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桃始笑 ~和色男子。~  作者: 島津 光樹
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十八 桃

    十八 桃


 どうしよう…。俺っち、鶸に嫌われたかも…!

 防人の地から帰ってきて以降の鶸に避けられている気がする。いや、認めたくないけど事実だ…。挨拶はするけど、「一緒におやつを食べよう」と誘っても「忙しいから、ごめんね…」ってことごとく断られる。前は警邏に行く前に絶対「ぎゅっとして」って言ってきたのに、帰って来てからは言わなくなった。一度俺っちから言ってみたけど「大丈夫だよ」ってやんわり断られた。俺っちが大丈夫じゃないっ!!!しかも…、あんなにしょっちゅう言ってくれてた「桃大好き」を言わなくなった!

 どうしよう…!まさかと思うが、一月以上行ってた防人の地で、俺っちより好きな奴が出来たのかも…。チクショウ!誰だよ!?鶸の心を盗んだ奴は!

 そんな感じでイライラしてた日、食堂の入口でばったり、鶸に会った。

「お、おす…。」

 やった!久しぶりに一緒に飯が食えると喜んでたら、向こうに秘色さんが見えた。

「あ!ししょー!」

 そう言って、鶸が秘色さんに向かって走って行く。吃驚した。だって…、以前はもっと遅かった鶸の走りが速くなってたんだ!鶸が秘色さんに何やら話し掛けてる。その姿を見たら、いてもたってもいられなくなって、俺っちは食堂を飛び出してた。

「あれ~?桃、もう食べ終わったの~?」

 すれ違った真朱に何も返さず、一気に駆け抜けた。いつもの天守の屋根に上って、漸く息を整える。心臓が…苦しい位に痛かった。ハァハァ息を吐きながら、胸を押さえる。

「ヤベェ…。どうしたらいいか、分っかんねぇ…。」

 そのままバタリと横になる。今日も空は高い。そっと首から下げた指輪をとり出して、眺めた。

「お揃いなのに…。」

 折角のお揃いも、相手に渡してないうちは何の意味も無いことを知った。二つの輪っかは日の光を受けて煌めいている。

「早く…、鶸に渡さないと…。」

 二人だけになれる時に渡したくてグズグズしてたのが、仇になった。さっさと渡しておけば良かった。

「クソッ!」

 いつの間に秘色さんと仲良くなったんだよ!「ししょー」って何だよっ!鶸に対してではなく、鶸に尊敬の眼差しを向けられていた秘色さんに腹が立った。


     *****


 早く指輪を渡したいと焦るのに、侵入者のせいでままならない日々だ。六省内は物々しい雰囲気で、一部の空気は殺気立ってる。先日、何者かに襲われ、金糸雀さんの翼が折られた。金糸雀さんはもう飛べない。戦線離脱を告げられ、療養されている。連日、対策会議が開かれ、情報収集の為か、鶸も警邏に出ずっぱりだ。全然、会えやしない。こうなってみて、初めて気付く。これまではかなり鶸が自分に合わせてくれていた事に。里を出て以来、自分が鶸の世話を焼いていると思っていたけど、違っていたのかもしれない。鶸は俺っちがいなくても色々出来る。離れていた一月の間に、鶸はそれに気付いたんだ。繋いだ手を離す時が来たんだ。今後はもう一緒におやつを食べる事もなくなるんだろう…。

 はぁ…。重い溜め息が出た。じきに大人になるであろう鶸の隣にいるのは一体誰?秘色さん?それとも…、俺っちの知らない遠くの地にいる誰か?誰でもいいけど(良くないけどっ!)そいつをとっつかまえて問い詰めたかった。『お前は鶸を一生大事に出来るのか?』って。少しでも考える素振りをした時点で失格だ。即答出来ない奴に鶸は渡せない。そうだよ!鶸は俺っちの物じゃないけど、俺っちはずっと鶸の隣にいたんだ。次に隣に立つ奴に、それ位は言ってもいいんじゃなかろうか?

