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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
122/197

オレンジ

一方その頃。


温泉街には、のんびりとした空気が流れていた。


連続殺人事件。


暗部と思われる男。


街の警戒強化。


そんな話はある。


だが。


温泉街そのものは相変わらずだった。


湯煙。


雪景色。


観光客。


のんびりした時間。


そして。


ザインもようやく普通に歩けるようになっていた。


もっとも――


「だからって一人で出歩かないの」


ベリアリアにはしっかり怒られた。


「でも歩けますよ?」


「そういう問題じゃないの」


即答だった。


そのため。


今のザインは自室で大人しくしていた。


机に向かう。


手には魔術書。


南方魔術に関する本を読んでいた。


そんな時だった。


コンコン。


扉が叩かれる。


「どうぞ」


扉が開く。


そこに居たのは。


「よぉ坊主」


ヴァレルだった。


その後ろには。


レヴィアナ。


シオン。


ルドヴィカ。


金級パーティの面々。


ザインは少し驚く。


「皆さん?」


ヴァレルはにやりと笑う。


そして。


紙袋を放り投げた。


ザインは慌てて受け取る。


ずしり。


少し重い。


中を見る。


そこには。


オレンジがいくつも入っていた。


ザインがきょとんとする。


ヴァレルは鼻を鳴らした。


「ほら」


「この前食えなかっただろ」


ザインは一瞬固まる。


夜道。


襲撃。


散乱したオレンジ。


思い出した。


「……買ってきてくれたんですか?」


「まぁな」


ヴァレルは頭を掻く。


少し照れ臭そうだった。


「ギルドの奴から聞いたら、お前結構楽しみにしてたらしいじゃねぇか」


シオンが苦笑する。


「銀級冒険者が果物目当てで依頼を受けていると聞いた時は驚きました」


「美味しいですからね」


ザインは真顔で返した。


レヴィアナが吹き出す。


「そこ即答するのね」


ルドヴィカもどこか満足そうだった。


ザインは袋の中のオレンジを見つめる。


それから少しだけ笑った。


「ありがとうございます」


素直な声だった。


ヴァレルは手をひらひらさせる。


「気にすんな」


「その代わりちゃんと元気になれよ」


その言葉に。


ザインは静かに頷いた。


そして心の中で思う。


――ベリアリアさんに何か作ってもらおう。


その瞬間。


何故かレヴィアナが額を押さえた。


「絶対そう考えてる顔してるわ」


「え?」


「図星ね」


部屋に小さな笑い声が広がった。


ザインは、オレンジを頬張っていた。


もぐもぐ。


もぐもぐ。


仮面を少しずらして。


一房。


また一房。


甘い。


とても甘い。


やはり果物は美味しい。


その様子を見ながら。


ヴァレル達は他愛もない話をしていた。


最近の依頼。


温泉街の飯。


リザリアが酒場でやらかした話。


シオンが巻き込まれた話。


そんな平和な会話だった。


そして。


レヴィアナが突然立ち上がる。


「そうだ!」


全員が見る。


嫌な予感しかしなかった。


レヴィアナはザインを指差した。


「この私が!」


ばぁん!


「あなたに魔術を教えてあげる!」


部屋が静まる。


ザインも静まる。


オレンジを咥えたまま固まる。


ヴァレルが呟く。


「始まったな」


シオンが頭を抱える。


「始まりましたね」


ルドヴィカは黙っている。


だが諦めた顔だった。


ザインは首を傾げる。


「え?」


レヴィアナは胸を張る。


「え?じゃないわよ」


「貴方の魔術、かなり独特だけど基礎が滅茶苦茶なのよ」


「南方魔術に頼り過ぎ」


「魔力制御も荒い」


「詠唱短縮も甘い」


「応用理論も足りない」


次々と言われる。


ザインが少ししょんぼりする。


「そんなにですか……」


「そんなによ」


即答だった。


レヴィアナは腕を組む。


「でも才能はある」


「かなりある」


「だから私が鍛える」


その目は本気だった。


ヴァレルが吹き出す。


「おい坊主」


「逃げろ」


「まだ間に合うぞ」


「何でですか!?」


シオンも苦笑する。


「レヴィアナさんの訓練は厳しいですからね……」


「金級になった今でもたまにやらされます」


ルドヴィカが静かに頷いた。


それだけで説得力があった。


だが。


レヴィアナは気にしない。


ザインの隣へ座る。


そして机の上の魔術書を見る。


「まずそこから駄目」


「えぇ!?」


「古い」


「理論が二世代前」


「どこで拾ってきたのこれ」


「グリムヴァルドさんに借りました」


「納得したわ」


レヴィアナが真顔で言う。


ザインは少し不服そうだった。


そんな様子を見て。


ヴァレル達は笑う。


久しぶりだった。


誰かがザインを年相応の少年として扱っている光景は。


そしてレヴィアナは満足そうに宣言した。


「明日から訓練ね」


ザインの顔が固まる。


「え?」


「朝六時集合」


「え??」


「逃げたら追いかけるわよ」


「えぇぇぇぇ!?」


部屋の中に笑い声が響いた。

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