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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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来訪者…リザリア

個室風呂には静かな湯音だけが響いていた。


ザインは一人、湯船に身を沈めている。


窓の外では雪が降っていた。


白い湯気が立ち昇る。


温かい。


戦場には無かった温もりだった。


ぼんやりと天井を見上げる。


今日一日を思い返していた。


レヴィアナの魔術講義。


蔦の実験。


フィリスとの再会。


そして優男との戦闘。


考える事は多かった。


だからだろう。


近付いてくる足音に気付かなかった。


廊下の向こうから大きな声が響く。


「相棒ー!」


聞き慣れた声だった。


リザリアだ。


だが。


ザインが返事をするより先に。


「入るぞ!」


勢いよく扉が開いた。


当然のように。


ノックは無い。


リザリアだからだ。


部屋へ入ってきたリザリアは周囲を見回す。


宿で過ごすための軽装姿。


鎧は着けていない。


長い尻尾が機嫌良さそうに揺れている。


「相棒?」


返事は無い。


だが。


奥から湯の音が聞こえた。


「あ?」


自然とそちらへ足が向く。


そして。


浴場の入口で足を止めた。


時間が止まる。


湯気の向こう。


そこにいたのはザインだった。


白い髪。


仮面の無い顔。


左側へ走る雷撃の傷跡。


そして。


肩から先の無い左腕。


リザリアの瞳が大きく見開かれる。


ザインも気付いた。


振り返る。


そして固まる。


「……リザリアさん?」


慌てて近くの布を引き寄せる。


だが。


もう遅かった。


沈黙。


長い沈黙だった。


リザリアは動かない。


ただ見ていた。


仮面の下を。


傷跡を。


失われた腕を。


辺境街で出会ってから今まで。


何度も背中を預けた。


何度も一緒に戦った。


それなのに。


自分は何も知らなかった。


知らないまま笑っていた。


知らないまま別れた。


知らないまま再会した。


胸の奥が熱くなる。


だがそれは悲しみではない。


怒りだった。


ぎりっ。


拳が握られる。


尻尾が苛立つように揺れた。


ザインはそれに気付く。


知っている。


リザリアが本気で怒っている時の顔だ。


「……相棒」


低い声だった。


ザインは静かに目を伏せる。


嫌な予感がした。


「はい」


リザリアが一歩前へ出る。


金色の瞳が揺れていた。


怒りで。


「誰にやられた」


短い言葉だった。


だが。


空気が震える。


ザインは答えない。


リザリアはさらに続けた。


「その腕だ」


拳が震えている。


「その傷だ」


そして。


声が大きくなる。


「誰がやった!」


浴場へ怒声が響く。


ザインは黙ったままだった。


それが余計にリザリアを苛立たせる。


「相棒!」


もう一歩前へ出る。


「誰がこんな事したんだ!」


その怒りはザインへ向いていない。


目の前の少年から腕を奪った相手へ。


こんな傷を残した相手へ。


向けられていた。


リザリアは歯を食いしばる。


辺境街で出会った時。


ザインは強かった。


小柄で。


無茶ばかりして。


それでもよく笑う奴だった。


だからこそ。


目の前の傷が許せなかった。


「答えろ」


低い声だった。


戦士の声だった。


「そいつは今どこにいる」


ザインはしばらく黙っていた。


湯気の向こう。


白い髪が揺れる。


そして。


小さく息を吐いた。


「……もう終わった事です」


その言葉を聞いた瞬間。


リザリアの眉が吊り上がる。


「終わってねぇだろ」


即答だった。


「お前の腕が戻ったのか?」


ザインは黙る。


「その傷が消えたのか?」


答えない。


リザリアは拳を握り締める。


そして吐き捨てるように言った。


「俺なら許さねぇ」


その声には怒りが滲んでいた。


そして。


自分でも気付いていないほどの。


強い執着と情が込められていた。


しばらく沈黙が続く。


やがて。


ザインが困ったように笑った。


「リザリアさん」


「……あ?」


怒りが残ったままの声。


ザインは少し視線を逸らした。


そして珍しく照れたような表情を浮かべる。


「その……」


言いにくそうだった。


「なんだ」


「落ち着いてください」


「無理だ」


即答だった。


ザインは苦笑する。


そして。


さらに困った顔になる。


「あと……その……」


リザリアは首を傾げる。


ザインは少しだけ頬を掻いた。


「恥ずかしいので」


「ん?」


「ちょっと出るので待ってて欲しいんですけど……」


そこでようやく。


リザリアは気付いた。


今の状況に。


湯船。


浴室。


仮面の無いザイン。


そして。


自分。


数秒。


沈黙。


リザリアの顔が固まる。


「……あ」


さらに数秒。


「……悪い」


今度は本気だった。


珍しく視線を逸らす。


さっきまでの怒りが少し吹き飛んでいた。


勢いで入ってきたせいで忘れていた。


完全に忘れていた。


リザリアは頭を掻く。


「悪ぃ」


もう一度そう言うと。


くるりと背を向けた。


長い尻尾が落ち着きなく揺れている。


そして足早に浴室を出ていった。


ぱたん。


扉が閉まる。


静寂。


ザインは小さく息を吐いた。


ようやく落ち着ける。


一方。


部屋へ戻ったリザリアは椅子へ腰を下ろした。


そして。


両肘を膝に乗せる。


しばらく動かない。


頭の中には。


仮面の下の顔が浮かんでいた。


白い髪。


雷撃の傷跡。