 うん、それ位言う権利はある筈だ。そう思って歩いてたら、丁度廊下の向こうに鶸と秘色さんが見えた。鶸が何かを言って、窓から飛び立っていった。胸がザワザワした。一息ついて呼吸を整える。近付いてから、声を掛けた。

「ひ、秘色さん!」

「何?」

「ひ、鶸の事、どう思ってるの?」

 最初に思ってたのと違う質問をしてしまった。

「あ~…」と言いかけた秘色さんが、突然ガクッと崩れて倒れてきた。

「うわっ!」

 俺っちは慌てて秘色さんを受け止める。

「あっぶなー!ちょっと…!寝ないで!秘色さんっ!」

 お、重い…。じたばたしてたら「秘色!」と向こうから瓶覗さんの声がした。俺っちの知らない青い人と一緒だった。

 パチッと秘色さんの目が開いた。起きたらしい。俺っちの肩を掴んで立ち上がる時、俺っちにしか聞こえない小声で「丁度いいや。ごめんな」と耳元で囁いた。

「?」

 何のことかと思って秘色さんを見上げる。秘色さんは口を開いた。

「鶸、いい子だよね。誰かさんと違って!オレ、今度から鶸と組もうかな~。可愛いし。」

「なっ!」

「何?ヤキモチ?鶸をオレに取られて口惜しいの?そんなに誰かに掻っ攫われたくなきゃ、首輪でもつけとけよ。」

 挑発するように言われた。カッとした。

「う、うるせー!お前になんか鶸は渡さねー!」

 そう言って拳を振り上げた瞬間、「そんなんじゃ…、おっせーんだよ!」と言う言葉と同時に巻き起こった突風で壁に叩きつけられた。背後でみしっと音がする。壁に亀裂が入ってた。

「……いってぇー…」

「秘色っ!こんな子供相手に何してんだっ!」

 駆け寄ってきた瓶覗さんが俺っちの後頭部をさする。

「大丈夫か、桃?」

「今のは何の音ですか!?」

 向こうから、東雲さんが走ってくる。

「ハッ!いい子は大変だね~。あっちにもこっちにもいい顔して!」

「秘色っ!」

「何?ずっと一緒のオレより瑠璃をとったんだろ?オレの事はほっときゃいーじゃん!いい子のお前と組むのに嫌気が差してたから、丁度いい機会だな!」

 掃き捨てるように言った。いつも感情が一定の秘色さんとは別人みたいだった…。

「秘色…。何言って――」

 青ざめた顔で瓶覗さんが言いかけた時、パチパチと拍手がした。見た事無い派手な色の不思議な服を着た少年が、東雲さんとは逆方向からこっちに向かって歩いてくるところだった。

「分っかる~!ボクもいい子ちゃんて、大っ嫌い!君とは話が合いそうな気がするよ。」

 ニッコリ笑って、恭しく秘色さんに右手を差し出す。

「お初にお目にかかります。ボクはライム。君の名前は?」

「――――っ!」

 東雲さんが息を飲む。

「言うな!」

 瓶覗さんが制止する前に秘色さんは口を開いた。

「オレ、ヒショク。」

 それを聞いた少年は更にニッコリした。

「そう…。ヨロシク、ヒショク。こんな奴等なんか捨ててさ、ボクと行こうよ。楽しいよ。」

「そうだな…。」

「駄目です!行ってはなりません!」

 東雲さんが制止した。秘色さんはこっちを一瞥してから、吐き捨てた。

「あばよ!」

 ライムと名乗った少年が楽しそうに秘色さんの右手を掴んで、パチンと指を鳴らした次の瞬間、二人の前に虹色のもやが現われ、二人は消えた。

「…そんなっ!」

「――秘色っ!!」

 東雲さんと瓶覗さんが駆け寄って、今、二人が消えた空間を必死に探るが、何もつかめない…。秘色さんは…俺っちの目の前で消えてしまったんだ…。


 その数時間後、六省にいる全員を集めての緊急会議が開かれた。

「本日、省内にてライムを名乗る侵入者により、秘色が連れ去られる事案が発生致しました。目撃者は瓶覗と桃、東雲の三名。防人の地だけでなく、こちらも狙われているという事です。」

