蔦
ザインは雪を払いながら立ち上がった。
頬にはまだ少し雪が付いている。
レヴィアナは呆れたような顔で見ていた。
だが。
ザインの視線は別の場所へ向いていた。
足元。
そこには。
緑色の蔦。
うにょう。
うにょう。
さっきまで自分を運び。
網になり。
滑り台になり。
色々な事をさせられた蔦だった。
ザインはしゃがみ込む。
蔦を見る。
蔦もうにょうにょしている。
なんとなく。
本当になんとなくだった。
「ありがとう」
ぽつり。
小さくそう言った。
レヴィアナが目を瞬かせる。
ザインは気にしていない。
蔦へ手を触れる。
ひんやりしていた。
そして。
魔力を解く。
蔦が光になる。
さらさらと崩れ。
雪の中へ消えていく。
やがて。
何も残らなくなった。
ザインはその場所を少しだけ見つめていた。
不思議だった。
ただの魔術。
自分が作った植物。
それだけのはずなのに。
なんだか愛着が湧いていた。
レヴィアナが横から聞く。
「何してるの?」
ザインは少し考える。
そして答えた。
「なんか」
「うん」
「好きになったかもしれません」
レヴィアナは意味が分からなかった。
「何を?」
「蔦です」
即答だった。
レヴィアナは数秒黙る。
そして。
「そう」
とだけ返した。
だが。
少しだけ笑っていた。
植物魔術師らしい発想だったからだ。
ザインは再び雪の上へ座る。
空を見る。
白い空。
雪景色。
静かな午後。
そして。
ふと思う。
拘束するだけだった蔦。
今では。
運べる。
支えられる。
網にもなる。
もっと何か出来るかもしれない。
そんな事を考えていると。
レヴィアナが隣へ腰を下ろした。
「それで?」
ザインが振り向く。
レヴィアナは少し笑う。
「次は何を思い付くの」
ザインは少し考えた。
そして。
真面目な顔で言った。
「蔦で温泉入れますかね」
レヴィアナは即座に立ち上がった。
「それはやめなさい」
何故か猛烈に嫌な予感がした。
ザインはしばらく考えた。
レヴィアナに言われた事。
そして。
昔の友人――ソラウの話。
花弁を飛ばす魔剣士。
植物魔術を戦闘へ昇華した人。
「花弁……」
ザインは地面を見る。
緑色の蔦を出す。
うにょう。
うにょう。
いつもの蔦だ。
レヴィアナは腕を組んで見ている。
ザインは真面目な顔になる。
そして。
蔦へ向かって手をかざした。
「花弁よ!」
レヴィアナの眉が動く。
「咲いてくれ!」
沈黙。
数秒。
そして。
うにょん。
蔦が一本増えた。
「……」
うにょん。
もう一本増えた。
花は咲かない。
蔦だけ増える。
うにょう。
うにょう。
元気そうだった。
ザインは固まる。
レヴィアナも固まる。
しばらく沈黙。
そして。
うにょん。
また蔦が生えた。
レヴィアナが吹き出した。
「ふっ……!」
肩が震える。
「何で増えたのよ!」
ザインも困惑している。
「分かりません」
「私も分からないわよ!」
うにょう。
うにょう。
蔦だけが元気だった。
ザインは真剣に考える。
「何か違うんでしょうか」
レヴィアナは笑いを堪えながら言う。
「そりゃ違うでしょうね」
「花弁よ咲いてくれで咲くなら苦労しないわ」
「そうですよね……」
少ししょんぼりする。
だが。
レヴィアナは蔦を見る。
そして。
少し考える。
「でも」
ザインが顔を上げる。
「その発想は悪くないわ」
「え?」
レヴィアナは蔦を指差す。
「花弁そのものを作る必要はないのよ」
「どういう事ですか?」
「植物魔術なんだから」
レヴィアナは雪へ杖を向ける。
「蔦を加工すればいい」
ザインが首を傾げる。
レヴィアナは続けた。
「葉」
「棘」
「種」
「花」
「植物には色んな形がある」
そして。
少しだけ懐かしそうな顔になる。
「ソラウも最初から花弁を飛ばせた訳じゃないと思うわ」
「そうなんですか?」
「ええ」
レヴィアナは頷く。
「たぶん何度も失敗した」
「貴方みたいにね」
ザインは再び蔦を見る。
うにょう。
うにょう。
やっぱり花は咲かない。
代わりに蔦だけが元気だった。
そして。
ぽつり。
「……お前は蔦になりたいんだな」
うにょう。
何故か蔦が返事をした気がした。
レヴィアナはもう笑いを堪えられなかった。
「だから何で会話してるのよ!」
ザインは真剣だった。
とても真剣だった。
レヴィアナから聞いた話。
ソラウ。
花弁の刃。
植物魔術。
応用力。
全部頭の中で繋がっている。
だから。
もう一度試してみる事にした。
地面から蔦を伸ばす。
緑色の蔦。
うにょう。
うにょう。
雪の上を元気よく這い回る。
