアナはにやりと笑った。


「広場」


嫌な予感しかしなかった。


「今日は私が直々に相手をしてあげる」


その言葉に。


ザインは静かに天井を見上げた。


どうやら。


今日も平穏な一日にはならないらしい。

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