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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
108/197

王蜜のダンジョン、深層

王蜜のダンジョン、深層。


そこへ辿り着いた瞬間。


ザインは思わず足を止めた。


「……大きい」


ぽつりと漏れる。


視界の先。


巨大空洞。


その中心に。


“建物”みたいな蜂の巣が存在していた。


琥珀色の巨大巣。


何層にも積み重なり。


まるで塔だった。


壁面には蜜が流れている。


黄金色の液体が、ゆっくり垂れ落ちていた。


そして。


その周囲。


無数の蜂型魔獣が飛び回っている。


羽音。


低い振動音。


空気そのものが震えていた。


しかも浅層の個体とは違う。


大きい。


鋭い。


明らかに上位種。


ヴァレルが槍を肩へ担ぎながら呟く。


「相変わらず気色悪ぃ場所だな」


シオンは静かに周囲を観察している。


「蜂系上位個体が多いですね」


「しかも統率されてます」


レヴィアナの青い瞳が細められる。


「居るわね」


その視線の先。


最奥。


巨大巣の中心。


そこに。


一際巨大な蜂型魔獣が鎮座していた。


女王蜂。


明らかに格が違う。


人間より遥かに大きい体躯。


黄金色の甲殻。


王冠みたいな頭部。


巨大な翅。


そして。


異様な魔力。


空洞全体の羽音が、その個体を中心に動いているようだった。


ザインの黒い瞳が、静かに細められる。


「……あれが?」


レヴィアナが頷く。


「王蜜の女王個体」


青い瞳が、静かに鋭くなる。


「今回の目標よ」


その瞬間。


巨大女王蜂の複眼が。


ゆっくりこちらを向いた。


空気が変わる。


羽音が、一斉に止んだ。


次の瞬間。


ヴァレルが地面を蹴った。


「行くぞォッ!!」


轟音。


長槍が唸りを上げる。


空中へ殺到してきた蜂型魔獣が、一撃で数体まとめて吹き飛んだ。


同時。


ルドヴィカも前へ出る。


巨大斧が振り下ろされる度、甲殻ごと蜂型魔獣が叩き潰されていく。


だが。


数が多い。


深層の蜂達は、一斉に群れで襲い掛かってきた。


羽音が爆音みたいに響く。


シオンの矢が飛ぶ。


高速。


正確。


蜂の眼球や羽根の付け根だけを撃ち抜いていく。


「左上!」


「了解!」


レヴィアナが即座に反応した。


青い瞳が細められる。


その周囲へ、複数の魔法陣が同時展開された。


ザインの目が僅かに見開かれる。


――速い。


しかも。


構築数が異常だった。


「穿ちなさい」


次の瞬間。


無数の氷槍が空中へ射出される。


同時。


薄青色の風刃が幾重にも展開。


蜂群へ突き刺さった。


轟ッ!!


蜂型魔獣がまとめて裂断される。


氷槍が羽を貫き。


風刃が甲殻の隙間を切り裂く。


しかも。


全部、“巣を避けていた”。


巨大な蜂の巣だけは、一切傷付けていない。


ザインの黒い瞳が細められる。


精密。


しかも高火力。


レヴィアナは炎だけの魔術師じゃない。


むしろ。


属性制御そのものが異常だった。


しかも速度。


術式展開速度が、ザインとは比べ物にならない。


次から次へ魔法陣が生まれている。


ヴァレルが笑いながら蜂を吹き飛ばす。


「おらおら!巣は壊すなよレヴィアナー!」


「分かってるわよ!」


レヴィアナが即座に返す。


その間にも、風刃が蜂群を切り裂いていく。


ザインは、その光景を静かに見ていた。


――強い。


単純に。


金級という領域の強さだった。


ただ強いだけじゃない。


連携。


判断。


制圧速度。


全部が完成されている。


その時。


一体の大型蜂が、横合いからレヴィアナへ突撃した。


だが。


ザインの杖が先に動く。


薄緑色の風刃。


一閃。


大型蜂の首が飛んだ。


レヴィアナがちらりとザインを見る。


そして。


少しだけ笑った。


「ナイス援護」


戦闘は、そのまま激化していった。


羽音。


爆炎。


金属音。


巨大空洞全体が震えている。


細かな蜂型魔獣達は、未だ大量に飛び回っていた。


だが。


レヴィアナの魔術と、シオンの弓がそれを許さない。


「右上、三体!」


「見えてるわ!」


青い魔法陣が展開される。


次の瞬間。


風刃が高速回転しながら蜂群を切り裂いた。


同時。


シオンの矢が、魔術の隙間を縫うように飛ぶ。


正確。


無駄が無い。


羽を撃ち抜かれた蜂達が、次々落下していく。


一方。


最前線。


ヴァレルとルドヴィカは、女王蜂と対峙していた。


「ッッ!!」


轟音。


巨大な毒針が突き出される。


ヴァレルが槍で受け流した。


火花。


衝撃。


「図体の癖に早ぇんだよコイツ!!」


長身の馬獣人が舌打ちする。


女王蜂は巨大だ。


だが。


異様に速い。


大型個体とは思えない機動力で空中を滑る。


その隙を狙い。


ルドヴィカの巨大斧が叩き込まれる。


轟ッ!!