ザインはそれを見つめる。
そして。
両手を差し出した。
「蔦よ!」
レヴィアナが見る。
「花弁の刃となれ!」
蔦が止まる。
おっ。
レヴィアナも少し期待する。
そして。
ザインは少し考える。
それから。
付け足した。
「……お願いします」
蔦が動いた。
うにょ。
おお。
動いた。
うにょう。
うにょう。
蔦が集まり始める。
レヴィアナが目を細める。
ザインも期待する。
もしかして。
もしかすると。
花が咲くのでは。
そして。
蔦は完成した。
雪の上に。
綺麗に。
とても綺麗に。
花の形を描いていた。
✿
まさにそんな感じだった。
蔦で作られた花のマーク。
それだけだった。
沈黙。
風が吹く。
花のマークだけが誇らしげに存在している。
「……」
「……」
ザインが見る。
レヴィアナも見る。
花のマークもそこにある。
数秒。
十秒。
そして。
ザインがぽつりと呟いた。
「できました」
レヴィアナは吹き出した。
「違うわよ!」
腹を抱えて笑い始める。
「そうじゃないのよ!」
ザインは少し不服そうだった。
「花にはなりました」
「なったけど!」
「花弁の刃です」
「花のマークじゃないの!」
うにょう。
まるで褒めてほしいと言うように蔦が揺れる。
ザインはしばらくその花のマークを見ていた。
それから。
小さく息を吐く。
「……無理ですね」
レヴィアナが笑いを抑えながら聞く。
「何が?」
「花弁の刃です」
ザインは即答した。
「僕には無理です」
そして。
花のマークを見る。
「お前は蔦だもんな」
うにょう。
「無理に花にならなくていいぞ」
うにょう。
蔦が嬉しそうに揺れた気がした。
レヴィアナはもう耐えられなかった。
「だから何で会話成立してるのよ!」
雪原に笑い声が響く。
だが。
レヴィアナは少しだけ安心していた。
ソラウはソラウ。
ザインはザイン。
同じ植物魔術でも。
同じ道を歩く必要はない。
花弁の刃が使えなくてもいい。
蔦の網。
蔦の移動。
蔦の足場。
蔦の運搬。
今日だけでも、ザインは既にソラウとは違う使い方をいくつも見つけていた。
レヴィアナは小さく笑う。
「そうね」
「花弁になれなくても」
「蔦は蔦で十分面白いかもしれないわね」
そしてその横で。
蔦は誇らしげに花のマークを維持していた。
……いや、花ではなく蔦である。
レヴィアナは腕を組んだまま、その光景を眺めていた。
雪原。
蔦で作られた花のマーク。
その前で満足そうにしているザイン。
意味が分からない。
本当に分からない。
花弁の刃を作ろうとして。
結果が花のマーク。
普通なら失敗だ。
完全な失敗である。
だが。
蔦だけは妙に嬉しそうだった。
うにょう。
うにょう。
まるで褒めて欲しいみたいに揺れている。
そして。
ザインも。
「上手く出来たな」
などと呟いている。
レヴィアナは思わず額を押さえた。
「貴方達本当に会話してないわよね……?」
ザインは首を傾げる。
「してませんよ?」
即答だった。
だが。
レヴィアナには少し怪しく見えた。
蔦を見る。
うにょう。
うにょう。
なんだか機嫌が良さそうだ。
そして。
ふと。
昔を思い出した。
翠色の髪。
明るい笑顔。
花を咲かせる植物魔術。
ソラウ。
あの女も妙なところがあった。
植物を育てる時。
花を咲かせる時。
薬草を増やす時。
まるで相手が生きているかのように話しかけていた。
最初は変な奴だと思った。
だが。
不思議と。
ソラウの周囲の植物はよく育った。
本人はよく言っていた。
『ちゃんと褒めると元気になるんだよ!』
と。
意味が分からなかった。
今でもよく分からない。
だが。
目の前の光景を見ていると。
少しだけ思う。
レヴィアナは小さく笑った。
「ある意味……」
ザインが振り返る。
「?」
レヴィアナは蔦を見る。
花のマークを作ったままの蔦。
そして。
その蔦を嬉しそうに眺めている少年。
「この子も植物に愛されてるのかもしれないわね……」
ぽつりと呟く。
ソラウほどじゃない。
花も咲かない。
花弁も飛ばない。
植物魔術師として見れば全然違う。
だけど。
レヴィアナは思う。
ソラウの植物は花を咲かせた。
この少年の植物は。
なぜか蔦ばかり出てくる。
うにょう。
うにょう。
元気だけは異常に良い。
レヴィアナは苦笑した。
「蔦だけだけど」
ソラウなら笑うだろう。
きっと。
『それも個性だよ!』
なんて言いながら。
レヴィアナは空を見上げた。
冬空。
白い雲。
そして。
ほんの少しだけ。
昔の友人を思い出しながら。
雪原に描かれた蔦の花を眺めていた。




