二十五 鶸
二十五 鶸
狼煙が上がった。作戦を決行する時が来たんだ。僕は係留してた船から飛び上がった。真朱の計算によるとこの上空に穴はある。一気に高度を上げる。見付けた。
指先で穴を指し示し、ひたすら待った。ギリギリまで下で体力を温存していたとはいえ、空中の同じ場所に留まり続けるのは結構疲れる。警邏で飛び回る時より、ずっと辛い。何故なら、常に羽ばたいていないといけないからだ。警邏中は上手く気流に乗りさえすれば、体力はそんなに消耗しない。けれど、今はこれが僕のお仕事。大好きな桃の為に、僕、頑張る。もう半の水鏡で見てる頃かな?見えてるか分からないけど、ずっと口を動かしてた。
「桃なら出来る!」
伝わって!桃なら、きっと大丈夫!祈るような気持ちでずっと待ってた。まだかな?秘色さんはもう帰ってきた?半は大丈夫?桃は?余計な事ばっかり考えちゃう…。そんな時は指輪を見るんだ。左手の薬指にはめてる桃とお揃いの指輪。お日様の光を浴びると煌めいてとっても綺麗なんだよ。しかもこれ!大好きな桃が僕の為に作ってくれたの!すごいでしょ!僕が昔、桃にあげたお土産のお揃いの砂金粒もついてるんだよ。
そんな事を考えてたら、ピンと空気が張った。
――桃だ!来る!
僕はしっかりと指先で空の穴を指し示す。
「桃なら出来る!」
遠くからすごい速さで光の矢が飛んでくる。怖いけど、目を逸らしはしなかった。だって、桃なら絶対命中させるって信じてる。
矢は、僕の指先で先端が見えなくなった状態で空中にピタッと止まった。命中したようだ。僕はぐっと両手を握りしめる。
「桃、すごーい!」
それから、慌てて真朱に渡された液体を矢にかけた。これにて、僕の任務は終了だ。後は…偉い方が結界を張り直して、残った敵を一掃するだけ…。
その時、ポキッと背中から音がしてガクッと体勢が崩れた。
「あ…っ!」
翼を動かそうとしたけど、変に曲がった翼が見えた。そして次の瞬間、まっさかさま。
――――落ちるっ!…怖いっ!
昔、抱えていた恐怖が全身を襲う。
『地面は立てるけど、空はどこにも立てる場所なんか無い。高い所まで行って、急に翼が動かなくなったらどうなるの?落ちるしかない…。落ちたら…、きっとすごく痛い…。』
桃園の崖から落とされた時を思い出す。ここは…あの時よりずっと高い…。どんどん近付く切っ先の尖った岸壁を目にするのが怖くて目を瞑った。どうせ落ちるなら、瞼に大好きな桃を思い浮かべていたい…。
岸壁に叩きつけられるのはもうすぐ…と、体を固くした時に、ガシッと何かにひっかかった。そのまま、がっちり腰を掴まれる。
「ふーっ…」
聞き慣れない誰かの声を耳にして、更に体が固くなる。もしかして…僕…捕まっちゃったの!?
「やだっ!桃っ!」
そう叫んで暴れたら「落ち着け!桃の所まで連れてくから」って言われた。おそるおそる目を開ける。がっちりした筋肉を持った鳥人が目に入った。
「もしかして…。や…山鳩様?」
「おう…。あまり顔を合わさんから、覚えてないかと思ってた…。」
そう苦笑すると、空中で僕を抱え直す。
「大丈夫か?」
「…大丈夫じゃないです…。多分、骨が折れたと思います…」
「…だな。」
僕の曲がった翼を見た山鳩様がそう言った。
「御疲れさん。良く頑張った。桃じゃなくて悪いが、とりあえず陸地に着地するまでは大人しくしててくれ。」
「はい…。」
そう答えた時、向こうから来た白虹が僕らを含めた周囲を一閃して駆け抜ける。
「…あのお方かっ!」
山鳩様がそう言った時、地上から黒い影が一斉に湧き上がって来た。あれ知ってる…。防人の地で見た怨霊だ…。
「ちぃー!!」
山鳩様が唸って、周囲を見回す。
「くそっ!今ので五行が書き換えられてる!最悪だっ!」
「…そんなに…?」
事態が飲み込めない僕に山鳩様が言った。
「あぁ。向こうにあった筈の黄泉への扉がこっちに移動してる…。とりあえず、お前さんを地上に下ろせるところまで行かないと、戦うのもままならん…。」
「す、す、すみません…。」
眼下はあっと言う間にぬばたまの闇に覆われて、真っ黒だ。どこが陸地か分からないどころか、どんどん湧き上がる黒い臭気で視界までもが奪われそうだ。
「くそっ!もっと高度をあげないと駄目か…」
山鳩様が上昇した際、ぐらっと僕の体勢が崩れた。
「あっ…」
「…ぶねー!」
落ちかけた僕を山鳩様が抱え直そうとしたその時、僕の右足に黒い影が手を伸ばした。…掴まれる…っ!
