二十六 桃
二十六 桃
あ~…。な~んか、疲れたな…。体が滅茶苦茶だるいし、すげー重い…。
そう思って、目が覚めた。豪奢な格天井が目に入った。どこだ…、ここ?と上体を起こして固まった。隣りに鶸が寝ていたからだ。
「え…?何…?どういう状況?」
ぶわっっと汗が噴き出した。ちょっと…!嘘だろ!全く記憶にないんですけどっ!?もしかしてこれって、後朝ってヤツ!?
その時、俺が上体を起こした事により、布団がはがされた鶸が身震いして目を開けた。
「ん~…」
寝ぼけ眼を擦って大きく伸びをした時、着物の合わせが少しはだけて、陶器みたいに白い肌と桃色の乳首がチラッと見えた。
「――!!!!!」
破壊力は抜群だ!俺は咄嗟に顔を押さえた。
「ちょっ!桃、大丈夫!?鼻血出てるよ!!」
慌てた鶸が懐紙を差し出してくる。
「…大丈夫…ではないかもしれない…。」
「しっかりしてー!やっぱり、昨日霊力を使い過ぎたんだよ!僕っ、甚さん呼んで来るっ!!待ってて!」
鶸はさっと身づくろいをしてそう言い残すとパタパタと階段を駆け下りていった。いつもは窓から飛び出していくのに、変なの…。
鼻血を垂れ流しながら、俺は焦っていた。
これはヤバいっ!俺は昨日、鶸に何をしたんだ?全く覚えてない!逆ギレみたいな告白をした上に、初めてが記憶に無いだなんて終わっている…。しかも、後朝から鼻血を吹いて心配される始末…。情けないし、クソダサい…。恥の上塗りとはこのことだ…。今から墓穴を掘って埋まろうか…。
そこに甚さんが到着した。
「桃!目が覚めたんだな?大丈夫か?」
そう言って、止血してくれる。脈や熱を測ると言った。
「うん。どうなるかと思ったが、異常はなさそうだ。鼻血はまぁ…、急に起きたから体が吃驚したんだろう…。とりあえず、飯を食え。」
そう言って、持って来た重箱に詰めてあった弁当をくれた。
「腹が減っているだろう?」
そう言われて、空腹である事に気付く。がつがつ食べた。
「甚さん、すげー美味い!五臓六腑に沁みわたるって感じ!」
甚さんは笑って言った。
「昨日、秘色もそう言ってがつがつ食ったなぁ~。」
「秘色さん!無事戻って来たんでしょ?」
「あぁ。向こうの世界にいた時の話をしてくれたよ。向こうの食べ物は甘いかしょっぱいかしかなかったらしい。俺の作った治部煮を食べて泣いてた。」
甚さんはそう言って苦笑したが、嬉しそうだった。
「飯を食ったら降りて来い。今後について、蘇芳から話があるらしい。布団は俺が戻しといてやる。」
そう言うと、甚さんは布団一式を抱えて降りて行った。
「はー、良かった!桃に異常が無くて、安心したよ。」
湯呑にお茶を注いでくれながら鶸が言う。俺はドキドキしながら聞いてみた。
「なぁ…。俺、昨日何をした?」
「あんなに凄かったのに覚えてないの!?」
…うぐっ!どんな凄い事を鶸にしたんだ、俺…。凄い事をされた鶸がどんな痴態をしたのかを覚えてないなんて、一生の不覚…。情けないが、腹をくくろう。
「あ、あ~…。昨日、空に命中させた所までは覚えてるんだが、その後は…サッパリ…。」
頭を掻きながら言ったら、鶸が続けた。
「あれからね…。僕、翼の骨が折れて落ちちゃったの――」
「な、何ぃー!!怪我はっ!?大丈夫なのかっ!?」
だから、さっきから階段で上り下りしてたのか!がしっと鶸の肩を掴んだ俺の手をそっと外すと鶸は言った。
「うん…。昔落ちた時に入ったヒビが原因で、今回酷使し過ぎで折れちゃったんだって。当分飛べないだろうって言われた…。」
「そ、そうか…。大変だったんだな…。…痛むか?」
