王蜜のダンジョン
温泉街の冒険者ギルド。
昼時という事もあり、中はそれなりに賑わっていた。
湯煙帰りの冒険者。
依頼帰りの護衛。
酒を飲んでいる者達。
その中で、ザインは静かに依頼掲示板を見ていた。
白い仮面。
黒外套。
今では、この街でも見慣れた姿になりつつある。
ザインは依頼書を一枚ずつ見ていく。
討伐。
採取。
護衛。
その中で。
一枚だけ、妙に浮いている依頼があった。
『銀級以上限定! 荷物持ち募集! 要収納魔術』
ザインの黒い瞳が、少し瞬く。
「……荷物持ち?」
思わず小さく呟く。
しかも銀級以上限定。
収納魔術指定。
内容に対して条件が妙に高い。
ザインは少し首を傾げた。
収納魔術自体は珍しい。
南方系統の魔術。
グリムヴァルドから教わった術式だ。
便利ではあるが、扱える者はそこまで多くない。
その時だった。
「あ、ザインさん……!」
後ろから、困ったような声。
振り返ると、ギルド受付嬢が居た。
以前から顔見知りになっている人間の受付嬢だ。
今日は妙に気まずそうだった。
「実はその……」
視線が依頼書へ向く。
「金級パーティの方が、とあるダンジョンへ潜りたいらしくて……」
ザインは静かに聞いている。
受付嬢は苦笑した。
「そのぅ……荷物持ちなんですけど……」
言いづらそうだった。
そりゃそうだ。
銀級冒険者へ、“荷物持ち”を頼むのだから。
受付嬢は申し訳なさそうに続ける。
「ザインさん、収納魔術ありますよね……?」
ザインは静かに頷く。
受付嬢は両手を合わせた。
「そのぅ……やってくれませんか?」
「金級パーティの方々、かなり困ってて……」
ザインは少し考える。
ダンジョン。
金級。
収納魔術指定。
普通の探索では無さそうだ。
だが。
最近は平和過ぎて、少し身体が鈍っている気もしていた。
ザインは依頼書を見つめながら、小さく呟く。
「……ちなみに、どの金級パーティですか?」
受付嬢は、少しだけ安心した顔をした。
そして。
「あ、えっとですね」
「レヴィアナさん達です」
その瞬間。
ザインは無言で依頼書を見た。
なんとなく察した顔だった。
ザインは、少しだけ考えた後。
依頼書を受付嬢へ差し出した。
「……受けます」
受付嬢の顔がぱっと明るくなる。
「ほ、本当ですか!?」
かなり困っていたらしい。
「ありがとうございます〜!」
ぺこぺこと頭を下げる。
ザインは少し苦笑した。
「そこまで困ってたんですか」
受付嬢は、うぅ……と困った顔をする。
「金級の方々って、基本的に自分達で全部何とかしちゃうじゃないですか」
「だから逆に、“収納魔術持ちだけ足りない”って珍しくて……」
なるほど。
確かに、金級冒険者レベルになると単独能力が高過ぎる。
だからこそ、変に穴が出来る事もあるのだろう。
受付嬢は依頼書を抱えると、ぱたぱたと歩き出した。
「では、ご案内しますね」
ザインは静かに後を付いて行く。
ギルドの奥。
一般待合とは別区域。
少し静かな廊下。
そこを抜けた先に、大きめの木扉があった。
『金級パーティ専用待合室』
ザインは少しだけ目を瞬かせる。
銀級でも滅多に入らない場所だ。
受付嬢は軽くノックした。
「失礼します〜」
中から、聞き覚えのある声。
「はーい」
レヴィアナだった。
受付嬢が扉を開ける。
その瞬間。
中の視線が、一斉にザインへ向いた。
暖かな部屋。
広い机。
地図。
資料。
そして。
金級パーティ四人。
最初に反応したのはヴァレルだった。
長い馬耳をぴくっと動かす。
「お?」
それから、ぱっと笑った。
「おお、坊主じゃねぇか!」
シオンも眼鏡を押し上げながら目を丸くする。
「ザインさん?」
ルドヴィカは静かにこちらを見る。
相変わらず無言だ。
そして。
レヴィアナ。
金髪の魔術師は、一瞬ぽかんとした後。
「あら」
青い瞳が細められる。