「や…やだっ!桃っ!」
泣きそうになって目を瞑った時、キンッ!って硬質の音がした。なに?
「……愛されてんなぁ~、鶸。」
そんな山鳩様の声が聞こえて、僕はおっかなびっくり目を開ける。僕と山鳩様の周りを桃色の光の球が包んでいた。
「何…これ?」
「見てろ。すごいぞ~。」
山鳩様が面白そうに言う。
「?」
地上からこっちに伸ばされる無数の黒い影の手が、僕達を包む桃色の球に触れるとシュッと消えた。吃驚だ。
「ええっ!?」
ふはっと笑うと山鳩様は言った。
「桃だよ!アイツは邪気を祓う仙果の名を持つ男だからな。大好きなお前さんに手を出そうとする輩は、怨霊だろうがなんだろうがやっつけないと気が済まないらしい。だが、まさか…、こんなに遠くにいるお前さんを守れる程の霊力があるとはな…。」
「あっ!」
もしかして…って思った。そっと左手の薬指を見る。桃に貰った指輪が光ってた。
――「お揃いを身に着けてたら、離れててもこうやって、手を繋いでるみたいじゃん?そしたら、どこにいたって、お前安心できるだろ?」って言った桃を思い出す。うん。今、すっごく安心した。
「や、山鳩様、見て下さい。」
僕は山鳩様に指輪を見せる。
「なんだぁ?」
「こ、これ、桃とお揃いなの!」
「…こんな時に惚気か?」
呆れたように言われる。
「ち…!ち、ち、違いますっ!もしかしたら、これで桃の霊力が発動してるのかもってことです!」
「…成程。と、いう事は…。ちっと試してみるか。」
そう言うと、山鳩様は僕を小脇に抱えたまま、少しずつ降下していく。眼下でうごめく怨霊達に桃色の膜が触れると怨霊はシュッ…と消えていった。
「こりゃぁいい!『攻撃は最大の防御』と聞いた事はあるが、防御が最大の攻撃になるとはな!鶸、このまま地上まで降りるぞ。反撃に転じるのはそれからで充分だ!」
「はい!」
桃色の膜で怨霊達を消しながら、僕達はどんどん降下して地上に降りた。
「よし。歩けるか、鶸?」
「はい!陸地ならいけます!」
「では。これより、怨霊殲滅に入るぞ!」
「はいっ!」
僕は霊力で桃の枝を出す。桃に守られてるという安心感からか、いつもより大ぶりの枝がでた。
「なんだそれ?」
驚いている山鳩様の前でさっと振る。舞い散る花吹雪が怨霊達を消していく。
「…浄化出来るのか!?」
「はい。今は僕達の周りに桃が張った膜があるからか、いつもより強力です。これなら…敵を弱らせてからでなくとも僕一人で祓えます!」
「お~、お~。心強いねぇ~。防御は完璧だし、攻撃も強力と来た。流石は前代未聞の二人といったところかねぇ…。それじゃ、俺も頑張るとするかね…。年長者にも意地ってモンがあるんでね。」
そう言うと、印を結ぶ。
「先ずは、向こうにある里まで一直線に道を作るとしますかね…!」
次の瞬間、無数の鳩が飛び出した。それは桃色の膜を通ると桃色に姿を変えて一直線に飛んで行く。それが通り過ぎた後は真っ暗な影が消え去り、日常の風景が見えるようになった。
「山鳩様、すごい!」
「まぁな…。お前さんと一緒にいて攻撃されないなら、アイツの中で俺は味方認定だ。だったら、お前さんと同じようにアイツの霊力の恩恵に預かれるんじゃないかと思ってやってみた。何しろ俺は長年アイツの世話をしてきたからな。アイツの霊力に波動を合せるのも手慣れたもんだ!そうして…。いけると分かったからには最大出力で行くか!近隣の里に被害が出たら大変だ!」
そう言うと、次々と鳩を飛び立たせる。僕達を中心にどんどん黒い影が姿を消し、元の光景が広がっていく。だいぶ見晴らしが良くなったと思った時、向こうから声がした。
「山鳩…!と、鶸じゃないか!」
深藍様だった。その後ろには緋色様と深黒様もいた。
「無事だったか!」
「あぁ。桃の作った防御壁のおかげでな!お前さん達も一旦入って休め。」
「…かたじけない…。」
満身創痍の三人が桃色の膜の中に入る。膜は少しだけ大きくなった。