「大丈夫だよ。それでね、落ちた僕を山鳩様が助けてくれたの。で、その時、怨霊が沢山現れてね…」
鶸の話を聞いて更に吃驚する。俺が寝てる間にそんな大騒ぎになっていたとは…。手柄を立てる絶好の機会に何やってたんだ、俺ぇ~!!と歯がゆかった。
「でねっ!『もう駄目っ!』って思った時に、桃が助けてくれたんだよっ!」
嬉しそうに鶸が言う。
「この指輪がね、ピカって光って僕達を守ってくれたのっ!凄かったんだよっ!桃の作った球に触れた怨霊はみ~んな消えちゃったの!しかもっ、その膜を通る僕と山鳩様の術にも効果が上乗せされてねっ!僕達沢山の怨霊をやっつけたんだよ!」
両手を握りしめ、興奮して喋る鶸をぼんやり見てた。そう言われれば…、そんな光景を見た記憶があるような気がするが、曖昧だ…。夢かもしれない…。
「――って、皆に言われて恥ずかしかったけど、嬉しかったよ♪」
「え…?」
「も~っ!桃っ!聞いてくれてなかったの!?」
「わ、わりぃ…。ちょっと頭がぼーっとしてて…。」
そう言ったら鶸が機嫌を直した。
「そ、そうだよね…。昨日霊力沢山使って、桃、疲れてるんだもんね…。あ、あのね。昨日、僕、皆に「桃に愛されてる」って言われて、嬉しかったよ!」
えへへ…と笑って鶸が言う。ちょっ…!俺の恋人が世界で一番可愛くて愛らしいっ!!ぐあーー!と抱きしめたい衝動にかられた時、俺が食べ終わった重箱の蓋を閉めて鶸が言った。
「さ。蘇芳様が待ってるから、早く行こっ。」
「お、おう…。」
とりあえず、まだヤッてなかった事だけは分かってホッとした。鶸との初めては大事にしたい。
蘇芳様の部屋に行ったら、山鳩様と金糸雀さんが既にいた。
「あぁ、桃と鶸も来ましたね。では、面子が揃った所で貴方方の今後の任務についてお話します。昨日、あのお方によってこの世界の五行全てが書き換えられたのは御存じですね?」
「あぁ。」
「「はい。」」
「そうなんだ…。」
「そこで。貴方方四人には、この地図にある経路に従って現地調査をお願い致します。」
「ちょっと待て!管轄外だろ!?」
「…何か?」
蘇芳様が銀縁眼鏡を光らせて、山鳩様に向き直る。
「肝心の決戦日に姿が見えないと思ったら、勝手な単独行動をしていたのはどこのどなたですか?今回は、それで鶸が助かったから不問に処しましたが、本来であれば軍規違反で懲罰対象ですよ!知っていますか?書庫にしまいっぱなしの書物もたまには虫干ししないといけないのです。ずっと逓信省の一室に籠ってばかりだった貴方には外の空気を吸ういい機会です。どうしても嫌だ、というのなら、他の者に頼みますけど…。そうなると、まだ上手く歩けない金糸雀が倒れた時の補助も別の者に頼まないといけませんね…。「金糸雀と鶸という綺麗どころと一緒なら僕が行きたい」って紅が言ってましたっけ…。分かりました。帰っていいですよ、山鳩。この任務、紅に―――」
「待てっ!…嫌だとは…言っていない…。」
負けたように言う山鳩を見て、蘇芳様が「そうそう、最初から大人しく聞いていればいいんですよ」と言ってから続けた。