「貴方、来ちゃったの?」
その言い方が妙に軽い。
まるで。
最初から来る気がしていたみたいだった。
ザインは静かに答える。
「……荷物持ち募集って聞きました」
数秒の沈黙。
そして。
ヴァレルが吹き出した。
「銀級に言う台詞じゃねぇんだよなぁ、それ!」
ヴァレルは、椅子へ深く座ったままザインを見ていた。
「まぁでもよ」
馬耳が揺れる。
「今回ばっかは銀級じゃねぇと駄目なんだ」
ザインは静かに視線を向ける。
ヴァレルは続けた。
「潜るダンジョンがちょっと特殊でな」
「俺達が居るとは言え、“自衛できる奴”を探してた」
シオンも静かに頷く。
「収納魔術持ちは居ます」
「ですが、高難度ダンジョンへ同行できるレベルとなると、一気に数が減るんです」
レヴィアナは地図を机へ広げながら肩を竦めた。
「普通の運搬係だと、護衛対象が増えるだけなのよ」
「それなら最初から、ちゃんと戦える人を連れて行った方がいい」
ザインは静かに依頼書を見る。
なるほど。
ヴァレルがザインを見ながら笑う。
「まぁ坊主、普通に強ぇしな」
「風刃便利だし」
「足速ぇし」
そこまで言ってから、ふと首を傾げる。
「……ん?」
馬耳がぴくっと動く。
「そういや坊主、収納魔術使えたのか?」
ザインが静かに頷く。
「南方系統の術式です」
「グリムヴァルドさんに教わりました」
ヴァレルが目を丸くした。
「マジかよ」
レヴィアナが少し呆れた顔をする。
「今そこ驚くの?」
「いやだって、収納魔術って結構レアだぞ?」
ヴァレルは素直に感心した顔だった。
「坊主、地味に出来る事多いな……」
シオンも少し興味深そうに眼鏡を押し上げる。
「南方系統でしたか」
「なるほど、珍しい訳です」
ルドヴィカは静かにザインを見ていた。
それから。
ぽつりと低い声で言う。
「……来てくれると助かる」
短い言葉。
でも。
かなり素直だった。
ザインはしばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
「……ちなみに」
黒い瞳が地図を見る。
「どこのダンジョンなんですか?」
その瞬間。
レヴィアナ達の空気が、少しだけ変わった。
王蜜のダンジョン、中層。
浅層より空気が重い。
湿度も高い。
壁面には巨大な蜜結晶が張り付き、琥珀色の光が洞窟内部をぼんやり照らしていた。
羽音。
水音。
そして時折、何かが甲殻を擦るような音が響く。
その時。
先頭を歩いていたヴァレルが、ぴたりと足を止めた。
「……げっ」
嫌そうな声。
長い馬耳が、ぴくりと動く。
「ありゃ、ちと厄介だな」
ザイン達も視線を向ける。
その先。
洞窟の広間。
そこには。
巨大な蟹型魔獣が群れを成していた。
青黒い甲殻。
異様に分厚い鋏。
そして。
壁のような装甲。
十数体は居る。
ヴァレルが眉を顰めた。
「あれ硬ぇんだよ」
槍を肩へ担ぐ。
「武器じゃやり合いづれぇ」
ルドヴィカでも叩き割れるだろうが、時間が掛かる。
群れ相手だと面倒だ。
ヴァレルは後ろを振り返る。
「レヴィアナ、何とか出来るか?」
レヴィアナは青い瞳を細めながら群れを見る。
「やってみるけど……」
少し考える。
「撃ち漏らしそうね」
そして。
ちらりとザインを見る。
「ザイン、援護お願いできる?」
ザインは静かに頷いた。
「分かりました」
次の瞬間。
レヴィアナの周囲へ、巨大な魔法陣が展開される。
赤熱。
熱量。
空気が歪む。
高位炎熱魔術。
ヴァレルが少し後ろへ下がった。
「来るぞ」
その横で。
ザインも静かに杖を構える。
淡い緑色の魔法陣。
南方系統魔術。
本来は、水中で短時間呼吸を可能にする補助術式。
空気循環系の術。
だが。
ザインはそれを“風”として展開した。
レヴィアナの目が、僅かに細まる。
――合わせる気だ。
次の瞬間。
轟ッ!!