「一体、どうしてここに?」
「あぁ…。我々は防人の地に残って怨霊討伐をしていたんだが、白虹が一閃した時に黄泉ごとこっちに吹っ飛ばされた。」
「そうだったのか…。」
「そっちは?」
「空の穴を塞いでた鶸の救助だ。」
「成程…。確かに翼が折れているな。鶸、大丈夫か?」
「はい。」
「…それにしても…あの一閃で、結界を張り直し、この世界の五行全部を一瞬にして書き換えるとは…。大したお方だ。だが…、寝ていた所を叩き起こされて強制引っ越しをさせられた怨霊共が暴れ回って収拾がつかなくなっている。個別に倒して行くのではラチがあかんと思っていたところ、一気に目の前が開けて吃驚した所だった。」
「あぁ、本当に見事なものだな…。」
深黒様がしみじみ言った。
「鶸、いつのまに大きくなったんだ?こ~んなちっちゃかったのによぉ!」
緋色様が僕を見て面白そうに笑った。僕は枝で祓いながら答えた。
「つい最近です。」
「そうか~。それじゃあ、桃の野郎も大きくなったんだろうな。」
「え?なんで分かるんですか?」
「わからいでか!お前らは前代未聞の二人だろ?なんでも一緒に決まってる。」
そう言って豪快に笑った後に言った。
「ここで見させてもらったが、このままのやり方じゃー膨大な時間がかかる。もっと手っ取り早くできねーか?」
「…無茶を言う…」
深藍様が小さく溜め息をついた時だった。
「いやいや…。やってみようか。」
懐かしい声がした。
皆で一斉に振り向いた。
「黄丹っ!?」
「「「黄丹様っ!」」」
「黄丹爺じゃねーか!」
そこには滅した筈の黄丹様がいた。
「黄丹様!ご無事で!」
深藍様が駆け寄る。だが、黄丹様は透けていた。
「息災と言えば息災だ。近年は黄泉の人口が増え過ぎていてなぁ…。何とかせねばならんと思っていたのだ。深黒のおかげで漸くあの御仁もやる気を出したようだし、こっちは君達六省の面々に任せておけば安心だと思ったら、次は黄泉を平定したくなってな。何しろ…私は皇太子専用の袍の色だからねぇ。乱れて混沌とした世があるのなら、そこが例え黄泉でも平定したくなる性分なのさ。」
そして、こっちを見ると穏やかに微笑んだ。
「鶸よ、成長したな。君のその姿を見る限り、桃は矢を放つ先を間違えなかったと見える。喜ばしいよ。そして、深黒。ありがとう。あの御仁がここまで力をつけたのは君のおかげだ。緋色、深藍、山鳩、君達にも礼を言う。さて…。この世に溢れ出た怨霊を一気に片付けてしまいたいのだが、私の身体本体は黄泉にある。こちらで力を振るうには深黒、君の力を貰う必要があるのだが…。私が君の力を貰った場合、君の霊力は一気に下がる。再び鍛錬し、研鑽を積めばやがて戻るが一度得た力を失うのは辛い筈。それでも良いか?」
「いいに決まってる!俺の力で良ければいくらでも使ってくれ!「不吉」と言われ、里をたらいまわしにされていた俺を引き取ってくれたのは…黄丹、アンタだ!アンタが俺を育ててくれた!受けた恩を失態でしか返せなかった俺に、今一度挽回の機会をくれ!」
「ありがとう…。では、お言葉に甘えてその力、貰おうか…。」
黄丹様が右手を差し出す。深黒様が漆黒の剣を手渡した。
「ふむ…。」
そう言うと黄丹様の左手に、黄丹様色した剣が現われた。黄丹様はそれを二本まとめて持つと「はぁっ!」と振り下ろした。二本の剣が一つになって、みるみる姿を変えてゆく。それは巨大な虎の姿になった。
「す、すごい…」
「流石、黄丹様…。」
「やるじゃねーか、黄丹爺!こりゃぁいい!」
「うむ。こんなものだな。」
にかりと笑うと黄丹様は言った。
「皆これに乗って、六省まで帰るといい。道中、こやつが怨霊共を喰らい尽くすであろう。では、皆の衆、達者でな。」
「お、黄丹様っ!またお会い出来ますか?」
「そうさなぁ…。盂蘭盆には遊びに行くとするかねぇ…。あそこに私の盆栽が姿を変えた矢がある限り、滅した身でもこうしてこっちの世で顕現出来ると分かったからな。いやぁ、実に愉快愉快。矢文の盆栽を桃に託して正解だった。では、紫をはじめとする六省の皆によろしくな。」
