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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
124/197

逸らす魔術

ザインは少し考えた。


そして。


蔦を見下ろす。


「風と植物……」


レヴィアナは腕を組んで見ていた。


「やってみなさい」


ザインは頷く。


魔力を練る。


風の刃。


いつも使っている魔術。


その風へ。


今度は植物魔術で生み出した蔦を絡ませる。


「……っ」


放つ。


ひゅんっ!


風の刃が飛ぶ。


だが。


途中で蔦が千切れる。


ばらばら。


蔦が風に巻き込まれ。


四方へ飛び散る。


結果。


何だかよく分からない物になった。


風なのか。


植物なのか。


本人にも分からない。


ザインは固まる。


レヴィアナも固まる。


数秒後。


レヴィアナが吹き出した。


「ふっ……!」


肩が震える。


「何それ」


「分かりません」


即答だった。


「僕にも分かりません」


「でしょうね!」


レヴィアナは珍しく声を出して笑った。


「花の魔剣士には程遠いわね」


ザインは少しむくれる。


「花弁とかどうやって出すんですか……」


「私に聞かないで」


レヴィアナは即答した。


「私も知らない」


そして。


少しだけ懐かしそうに笑う。


「だからあいつは変だったのよ」


しばらく笑った後。


レヴィアナは真面目な顔へ戻る。


「まぁいいわ」


杖を持ち上げる。


「応用力の話をしたけど」


「貴方に今必要なのはこっちね」


ザインが首を傾げる。


レヴィアナは雪の上へ立つ。


そして。


小さな魔法陣を展開した。


「攻撃魔術ばかり覚えても意味がない」


「生き残る魔術も必要よ」


魔法陣が光る。


すると。


遠くに置いてあった木片が浮く。


ひゅっ。


木片がレヴィアナへ向かって飛ぶ。


だが。


当たる寸前。


軌道が曲がった。


木片は横へ逸れ。


雪へ突き刺さる。


ザインが目を見開く。


「今のは……」


レヴィアナは頷く。


「偏向術式」


聞き慣れない言葉だった。


「飛来物の軌道へ干渉する魔術よ」


「矢」


「投擲武器」


「魔術の飛翔体」


「全部じゃないけど逸らせる」


ザインは真剣な顔になる。


レヴィアナは続けた。


「防御魔術みたいに受けるんじゃない」


「軌道をずらす」


「だから消費魔力も少ない」


そして。


珍しく少し真面目な顔になる。


「貴方みたいな前衛寄りの魔術師には向いてる」


ザインは黙って聞いていた。


レヴィアナはその様子を見て続ける。


「この前の襲撃」


「ナイフが飛んできたでしょう?」


ザインの顔が曇る。


割れた仮面。


飛んできた刃。


肩の傷。


全部思い出した。


レヴィアナは静かに言う。


「風圧で逸らしたのは悪くない」


「でも毎回それじゃ遅い」


「だから覚えなさい」


杖をザインへ向ける。


「次はこれ」


「生き残るための魔術よ」


ザインは少し真剣な顔で頷いた。


今度は眠そうな顔ではなかった。


レヴィアナは雪の上へ一本の枝を置いた。


「まず理論から」


ザインは少し嫌そうな顔をする。


「また座学ですか……」


「今回は実技よ」


レヴィアナは即答した。


そして枝を指差す。


「防御魔術は基本的に受け止める」


「土壁も氷壁もそう」


「だから相手の威力が上回れば壊れる」


ザインは頷く。


それは理解できる。


レヴィアナは続けた。


「でもこの術は違う」


「受けない」


「逸らす」


指先で枝を弾く。


枝が雪の上を転がった。


「例えば槍」


「真正面から止めるのは大変」


「でも角度を少し変えるだけなら?」


ザインは目を見開く。


レヴィアナは笑う。


「そういう事」


魔法陣が展開される。


小石が浮かぶ。


次の瞬間。


小石が高速で飛ぶ。


だが。


レヴィアナの前で軌道が僅かに曲がる。


小石は彼女の肩を掠める事もなく横へ飛び去った。


「見えた?」


「はい」


「この術は勢いを消してない」


「方向だけ変えてる」


ザインは理解した。


だから強い。


威力を受け止めない。


押し返さない。


少し横へ流すだけ。


それだけで飛来物は当たらなくなる。


レヴィアナは続ける。


「風圧より早いわ」


