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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
118/197

変わった温泉街と来客

警戒が強まった温泉街。


夜になると、以前より明らかに空気が違っていた。


ギルド所属の冒険者。


武装した警備兵。


巡回する帝国兵。


通りの至る所に、人の気配がある。


雪の降る街。


湯煙の向こうを、フィリスとジンは並んで歩いていた。


ジンは、まだ包帯姿だった。


左脚も完全ではなく、少し歩き方がぎこちない。


フィリスは、その隣をゆっくり歩く。


時折。


心配そうにちらちら見ていた。


通りの向こうには、帝国兵の姿も見える。


重装の兵士達が、真面目な顔で巡回していた。


フィリスは、その様子を見ながら小さく呟く。


「……本当に警戒が強くなってますね」


ジンも静かに周囲を見る。


以前の温泉街は、もっと緩かった。


今は違う。


完全に“何かが潜んでいる街”の空気だった。


その時。


フィリスが、少しだけ申し訳なさそうに言った。


「……ごめんなさい」


ジンが首を傾げる。


フィリスは俯いた。


「私、もっと早く見つけられてたら……」


「こんな事にならなかったかもしれないのに」


雪を踏む音だけが響く。


ジンは少し黙っていた。


それから。


静かに答える。


「……そんな事ないですよ」


黒い瞳が、ゆっくりフィリスを見る。


「フィリスさんは、ずっと探してくれてたじゃないですか」


「それだけで十分です」


フィリスの肩が、ぴくりと震える。


ジンは、少し困ったように笑った。


「むしろ」


「見つけてくれて、嬉しかったです」


その言葉に。


フィリスは、しばらく何も言えなかった。


ただ。


眼鏡の奥の瞳を、少しだけ潤ませながら。


小さく笑った。


しばらくして。


ジンとフィリスは宿へ戻っていた。


温泉街の夜は静かだ。


外では雪が降り続けている。


宿の暖炉の火が、ぱちぱちと鳴っていた。


ベリアリアは、二人が戻って来た事に少し安心した顔をしている。


「おかえりなさい」


柔らかな声。


フィリスも、小さく頭を下げた。


そんな時だった。


ギィ……と扉が開く。


冷たい雪風が、宿の中へ流れ込んだ。


そこに立っていたのは。


大柄なリザードマン系獣人の女性だった。


雪まみれの外套。


腰に吊られた二刀の曲刀。


長く太い尻尾が、ゆっくり揺れている。


そして。


黄色い瞳が、宿の中を見回した。


その視線がジンを捉えた瞬間。


ぱっと顔が明るくなる。


「おう!」


豪快な声。


「ザイン、久しぶりだなぁ!」


リザリアだった。


まるで昨日ぶりみたいな調子で手を上げてくる。


ジンの黒い瞳が少し見開かれる。


「……リザリア」


リザリアは雪を払いながら、ずかずか宿へ入って来た。


尻尾が楽しそうに揺れている。


「ギルドで聞いたんだよ」


「ここ泊まってるってな」


それから。


包帯姿のジンを見て、眉を顰めた。


「怪我したって?」


黄色い瞳が、じっとジンを見る。


「なんかボロボロじゃねぇか」


その声には、普通に心配が混じっていた。


フィリスは、少し目を丸くしてリザリアを見る。


かなり距離感が近い。


ベリアリアも、少し驚いた顔だった。


対して。


ジンは少し困ったように笑う。


「……色々ありまして」


「色々で済ませる怪我かそれ?」


リザリアが呆れた顔をする。


そのまま。


遠慮なくジンの前まで来た。


そして。


白い髪を、ちらりと見た。


「相変わらず白髪すげぇな」


軽い調子だった。


昔と同じ。


何も変わらないみたいな言い方。


ジンは少しだけ視線を逸らす。


「まぁ……昔からですし」


リザリアは鼻を鳴らす。


「その辺ですぐ見つかりそうだよな、お前」


即答だった。


そのあまりにも自然な返しに。


フィリスが少しだけ目を瞬かせる。


ジンも、一瞬ぽかんとした後。


少しだけ笑った。


リザリアは、じっとフィリスを見た。


黄色い瞳が細められる。


長い尻尾が、ゆらりと揺れた。


「んで……」


率直な声。


「お前は誰なんだ?」


いきなりだった。


フィリスが少しだけ姿勢を正す。


「え、えっと……」


眼鏡を押し上げる。


「フィリスです」


少し迷う。


それから。


ちらりとジンを見る。


「……ザイン君とは、その……」


さらに迷った。


どう説明すればいいのか分からない顔だ。


そして。


小さく答える。


「家族……みたいなものです」


その瞬間。


リザリアは、ぱっと笑った。


「おー!」


妙に納得した顔。


「そうか!」


そして。


ニカッと牙を見せて笑う。


「ザインの姉ちゃんか!」


フィリスが固まる。


「えっ」


「よろしくな!」


リザリアは、完全にその認識になっていた。


そのまま親指で自分を指す。


「俺は辺境街でザインと組んでたんだ」


それから。


楽しそうにジンを見る。


「な? 相棒」


ジンは一瞬ぽかんとしていた。