だが。


当たらない。


女王蜂は翅を震わせ、瞬時に回避した。


「……速い」


ルドヴィカが低く呟く。


その時だった。


後方。


ザインが静かに杖を構える。


黒い瞳が細められる。


魔力集中。


南方系統術式。


短い詠唱。


「――絡め」


次の瞬間。


地面から蔦が伸びた。


高速。


女王蜂へ向かって走る。


だが。


女王蜂は瞬時に飛翔。


蔦を回避する。


「……っ」


ザインの目が細まる。


普通の拘束では追い付かない。


そこで。


ザインは左腕の義手へ魔力を集中させた。


空気が変わる。


レヴィアナの青い瞳が、僅かに動く。


――その魔力。


ザインは静かに再詠唱する。


低く。


短く。


だが先ほどより深い。


次の瞬間。


紫色の巨大な蔦が、空間を裂くように出現した。


禍々しい色。


異様な密度。


女王蜂が反応する。


回避しようと翅を震わせる。


だが遅い。


紫蔦が、一瞬で女王蜂へ巻き付いた。


「ギィィィッッ!!」


女王蜂が暴れる。


だが。


今度は外れない。


異常な力で拘束されている。


ヴァレルの目が見開かれる。


「――今だァ!!」


地面を蹴る。


長槍が唸る。


そして。


一直線に。


女王蜂の胸部を貫いた。


轟音。


紫色の体液が飛び散る。


女王蜂の動きが止まった。


女王蜂が、重々しい音を立てて崩れ落ちた。


巨大な翅が痙攣し。


やがて完全に動かなくなる。


静寂。


残っていた蜂型魔獣達も、一斉に逃げ始めていた。


女王を失ったのだ。


統率が消えた。


ヴァレルは槍を引き抜くと、大きく息を吐いた。


「っしゃあ……終わり!」


そのまま振り返る。


長い馬耳が揺れる。


そして。


にっと笑った。


「よくやった坊主!」


ザインの黒い瞳が少し瞬く。


ヴァレルは笑いながら続ける。


「最後の拘束、完璧だったぞ」


「あれ無かったら、まだ追い回されてた」


ルドヴィカも静かに近付いてくる。


金色の瞳がザインを見る。


それから。


小さく頷いた。


「……良い援護だった」


かなり満足そうだった。


シオンも感心した顔をしている。


「拘束術式としては、かなり異質でしたね……」


「普通の蔦魔術ではありませんでした」


その瞬間。


レヴィアナが、じっとザインを見た。


青い瞳。


魔術師の目。


ザインは静かに視線を返す。


レヴィアナは小さく息を吐いた。


「……貴方」


少し笑う。


「もう“自衛できる荷物持ち”どころじゃ無いわね」


「いい援護だったわ」


ザインは少し困ったように答える。


「……ありがとうございます」


だが。


レヴィアナは、そのまま真顔になった。


青い瞳が、静かに細められる。


「だけど」


空気が少し変わる。


「……あまり、人前でその魔力使っちゃ駄目よ」


ザインの黒い瞳が、静かに揺れる。


レヴィアナは続けた。


「やっぱり……」


少しだけ眉を寄せる。


「その魔力、禍々し過ぎるわ」


静かな声だった。


恐怖ではない。


純粋な警戒。


先ほどの紫蔦。


あれは普通の魔力ではない。


空気そのものが歪んでいた。


シオンも、静かに頷く。


「……正直、少し背筋が冷えました」


ヴァレルだけは首を傾げる。


「そこまでか?」


「ヴァレルは魔力感知鈍いからよ」


「おい」


レヴィアナは、再びザインを見る。


青い瞳が少し柔らかくなる。


「今のは、信用してる私達だから良い」


「でも他の冒険者相手には、出来るだけ隠しなさい」


「下手すると……面倒な事になるわよ」


ザインは、しばらく黙っていた。


それから。


静かに左腕を見る。


義手。


その奥にあるもの。


やがて。


小さく頷いた。


「……気を付けます」


その返答を聞いて。


レヴィアナは、少しだけ安心したように息を吐いた。


戦闘が終わった後。


一行は、巨大な蜂の巣の最奥部へ進んでいた。


そこだけ空気が違う。


暖かく。


甘い香りが満ちている。


そして。


中央。


巨大な蜜溜まりが存在していた。


「……綺麗」


ザインが思わず呟く。


黄金色。


いや。


ほとんど発光しているような蜜だった。


琥珀色の液体が、ゆっくり揺れている。


魔力を帯びているのが、目に見えて分かる。


シオンが静かに頷いた。


「これが“王蜜”です」


「今回の依頼の目当てですね」


