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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
125/197

魔術の応用

午後。


温泉街の外れ。


雪の積もった空き地。


ザインは腕を組みながら考えていた。


レヴィアナに言われた事。


応用力。


それが頭から離れない。


「蔦……」


地面を見る。


植物魔術。


南方魔術。


ザインが最も慣れている魔術の一つ。


だが。


使い方は大体決まっている。


伸ばす。


絡める。


足を止める。


拘束する。


終わり。


「他には……」


ザインは魔力を流した。


地面から緑色の蔦が伸びる。


雪を押し分けながら。


うにょう。


うにょう。


何本も這い出てくる。


見慣れた植物魔術。


義手を使っていない普通の魔術だ。


ザインはしばらく眺める。


蔦もうにょうにょしている。


「……」


「……座れるかな」


誰も止める者はいない。


だから試した。


そっと腰を下ろす。


うにょう。


蔦が少し沈む。


だが意外と支えてくれる。


「おお」


ちょっと楽しい。


蔦が動く。


揺れる。


なんだか生き物に乗っているみたいだった。


ザインは少し満足する。


「なるほど」


そして。


余計な事を思い付く。


「滑り台作れるんじゃ……」


やった。


蔦をどんどん伸ばす。


積み上げる。


曲げる。


絡める。


雪の上に即席の滑り台が出来上がった。


見た目はかなり怪しい。


だが。


ザインは満足そうだった。


「いける」


上へ登る。


座る。


少し身を乗り出す。


「それっ」


ずべぇっ!!


開始一秒。


蔦が崩れる。


制御が追い付かない。


蔦が変な方向へうねる。


ザインの身体が回転する。


「えっ」


次の瞬間。


顔面から雪へ突っ込んだ。


ぼすっ!!


雪煙。


静寂。


数秒後。


雪の中からもぞもぞと這い出てくる。


髪に雪。


服に雪。


顔にも雪。


「……失敗」


後ろから声がした。


「何してるの貴方」


レヴィアナだった。


いつの間にか見ていたらしい。


ザインは振り返る。


「応用です」


真顔だった。


レヴィアナは数秒固まる。


そして。


吹き出した。


「ふっ……!」


肩が震える。


「何それ」


「応用です」


「そうじゃなくて!」


レヴィアナは腹を抱えて笑い始めた。


遠くで見ていたヴァレルも吹き出す。


シオンは眼鏡を押さえて肩を震わせている。


ルドヴィカも僅かに口元が緩んでいた。


ザインは雪を払いながら立ち上がる。


だが。


その時だった。


ふと気付く。


「……あれ」


蔦を見る。


座れた。


重さも支えられた。


という事は。


荷物運び。


足場。


橋。


崖の昇降。


色々使えるのではないか。


ザインの目が少し真面目になる。


レヴィアナもそれに気付いた。


そして少し笑う。


「そういう事よ」


ザインが顔を上げる。


レヴィアナは腕を組む。


「馬鹿みたいな失敗からでもいい」


「一つ試して」


「一つ気付く」


「それが応用」


ザインはもう一度蔦を見る。


今度は遊び半分ではなく。


少しだけ研究者みたいな目で。




ザインは腕を組みながら考えていた。


レヴィアナに言われた事。


応用力。


それが頭から離れない。


「蔦……」


地面を見る。


植物魔術。


南方魔術。


ザインが最も慣れている魔術の一つ。


だが。


使い方は大体決まっている。


伸ばす。


絡める。


足を止める。


拘束する。


終わり。


「他には……」


ザインは魔力を流した。


地面から緑色の蔦が伸びる。


雪を押し分けながら。


うにょう。


うにょう。


何本も這い出てくる。


レヴィアナは少し離れた場所で腕を組みながら見ていた。


「何か思い付いたの?」


「ちょっと試してみます」


ザインはそう言うと。


おもむろに蔦の上へ腰を下ろした。


うにょう。


蔦が少し沈む。


だが支えてくれる。


「……」


うにょう。


「……あ、やっぱりなんか楽しい」


レヴィアナは眉をひそめた。


「そう」


反応に困っていた。


ザインは気にしない。


蔦の上で揺られる。


なんだか不思議な感覚だった。


そして。


少し離れた場所を見る。


雪が積もって出来た小さな丘。


「あそこ登れるかな」


嫌な予感がした。


レヴィアナは何も言わない。


どうせ止めてもやる。


そんな顔だった。


蔦が伸びる。


うにょう。


うにょう。


雪山へ向かう。


ザインはそのまま蔦の上に座ったまま進んでいく。


「おお」


ちょっと楽しい。


蔦も頑張る。


うにょう。


うにょう。


斜面を登る。


うにょう。


うにょう。


そして。


頂上付近。


ずるっ。


「あ」


足が滑った。


次の瞬間。


ごろごろごろごろごろっ!!