 それを聞いた鶸がびっくりして目を見開いた。

「うそ…。ししょー…。」

 しょんぼりと項垂れ、怖いのか少し小刻みに震えている。

「鶸、大丈夫だよ。秘色さんはすげーから!」

 俺っちはそう言って、そっと鶸の左手を握りしめた。鶸が驚いて俺っちを見る。振り払われるかと思った手は、弱弱しくだけど握り返してもらえてほっとした。どうやらまだ決定的には嫌われてないようだ。そのままの状態で続きを聞く。

「彼は連れ去られる前に、侵入者に問われて名乗ったそうです。その際に、なんらかの呪い(まじない)をかけられたと思います。いいですか、ここに残っている者は問われても決して名乗ってはいけません。」

「はい!」「おう!」「了解!」と口々に答える一同を見渡していた蘇芳様が、途中で眉をひそめた。

「瓶覗。隣りにいる者は誰です?断りなく部外者を入れるのは感心しませんね。」

「は、申し訳ございません…。深藍様には伝えていたのですが、皆様にはまだ紹介しておりませんでした…。同郷出身の瑠璃です。先日まで、向こうの世界にとらわれていたのを逃げ出してきたそうで、安全確保の為に同行しております。尚、先程の秘色が消えた際にも同行しておりました。」

「では、目撃者は四名ですね。瑠璃について瓶覗から報告は受けていましたか、深藍?」

「あぁ。バタバタしていて連絡が遅れた。すまない…。」

「全くです!今は緊急時なのですから、そういう大事な事はすぐに伝えていただかないとっ!以後はこんな事が無いように!頼みますよ!」

 そこで、瑠璃と言われたその人(さっき、俺っちが見た知らない人だ)が立ち上がり、頭を下げた。

「瑠璃です。暫くお世話になります。」

「あぁ、貴方。向こうの世界にいたのでしょう?何か、向こうの世界について知っている事があるなら、ここで話してくれませんか。」

「はい…。と言っても、ずっと囚われていたので、殆ど何も分からないのです…。」

「そうですか…。」

 使えないな、といわんばかりに蘇芳様が自身の銀縁眼鏡を押し上げる。

「時に。君は…真名を盗られてはいないのですか?」

「盗られています…。だからこそ、旧知の瓶覗を頼ってここに逃げてきたのです。」

「そうですか…。そういう事なら、仕方ない。それにしても、良く今回ライムなる人物に連れ戻されませんでしたね。…同席を許可しましょう。皆様、異論はありませんね?」

「ないぜー。」

 緋色様が答えて、議題は次に移った。

「私が思うに、敵が攻めてくるとしたら黄泉平坂への扉がある防人の地か、ここ、六省の二択です。因みに前者は今、怨霊が増えすぎたせいで黄泉平坂の扉が閉まり切らず、常に怨霊が洩れ出てきている状態です。混乱を狙う侵略者によって扉が破壊された場合、各地に怨霊が溢れ出て最悪の事態に発展するかと思われます。ここは…(と一同を見渡して)まぁ、手練れ揃いだから、何とかなるでしょう…。そう考えると矢張り…防人の地の防衛を厚くするべきだと思うのですが、皆様はどう思います?懸念事項や意見があるならどんどん言って下さい。」

 ぐるりと見回す。蒲公英様が挙手された。

「あの…、防人の地へ行くには日数がかかります。あちらの防備を盤石にするなら、早々に増援部隊を送るべきかと…。」

 それを聞いて、今度は青藍さんが手をあげた。

「さんせーい!だって、転移術を使えるのって俺しかいないじゃん!敵が来たー、この部隊はあっち、この部隊はこっち、なんてやってたら、あっと言う間に俺の霊力がなくなっちゃいますよ!特に防人の地まで飛ばすのは、遠いから大変なんです!出来て、一日二回です!分かります?余程の事が無い限り、俺の転移術は当てにしないで下さいよ~!防人の地まで飛ばすのは緊急時のみにして下さい!人を移動させるのは、手紙を運ぶのなんかよりずーっと大変なんですからね!」

