ザインの過去
しばらくして。
ザインの呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
涙は止まっていなかったが。
もう杖を構えてはいなかった。
シオンは、刺激しないよう静かに口を開く。
「……すみませんでした」
兎耳が、少し伏せられる。
「怖がらせるつもりは、本当に無かったんです」
静かな謝罪だった。
言い訳ではない。
純粋な後悔。
シオン自身、理解してしまったのだ。
この少年にとって、“知られている”という事が恐怖なのだと。
ザインは俯いたまま、小さく首を振る。
「……いえ」
掠れた声。
まだ震えていた。
レヴィアナは、そんなザインを青い瞳で見ていた。
戦場で見た“黒髪の悪魔”。
その正体が。
泣きながら怯える子供だった事を、まだ上手く飲み込めない。
やがて。
彼女は静かに口を開く。
「……一体」
言葉を選ぶように。
「何が、そこまで貴方を追い詰めたの?」
個室が静まる。
暖炉の火だけが、小さく鳴る。
ザインはしばらく答えなかった。
白い前髪が、顔へ影を落としている。
黒い瞳は伏せられたまま。
だが。
やがて。
ぽつりと。
小さく零した。
「……聖騎士団は」
静かな声だった。
感情を押し殺した声。
「優しかったんです」
その言葉に。
レヴィアナ達の表情が僅かに変わる。
ザインは続けた。
「ご飯をくれて」
「寝る場所をくれて」
「戦い方を教えてくれて」
黒い瞳が、少しだけ揺れる。
「家族みたいでした」
ヴァレルが黙る。
シオンも、静かに耳を伏せた。
ザインは小さく息を吐く。
「でも」
その一言だけで。
空気が重くなる。
「左腕を切断されて」
レヴィアナの青い瞳が揺れる。
ザインは、俯いたまま続けた。
「その後」
「追加で、他の腕や脚も切断して使う計画を知って」
ヴァレルの顔が歪む。
「……は?」
低い声だった。
だが。
ザインは続ける。
「怖くなって」
「逃げました」
静かな声。
けれど。
そこには、当時の恐怖がまだ残っていた。
「でも」
黒い瞳が、僅かに震える。
「崖まで追い込まれて」
暖炉の火が、小さく鳴る。
個室が静まり返る。
「脚に、雷弓を受けて」
レヴィアナの表情が止まる。
「胸を斬られて」
ザインの指先が、小さく震えた。
「そのまま……崖下に落ちました」
沈黙。
誰もすぐには喋れなかった。
レヴィアナは、ただザインを見ている。
戦場で見た“黒髪の悪魔”。
死なない化け物みたいだった少年。
その正体は。
“使い潰される恐怖”から逃げた子供だった。
ザインは俯いたまま、静かに言葉を続けた。
「僕には……聖騎士団……それが全てだったんです……」
掠れた声。
泣き疲れたみたいな、小さな声だった。
「ご飯も」
「寝る場所も」
「生き方も」
「全部、あそこが教えてくれたから……」
黒い瞳が揺れる。
白い前髪の隙間から見えるその目は、ひどく幼かった。
「だから」
「左腕を切断されても……」
少しだけ言葉が止まる。
苦しそうに喉が震えた。
「最初は、仕方ないって思ってました」
ヴァレルが顔を歪める。
シオンも何も言えない。
レヴィアナだけが、青い瞳で静かにザインを見ていた。
ザインは続ける。
「でも」
「左腕だけじゃなくて…他の手足も使うつもりなんだって分かって……」
細い指が、ぎゅっと外套を掴む。
「怖くなって」
「逃げたんです」
暖炉の火だけが、小さく鳴る。
「けど……」
黒い瞳が、ゆっくり伏せられる。
「今でも」
「まだ追われてる気がして……」
その言葉は、恐怖そのものだった。
戦場の恐怖ではない。
もっと静かな。
逃げ切れない悪夢みたいな恐怖。
「だから……まだ……」
ザインは、自分の仮面へ触れる。
「名前を変えて」
「顔を隠してて……」
指先が、小さく震える。
「それで……」
そこで言葉が止まった。
まるで。
自分でも、“普通じゃない”と分かってしまったみたいに。
個室が静まり返る。