ザインが雪山を転がる。


蔦も巻き込まれる。


「うわっ」


ごろごろごろっ!


「ちょっ」


ごろごろごろごろっ!


ぼすっ!!


雪の中へ突っ込んだ。


静寂。


数秒後。


もぞもぞ。


雪まみれのザインが這い出てくる。


髪に雪。


服に雪。


顔にも雪。


レヴィアナはしばらく黙っていた。


そして。


「何してるの貴方」


呆れた声だった。


ザインは雪を払いながら立ち上がる。


「応用です」


真顔だった。


レヴィアナは額を押さえる。


「応用ってそういう事じゃないのよ」


だが。


その時だった。


ザインが蔦を見ていた。


真面目な顔だった。


「でも」


「ん?」


「座れました」


レヴィアナが少し首を傾げる。


ザインは続ける。


「重さも支えられました」


「それで?」


「荷物運びに使えるかもしれません」


蔦を見る。


「橋にも出来るかもしれない」


「崖を登る時の足場にも」


「あと転ばないように手すり付ければ移動にも使えるかも」


レヴィアナは黙った。


ザインはもう雪山から転がった事を気にしていない。


失敗した。


終わり。


ではなく。


失敗した。


じゃあ次はこうしよう。


そう考えている。


レヴィアナはその様子を見ていた。


そして。


ふと昔を思い出す。


翠色の髪。


いつも何かを試していた女。


植物魔術しか使えないと笑われても。


それなら別の使い方を考えればいいと笑っていた女。


花弁を飛ばす剣技も。


蔦を使った戦法も。


全部そんな発想から生まれた。


「……なるほどね」


レヴィアナが小さく呟く。


ザインが顔を上げる。


「何がですか?」


レヴィアナは少しだけ笑った。


「別に」


そして。


もう一度雪まみれの少年を見る。


植物魔術が得意だからじゃない。


失敗しても。


転んでも。


そこで終わらない。


すぐ次を考える。


その姿が。


少しだけ昔の友人に似ていた。


レヴィアナは小さく息を吐く。


「じゃあ次」


ザインが嫌そうな顔になる。


「まだあるんですか」


「当たり前でしょ」


レヴィアナは杖を向ける。


「応用力の授業はまだ始まったばかりよ」


ザインの顔が引きつった。


ザインは雪を払いながら立ち上がった。


レヴィアナは少し離れた場所で腕を組んでいる。


「で?」


「次は何を思い付いたの」


ザインは真面目な顔だった。


応用力。


応用力である。


そして。


再び蔦を見る。


うにょう。


うにょう。


雪の上を這う緑色の蔦。


「……」


しばらく考える。


そして。


蔦同士を絡ませ始めた。


レヴィアナが首を傾げる。


「何作ってるの?」


「網です」


「網?」


蔦が絡む。


編み込まれる。


縦。


横。


縦。


横。


やがて。


地面から少し浮いた巨大な網が完成した。


弾力がある。


かなりある。


レヴィアナは嫌な予感しかしなかった。


「貴方まさか」


ザインは頷く。


「試します」


「やめなさい」


「大丈夫です」


「その言葉が一番信用できないのよ」


そして。


ザインは走った。


だだだだっ!