「…分かりました。青藍の転移術は奥の手、という事でいざと言う時に備えてとっておきましょう。青藍も、霊力の無駄遣いはしないように心掛けて下さい。皆様、異論はありませんね?では、防人の地へ行ってもらう増援部隊についてですが…。」

「俺が行くぜー!」

 血気溢れる緋色様が腕を振り回しながら勢いよく立ちあがった。蘇芳様は一瞥すると「貴方はそう言うと思ってました。…頼みますよ」と言った。


 そんな感じで、会議は終わった。俺っちと鶸は手を繋いだまま、部屋を出た。真朱と半と合流する。

「お!仲直りしたの?良かったじゃん」と半が言った。別にケンカしてた訳じゃねーけど…。

「ね、皆、時間ある?」

 おずおずと鶸が聞いた。

「あるよ~。皆でオレの部屋に来なよ~。見せたい物もあるし~。」

 真朱が言うので、皆で義省の真朱の部屋まで行った。部屋はそれなりに広い筈なのに、作りかけのからくりとかのガラクタまみれで室内は狭かった。

「…お前、もう少し片付けとかしろよ…。」

 半が呆れて言う。

「え~。オレが使いやすいようになってっから大丈夫だよ~。」

 そう言うと、ガラクタの奥から何やら反物のような物を抱えて来た。「ほいさっ!」と広げると、畳一畳分の広さの布張りの小屋になった。

「何これ?」

「ま~ま~。入って、入って。」

 真朱は俺達をぐいぐい押し込むと、最後に自分も入って、入口を閉じると何やら唱えた。

「これで、よ~し!鶸ちゃん、もう喋っていいよ~。これ、盗聴防止の布張り空間だから。」

「――っ!」

 鶸がびっくりして真朱を見る。

「なんで…?」

「だって~、今日、皆おかしいもん。特に蘇芳様。いつもなら、部外者がいようものなら真っ先に叩き出してるでしょ。先日、何者かに金糸雀さんが襲撃されたって言うのに、あんな得体の知れない奴の同席を許すなんて…。まるで、今日の会議はあの瑠璃って人に聞かせる為にあったみたいだ。そう思わない?」

 そう言われると…そうかもしれない…。蘇芳様は抜け目のない方だ。鶸がふーっと小さく息を吐く。

「多分…、そうだと僕も思う…。きょ、今日ね、警邏の途中で六省の近くの空に小さな穴を見付けたの。あ、あの…穴って言うのはね、空に開いてて、向こうに違う世界があるんだけどね…。」

 そう言って、鶸が防人の地で体験した事を話してから続けた。

「で。僕、それを蘇芳様に報告したの。そうしたらね、ししょーに伝えて、って言われて…。あ、ししょーって言うのは秘色さん。僕ね、最近ずっと秘色さんに走りや護身術を教わってたから、ししょーって呼んでるの。ししょー、結構前から瓶覗さんと別行動だった。その間、瓶覗さんは瑠璃さんとずっと一緒にいたみたい。でね…、その…。人を疑うのは良くないんだけど…。ししょーね、瑠璃さんって人疑ってた。信用できない、って。」