「金糸雀、鶸の両名は翼を負傷していますので、陸路で移動してもらう事になります。金糸雀の足の機能回復訓練も兼ねていますので、進度はゆっくりで構いません。何しろ長年使っていなかったんです。そんなに急にスタスタ歩けるようにもならないでしょう。怪我に良いとされる温泉施設も経路に入れておきましたのでね、ゆっくり湯治して来て下さい。で、桃。貴方、ここに来てからずっと里に送金してましたよね。先日、それを元手にした建物が完成したそうで、是非実物を見てもらいたい、との要望があがってましたので、貴方はその視察をして来て下さい。今回の旅の目的地はそこです。帰りはまた、違う経路になっています――と、まぁ…。難しく言ってますけど、ちょっとした旅行みたいなものですよ。今回、皆さん頑張りましたからね。慰安も兼ねて、持ち回りで少しゆっくりしてもらおうと思ったんです。どうせ旅行に行くのなら、気心知れた面子が良いでしょう?」
「はいっ!」
鶸が元気に返事した。
「ありがとうございます、蘇芳様っ!僕、とっても楽しみです!」
「それは良かった…。でも、そんな満面の笑みでいられるとこっちが困りますね…。都から出るまではもう少し、ピシッとしていて下さい。名目はあくまでも任務ですから…。分かりましたね?」
「は、…はい…。」
はしゃぎ過ぎたと思ったのか、鶸がしゅんとする。
「あと、そうですね…。これは…ついでで良いのですが、ミロクなる人物を見付けたら連れて来て下さい。」
「ミロク…ですか?」
「そんな和色ありましたっけ…?」
首を傾げる俺達に蘇芳様は言った。
「ミロクはあくまで通称のようです。今回、秘色と一緒に帰ってきた黒づくめの男が会いたい、と探しているようなので…。」
それを聞いた金糸雀さんと鶸が顔を見合わせた。
「もしかして…!!」
何か言いかけた二人に向かって、蘇芳様は首を横に振った。
「以前、貴方方から聞いていたので、昨晩のうちに問い合わせをしたのですが、五色太夫はもうあの町にはいませんでした。前回貴方達と接触してから、どこかに向かったようなのです。」
「そうですか…」
「太夫…?」
山鳩様が吃驚して、金糸雀さんと鶸を見ていた。タユウってなんだ?たゆたう小舟?
*****
そんな訳で、俺達四人は旅に出た。まだ少ししか歩けない金糸雀さんを山鳩様が途中から負ぶってた。道中、鶸が「ここは麩饅頭が名物なんだよ」「ここに来たからにはニシンそばを食べないと!」とか色々教えてくれる。「お前、良く知ってるな」と言ったら、嬉しそうに言った。
「うん!僕、いつか桃と一緒に旅行出来たらと思って、金糸雀さんが教えてくれた事とかぜ~んぶ帳面に書いてたの!今、それが役に立ってるんだよ!」
そう言って、饅頭の絵とかも描いてある帳面を見せてくれた。
「なにこれっ!すげーじゃん!これ、読み物とかになるんじゃないのか?」
「そうかな…?えへへ…。」
恥ずかしそうに頭を掻く鶸の帳面を覗き込んだ山鳩様が言った。
「大したものだな。今回の旅の分も書き足して、六省に戻ったら真朱に売りつけてやるといい。」
「え?こんなの…真朱いらないでしょ…。」
「いやいや!これすげーよ、鶸!何が名産かとかも書いてあるから、商人の需要も分かりやすい。きっとアイツ欲しがるぜ。だって、真朱はすげーけど、行ってる場所はお前より圧倒的に少ないんだからさ!」
「ふ、ふ~ん…。じゃ、ちょっと考えてみるね…。」
そんな風に鶸は言ってたけど、宿についてから、毎日ぴっちり書き込んでたのを俺は知ってる。鶸のそういう真面目で一生懸命な所が好きだ。
途中の宿で、里に宛てて「もうすぐ帰る」と手紙を書いた。緊張した。山鳩様が手紙を送ってくれた。里に帰るのは、鶸と二人で飛び出して以来だ。近づくにつれ、緊張する。皆、元気かな…。ドキドキしながら、山道を歩く。大きくて長い根が張り出していて、鶸が転びそうになる。金糸雀さんには無理だと判断した山鳩様によって、金糸雀さんはずっと山鳩様におんぶされている。
「ご迷惑を~、かけてすみません…」
