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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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束の間

ヴァレルは腕を組んだまま、ふぅ、と息を吐いた。


それから。


少し気を楽にさせるような声音で言う。


「って事はよ」


長い馬耳が揺れる。


「逆に言えば、顔隠してる限りはしばらくかなり安全なんじゃねぇか?」


ジンの黒い瞳が、少しだけヴァレルを見る。


ヴァレルは続けた。


「資料も消えてる」


「女王も暗部も行方不明」


「しかも今のお前、白髪だろ?」


肩を竦める。


「戦場で噂されてた“黒髪の悪魔”と、今のお前じゃ結構印象違ぇよ」


レヴィアナも静かに頷いた。


「……確かに」


青い瞳が、白い髪を見る。


「あの頃の貴方を知ってる人間が見ても、すぐ同一人物とは思わないかもしれないわね」


シオンも言葉を続ける。


「それに、“暁ジン”の記録自体がかなり曖昧です」


「戦後の混乱で、意図的に消された形跡もありました」


「生存していると考えている人間は、かなり少ない筈です」


ジンは静かに聞いていた。


それから。


小さく息を吐く。


張り詰めていた肩が、ほんの少しだけ下がった。


「……なら」


掠れた声。


「もう少しだけ」


黒い瞳が、静かに伏せられる。


「ザインとして、生きてもいいんですかね……」


その言葉は。


許可を求めるみたいだった。


本当の名前ではなく。


別の名前で。


別の人生として。


生きてもいいのか、と。


レヴィアナは、ぱん、と両手を打った。


重かった空気を吹き飛ばすみたいに。


「じゃあ決まりね!」


青い瞳が、今度は明るく細められる。


「貴方、これからは盛大に今を楽しむべきよ!」


ヴァレルが苦笑する。


「切り替え早ぇなぁお前」


「だってそうでしょう?」


レヴィアナは胸を張った。


長い金髪が揺れる。


「貴方、外の世界をほとんど知らないんじゃない!?」


ジンが少し目を瞬かせる。


レヴィアナは勢いそのままに続けた。


「温泉街には美味しい物もあるし、お祭りもあるし、甘味処も多いし!」


「あとギルドの共同浴場、なかなかに整ってるのよー!」


その瞬間。


シオンが真顔になった。


「レヴィアナ」


「え?」


シオンは眼鏡を押し上げる。


それから静かに言った。


「ザインさんは共同浴場には入れませんよ」


沈黙。


レヴィアナが固まる。


ヴァレルが、あっ……みたいな顔をした。


ルドヴィカだけが静かにジンを撫で続けている。


レヴィアナは数秒停止した後、ゆっくりジンを見る。


白い髪。


仮面。


そして。


失われた左腕。


「あ」


小さな声。


やっと理解したらしい。


ジンは少し困ったように笑った。


「……流石に目立つので」


「だよなぁ……」


ヴァレルが頭を掻く。


レヴィアナは珍しく露骨に気まずそうな顔をした。


「ご、ごめんなさい」


「いえ」


ジンは小さく首を振る。


「慣れてますから」


その返答に。


今度は別方向で空気が重くなった。


ヴァレルが顔を覆う。


「坊主ぉ……そういうの重ぇんだよぉ……」


レヴィアナも青い瞳を逸らした。


「……今のは私が悪かったわ」


シオンが小さく溜息を吐く。


「ですから、最初に言ったでしょう……」


そんなやり取りを見ながら。


ジンは、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。


さっきまでとは違う空気だった。


重い過去じゃなく。


ただ、誰かと話している時間。


それが少しだけ。


心地良かった。


レヴィアナは、立ち上がりながら軽く肩を竦めた。


青い瞳は、もう先ほどほど重くない。


「私達、向こうしばらくこの温泉街に滞在してるから」


金髪を揺らしながら、ジンを見る。


「何かあったら連絡するのよ」


その言い方は、どこか姉みたいだった。


「今度はちゃんと、普通にお茶くらい付き合ってあげるわ」


ヴァレルが笑う。


「お前それ、いつも通り奢らせる気だろ」


「当然じゃない」


「おい」


少しだけ。


空気が軽くなる。


ヴァレルは立ち上がると、ジンへにっと笑った。


「まぁ、あれだ」


「また飯でも食おうぜ」


気楽な声音だった。


重い過去も。


戦争も。


今は一旦置いておくみたいに。


「次はもっと美味ぇ店連れてってやるよ」


ジンは少しだけ目を瞬かせる。


それから。


小さく笑った。


「……はい」


シオンは最後まで少し心配そうだった。


兎耳が静かに揺れる。


「一応、周囲には気を付けてください」


「……まぁ、大丈夫だとは思いますが」


眼鏡の奥の瞳が、まだ少し不安げだった。


多分彼は。


ジンが“追われる側”として長く生き過ぎている事を理解してしまったのだ。


だからこそ。


簡単に「もう安全です」とは言えない。


ジンは静かに頷いた。


「ありがとうございます」


そして最後。


ルドヴィカ。


大柄な白熊獣人の女戦士は、静かに立ち上がる。


金色の瞳が、ジンを見る。


その目はもう。


“黒髪の悪魔”を見る目ではなかった。


酷く傷付いた子供を見る目だった。


ルドヴィカは何も言わない。


ただ。


優しそうに、小さく目を細めた。


それだけだった。


けれど。


ジンには、それが妙に温かかった。

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