表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桃始笑 ~和色男子。~  作者: 島津 光樹
17/26

十七 鶸

    十七 鶸


 久しぶりに六省に帰ってきた。

 報告しに入った蘇芳様のお部屋に桃がいた。言葉は交わせなかったけど、桃の姿を見られて嬉しかった。桃が退室した後に、蘇芳様に「真名を名乗ってはならない」と謎の人物に忠告された話をした。蘇芳様は腕組みをした。「まさか…」と言った後に黙った。そこから何かを考え込んで黙ってしまったので、見かねた東雲様に促されて、日報を書いてから帰った。流石に疲れ切っていたので、昨日は早々に自室に戻って泥のようにぐっすり寝てしまった。ここ最近は色々あり過ぎた。今日は疲れを取る為に休んでいいと言われている。

 僕は誰もいない信省の寮で一人お風呂に入った。顔を洗う。スッキリ目覚めた。

「よ~しっ!」

 パシッと顔を両手で叩いて気合を入れる。

 それから、仁省のお屋敷まで行ってみた。

「た…、たのもー!」

 入口の所で言ってみる。この時間は皆、六省の方にいるかなと思ったら、背後でボソッと声がした。

「何?」

「ぴゃっ!」

 気配が無かったので、吃驚した。振り向くと、秘色さんがいた。

「御疲れ様の鶸じゃん。今日、休みじゃなかった?うちに何の用?」

「秘色さん!丁度良かった!僕を弟子にして下さい!」

「は?」

「あ、あの…っ!向こうの世界に行った時、痛感したんです。僕、もっと強くならないと、って!で。ま、先ずは早く走れるようになりたくて…。僕、足遅いから…」

 頑張って伝えた。そう、向こうの世界で何も出来ないうちに口を塞がれていたのは痛恨だった。下手したら、一撃で殺されていたかもしれない。足が動かない金糸雀さんの為にも、陸では僕がもっと早く動きたい!そう思った時に真っ先に思い浮かんだのは、鍛錬の際に指導してくれる忍びの二人だった。

「足なら桃が速い。教えてもらえば?」

「桃は駄目っ!」

 両手をぐっと握りしめる。そう、桃に迷惑は掛けられない。そんな僕をチラリと見て「あ、そ。いーよ」と秘色さんが言った。

「こっち来て。」

 そのままずんずん進んで、寮の裏にある馬場に来た。

「ここ、一直線になってるから。先ず走ってみせて。」

「は、はい!」

 頑張って向こうまで走った。息を切らして「どうですか?」と振り向いたら、目の前に秘色さんがいた。

「全然駄目。」

「……。」

 がっかりする。溜め息が出た。

「大丈夫。改善点は分かってる。力みすぎ。」

 そう言うと、秘色さんは僕の手を掴んだ。

「君、いっつも拳を握りしめてるけど、走る時は駄目。開いて。」

「あ、はい…。」

「あと、姿勢まっすぐ。それと、足。爪先を地面につけないようにしてみて。」

「え?」

 空に飛び上がる時同様、爪先で最後の一押し、とばかりに地面を蹴っていた。

「多分だけど、飛ぶ時と走る時では使う所が違う。」

 そう言うとしゃがんで、今度はいきなり僕の右足を掴み上げた。

「う、うわっ!」

 ぐらりとする。そんな僕にお構いなしに秘色さんは続けた。

「ここ(と、足裏の親指の付け根の所を押しながら)に体重かけてみて。」

「は、はい…。」

 言われた通りに走ってみる。何だか…さっきより速くなった気がする!

「ひ、秘色さんっ!」

 喜んで振り向く前に、後ろで見送ってくれた筈の秘色さんが目の前に立っていた。

「な?」

 秘色さんが言う。嬉しくなった。秘色さんにも速くなったのを分かってもらえたんだ!

「はいっ!ししょー!」

 それを聞いた秘色さんがプッと吹き出した。

「…師匠ってなんだよ…。」

 いつも無表情な秘色さんが、少しだけど笑ってた。

「だ、だって…。教えてくれる人は師匠だから…」

「あ、そ。じゃ、これから師匠って呼びな。」

「はい、ししょー!見てくれました?僕、さっきより少しだけど速く走れました!」

「ん。良くやった。修行あるのみ。」

「はいっ!僕、頑張りますっ!」

 その後も言葉は多くないけど、秘色さんは的確な助言をくれた。ありがたい。何度か走っているうちに秘色さんの姿が消えてた。

「あれ?ししょー?」

 キョロキョロ見回してたら、いきなりピトッとほっぺたに冷たい物が当たった。

「ぴゃっ!」

「一休みしな。」

 押し当てられた竹筒にはひんやりした液体が入ってた。受け取って腰を下ろす。

「頂きます。」

 こくり、と一口飲む。柑橘の味がした。

「美味しい…!」

「そ、良かった。」

 秘色さんが小さく微笑んだ。無表情を見慣れているから、不思議な気分だ。

「瓶も君も、頑張るね~。そんなんで疲れない?」

「え?」

 そこで気付く。いつも一緒の瓶覗さんが今日はいない。

「そう言えば今日、瓶覗さんは?」

「知らない。」

 そっぽを向かれた。常時一緒に行動してると思ったのに、違うのか…。

「今日は違う任務なんですね。」

「ん。いつも一緒な訳じゃない。」

 そうなんだ…。

「え、えと…。」

「僕はさ、性悪説なワケ。」

「はい?」

 一体、何の話だろう?