飛ぶ。


「それっ!」


ぽよん。


跳ねた。


網が沈む。


そして。


跳ね返る。


ぽよん。


「おお」


ぽよん。


ぽよん。


「おおお」


ぽよん。


ぽよん。


ぽよん。


ザインは目を輝かせた。


楽しい。


かなり楽しい。


蔦の網は予想以上に弾力があった。


「すごい」


ぽよん。


「跳ねる」


ぽよん。


「めっちゃ跳ねる」


レヴィアナは額を押さえた。


「貴方本当に何してるの」


ザインは聞いていない。


ぽよん。


ぽよん。


雪景色の中。


仮面を付けた少年が蔦のトランポリンで跳ねている。


絵面が酷かった。


しかし。


本人は楽しそうだった。


そして。


数回跳ねた後。


ザインがふと呟く。


「……あ」


レヴィアナの眉が動く。


嫌な予感だ。


大体この「あ」はろくな事にならない。


ザインは網を見る。


「これ」


「何」


「落下防止に使えそうです」


レヴィアナが固まる。


ザインは続ける。


「崖下に張れば助かるかも」


「荷物受けにも使える」


「あと飛び降りる時の安全確保とか」


レヴィアナは黙った。


確かに。


言われてみればそうだった。


実際。


弾力は十分ある。


人間一人くらいなら受け止められそうだ。


ザインはさらに考える。


「防御にも使えるかな」


「矢を絡め取るとか」


「魔獣を捕まえるとか」


レヴィアナは小さく息を吐く。


そして。


少しだけ笑った。


「……なるほど」


ザインが顔を上げる。


「何ですか?」


「貴方」


レヴィアナは肩を竦める。


「応用力が無いんじゃなくて」


「方向性がおかしいだけね」


ザインは首を傾げた。


意味が分からなかった。


そして。


その直後。


ぽよん。


もう一回跳ねた。


レヴィアナは思った。


――やっぱり子供だわ。


そんな事を考えながらも。


どこか楽しそうにその様子を眺めていた。


ザインは蔦の網から降りた。


楽しかった。


純粋に。


とても。


こんな感覚は久しぶりだった。


聖騎士団にいた頃も。


戦場にいた頃も。


逃亡していた頃も。


こんな風に馬鹿な事をして遊ぶ余裕なんて無かった。


だから。


少しだけ。


楽しかった。


レヴィアナはその様子を見ていた。


何も言わない。


ただ。


普段より少し年相応な少年の姿だった。


ザインは再び考える。


「次は……」


蔦を見る。


うにょう。


うにょう。


そして。


何か思い付く。


レヴィアナが嫌な予感を覚える。


「何」


「移動です」


「嫌な予感しかしないわ」


ザインは聞いていない。


緑色の蔦を伸ばす。


そして。


自分の胴体へ巻き付けた。


ぎゅるる。


レヴィアナが思わず一歩前へ出る。


「待ちなさい」


「大丈夫です」


「その言葉を禁止したいわ」


蔦はさらに巻き付く。


そして。


雪山の頂上へ向かって伸びる。


うにょう。


うにょう。


次の瞬間。


ぎゅんっ!


「おおっ!?」


ザインの身体が持ち上がった。


蔦が彼を引っ張る。


雪山の斜面を越え。


そのまま頂上へ。


レヴィアナは呆然としていた。


「できた……」


ザイン本人も驚いている。


頂上へ到着。


そして。


少し考える。


下を見る。


雪の斜面。


長い。


なだらか。


そして。


今の彼は少し楽しくなっていた。


良くない兆候だった。


「あ」


レヴィアナが察する。


「やめなさい」


ザインは既に座っていた。


「いけそうです」


「やめなさい」


「大丈夫です」


「だからその言葉を――」


遅かった。


ザインは斜面へ飛び出した。


ざざざざざっ!!


雪山を滑る。


勢いよく。


かなり速い。


「おおおお!」


楽しそうだった。


本人は。


だが。


途中で蔦の制御が怪しくなる。


右へ。


左へ。


ぐらぐら。


レヴィアナが頭を抱える。


「でしょうね!」


ザインは滑る。


ぐらぐら。


ざざざざっ!!


「おおおおお!」


まだ楽しそうだった。


そして。


最後。


ぼすっ!!


雪の吹き溜まりへ突っ込んだ。


静寂。


数秒後。


もぞもぞ。


雪の中からザインが出てくる。


髪に雪。


服に雪。


顔にも雪。


本人だけは満足そうだった。


「成功です」


レヴィアナは即答した。


「失敗よ」


「でも頂上まで行けました」


「そこじゃないの」


ザインは少し考える。


そして。


真面目な顔になる。


「蔦で移動はできますね」


「……」


「荷物運搬も出来るかも」


「……」


「怪我人も運べるかもしれません」


レヴィアナは黙る。


確かに。


遊んでいるようにしか見えない。


だが。


本人はちゃんと考えていた。


拘束しか出来なかった蔦。


それを移動や運搬へ転用している。


レヴィアナは小さく息を吐く。


そして。


少しだけ笑った。


「本当に」


「何ですか?」


「変な所で頭が回るわね」


ザインは首を傾げる。


意味が分からなかった。


その横で。


緑色の蔦だけが。


満足そうにうにょうにょと揺れていた。

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