「「「はい!」」」
「おう!」
僕達全員が大きな虎の背に乗ると、虎は咆哮をあげ、空中を走り出した。走りながら怨霊を喰らっていく。微力ながら、僕も桃の枝を振りかざして怨霊を祓った。
「こりゃ、いい花見だ!あの地に残ったのは正解だったな!」
満足げに緋色様が笑う。黒い影を祓いながら進む先の空に、鳳凰と龍が見えた。
「ををー!!あっちもド派手にやってんじゃねぇか!」
緋色様は大興奮だ。
「いいねぇ、いいねぇ!普段澄ましてる蘇芳の野郎が、今日は肉体労働に勤しんでるかと思うと笑えるな!」
アッハッハと笑うから、あの鳳凰が蘇芳様のだって分かった。じゃ、あの龍は?近付いて分かった。ししょーのだ!
「流石、ししょー!」
僕も負けじと枝を振ったよ。
そうして、ひらひらと優雅に舞っていた紫の蝶の大群が最後の黒い影を綺麗に消し去って、僕達は六省の中庭に集まった。
「うむ、皆の衆、ご苦労であった。以上をもって、今回の戦は終結となった。」
紫様がパチン、と扇を閉じて言った。
「御仁、何かございますか?」
「無いな。我は疲れた。一度、戻る。」
「はっ。」
一同がひれ伏した。御仁と呼ばれた眩しい方は立ち上がると、振り向いて言った。
「深黒、何をしている。我と来い。」
「いえ…。私は先程、持てる力全てを黄丹様に差し出しました故、今、貴方様をお守りする力を持っておりませぬ。故に、もう私めに貴方様の近侍は務まりませぬ。別の者をご指名下さい。」
「フン!馬鹿め!我がいいと言ったらいいのだ!それに…、もう我はお前に守って貰わすとも十分強い!今度は我がお前に直々に稽古をつけてやる。さすれば…お前の力もすぐに元に戻るであろう?分かったら、大人しくついて参れ!」
「…御意。」
深黒様は立ち上がると、僕達に向かって深く一礼した。深黒様が眩しい人の隣に立った時、二人は消えた。
「お帰りになりましたね。」
「あぁ、『雨降って地固まる』だね。」
蘇芳様と紫様がそう言って、顔を見合わせた。それから、蘇芳様がこちらに向き直る。
「さて、皆さん。これから、忙しくなりますよ!何故なら、あのお方がこの世界の五行全てを書き換えてしまったからです。見た目は同じに見えても、全てが違っています。一からやり直しです!」
「マジかよー!」
一部で悲鳴が上がる。
「でも…。悪い事ばかりじゃありませんよ」と蘇芳様が言った。
「五行が書き換えられたからこそ、解けた呪いもある。」
蘇芳様が目線で促したその先に、東雲様に支えられた金糸雀さんがいた。金糸雀さんは一礼した後、よたよたと歩き出した。五歩歩いてよろけた所を、山鳩様が素早く受け止めた。僕は嬉しくなって、駆け寄った。
「金糸雀さんっ!足が動くようになったんだね!良かった!良かったよぉ~!」
「ありがとう~♪鶸は優しいですね~♪」
いつもはもっと高い位置から聴こえていたその声が、すぐ近くで聞こえた事に吃驚した。それで、僕はもう子供じゃないんだと気付いてパッと離れた。そんな僕を見て、金糸雀さんが目を細めた。
「皆さんお疲れでしょうから、本日はこれにて解散と致します。今後の予定については明日にでも通達を出す予定ですので、よろしく。」
蘇芳様が告げて、散会となった。各自、撤収していく。僕はいる筈の桃を探した。キョロキョロしている僕の所に半が駆けて来た。
「半。桃、知ってる?」
「桃なら天守で伸びてるよ!」
「えっ?」
そこに蘇芳様がやって来た。
「鶸。大儀でしたね。」
「は、はい…。恐悦至極…。」
「それに引き換え桃ときたら…と言いたい所ですが、君を見ていて気付きました。あれは君達二人の協力技なのだとね…。そう考えると、ゆすってもはたいても桃が起きなかった理由が分かります。天守にいる桃は今、抜け殻なんです。」
「「ええっ!?」」