「大丈夫だ。これしき、なんてことない。」
「足元悪くてすみません。ここを抜けたら、歩きやすくなるんで…。」
「綺麗な桃園もあるんですよ!」
「ほぅ…。そりゃ、楽しみだ。」
そんな事を話しながら歩いてたら、山頂にでた。一気に視界が開けた。見下ろす先に懐かしい桃園が広がっていた。込み上げてくるものがあった。
「………。」
「桃?」
覗き込むように鶸が俺を見る。
懐かしい風に吹かれて、昔、里の皆に言った科白を思い出した。
『なら、信じてよ!俺はきっと今年の試験に受かってこの里に錦を飾るよ!そんでもって、そン時は…!コイツと一緒だ!』
俺は、それを実現した。あの時は攫うように連れて行った鶸が、今は恋人として隣りにいる。感慨深い…。俺は鶸の左手をぎゅっと握った。
「鶸。俺達、錦を飾りに帰ってきたんだ!長や皆に会いに行こう!」
「うんっ!」
「俺達はゆっくり行くから、先に行け。」
そういう山鳩様に背中を押されて、俺は鶸と二人で山を駆け下りる。
「長~!皆~!帰ってきたよ~!!」
山間を木霊するその声で、向こうの屋敷から人々が出てくるのが見えた。懐かしい面々が手を振っている。口は悪いけど、花が好きで山を守っている俺の大好きな里の皆だ。
屋敷の前に息を切らして辿り着いた俺達を見て、皆が言った。
「おかえり、桃。」
「おかえり、鶸。」
「顔見せに帰って来るのが、おせーんじゃないか?」
「待ちくたびれて、六省に手紙をだしちまったよ。」
「大きくなったな。木登りばかりしていたあの頃からは想像出来ん。」
「鶸も…、こんなに綺麗になっちまって…。桃には勿体ねーな!」
「ホントにな!」
そこで皆が笑った。
「う、うるせー!余計なお世話だ!俺と鶸は一蓮托生なんだからな!」
「そうなのか?」と長に聞かれた鶸が「うん!」と答えた。
「僕、桃、大好きだから。」
それを聞いた里の人達から、ひゅ~っと一斉に口笛が上がった。
「良かったな、桃」と長が言って、鶸に向き直った。
「鶸よ…。あの隧道で送り出した時はどうなるものかと思ったが、その後の活躍は聞いてるぞ。大したもんだ…。そんでもって…、最終的にはコイツを押し付けたみたいになってすまないな…。前にも言ったが、ちょっと馬鹿な所もあるが、まっすぐでいい奴なんだ。」
「知ってます。あと…邪気を祓う仙果の名の通り、すごい霊力の持ち主でした。すっごく離れた場所にいても、この指輪で守ってくれたんです!」
そう言って、鶸が嬉しそうに指輪を見せる。
「そうか…。相思相愛なら良かったよ…。初恋は実らない、と聞いた事があるから密かに心配してたんだ。」
そんな話をしていたら、山鳩様と金糸雀さんが追いついた。
「遠路はるばるようこそ。うちの桃と鶸が大変お世話になってるそうで…」
長が頭を下げる。
「いや、そんな…。」
世間話を交えつつ、お互い自己紹介を済ませる。その後に、長が言った。
「そうそう!先日、うちの里から突然温泉が湧き出したんで、ゆっくりしていって下さい。」
「突然温泉とは…。これも五行が変わったせいか?」
山鳩様が首を傾げる。
「マジ!?そんな事になってたの?」
「あぁ。それでな、お前が借りた分以上の金を長年送ってくるもんだから、その金を元にこじんまりした貸し切り旅館を二棟作ってみたんだ。今日から五日はそこに泊まって改善点や感想を教えて欲しい。因みに、一棟はお前が見晴らしが最高だと言ってた掘っ立て小屋の場所に作った。もう一棟は東の端だが…。」
そう聞いて、心がはやった。
「や、山鳩様っ!金糸雀さんっ!俺達、掘っ立て小屋だった方に泊まってもいい?思い出の場所なんだ!」
