不穏になる
ダンジョン攻略後。
一行は無事、温泉街へ帰還していた。
王蜜。
女王個体素材。
深層魔石。
かなりの大収穫だったらしい。
ギルド側も珍しく騒がしかった。
「いやぁ今回は当たりだったな!」
ヴァレルが上機嫌で笑っている。
シオンは報酬書類を確認中。
ルドヴィカは静かに酒を飲んでいた。
そして。
レヴィアナは、なにやら小瓶を弄っている。
ザインは、その少し離れた場所で収納魔術から荷物を出していた。
その時。
「はい」
レヴィアナが、小さな瓶をザインへ放る。
ザインは咄嗟に受け取った。
中には。
黄金色に輝く液体。
王蜜だった。
黒い瞳が少し瞬く。
「……え?」
レヴィアナは肩を竦めた。
「貴方、余程気に入ってたじゃない」
青い瞳が、少し楽しそうに細められる。
ヴァレルが吹き出す。
「口の周りベタベタにしてたもんなぁ」
「やめてください」
ザインが即答する。
シオンも少し笑っていた。
レヴィアナは続ける。
「今回かなり働いてくれたし」
「報酬とは別に、お裾分け」
ザインは瓶を見る。
透き通る黄金色。
甘い香り。
ダンジョン深層の光景を思い出す。
そして。
少しだけ困ったように言った。
「……こんな高級品、貰っていいんですか?」
レヴィアナは、ふっと笑う。
「いいのよ」
「どうせ私達だけじゃ消費しきれないし」
それから。
少しだけ柔らかい声で続けた。
「貴方、甘い物好きそうだもの」
ザインは少し黙る。
それから。
仮面の下で、小さく笑った。
「……ありがとうございます」
その返事に。
レヴィアナも、少しだけ笑った。
次の日。
温泉街の冒険者ギルド。
朝の空気はまだ静かだった。
ザインは依頼掲示板を見ている。
討伐。
護衛。
採取。
昨日の王蜜ダンジョンの話もあり、今日は高難度依頼も目立っていた。
だが。
ザインは、その中の一枚をそそくさと取る。
『リンゴ農園付近に出現した魔獣駆除依頼』
銅級依頼。
かなり簡単な部類だ。
その様子を。
少し離れた場所でヴァレルが見ていた。
馬耳がぴくっと動く。
「……おい坊主」
ザインが振り返る。
ヴァレルは呆れた顔だった。
「それ銅級依頼だぜ?」
「もっと割りのいい仕事あるだろ」
そこまで言いかけて。
ふと。
ヴァレルの目が細くなる。
そして。
にやり、と笑った。
「……あ」
「坊主、リンゴ貰おうとしてるな?」
ザインの動きがぴたりと止まる。
数秒沈黙。
そして。
仮面の下から、静かな声。
「……美味しいでしょ、リンゴ」
ヴァレルが吹き出した。
「図星じゃねぇか!」
ザインは少し気まずそうに視線を逸らした。
「あと農園系依頼って、ご飯美味しいので……」
「完全に飯目的だな?」
「……駄目ですか」
「いや別に駄目じゃねぇけどよ」
ヴァレルは笑いながら頭を掻く。
ザインは依頼書を持ったまま、ふと首を傾げた。
「……というか」
黒い瞳がヴァレルを見る。
「なんで今日も居るんですか?」
その瞬間。
ヴァレルの顔が露骨に嫌そうになった。
「……あー」
長い馬耳がだらっと下がる。
「どうやら温泉街で死体が出たらしくてな」
ザインの目が少し細まる。
ヴァレルは面倒臭そうに続けた。
「その関係で、街に居る金級冒険者集めて緊急会議だってよ」
大きく溜息。
「めんどくせぇ……」
ザインは静かにヴァレルを見る。
昨日までの緩い空気とは、少し違う。
温泉街。
死体。
金級緊急招集。
空気が。
少しだけ変わり始めていた。
温泉街から少し離れた丘陵地帯。
そこに広がるリンゴ農園は、甘い香りで満ちていた。
赤い実。
白い雪。
青空。
穏やかな景色だった。
その農園の主人は、依頼書を見た瞬間に目を丸くした。
「ぎ、銀級ぅ!?」
恰幅の良い中年男が、目をぱちぱちさせる。
「こんな依頼に!?」
ザインは静かに仮面越しに会釈した。
「魔獣はどちらですか?」
農園主は慌てて案内する。
そして――。
十分後。
魔獣討伐は終わっていた。
農園を荒らしていた狼型魔獣達は、既に全滅している。
風刃。
体術。
最低限の魔術。
それだけで十分だった。
農園主は完全に呆然としていた。
「は、早ぇ……」
ザインは静かに剣を収める。
そして。
帰り際。
農園主が、ものすごく嬉しそうな顔で袋を抱えてきた。
「兄ちゃんありがとなぁ!!」
大量のリンゴだった。
赤々としている。
かなり良い品だ。
ザインの黒い瞳が、僅かに輝く。
「……ありがとうございます」
その帰り道。
ザインは、リンゴ袋を抱えながら少し機嫌が良かった。
仮面の下で、小さく笑っている。
――帰ったら。
――ベリアリアさんに、リンゴパイ焼いてもらおう。
そんな事を考えていた。
温泉街の雪道を、ゆっくり歩いていく。
平和な時間だった。
だが。
その頃。
温泉街の冒険者ギルドでは。
一人の男が、静かに中へ入って来ていた。
長身。
整った顔立ち。
柔らかな物腰。
優しそうな笑みを浮かべた男だった。
だが。
その目だけは、妙に静かだった。
受付嬢が顔を上げる。
「いらっしゃいませー」
男は、穏やかな笑みのまま口を開く。
「すみません」
柔らかな声。
「この街に……暁ジン、という男の子は居ますか?」
その名前。
受付嬢は少し首を傾げた。
そして申し訳なさそうに笑う。
「すみません、その様な方は在籍してませんねぇ」
男は、一瞬だけ黙った。
だが。
すぐにまた、にこやかに微笑む。
「……そうですか」
柔らかな声だった。
けれど。
その瞳だけは、少しも笑っていなかった。




