平和な朝
平和な朝だった。
温泉街の外れ。
雪の積もった広場。
白い息が空へ昇る。
ザインは木箱の上に座っていた。
手には温かいお茶。
そして。
眠そうな顔。
「……ふぁ」
欠伸を噛み殺す。
目が半分閉じている。
その前では。
レヴィアナが真面目な顔で話していた。
「まず魔術というのは魔力を現象へ変換する技術よ」
「魔力そのものは現象ではない」
「だから術式が必要になる」
「術式とは――」
ザインは聞いている。
聞いているのだが。
眠い。
とにかく眠い。
朝六時だった。
レヴィアナは説明を続ける。
「例えば火」
「火そのものを生み出している訳じゃないの」
「魔力を燃焼現象へ変換して――」
ザインの目が閉じる。
こくり。
首が落ちる。
レヴィアナの眉がぴくりと動く。
「……聞いてる?」
「聞いてます」
即答だった。
だが眠そうだった。
レヴィアナは溜息を吐く。
そして。
少しだけ昔を思い出した。
「……まぁ」
肩を竦める。
「私も座学は嫌いだったわ」
ザインが少しだけ目を開ける。
「そうなんですか?」
「ええ」
即答だった。
「寝てた」
「寝てたんですか」
「寝てたわ」
レヴィアナは堂々と言った。
そして。
ふっと笑う。
「だから実際に見せる方が早いわね」
その瞬間。
空気が変わる。
ザインの眠気が少し飛ぶ。
レヴィアナが杖を持ち上げた。
「見なさい」
魔法陣が展開される。
青白い光。
次の瞬間。
無数の氷槍が空中へ現れた。
鋭い。
大人の腕ほどの太さ。
それが何十本も浮かんでいる。
ザインの目が少し開く。
「おお……」
レヴィアナは指を振る。
氷槍が一斉に飛ぶ。
轟音。
遠くの岩へ突き刺さる。
岩が砕け散った。
「氷の槍」
続いて。
地面へ杖を突く。
ごごごごごっ!!
大地が盛り上がる。
厚い土壁。
城壁のような巨大な壁が出現する。
ザインの眠気が更に飛ぶ。
「でかい……」
「土の壁」
レヴィアナは得意げだった。
次。
指を振る。
しゅんっ。
空気が裂ける。
透明な風の刃。
遠くの木が一瞬で切断される。
雪と共に倒れた。
「風の刃」
そして。
最後だった。
レヴィアナは静かに詠唱する。
周囲の温度が上がる。
空気が揺らぐ。
ザインの表情が変わる。
魔力量が違う。
完全に。
今までの魔術とは別格だった。
魔法陣が輝く。
そして。
轟ッ!!
巨大な炎が空へ噴き上がる。
まるで火山の噴火だった。
雪が一瞬で消える。
周囲の空気が熱を帯びる。
木々が揺れる。
熱風が吹き抜ける。
ザインは思わず立ち上がった。
「うわっ!?」
その炎はしばらく燃え続け。
やがて消える。
そこには。
黒く溶けた地面だけが残っていた。
レヴィアナは満足そうに笑う。
「これが火」
「高位魔術師が使う火よ」
ザインは呆然としていた。
しばらく言葉が出ない。
そして。
ぽつりと呟く。
「……僕の火と全然違う」
レヴィアナはにやりと笑う。
「だから教えてあげるって言ったのよ」
その顔は。
少しだけ楽しそうだった。
レヴィアナの視線が。
雪の上を這う蔦へ向く。
ザインが何気なく使っていた南方魔術。
緑の蔦。
雪を押し分けながらゆっくり伸びていく。
レヴィアナはそれを見ていた。
しばらく。
何も言わない。
ザインが首を傾げる。
「レヴィアナさん?」
そこでようやく我に返る。
「ああ、ごめんなさい」
珍しく気の抜けた声だった。
そして。
少しだけ遠くを見る。
「昔ね」
「植物魔術が得意な友達がいたのよ」
ザインは蔦を見下ろす。
「植物魔術ですか?」
「ええ」
レヴィアナは頷く。
「私とは真逆だった」
小さく笑う。
「炎も氷も苦手」
「魔力量も私ほどじゃない」
「学院時代はよく私に勝手に張り合ってきてたわ」
懐かしそうだった。
だが。
次の言葉には確かな敬意が混じる。
「でも強かった」
ザインが少し驚く。
レヴィアナは続ける。
「正面から魔術を撃ち合えば私が勝つ」
「でも戦場では分からなかった」
風が吹く。
蔦が揺れる。
「植物魔術と剣術を組み合わせてね」
「私が思いつきもしない戦い方をするの」
「花弁を刃にしたり」
「蔦で相手の体勢を崩したり」
「地面そのものを味方にしたり」
そして。
少し笑った。
「応用力の塊みたいな女だった」
ザインは黙って聞いている。
レヴィアナは蔦を見る。
「だから貴方を見てると思い出すのよ」
「魔術の種類じゃない」
「使い方」
「自分に出来る事で戦うところが少し似てる」
その言葉は。
レヴィアナにしては珍しく素直な評価だった。
だが次の瞬間。
ぱん、と手を叩く。
「だからこそ!」
急に声が大きくなる。
ザインがびくっとする。
「貴方に足りないのは応用力よ!」
「えぇ!?」
「蔦を伸ばして終わり!」
「風の刃を飛ばして終わり!」
「そこから先を考えなさい!」
レヴィアナは杖を突き付ける。
「もしソラウなら!」
「その蔦で足場を作る!」
「拘束する!」
「視界を塞ぐ!」
「武器を奪う!」
「十個は使い道を考えるわ!」
ザインは少し引いていた。
「その人凄くないですか……?」
レヴィアナは即答する。
「凄かったわよ」
そして。
ほんの少しだけ寂しそうに笑った。
「だから今でも覚えてるの」