「確かに~。」

 真朱が賛同した。半も続けた。

「ずっと囚われてたって言っても、教えられる事はあると思うのに、何も言わなかったもんな、あいつ!向こう側の人間かもしれない…。」

 それを聞いた真朱がぽん!と手を叩いた。

「そ~ゆ~ことか!」

「え?何?」

「ふふっ、内緒~。言った事と言わなかった事があると思って。それが本当の奥の手なんだ。成程ね~。」

 真朱が面白そうに笑った。

「こりゃ~、俺の例の発明品が必要になるね♪」

 なんだかよく分からないが、楽しそうで何よりだ。この危機的状況でも楽しめる真朱を尊敬した。

「そういや、お前、見せたい物があるって言ってなかった?」

「そ~そ~。これ。」

 真朱が折りたたまれていた薄紙を広げる。良く分からない円の中に点々と印がつけてあった。

「何これ?」

 半が聞く。

「オレの趣味の夜空観察。」

「は?」

 この緊急時に一体何を言ってるんだと思ったら、もう一枚の紙を取り出して、薄紙の下においた。円がぴたりと重なる。下にあるのは地図のようだ。

「ここが、俺達のいる六省の上部に当たる空。昨晩、オレが観察してた怪しい星らしき光の場所がここ。」

 そう言って、薄紙に記された六省の上部に当たる箇所を指差す。

「そんでもって、二月以上前に観測したそれの場所がここ。」

 真朱が指示した場所は防人の地の上だった。

「それって…。」

「そう。鶸ちゃんが防人の地で見た空の穴と今日見付けた穴が同じ場所に繋がる同じ物なら、オレが観察していた怪しい光と同じ物である確率が高い。」

「それ即ち」と真朱は続けた。

「空にある穴は一定の周期で移動しているという事。昨日までの観察記録を元にしたオレの演算結果によると、それはこんな風に動く筈。」

 真朱の指が薄紙の上をなぞる。

「お前…。マジで天才なんじゃねーの!?」

 俺っちは思わず叫んだ。

「ありがと。昔から趣味で夜空観察してるんだけど、近年、以前は無かった光があったんで、気になってずっと観測してたんだ~。鶸ちゃんが言うように、向こうがピカピカした色の異世界なんだとしたら、その穴から向こうの光が洩れて星のように見えてもおかしくない。ただ…、確証がまだ持てないんだよね~。鶸ちゃん、穴ってどんなんだった?」

「えっとね…。小指の先位の大きさでね、指をかけるとめくれるの。まるで、本の頁をめくるみたいに。」

「その時、なんらかの霊力的な物は感じた?」

「そ、そこまで気にしてなかった…。ご、ごめんなさい…。」

 鶸が小さくなる。

「謝んなくていいからさ、明日にでも確認してくれない?」

「うん…。」

「何する気だよ、真朱?」

「ん~…。これまでの話を聞く限り、この世界を守ってた結界が破られたから外部からの侵入者が入ってきたワケ~。」

 そう言うと、今度は懐から紙風船を取り出して膨らませ、吹きこみ口を指で塞いだ。

「この世界がこの紙風船だとすると、ちゃんと結界が張られてる状態はこう。でも、結界が破られてると~」と言いながら、真朱が指をずらす。側面を押すと空いている口から空気が洩れて、紙風船が萎んだ。

「ここをちゃんと塞いでやると~」

 再び膨らませて、また指で塞いだ。今度は押しても中の空気は洩れださない。

「こんな風にその異世界に繋がる穴をぴったり塞げたら、もう奴等は入って来られないし、万事解決だと思うんだよね~。」

「な、なるほど~。」

 分かったような分からないような…。でも、鶸が大きく頷いた。

「分かった!僕、明日確認してくるよ!」

「よろしく~。」

 そこで思い出した。

「そう言えば!秘色さんも変だった!」

「どんな風に?」

「声を荒げて別人みたいだった!」

「マジ?」

「うん。俺っち、竜巻みたいなのでぶっ飛ばされた…。」

「へ?秘色さんて手裏剣とかを使う人じゃなかった?」

「うん…。そんでさ、名前を聞かれた時、「ヒショク」って名乗ったんだよね。」

「ヒソクじゃなくて?」

「うん…。そういや、一人称も「オレ」になってたような…」

「何それ?二重人格?」

 半の科白を聞いた真朱が腕組みをした。

「…仮に二重人格であったとしても肉体は一つ。片方の人格でも真名を盗られた場合ってどうなるんだ…?」

「そんなん…、俺っちに聞かれてもわっかんねーよ…。」

「そもそも、なんで桃は秘色さんにぶっ飛ばされたの?あの人、感情の起伏殆どないじゃん。怒る姿が想像出来ないんだけど?」

「あ~…、それはちょっと俺っちが失言したと言うかなんと言うか…。ま!それはいったんおいといて!瓶覗さんに対して、ずっと一緒のオレより瑠璃をとったんだから、ほっとけ、って。いい子のお前と組むのに嫌気が差してたから、丁度いい機会だって言ってた。」

