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桃始笑 ~和色男子。~  作者: 島津 光樹
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十五 鶸

    十五 鶸


 金糸雀さんと防人の地へと向かう途中で、以前寄った町に泊まった。六省の金糸雀さん宛てに「話したい事がある」って五色太夫さんから手紙が届いてたから。前と同じ宿屋に泊まって、五色太夫さんが部屋に来てから金糸雀さんが結界を張った。

「久しいね。わざわざ、足を運んでもらって済まなかったね…。」

「いえ~、お久しぶりです~♪お話とは~、なんでしょう~?」

「あぁ…。もしかしたら、小耳に挟んでいるかもしれないが、教えておきたくてね。あんた達、最近行方不明者が出てるのを知ってるかい?」

「行方不明者…ですか?」

「あぁ。あたしのいる置屋ではないけど、他の置屋にいた男娼が外から鍵のかかった部屋から消えてたらしい。あたしの知る限りで三人いる。」

「それは~…、誰かが逃げる手引きをしたのではないですか~?」

「それはない。博打で借金持ちが、金を返す為に働いてたんだ。シャバに出たなら、絶対にその筋から情報が入る。忽然と消えちまったんだ!部屋はそのまま、金目の物も置きっぱなしだったそうだよ。おかしいだろ?逃げるなら、まずは先立つモノがなきゃ始まらないってのにさ!それに一人ならまだしも三人となると、消えた後の消息が全く聞こえてこない、ってのは不自然だ。」

「……。確かに…。それは、私達が感じている淀みと同じ類のモノかもしれませんね…。」

 金糸雀さんが普通に喋った。事態は深刻なのではなかろうか?

「淀み?」

「えぇ。先日の警邏で、鶸と感じたのです。上手く言えないのですが、この世界が淀んでいる、と。まだ目で見る事は出来ないのですが、じわじわと何かに侵食されている感じが致します。」

「あんたも感じたのかい?」

「はい、曖昧模糊…。でも、確実に淀んでました。あと…上手く言えないんですけど、最近心がザワザワするんです…。こう…言いようのない不安に駆られる…と言うか…」

「ふぅん…。事態はあたしが思ってるよりも深刻なのかもしれないね。置屋だけでなく、他の里でも数年前から何人か消えてるみたいだよ。」

「他の里でもですか?」

「あぁ。あたしの聞いた話じゃ、かなり前に青の里から瑠璃って奴が消えたらしい。名前がはっきり分かってる奴はそれだけだ。直近に消えた奴等はまだ確証がないから、噂にならない。消えて長い奴が少しずつ、明るみに出て来てるって感じだ。」

「成程…。」

「そこで思ったんだ。もしかしたら、うちのバッカ野郎が一連の行方不明事件の第一号だったんじゃないか、って。そうなると、俄然気になるのは「すごい所を見付けた」っていう言葉。あんた達は馬鹿にするかもしれないけどさ、あたしはここと繋がる違う世界があるんじゃないか、って思うんだ。どう思う?」

 五色太夫さんが僕達をじっと見つめてきた。

「……。」

「…否定は出来ませんね。事実、省内でも「こちらの世界に手出しをしたい誰か」がいる事が判明しています。」

「本当かい?」

「えぇ。現に私、以前彼らの手による攻撃を受けています。」

「ええっ!?」

 初耳だった。

「いつです?」

「ほら、ずっと前に鶸が桃や半と助けに来てくれた時ですよ。」

「…!あんな以前から…?」

「えぇ。それより前から、干渉はありました。秘密裏に調査が行われてきたのです。これまではせいぜい様子見といった感じだったのが、ここに来て本格的に動き出した感じです。」

「…そうだったのかい…。何か切欠はあったのかい?」

「六省の頂点であった黄丹様が滅せられました。」

「滅した?消えたって事かい?」

「えぇ。私はその場にいなかったのですが、伝聞によるとその場で消滅したそうです。何も残らなかった、と聞いています。」

「……。そうなんだ…。なら、あたしもこんな所でくすぶってる訳にはいかないねぇ…。」

「?」

「なぁ、あんた達。一旦、六省に戻ってこの件を伝えてくれないか?こっちから出す手紙じゃ時間がかかるし、あたしじゃお偉方まで声を届けられない。それに内密の話なら口伝に限る。六省なら、青の里から消えた瑠璃って奴を知ってる人がいるかもしれない。そこからなにか手がかりが得られるかもしれないだろ?」