「性根が腐ってる奴は更生なんかしないと思ってるワケ。けど、瓶は性善説なの。ほっときゃいい奴に構ってるの。」

 掃き捨てるように言ってから、付け加えた。

「瓶はいい子だから。」

 それから僕を見て言う。

「君もいい子だね。いい子はいいように使われるから、気をつけな。」

「え…?」

「あ~…。でも、君は違うか。大事に想われてるもんね。ごめん。今言った事忘れて。」

 頭を掻いてそう言った。

「え?あ、はい…。」

「今日はここまで。帰って休め。まだ疲れが残ってる。」

 僕が飲み終えた竹筒を受け取るとぴしゃりと言われた。

「え、でも…」

 折角少し速く走れるようになったから、もっと教えて欲しかったのに…。しゅんとしたら言葉が続いた。

「明朝四時。」

「は、はい!」

「ん。いい返事。じゃ…」

 そう言うと、いきなりがしっと抱き上げられた。

「う、うわっ!」

「信省まで一っ飛びだ!忍びの技を見せてやる!」

 にこっとされた次の瞬間にはもう、僕の部屋の前にいた。

「え?何?すごい…」

 呆然としてるうちに下ろされ、部屋の戸を開けられ、敷いたままだった布団に転がされる。問答無用で上から布団を掛けられた。

「寝ろ!疲れは寝なきゃとれん。」

 そう言うと秘色さんは口の前に右手をあてて、フッと息を吹いた。ふわん、といい香りがした。

「いい夢見な。」

 その言葉で急速に眠りに引き込まれた。


 次に目覚めたら、うっすら外が白んでた。もうじき朝だった。

「んーーっ!」

 大きく伸びをする。なんだかすごくいい夢を見た気がする。あと、びっくりする位、体が軽くなっていた。溜まっていた疲れが完全にとれた感じ。秘色さんのあの香りのせいかな?とにかく、すごい!ソンケ―した。

「よしっ!」

 両手をぐっとして気合を入れる。四時なら稽古をつけてくれるって、秘色さんが言ってたから支度して、昨日の馬場まで飛んで行った。

 まだ早朝だから大きい声は出さない方がいいよね、と思ってそっと呼ぶ。

「…ししょー?」

「いる。良く眠れたみたいじゃん。」

 さっと大きな木の枝から、逆さまに現れた秘色さんが言った。

「よっ…と。」

 二回転して着地した。

「す、すごーい!」

 思わず拍手した。

「ん。じゃ、やってみ。」

「はいっ!」

 昨日習った通りに走る。何度か走って、更なる改善点を教えてもらう。

「ありがとうございます!これなら、なんとかなりそうです!あ、あと…良かったら、武術も教えてもらえませんか?」

「……なんで?君の仕事は警邏だ。戦闘じゃない。戦闘は得意な奴に任せておけばいい。」

「で、でもっ!僕、向こうの世界に行った時、一歩間違えてたら死んでたかもしれないから…。だから…だからっ!」

 両手をぎゅっと握って言ったら、秘色さんが「あ~…」と言った。

「なら、護身術を教えてやる。大した力も無い奴が戦場をうろちょろするのは足手まとい。けど、自分の身を守れるなら…いいかな?」

 そう言うと、いきなり羽交い絞めで首をしめてきた。正に一瞬の出来事だった。

「――っ!」

「こんな時、どうする?」

 いつもの抑揚のない声だった。冷たい目をしていた。そこからは、正に実戦だった。色んな状況下を想定しての最適解と思われる動きを教えてもらう。

「えいっ!」と攻撃した時、いきなり秘色さんがガクッと崩れた。

「ししょー!?ごめんなさいっ!大丈夫ですか?」

 慌てて声を掛けて、驚いた。だって…秘色さん、寝てたんだもん…。

「え…?」

 どうしようとあわあわしてたら、パチッと目を開けた。

「今日はここまで。」

 すっくと立ちあがる。

「あ、はい。ありがとうございました。あの、良かったら…」

「明日同時刻。」

 それだけ言い残すと、秘色さんはヒュン!と目の前から消えた。すごい。忍びの技だ。

「流石、ししょー。」

 でも良かった。明日も稽古をつけてもらえるんだ。


 僕は信省に戻った。僕の姿を見付けて大急ぎで走ってきた蒲公英様から、僕と組んでる金糸雀さんが昨晩誰かに襲われて翼を折られた、と聞いた…。

「そんな…!」

 …昨日、僕が一緒に行動していれば防げたかもしれない…。僕のせいだ…。僕が…もっと強くてしっかりしていれば…!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