「…うわぁ…。あそこはゆるぎない忍びの絆があると思ってたのに…。」

「そんなぁ…」

 何故だか鶸が傷ついた顔をしてた。そんな顔をする鶸に「鶸、いい子だよね。誰かさんと違って!オレ、今度から鶸と組もうかな~。可愛いし」と言ってた秘色さんの科白は絶対に教えたくなかった。そこで思い出した。それを言う前、秘色さんは俺っちに謝ってなかったか…。

「まさか…。わざと?」

「え?」

「秘色さん、俺っちをぶっ飛ばす前に「ちょうどいい、ごめんな」って言った…。」

「それ…、敵を欺く為の演技だったってこと?」

 鶸が聞いてくる。

「わかんねー。でも…、いつもの秘色さんじゃなかったのは事実だし。」

「なんか、転機とかあったん?」

「そういや、その直前、いつもみたいに寝落ちした。」

「「それだっ!」」

 真朱と半が同時に叫んだ。

「恐らくだけど…、寝てる間に意識が切り替わってるんじゃないの?」

「でも…、寝て起きても、人格が変わらない事もあったよ。」

「…だとすれば、寝てる時、秘色さんはもう一つの人格と対話をしてるんじゃないか?」

「ありえるっ!」

 その話で一通り盛り上がった後、「でも、何の為に?」って話になった。

「もしかしたら…」と鶸が口を開く。

「行方不明になってるこっちの人を助ける為…?」

「行方不明?」

「うん…。省上位の方には報告済で情報共有してるんだけど、最近は身の回りの物そのままに、外から鍵のかかった部屋から消えてしまった人が何人もいるんだって。今日のししょーの消え方なら、これまでの行方不明者も同様だと思えるし…。あの瑠璃って人も何年も前に行方不明になってたって話だよ。」