レヴィアナの炎熱魔術が放たれた。
同時。
ザインの風が、それを押し出す。
圧縮。
加速。
酸素供給。
炎が、一瞬で膨れ上がった。
「――!?」
レヴィアナの青い瞳が見開かれる。
いつもより火力が高い。
明らかに。
異常な出力。
爆炎が広間を飲み込んだ。
轟音。
熱風。
蟹型魔獣の群れが、一瞬で焼き尽くされる。
甲殻ごと赤熱し。
そのまま崩れ落ちた。
静寂。
煙だけが残る。
ヴァレルが、ぽかんと口を開けた。
「……おい」
シオンも眼鏡を押し上げながら、呆然としている。
ルドヴィカだけが静かに焼け跡を見ていた。
レヴィアナは、ゆっくりザインを見る。
青い瞳が細められる。
「……貴方」
少し笑う。
「魔術の補助、かなり上手いわね?」
ヴァレルも頷く。
「いや今の、火力えげつなかったぞ?」
「レヴィアナの魔術、普段の倍くらい出てなかったか?」
シオンも感心したように言う。
「炎への酸素供給と風圧補助……」
「しかも魔力干渉がほとんど無かったですね」
普通、他者魔術への補助は難しい。
下手をすると術式干渉で暴発する。
だがザインは、自然に合わせていた。
ザインは、仮面の下で少し笑った。
黒い瞳が細められる。
「……下手に僕の基本魔術で炎を追加するより」
静かな声。
「レヴィアナさんの高威力魔術を強化した方が、効率が良いと思いました」
レヴィアナの青い瞳が、少し見開かれる。
その発想は、かなり魔術師寄りだった。
単純な火力追加ではなく。
既存術式の最大効率化。
しかも瞬時判断。
ヴァレルが笑う。
「坊主、思ったより頭いいタイプだったんだな」
「失礼ですね」
ザインが即答する。
シオンが少し吹き出した。
ルドヴィカは静かにザインを見ていた。
それから。
ぽつりと呟く。
「……連携が上手い」
短い言葉。
だが。
かなり高評価だった。
レヴィアナは腕を組みながら、ふぅん、と笑う。
「なるほどねぇ」
青い瞳が細められる。
「貴方、補助魔術師適性かなり高いわ」
ザインは少し困ったように答えた。
「グリムヴァルドさんに、“戦えない魔術も覚えろ”って言われてたので」
その言葉に。
レヴィアナが少しだけ笑う。
「良い師匠ね」
その時。
焼け落ちた蟹型魔獣の奥。
ダンジョン深部へ続く通路が、ゆっくり姿を現していた。
ヴァレルは、焼け焦げた広間を見回していた。
熱気がまだ残っている。
赤熱した蟹型魔獣の残骸。
その中で。
「お、まだ食えそうなのあるじゃねぇか」
ヴァレルが、しゃがみ込む。
そして。
形の残っている巨大な蟹脚を一本、無造作にもぎ取った。
バキバキ、と甲殻が鳴る。
シオンが少し呆れた顔をする。
「……また食べるんですか」
「こういう時が一番美味ぇんだよ」
ヴァレルは当然みたいに答えた。
そのまま。
パキッ、と焼けた甲殻を割る。
中から、白い身が湯気と共に現れた。
香ばしい匂いが広がる。
ヴァレルは、そのまま口へ放り込む。
「おっ、やっぱ美味ぇ」
かなり嬉しそうだった。
ザインは、その様子を静かに見ていた。
すると。
ヴァレルが、もう一本の脚をザインへ差し出してくる。
「ほれ」
ザインが少し目を瞬かせる。
ヴァレルは笑った。
「こいつ、実は焼くとかなり美味ぇんだぜ」
焼けた甲殻の隙間から、白い身が見えている。
香りも良い。
レヴィアナが肩を竦めた。
「ダンジョン産魔獣は、たまに妙に美味しいの居るのよね」
「特に王蜜系統は餌が良いからな」
シオンも頷く。
ルドヴィカは既に無言で別の脚を割っていた。
かなり慣れている。
ザインは少し困ったように蟹脚を見る。
それから。
恐る恐る受け取った。
「……いただきます」
ぱくり、と口へ運ぶ。
その瞬間。
黒い瞳が、少し見開かれる。
甘い。
蟹特有の旨味。
それに王蜜由来なのか、ほんのり甘みがある。
かなり美味しかった。
ヴァレルがニヤニヤする。
「だろ?」
ザインは少しだけ沈黙した後。
「……美味しいです」
素直に答えた。
その返答に。
ヴァレルは満足そうに笑った。