「人一日に千里をゆくことあたはず。魂よく一日に千里をもゆく。」
蘇芳様がそう言うと、紫様が耳聡く寄って来た。
「『雨月物語』だね!あれは実に良い…。名文だ…。」
「はぁ…。」
「翼を持たない桃は、君のように空を飛ぶことは出来ません。けれど…、魂なら飛ばす事が出来た。君の危機を察した桃は己をここに飛ばした、と言う訳です。」
蘇芳様はそう言うと、僕の指輪を指差した。
「え…?」
「付喪神、と耳にした事はありませんか?大切に扱われていた物には霊力が宿ります。強い願いを込めて作られた物にもまた然り。この指輪は、君を守る為に作られた防具なのですよ。」
そこまで言うと、フフっと笑った。
「愛されてますね、鶸。」
「本当に…。こちらが呆れる程、沢山愛されてるんだなぁ、君は…。いや、これは…。君が心変わりなんてしようものなら、桃はきっと死んでしまうね…」
「こ…、心変わりなんかしませんっ!ぼ、僕っ、初めて会った時から、桃が大好きだもんっ!!」
両手をぐっと握って、思わず言い返してから気付く。
「あ…。も、申し訳ございません…。じょ、上位の方に大変失礼な口利きを…」
慌てる僕を前に蘇芳様と紫様が笑った。
「いや、これに関してはこちらが失礼をした。」
「うむ。古来より、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら…。野暮を働いたこちらが非礼であった。すまないね。」
「ならば、お詫び代わりに…」
蘇芳様がそう言って、向こうにいた青藍さんを呼ぶ。
「なんですか?」
走って来た青藍さんに蘇芳様が告げた。
「宿直室にある布団一式を二組、天守に運んで下さい。」
「はぁ~っ!?何で、俺が?」
「非力な鶸が持って上がるのは大変でしょう。本日の転送術は実に見事でしたよ、青藍。ですが…、怨霊との戦いはいただけませんでしたね。貴方…面倒くさがって、後半手を抜いたでしょう?」
「げげっ!何故、それを…」
「私の鳳凰が上からちゃんと見てましたよ。」
「………。」
「本来なら減給モノですが、そこを布団運び一回で見逃してやると言っているのです。」
「分かりましたっ!やればいいんでしょ!蘇芳様の鬼っ!で、誰が使うんです?」
「天守で伸びてる桃と付き添いの鶸用です。」
それを聞いた青藍さんはニヤッと笑った。
「俺~、今日転送術使い過ぎてるんで、一組しか無理で~す!」
そう言い残すと走って逃げた。
「全く…!でもまぁ、いいでしょう。鶸、甚三紅に翼を診てもらってから、桃についててあげて下さい。流石に今日は霊力を使い過ぎてて本体は起き上がれないでしょうけどね…。」
「は、はい…。」
その後、甚さんに翼を診てもらったら、「疲労骨折だな」って言われた。
「最近、お前さんは無理し過ぎる位、飛んでたからな。もともと骨にひびが入ってたところがポッキリいってしまってる。治るには当分かかるぞ…。」
「そうですか…。」
「とりあえず、痛み止めは渡しておくから、ひどく痛むようなら服用するように。」
「はい。ありがとうございました…。」
それから、僕は階段で天守まで登った。いつも飛んで屋根の上にいた場所に、自分の足で上がるのは初めてだ。桃はいつもここを登って来てたのか。結構段数があるんだな…。天守まで登ったら、左右に二つある扉の真ん中にあたる部分に桃が転がってた。
「桃、大丈夫?床で寝てたら体が痛くなっちゃうよ。」
そう声をかけても、ぴくりとも動かない。不安になって胸に耳を近づけたら、ちゃんと心臓の音が聞こえて安心した。青藍さんが転送してくれていた布団をしいて、なんとか桃を布団に転がす。それから、僕も桃の右側に潜り込んだ。ぎゅっと桃の右手を握る。
「桃、守ってくれてありがとう。大好きだよ。」
桃の隣にいると、心も身体もポカポカしてあったかくなる。今日は僕も沢山頑張ったから、疲れた。もう眠い…。桃の手を握ったまま、僕は安心して眠りについた。