「は?外から鍵のかかった部屋って何?監獄?」

 俺っちが聞くと、鶸がハッとして、半と真朱が顔を見合わせた。

「あ~…。桃はそう思ったままでいて。」

 真朱がさらっと流して、鶸に続きを促す。

「だから…。今日の消え方で確信したんじゃないかな?ししょーはきっと、向こうの世界で捕まってる人を助けに行ったんだ…。」

「成程…。一連の騒動は消える手口を奴等に再現させる為って事か…。こっちも手口が分かれば対策の打ちようもあるからな…。」

 俺っち達は顔を見合わせた。きっとこれが真実だ。

「よっしゃ!それなら、向こうの世界に行った秘色さんが無事に帰って来られるように、俺っち達も出来る事はしようぜ!それには先ずっ、鶸に穴を見て来てもらおう!」

「うんっ!まかせてっ!」

 鶸が両手をぎゅっと握って言った。

「ししょーの為にも、金糸雀さんの為にも、僕、頑張る!」


     *****


 俺っち達四人はその後も真朱の作った盗聴防止の布張り空間で、作戦会議を行った。

そこで閃いたんだ。以前、真朱が見せてくれた瓶にささった矢みたいに、空の穴を霊力の矢でぴったり塞いでしまえばいいんじゃないか、って。

「どう思う?」

「あ~、あれか!」

「何…?」

 知らない鶸の為に、真朱がガラクタの山を漁って、それを持って来た。

「何これっ!?どうなってるの?」

 ガラス瓶を貫通してぴたりとはまっている木の矢を見て鶸が吃驚する。

「確かに小さい穴なら矢で塞げるかも。」

「でも、それなりの霊力を込めなきゃ穴に掛かっている向こうのまじないには勝てないんじゃないか?」

「うん。前、真朱は桐の木でこの矢を作った、って言ったよな?」

「そ~。桐は柔らかくて加工しやすいからね。それが?」

「うん…。俺っちの名前でもある桃の木も柔らかいんだ。」

「「「???」」」

 何を言い出した?と顔を見合わせる三人に向かって、俺っちは言った。

「俺っち、黄丹様に貰った盆栽で矢を作ろうと思ってる。」

「ええっ!?」

「マジでっ!?」

 驚く鶸と半。

「ありかも…」と真朱は腕組みをした。

「盆栽ってのは、長い年月を経て作られるものだ。黄丹様もそれぞれの盆栽に長年手を入れて育ててきた筈。なら、その盆栽には黄丹様の霊力も宿ってる筈だ。奇しくも…桃がもらったのは“矢文の盆栽”だしね。」

「うん。小さくても真っ直ぐ真っ二つになってるから、短弓用の矢は二本作れると思う。ただ…、黄丹様の盆栽はどれも唯一無二。昔、黄丹様の盆栽を一度駄目にした俺っちが、今度は盆栽を壊して矢を作ったなんて知れたら…。雅を愛する紫様になんて言われるか…。だからさ、完成するまで黙ってて欲しいんだ。」

「それはいーけどよ…。ちゃんと命中させられるのか?」

「そこは、真朱が割り出した地点を半の水鏡で映してもらう。そうすれば…」

「僕が場所を教えるよっ!」

 ぎゅっと両手を握りしめて、鶸が叫んだ。

「僕が至近距離で指差す。それを水鏡で見れば、桃なら命中出来るよねっ!」

 その勢いに吃驚した。

「あ、あぁ…。」

「危ないよっ!」と半が言った。

「空の穴までは結構距離がある。いくら桃の弓が優れてるって言ったって、万が一にでも逸れたら鶸に矢が刺さるんだぞ!」

「大丈夫だよ、桃だもん!」

 ね、と鶸がこっちを向いて微笑んだ。そこにあるのは、絶対的な信頼だった。裏切る訳にはいかない。

「おうよ!まかせとけ!俺っち達が出来る奴だって事をみせつけてやろうぜ!」


「黄丹様、ごめんなさい…」

 自室に戻った後、盆栽に頭を下げてから、俺っちは昔突き刺してしまった矢文の矢を盆栽から引っこ抜いた。この矢を使えれば良かったが、これは竹で出来ている。真朱がいう所の圧縮加工が出来ないから駄目だ。

 それから、真っ二つに裂けながらもまっすぐ伸びた桃の盆栽を鉢から引き抜いた。根を切り、余計な枝を落とし、中心の幹だけにして、矢となるように削っていく。作業をしながら、黄丹様を思い出す。好々爺に見えて、厳しさも持つ人だった。頭ごなしに叱るのではなく、何故駄目なのかを考えさせてくれた方だった。観察眼も鋭くて、もう大人になれる俺っちが子供のままの姿でいる事をすぐに見抜いた方だった。人の上に立つならあああるべきなお方だった。黄丹様が教えてくれた事を踏まえて、この世界を守りたい!と強く願った。

 だって、俺っちには大好きな鶸がいる。鶸のいるこの世界を守りたいんだ!そして、無事に脅威を掃えて平和になったら…、鶸に告白しよう。お前が誰よりも好きなんだ、って。世界を救えた暁にはきっと「桃、すごーい!大好き!」って言ってくれそうだもんな、あいつ…。


     *****


 そんな訳で、数日後。真朱が同じ省のよしみで蘇芳様に話を通してくれた。空の穴を塞いでから、もう一度この世界の結界を張り直す。そして、この世界に残った残党を狩り尽くす、って手筈だ。真朱と半は先に今日の作戦会議に出席してる。鶸は最近の警邏疲れが出たのか熱が出たらしく、今日は朝から休みらしい。俺っちはもうじき完成する矢を持って、会議に参加する予定だ。


