優男戦闘後…
「……大丈夫です」
ザインは、荒い呼吸のまま言った。
血塗れだった。
肩。
脇腹。
脚。
服が裂け、雪へ血が落ちている。
それでも。
黒い瞳だけは、まだ意識を保っていた。
「傷は……浅いです……」
だが。
その声はかなり掠れている。
レヴィアナは即座にザインの前へ膝を付いた。
「喋らない」
鋭い声。
そのまま魔法陣を展開する。
淡い青白い光。
止血術式。
ぽぅ、と優しい光が傷口を包み込む。
流れていた血が、徐々に止まっていく。
レヴィアナの顔は険しかった。
「……浅い傷を何ヶ所作ってると思ってるのよ」
ザインは少し視線を逸らす。
ヴァレルは、周囲警戒をしながら舌打ちした。
「クソッ……」
「なんなんだアイツ……」
シオンも表情が硬い。
「戦闘技術が異常でした」
「完全に暗殺者系統です……」
ルドヴィカは、無言でザインの砕けた仮面を拾っていた。
半分割れている。
雪と血で汚れていた。
レヴィアナは止血しながら低く呟く。
「……しかも、ジンの事を知っていた」
その瞬間。
空気が少し重くなる。
ザインの黒い瞳が、静かに伏せられた。
ヴァレルが眉を顰める。
「“身体が欲しい”とか言ってたな……」
シオンの顔色も悪い。
「かなり危険です」
「しかも、あの男……」
少しだけ迷う。
「……魔族因子の事を理解しているようでした」
レヴィアナの青い瞳が、険しく細められる。
「ええ」
「だから余計に最悪なのよ」
止血魔術が終わる。
だが。
ザインの身体は、かなり限界だった。
レヴィアナは立ち上がる。
「……とりあえず」
静かな声。
「ギルドの医務室に運ぶわよ」
ヴァレルが頷く。
「だな」
次の瞬間。
ルドヴィカが無言でザインを抱え上げた。
「わっ……」
ザインが少し目を見開く。
白熊獣人の腕の中。
完全に運ばれる体勢だった。
ルドヴィカは低く言う。
「……大人しくしてろ」
そのまま。
金級冒険者達は、雪の温泉街を急いで駆け出した。
◇
ギルドの医務室。
夜も遅い時間だというのに、中はまだ慌ただしかった。
暖かなランプの灯り。
薬品の匂い。
そして。
簡易寝台へ座らされたザインを、老人の医務官が診察していた。
白髭の老人だ。
老眼鏡を掛け、傷口を一つ一つ確認している。
「ふむ……」
低い声。
包帯を巻きながら、静かに頷く。
「軽い火傷と打撲……」
「脚の傷以外は軽傷じゃな」
ヴァレルが目を瞬かせる。
「軽傷!?」
「あの血塗れでか!?」
老人医務官は、ふんっと鼻を鳴らした。
「見た目ほど深くないわい」
「まぁ一週間もしたら元通り歩けるじゃろうて」
そのまま、脚の包帯を締め直す。
「止血魔術が良く効いとるよ」
レヴィアナが、少しだけ肩の力を抜いた。
老人医務官は続ける。
「ただし」
真面目な声。
「血はかなり失っとる」
「しばらくは無理せんようにな」
ザインは静かに頷いた。
「……はい」
その返事を聞いて。
金級冒険者達も、ようやく少し安心した空気になる。
ヴァレルが大きく息を吐く。
「マジで焦ったぞ坊主……」
シオンも、眼鏡を押し上げながら小さく息を吐いた。
「生きていて良かったです……」
ルドヴィカは、無言のまま壁際へ立っている。
だが。
先ほどより空気が柔らかかった。
レヴィアナは腕を組んだまま、ザインを見る。
「……今日はちゃんと寝なさい」
「今の貴方、立ってるだけで結構無理してるわよ」
ザインは少し苦笑した。
確かに。
全身が重い。
だが。
生きている。
その実感だけで、少し安心していた。
医務室の空気が、ようやく落ち着き始めた頃だった。
コンコン、と扉がノックされる。
「入るわよ」
低い女の声。
扉が開く。
そこに居たのは、温泉街ギルドのギルドマスターだった。
長身の女性。
落ち着いた雰囲気を持つ人物だ。
彼女は医務室へ入るなり、まずザインの姿を見る。
砕けた仮面。
包帯。
血の跡。
そして。
小さく息を吐いた。
「……生きてて良かったわ」
静かな本音だった。
ヴァレルが肩を竦める。
「ホントにな」
ギルドマスターは、近くの椅子へ腰掛ける。
そして。
真面目な顔になった。
「寝る前にちょっとごめんなさいね」
視線がザインへ向く。
「連日の殺人事件との関連性を聞いておきたいわ」
医務室の空気が、少しだけ変わる。
シオンも表情を引き締めた。
レヴィアナは腕を組んだまま黙っている。
ギルドマスターは静かに続けた。
「今日の男」
「かなりの実力者だったそうね」
「しかも、あなたを狙っていた」
ザインは、少しだけ視線を伏せる。
ギルドマスターは責める口調ではなかった。
むしろ。
確認している。
そんな声音だった。
「名前」
「特徴」
「使っていた魔術」
「心当たり」
「なんでもいいわ」
「街を守る為にも、教えてほしいの」
雪の降る音だけが、外から静かに聞こえていた。