「お、お願いしますっ!」
鶸も頭を下げる。
「どうぞ~♪」
「…お前が送ってた金を元手に作ったんだから、いいに決まってんだろ。」
「あ、ありがとうございます!」
「まぁまぁ、いつまでも立ち話もなんですし、入って下さい。ささやかながらも歓迎の宴を開こうと思って用意していたのです。」
「では、ありがたく…」
そんなやり取りを聞いてるうちに、俺はいてもたってもいられなくなっていた。
「なぁなぁ~、長!今から、ちょっと桃園に行ってきてもいい?」
「いいけど、これから天麩羅をあげるぞ?それでもいいなら、行ってこい。でも、まだ花は咲いていないぞ。」
「分かってる!行こっ、鶸!」
「うん!」
俺は鶸の手を取って、あの頃のように走り出す。
昔、燕が巣を作っていた掘っ立て小屋があった場所に、ちんまりとした二階建ての家が出来ていた。
「ホントだ!」
「変わってる!」
吃驚した後に、思いついて言った。
「なぁ、ここまで来たら、俺達が初めて会った木の所にも行こうぜ!」
「うんっ!」
その木はすぐ分かる。だって、この中で一番高い木だからだ。
「懐かしい…。」
鶸が呟く。
「ここで、桃が僕に桃の枝をくれたんだよね。あの時はいきなり男の子が落ちて来たから、吃驚したなぁ…。」
「そうだったな…。」
足を滑らせて落下した自分を思い出す。俺、格好悪い所ばかり鶸に見られているな…とちょっと凹む。でも、気を取り直して言ってみた。
「あん時、俺、恋にも落ちたんだと思う。」
「えっ!?」
「だって…。お前、すげー可愛いかったから…。あれっきりにしたくなくて、とっておきの場所に誘ったんだ。」
「そ…そうだったの?…嬉しい…。」
鶸がもじもじして頬を赤らめた。
「…そ、そうだよ。お前の喜ぶ顔を見たくて、貯めてた小遣いから金平糖を買いに行ったりしたんだぜ。」
「…そうだったんだ。ありがとね、桃。僕も初めて会った時から大好きだったよ!僕達きっと出会うべくして出会ったんだね!」
鶸がにっこり笑ってそういうから、我慢できなくなった。桃の木を背にして立つ鶸の前に立つ。右手を幹について、鶸に逃げられないようにしてから言った。
「なぁ…、してもいい?」
「?」
きょとんとした顔をした後、思い当たった鶸が顔を真っ赤にして俯いた。
「俯いてたら…、出来ないじゃん?」
俺はそう言って、鶸の顎を左手で上向かせる。それから、今度は目を見てしっかり伝えた。
「ずっと大好きだったよ。鶸、愛してる。」
そうして、そっと唇を重ねた。滅茶苦茶幸せな気持ちになった。好きだと言う気持ちが溢れ出たその瞬間、周囲が桃色に染まった。吃驚して唇を離す。自分達がいる所を中心に桃園中の桃の木が次々と花開いてゆく。その光景を見た鶸が言った。
「すごい!桃源郷みたい!」
「だな…!」
俺は苦笑した。同じ名前を持つ同士、桃園中に俺の幸せな気持ちが伝播してしまったらしい。一足先に春が来てしまった。
目の前の小枝が手招きしているように揺れた。
「くれるっていうのか?」
頷くように大きく揺れたから「ありがとな」と言って、そっと手折った。
「お前に、って。」
そう言って、そっと鶸の髪を耳にかけてから桃の小枝を差した。
「すごく似合ってる!最高に可愛いぞ!」
そう言ったら、桃の木達も同意するかのように風もないのに揺れた。
鶸が笑った。
俺も笑った。
山も笑った。
―――ここは和色世界。和色の名を持つ者が、男子の姿となって住まう場所。そこには、矢の刺さった空がある。
これ以降はまた別のお話で。