 矢が完成したのは夕暮れを過ぎてからだった。意気揚々と矢筒に入れて背負い、蘇芳様を中心とした対策会議に出席しようと走って大広間へ向った。

「桃です。入室してもよろしいですか?」

 その声で扉が開いた。蘇芳様が出て来て、告げた。

「桃。君の会議及び作戦への参加は許可できません。」

「なっ!なんでですかっ!?」

「君がまだ子供だからです。」

「た、蒲公英様は出てるじゃないですか!」

「蒲公英は君と違って、信省一位の座にいる者。君とは立場も覚悟も違います。」

「そんなん…俺っちだって…っ!」

 負けずに食い下がったら、銀縁眼鏡を押さえて蘇芳様が言った。

「分かりませんか?未だ大人になる事をしない君に責任ある仕事は任せられない、と言っているのです。この意味、君なら…分かりますよね?」

 眼鏡越しの視線が猛禽類のようだった。

「―――っ!」

「話は以上です。」

 そう言うと目の前で扉は閉ざされた。

「………。」

 唇を噛んでその場に立ち尽くしていたら、今度は黄橡様が出てらした。

「桃。」

 優しく名を呼ぶと、俺っちの傍らにしゃがんで目を合わせて仰った。

「蘇芳様の立場も分かって下さい。少年期の貴方に何かあった場合、世間は少年期の者を戦闘の最前線に送った、と六省を非難するでしょう。それは避けなくてはなりません。ただでさえ、貴方と鶸は少年期でありながらこの六省の試験に最初に受かった“前代未聞の二人”なのです。いやがおうにも注目されます。それに…、蘇芳様はおっしゃいましたよね?「大人になる事をしない君に責任ある仕事は任せられない」と。それが何を意味するのかは、貴方にはもう分かっているのでしょう?であれば、やるべき事は一つではないのですか?」

「…黄橡様も…知っておられるのですか?」

 もしかして…、バレてないと思っていたのは自分だけ?

「…さぁて…?なんとなく思う所はありますが、私は確証を持っておりませぬ。何事も決めるのは自分自身ですから…。他の者がとやかく言う事ではございません。でも…そうですね…。私から貴方へのはなむけとして、これを。」

 そう言うと、俺っちの頭を優しく撫でた。

「はい。これで信省にかかっている防御結界に貴方は入れます。」

「え?」

「その姿で、会いたい人がいるでしょう?いつもなら私が屋敷内に入れてあげられますが、今は会議中ですので。今、信省の屋敷には鶸一人です。だから、防御結界に入れる鍵となるまじないを今、貴方に施しました。」

 そう言って、にっこり笑った。

「ではね、桃。あまり中座していると、私も蘇芳様に怒られてしまいますから…。」

 そう言うと、そそくさと室内に戻られた。


「………。」

 俺っちは拳を握りしめた。蘇芳様にはおそらくもうバレてる。きっと、黄橡様にも…。となると、もしかしたら他の方達にも…。そう考えたら、潮時だった。

 この姿のままでは、折角練った作戦に参加出来ない。そんなのは嫌だ!鶸がいる世界を守りたいのに、守らせてすらもらえないなんて…。そんなの、意味ない!だったら、世界を守ってから、なんて悠長な事言ってないで、さっさと鶸に砂金粒をつけた指輪を渡して告白しようと思った。首から下げた指輪を取り出して見る。

「こんなのイヤ。元に戻して」と言われたらそれまでだ。

「桃なんかもう好きじゃない」って言われたら、一旦諦めてからまた出直そう。

 うん、それでいい!鶸にフラれるかも…ってずっとうじうじしてるより、会える時に会ってちゃんと気持ちを伝えておかないと!また鶸が遠方に長期間行ってしまう事も考えられる。

 そうだよ、言わずに後悔するより、言って後悔する方がずっといい!

 そう決心して、信省の屋敷に向かって走った。

 鶸の部屋なら、門扉をくぐって屋敷内の階段を駆け上がるよりも、屋根に飛び乗ってから、直接三階までよじ登った方が近いし、早い。そんな訳で、昔やってた木登りみたいに勢いよく屋根に飛び乗った。


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