それから。


少しだけ困ったように笑う。


「……まぁ、そうですね」


フィリスは、そのやり取りを見て少し目を丸くする。


辺境街。


相棒。


ジンが、自分の知らない場所で。


ちゃんと誰かと関係を築いていた。


その事実に。


少しだけ安心したみたいだった。


その時だった。


再び、宿の扉が開く。


「ちょっと早いわよリザリア!」


女性の声。


雪を払いながら、中へ入って来たのは。


長身の弓使いの女性だった。


茶髪。


灰青色の瞳。


軽装革鎧。


背には長弓。


落ち着いた空気を持つ女冒険者。


カティアだった。


彼女は、呆れたような顔でリザリアを見る。


「急に走って行くから何事かと思ったじゃない」


リザリアは悪びれもなく笑う。


「いやぁ、ザイン居るって聞いたらついな!」


「つい、で済ませないで……」


カティアは溜息を吐きながら視線を動かす。


そして。


ジンを見た瞬間、少し眉を顰めた。


白い仮面。


包帯だらけの身体。


明らかに負傷している。


「……酷い怪我ね」


淡々とした声。


そこに強い感情は無かった。


ただ、事実を確認しているだけ。


ジンは少し困ったように笑う。


「まぁ……色々ありまして」


「その“色々”が危険そうなのは分かったわ」


カティアは静かに返す。


それ以上深くは踏み込まない。


フィリスは、その距離感に少しだけ目を瞬かせた。


リザリアは空気を気にせず笑う。


「辺境街組、集合って感じだな!」


「そんな軽い話じゃないでしょう……」


カティアがまた溜息を吐く。


そして。


改めてフィリスを見る。


「……そっちの人は?」


フィリスは少し慌てて姿勢を正した。


「ふ、フィリスです……!」


カティアは静かに頷く。


「カティアよ」


短い自己紹介。


それから。


ちらりとジンを見る。


灰青色の瞳が細められる。


「……前より騒がしい環境になってるのは分かったわ」


その言葉に。


ジンは少しだけ苦笑した。


ジンは、少し首を傾げながらカティアを見た。


「……なんでカティアさんまでここに?」


カティアは、ふっと小さく息を吐く。


それから、近くの椅子へ腰掛けた。


「冬季休暇よ」


淡々とした声。


「せっかくだから、温泉街でのんびりしようと思ってね」


灰青色の瞳が、静かに宿の中を見回す。


「辺境街の仕事も、この時期は減るし」


「私のパーティも、最近はめっきり依頼受けなくなってたのよ」


リザリアが横から笑う。


「寒ぃしなぁ!」


「貴方は年中動き回ってるでしょう……」


カティアが呆れたように返す。


それから。


再びジンを見る。


「で、ギルドで貴方がここに居るって聞いたから」


「折角だし、遊びに来たのよ」


その言い方は、かなり自然だった。


変に重くない。


“会いに来た”というより、本当にふらっと寄ったみたいな空気。


カティアは肩を竦める。


「途中でリザリアと会ったから、一緒に来たの」


「そしたらコイツ、急に走り出すし」


「だってザイン居るって聞いたし!」


リザリアが即答する。


フィリスは、そのやり取りを静かに見ていた。


辺境街。


パーティ。


休暇。


自分の知らない“ザイン”の時間。


それを自然に話す二人を見て。


少しだけ、不思議そうな顔をしている。


対して。


ジンは、少しだけ肩の力が抜けたように笑った。


「……なんか」


小さな声。


「急に知り合い増えましたね、この宿」


ベリアリアが、くすっと笑う。


「賑やかなの、私は好きよ」


その言葉に。


宿の空気が、少しだけ柔らかくなった。


「お客様は大歓迎よ」


ベリアリアは、柔らかく笑いながら言った。


宿の暖かな空気。


外では雪が降っている。


フィリスは少し申し訳なさそうに頭を下げる。


「す、すみません……急に……」


「いいのよ」


ベリアリアは穏やかに首を振った。


「こんな時くらい、賑やかな方が安心するもの」


その言葉に。


フィリスの表情が少しだけ和らぐ。


リザリアは、完全にくつろいだ様子で尻尾を揺らしていた。


「おっ、飯付きか?」


「まずそこなのね貴方……」


カティアが呆れたように溜息を吐く。


そんな二人を見て。


ベリアリアは、くすっと笑った。


「ちゃんと空き部屋あるから安心してちょうだい」


そして。


一人一人、部屋へ案内していく。


フィリス。


リザリア。


カティア。


それぞれ別室。


廊下には暖かな灯りが並んでいた。


最後に。


ジンも、自分の部屋へ戻る。


包帯だらけの身体は重い。


傷も痛む。


だが。


今日は、不思議と心が静かだった。


扉を閉める。


部屋の中は暖かい。


机の上には、昨日ベリアリアが焼いてくれたアップルパイの残り。


オレンジも置いたままだ。


ジンは、ゆっくり椅子へ腰掛ける。


そして。


小さく息を吐いた。


外ではまだ雪が降っている。


けれど。


今夜だけは。


少しだけ、“帰って来た”みたいな気持ちになっていた。





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