「必要な魔力量も少ない」


「それに――」


杖を持ち上げる。


「相手の威力が大きいほど有効な場合もある」


ザインは真剣に聞いていた。


確かに。


あの優男のナイフ。


風圧で逸らした。


だが完全には逸らし切れなかった。


もしこの魔術なら。


もっと楽に防げたかもしれない。


「やってみなさい」


レヴィアナが言う。


ザインは頷く。


魔力を練る。


風圧とは違う。


押し返さない。


流す。


僅かに。


横へ。


レヴィアナが小石を飛ばす。


ひゅっ。


ザインは魔法陣を展開。


だが。


小石はそのまま額へ命中した。


ごつん。


「痛っ!」


レヴィアナが吹き出す。


「全然駄目」


「押し返そうとしてる」


ザインは額を押さえる。


「難しいです……」


「だから練習するのよ」


再び小石が飛ぶ。


ごつん。


「痛い!」


もう一発。


ごつん。


「痛っ!」


遠くで見ていたヴァレルが笑い始める。


シオンも苦笑している。


ルドヴィカは腕を組んだまま見守る。


そして。


何十回目か。


ザインの魔法陣が僅かに変化する。


飛んできた小石。


その軌道が。


ほんの少しだけ横へ逸れた。


かすっ。


頬を掠めるだけで済む。


レヴィアナの目が細くなる。


「今の」


ザインも気付いた。


確かに。


押し返していない。


流した。


逸らした。


ほんの少しだけ。


レヴィアナは満足そうに笑う。


「そう」


「それよ」


ザインは頬を押さえながら息を吐く。


まだ未完成。


だけど。


確かに新しい感覚だった。


優男との戦いで覚えていたら。


そう思うくらいには。


「もう一回」


レヴィアナが小石を放る。


ひゅっ。


高速。


だが。


ザインは慌てない。


魔力を練る。


展開。


そして。


小石がザインの目の前で僅かに軌道を変える。


すっ。


横を通り過ぎた。


レヴィアナは黙る。


今度は三発。


ひゅっ。


ひゅっ。


ひゅっ。


ザインはそれらを順番に逸らす。


一発。


二発。


三発。


全て命中しない。


ヴァレルが口笛を吹いた。


「おいおい」


「もう出来てるじゃねえか」


シオンも苦笑する。


「早いですね」


レヴィアナは杖を下ろした。


そして。


少し呆れたように言う。


「……貴方」


「戦闘系の魔術だけ覚えるの早すぎない?」


ザインは首を傾げる。


自覚が無い。


「そうですか?」


「そうよ」


即答だった。


「普通はもう少し時間かかるわ」


レヴィアナは考える。


理論を理解する速さ。


実践への落とし込み。


どちらも異常に早い。


特に。


生き残るための技術。


防ぐ。


避ける。


反撃する。


そういう類いの習得速度が異様だった。


そして。


ふと思う。


戦場。


聖王国。


少年兵。


片腕。


レヴィアナは少しだけ目を伏せた。


「……戦場で覚えたのかもしれないわね」


ザインは黙る。


レヴィアナは続ける。


「本来こういうのは何年もかけて覚えるものなの」


「でも貴方は」


杖でザインを指す。


「感覚で理解してる」


「飛んできたら死ぬ」


「だから避ける」


「避けられないなら逸らす」


「そういう発想が最初から出来てる」


ヴァレルが腕を組む。


「まぁ」


「坊主、実戦経験だけなら下手な銀級よりあるだろうしな」


シオンも頷く。


「戦場を生き残った人の感覚ですね」


ザインは少し困った顔になる。


褒められている気がしない。


レヴィアナは小さく息を吐いた。


「才能もある」


「でもそれだけじゃない」


そして。


珍しく真面目な顔で言った。


「貴方は生き残る事に慣れすぎてるのよ」


その言葉に。


ザインは少しだけ黙り込む。


風が吹く。


雪が舞う。


誰も続けて喋らない。


レヴィアナも、それ以上は言わなかった。


ただ。


彼女には分かっていた。


この少年の戦闘技術は、才能だけで身に付いたものじゃない。


何度も死にかけて。


何度も痛い目を見て。


何度も生き延びてきた結果だと。


だからこそ。


新しい魔術を覚える度に。


それを「どう戦うか」ではなく、


「どう生き残るか」で考えているのだと。

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