ヴァレルは、さっさと巨大容器を取り出している。


「これ一瓶で家買えるって噂あるよな」


「盛り過ぎよ」


レヴィアナが即答する。


だが否定し切れていない辺り、本当に高価なのだろう。


ザインは、静かに蜜を見る。


甘い匂い。


だが。


普通の蜂蜜とは違う。


もっと濃密な魔力を感じる。


シオンが採取しながら説明する。


「貴族様からの依頼なんですけど……」


「この蜂蜜、色々使えるんですよね」


「高級菓子」


「回復薬」


「魔力活性剤」


「美容用途にも使われます」


ヴァレルが笑う。


「最後のが一番高ぇんだよなぁ」


「黙っててください」


シオンが呆れたように返す。


その時。


シオンが、ふとザインを見た。


「そうだ」


少し笑う。


「ザイン君、舐めてみますか?」


ザインが少し目を瞬かせる。


シオンは小さな採取匙へ蜜を掬った。


とろり、と黄金色が垂れる。


甘い香りが広がった。


「折角ですし」


「深層産の王蜜なんて、普通はまず食べられませんよ」


ザインは、少しだけ周囲を見た後。


静かに仮面を外した。


白い髪が、淡い蜜光へ照らされる。


シオンが差し出した小匙を受け取り。


黄金色の王蜜を、一口掬う。


とろり、と糸を引いた。


そして。


そのまま口へ運ぶ。


次の瞬間。


ザインの黒い瞳が、大きく見開かれた。


「……っ」


甘い。


ただ甘いだけじゃない。


濃厚。


深い。


花の香りみたいな甘味が、一気に口いっぱいへ広がる。


まるで脳髄へ直接流れ込んでくるみたいな甘さだった。


今まで食べた事がない。


そんな味。


ザインは思わず固まる。


ヴァレルが、その反応を見て笑った。


「だろ?」


「深層産は別格なんだよ」


だが。


ザインは返事をしなかった。


夢中になっていた。


もう一口。


また掬う。


口へ運ぶ。


甘い。


美味しい。


疲労が溶けるみたいだった。


レヴィアナが少し吹き出す。


「ちょっと貴方、気に入り過ぎじゃない?」


ザインは聞いていない。


さらにもう一口。


夢中だった。


その結果。


気付けば。


口元が、王蜜でべたべたになっていた。


白い肌へ、黄金色の蜜が付いている。


ヴァレルが耐え切れず吹き出した。


「ぶっははは!!」


「坊主、食い方下手過ぎるだろ!!」


シオンも眼鏡を押し上げながら笑いを堪えている。


レヴィアナは肩を震わせた。


「ちょ、ちょっと待って……」


「子供じゃないんだから……!」


ルドヴィカだけは静かだった。


無言で布を差し出してくる。


ザインはそこでようやく気付いたらしい。


黒い瞳が少し見開かれる。


「……あ」


そして。


少しだけ恥ずかしそうに、口元を拭った。


ルドヴィカは、差し出した布を見たまま固まっているザインを静かに見ていた。


それから。


無言のまま、一歩近付く。


「……動くな」


低い声。


次の瞬間。


ルドヴィカは、そのままザインの口元を布で拭い始めた。


「っ」


ザインの肩が跳ねる。


白熊獣人の大きな手。


だが動きは妙に丁寧だった。


口元へ付いた黄金色の蜜を、優しく拭き取っていく。


ヴァレルがまた吹き出す。


「ははっ、完全に餌付けされてるじゃねぇか坊主!」


「ヴァレル、うるさい」


レヴィアナは笑いを堪えながらザインを見る。


仮面を外した白髪の少年。


口周りをべたべたにして蜜を食べている。


しかも今、ルドヴィカに拭われている。


その光景を見て。


レヴィアナは、ふっと笑った。


「……そう言えば」


青い瞳が細められる。


「貴方、子供だったわよね」


ザインがぴたりと止まる。


ヴァレルが笑う。


「今更かよ」


「いやだって、普段妙に落ち着いてるから忘れるのよ!」


シオンも少し苦笑している。


「確かに……」


「戦場慣れし過ぎて感覚が狂いますね」


ルドヴィカは無言のまま、最後にザインの口元を軽く拭った。


それから。


小さく頷く。


「……綺麗になった」


ザインは完全に気まずそうだった。


白い髪の隙間から耳が少し赤い。


「……すみません」


ヴァレルがまた笑う。


「なんで謝るんだよ!」


レヴィアナは肩を竦める。


「まぁでも、年相応の顔見れて安心したわ」


ザインは少しだけ視線を逸らした。


けれど。


その空気は、不思議と嫌じゃなかった。

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