そして。


失われた左腕。


胸の奥が妙にざわつく。


怒りなのか。


心配なのか。


別の感情なのか。


自分でも分からなかった。


リザリアは大きく息を吐く。


そしてぽつりと呟いた。


「……馬鹿野郎」


誰に向けた言葉なのか。


それは本人にも分からなかった。



その通りだね。


浴室で既に

•リザリアが激怒する

•誰にやられたか聞く

•終わった事だとザインが答える

•リザリアが納得しない


ここまでやっている。


だから部屋へ戻った後は同じ話を繰り返すより、


怒りが落ち着いた後の気まずさと、初めて仮面の下を見た実感


を描いた方が自然だと思う。


例えばこんな感じ。


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しばらくして。


浴室の扉が静かに開いた。


ザインが戻ってくる。


白い髪はまだ少し濡れていた。


毛先から小さな雫が落ちる。


いつもの仮面は付けていない。


左腕も無かった。


普段は長手袋と義手で隠されている場所。


今は肩から先に何も存在していない。


そして。


左目の周囲から頬へ走る雷撃の火傷跡。


幼い顔には似つかわしくない傷だった。


ザインは少し居心地が悪そうだった。


「……そんなに見られると困るんですけど」


苦笑しながらそう言う。


リザリアは答えない。


ただ見ていた。


白い髪は知っている。


辺境街で初めて会った時からそうだった。


仮面も知っている。


だが。


その下は知らなかった。


ずっと。


知らなかった。


リザリアは静かに息を吐く。


怒りはまだ消えていない。


だが今はそれ以上に。


目の前の少年が妙に遠く感じていた。


一緒に戦った。


笑い合った。


背中も預けた。


それなのに。


自分はこの顔を知らなかった。


この傷を知らなかった。


この腕を知らなかった。


「相棒」


ぽつりと呼ぶ。


「はい」


ザインが顔を上げる。


リザリアは少し迷った。


だが。


結局出てきたのは別の言葉だった。


「お前、よく隠してたな」


ザインは一瞬きょとんとする。


それから少しだけ笑った。


「隠してたつもりは無かったんですけどね」


「嘘つけ」


即答だった。


「仮面付けてた奴が何言ってんだ」


ザインは困ったように笑う。


反論出来なかった。


その様子を見て。


リザリアも少しだけ口元を緩める。


ようやく。


いつもの空気が少し戻る。


だが。


金色の瞳は再び左腕へ向いた。


すぐに視線を逸らす。


見ないようにした。


見ればまた腹が立つ。


だから代わりに。


白い髪へ手を伸ばす。


ぐしゃり。


辺境街の頃と同じように。


少し乱暴に撫でた。


「……馬鹿野郎」


小さな呟き。


その声だけは。


どこか優しかった。


ザインはされるがままになっていた。


少しだけ恥ずかしそうに。


少しだけ困ったように。


そして。


ほんの少しだけ嬉しそうに。



しばらく沈黙が続いた。


部屋の中には暖炉の音だけが響いている。


ザインは椅子へ腰掛けていた。


濡れた白髪を布で拭きながら。


仮面はまだ付けていない。


左腕も隠していない。


そんなザインを。


リザリアは黙って見ていた。


何も言わない。


何を言えばいいのか分からなかった。


怒りはまだ消えていない。


胸の奥で燻り続けている。


だが。


それだけではなかった。


辺境街で初めて会った時。


強かった。


小柄だった。


無茶ばかりしていた。


それでも笑っていた。


だから勝手に思っていた。


この少年は大丈夫なのだと。


自分達と同じように。


傷付きながらも前へ進めるのだと。


だが違った。


自分は何も知らなかった。


仮面の下も。


傷も。


失った腕も。


何も。


知らなかった。


リザリアはゆっくり立ち上がる。


ザインが顔を上げた。


「リザリアさん?」


返事は無い。


そのまま歩く。


一歩。


また一歩。


そして。


ザインの目の前で立ち止まった。


金色の瞳が揺れている。


ザインは少し首を傾げた。


次の瞬間だった。


ぎゅっ。


リザリアが抱きしめた。


ザインの身体が僅かに強張る。


「えっ」


間抜けな声が漏れる。


リザリアは何も言わない。


ただ抱きしめていた。


強く。


離さないように。


自分でも分からなかった。


何故こんな事をしているのか。


何故抱きしめたいと思ったのか。


説明出来ない。


ただ。


そうしたかった。


それだけだった。


ザインは困惑していた。


どう反応すればいいのか分からない。


だが。


リザリアは離さない。


しばらくそのままだった。


やがて。


小さな声が聞こえる。


「……俺は」


途切れる。


再び沈黙。


そして。


絞り出すように続けた。


「何も知らなかった」


その声はいつもよりずっと小さかった。


豪快な女戦士の声ではない。


ただの一人の女の声だった。


「相棒の事」


抱きしめる力が少しだけ強くなる。


「何も知らなかった」


悔しかった。


怒りとは違う。


もっと別の感情だった。


自分は仲間だと思っていた。


相棒だと思っていた。


それなのに。


こんな傷を抱えていた事さえ知らなかった。


ザインは何も言わない。


言えなかった。


代わりに。


残った右腕を少しだけ動かす。


そして。


ぎこちなく。


本当にぎこちなく。


リザリアの背中へ手を添えた。


その瞬間。


リザリアの身体が僅かに震えた。


暖炉の火が揺れる。


部屋の中は静かだった。


雪の降る夜だった。


けれどその時だけは。


二人とも何も言わなかった。

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