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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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リザリアの願い

「……せめて」


リザリアがぽつりと呟く。


抱きしめる力は少し弱まっていた。


だが離れない。


「訳は話してくれるのか?」


静かな声だった。


怒鳴るような声ではない。


戦士として問い詰める声でもない。


ただ。


相棒として聞いていた。


ザインは黙った。


暖炉の火が揺れる。


部屋には静かな時間が流れていた。


話したくなかった。


巻き込みたくなかった。


リザリアは辺境街で出会った大切な仲間だ。


だからこそ。


知らないままでいて欲しかった。


だが。


もう遅い。


仮面の下も。


傷も。


左腕も。


全部見られてしまった。


ここまで来て隠し通せる話ではない。


ザインは小さく息を吐く。


そして静かに語り始めた。


「僕は……聖騎士団に拾われたんです」


リザリアは黙って聞いている。


「子供の頃でした」


「名前も」


「故郷も」


「何も覚えてません」


暖炉の火が揺れる。


ザインの声だけが響く。


「聖騎士団で育ちました」


「戦い方を教わりました」


「魔術も覚えました」


「家族みたいな人達もいました」


そこで少しだけ言葉が止まる。


フィリス。


ミーナ。


ベリアリア。


アリア。


ルシャ。


色々な顔が脳裏を過ぎった。


そして。


続きを話す。


「戦争が始まって」


「僕も戦場へ出ました」


リザリアの眉が動く。


「何歳だった」


ザインは少し考える。


そして首を横に振った。


「分かりません」


その一言に。


リザリアは何も言えなくなる。


年齢も分からない。


そんな子供が。


戦場へ。


ザインは続ける。


「最初は後方でした」


「でも途中から前線に出るようになって」


「そのまま……」


そこから先は言わなくても分かった。


リザリアの拳が握られる。


だが。


話はまだ終わらない。


「それで」


ザインは自分の左肩を見る。


何も無い場所。


そこを。


静かに見つめる。


「腕を切られました」


リザリアの瞳が見開く。


ザインは続けた。


まるで他人事のように。


「兵器に使うからって」


「僕の腕を」


「切りました」


沈黙。


暖炉の薪がぱちりと弾ける。


リザリアは言葉を失った。


理解が追い付かない。


腕を失う戦士はいる。


決闘でも。


戦争でも。


だが。


それは戦った結果だ。


誇りの上にある傷だ。


兵器に使うから。


その理由で腕を切るなど。


リザリアの常識には存在しなかった。


ザインは続ける。


「その後」


「逃げました」


「聖騎士団から」


「王国から」


「追われました」


白い髪を触る。


濡れた毛先が指に絡む。


「この髪も」


「その時です」


そして。


左目の傷へ触れる。


「この傷も」


小さく笑う。


「色々あったんですよ」


その笑顔が。


あまりにも弱々しかった。


リザリアは俯く。


何も言えない。


胸の奥が焼けるようだった。


怒りだった。


いや。


怒りだけではない。


自分の里では。


子供は守るものだ。


戦士は鍛える。


時には厳しく。


時には傷付く。


だが。


子供は違う。


未来だ。


守るべきものだ。


その子供を。


戦場へ立たせた。


その上で。


腕を切った。


さらに。


追い詰めた。


リザリアの拳が震える。


ぎりりと歯を食いしばる。


もし。


その場にその連中がいたなら。


自分は間違いなく斬っていた。


理性など関係無く。


そのくらいの怒りだった。


そして。


目の前の少年を見る。


白い髪。


火傷跡。


失われた左腕。


それでも笑おうとしている。


その姿が。


どうしようもなく痛々しかった。


リザリアは再びザインを抱き寄せた。


今度はもっと強く。


まるで逃がさないように。


失わせないように。


そして低い声で言った。


「……もう二度と」


声が震える。


怒りで。


悔しさで。


そして。


守りたいという感情で。


「そんな連中の所へ帰るな」


それは命令ではなかった。


願いだった。


心の底からの。


リザリアは再びザインを抱き寄せた。


今度は先程よりも強く。


まるで逃がさないように。


失わせないように。


白い髪へ顔を埋める。


しばらく何も言わなかった。


暖炉の火だけが静かに揺れている。


やがて。


リザリアがぽつりと呟いた。


「……すまなかったな」


ザインが少し首を傾げる。


「何がですか?」


リザリアはすぐには答えなかった。


金色の瞳が伏せられる。


そして。


小さな声で続けた。


「一人にしちまって」


その言葉に。


ザインは目を瞬かせた。


そして少しだけ苦笑する。


「一人では無かったですよ」


リザリアは顔を上げない。


だからザインは続けた。


「フィリスさんがいました」


「ベリアリアさんもいました」


「色々な人に助けてもらいました」


本心だった。


本当に一人ではなかった。


逃亡の途中は別としても。


今こうして生きているのは助けてくれた人達のおかげだ。


だから。


リザリアが気に病む必要は無い。


そう言いたかった。


だが。


リザリアは首を横に振った。


「違う」


短く言う。


「そういう話じゃねぇ」


抱き締める腕に力が入る。


「俺は」


少し言葉に詰まる。


「俺はその場にいなかった」


ザインは黙る。


リザリアは続けた。


「お前が腕を失った時も」


「追われてた時も」


「傷だらけになってた時も」


「俺は何も知らなかった」


その声には悔しさが滲んでいた。


辺境街で出会った時。


相棒だと思った。


一緒に戦った。


背中も預けた。


だからこそ。


何も知らなかった事が悔しかった。


「俺は何も知らなかった」


もう一度そう呟く。


今度は怒りではない。


後悔だった。


自分自身への。


ザインはしばらく黙っていた。


何と言えばいいのか分からなかった。


だから。


小さく笑う。


「仕方ないですよ」


本心だった。


リザリアが悪い訳じゃない。


辺境街で出会った時には。


もう全部終わった後だったのだから。


だが。


リザリアは納得しない。


抱き締める腕がさらに強くなる。


そして。


ぽつりと呟いた。


「……目の届くところにいてくれよ」


ザインが少し目を見開く。


「リザリアさん?」


返事はすぐには返ってこない。


代わりに。


少し震えた声が聞こえた。


「相棒」


「はい」


リザリアは俯いたままだった。


だから表情は見えない。


けれど。


その声だけで十分だった。


「お前がいなくなったら」


そこで言葉が止まる。


しばらく沈黙。


暖炉の薪がぱちりと音を立てる。


やがて。


絞り出すように続けた。


「……俺は寂しいぞ」


その言葉は不器用だった。


戦士らしくもなかった。


だからこそ本音だった。


ザインは何も言えなかった。


予想していなかった言葉だった。


しばらく沈黙が続く。


そして。


ザインはぎこちなく右腕を動かした。


残った片腕で。


そっとリザリアの背中へ手を添える。


リザリアの身体が僅かに震える。


「そうですか」


小さな声だった。


優しい声だった。


リザリアは顔を上げない。


見られたくなかった。


今の自分の顔を。


だから代わりに。


ぶっきらぼうに言う。


「そうだ」


即答だった。


そして。


少しだけ抱き締める力を強める。


「だから」


言葉を探す。


戦士はこういう事が苦手だ。


だから結局。


いつもの言い方になる。


「勝手にどっか行くな」


命令みたいな言い方だった。


だが。


その声には願いが滲んでいた。


相棒として。


仲間として。


そして。


それ以上の感情を抱き始めている一人の女として。


失いたくない。


ただそれだけだった。


暖炉の火が静かに揺れる。


雪の降る夜。


二人はしばらくそのままだった。


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