「…確かに…。今回の任務ともかかわりがありそうですし。青の里なら、深藍様や秘色、瓶覗のいた里です…。何かが分かるかもしれませんね…。」

 少し考え込んだ後に、金糸雀さんが言った。

「鶸。明日、一度六省に戻ってこの事を報告しましょう。貴方だけを帰して、私が防人の地へ行くという事も考えましたが、何かあった時を考えると二人一緒に行動した方がいい。」

「は、はいっ!」

「他に、何か気になっている事はありますか?些細な事で良いので、教えて下さい。」

「そうだねぇ…。」


     *****


 そんな訳で、翌朝。五色太夫さんに見送られて、僕達は六省にとんぼ帰りした。蘇芳様に報告を済ませ、明朝また出直す事になった。時間が出来たので、早速桃の顔を見に行ったら、休みだと言われた。がっかりして、半の所に行った。

「あれ?鶸?どうしたの?戻ってくるの早くない?」

「うん…。今日ちょっと戻っただけで、また明日出るよ。」

「そうなんだ~。鶸も大変だな~。」

「うん…。今日、桃お休みなんだね…。僕、知らなかったよ…。」

「あ~!何か昨日から真朱も休んでる。」

「え?」

「ん?」

「真朱もお休みって…、もしかして二人でどこか行ってるのかな?」

「あ~。どうだろ~?もしかしたら、そうかも…。ここのところ、二人でなにやら話してたし…。」

 …何それっ!?僕、知らない…。心がザワザワする。

「ね、ねぇ!半の水鏡で探してみようよ?」

「え?」

「あ…。駄目?今、忙しい?」

「ん~…。そこまで急ぎの仕事がある訳じゃないけど…。探して見ても何も面白くないかもよ?」

「お、面白くなくてもいいのっ!僕、桃に会えないのが寂しいから、桃の姿が見たいだけなのっ!半、お願いっ!明日になったらまた朝から出なきゃいけないから…。駄目…かな?」

 すがるように見たら、半が腕組みをした。

「うぅ~ん…。友達を覗き見するのは気が引けるけど、そう言われると鶸の力になってやりたいしなぁ…。う~ん…。分かった!鶸、水鏡で二人を見た事は内緒にしてね!今、準備する。」

「うんっ!約束するっ!ありがとう、半!」

 ドキドキしながら、用意が整うのを待つ。

「さてと~。先ずは寮から覗いてみる?」

「うん。」

 どっちの寮にも二人はいなかった。

「う~ん…。後はどこだろ?」

 考え込む半に言ってみる。

「里は?」

「あぁ!里帰りしてるかもしれないってことか!ちょっと待って…。桃がいたのは確か…」

 そう言いながら、どんどん水鏡の風景が変わっていく。懐かしい桃園が見えた。花の季節じゃないから、花は無い。

「懐かしいな…。」

 里を逃げ出してから、一度も近付いてない場所だった。またいつか桃と一緒に行って、あの時お世話になった人達にちゃんとお礼を言いたい。

「う~ん…。ここにはいないみたいだね。」

 桃園のある山を上から一周して半が言う。

「そうなると、次は真朱がいた里か~。あそこは確か…。」

 水鏡の中の風景が変わった。もくもくと白い煙が上がっている山間の里だ。

「あっ!」

 いる!桃の気配を感じた。

「あの建物の中、見える?」

「えっと…。ちょっと待って…。」

 半が何かを唱えると、水鏡に映る風景が建物内の光景に切り替わった。たたらの作業場らしき所で、桃が真朱に何か言われながら作業していた。手元は小さくて良く見えない。

「なんか作ってる感じ?」

「そうみたい…。」

「なら、もういい?友達を覗き見するの、気がひけるし…」

 半がそう言いかけて、僕も「うん」と返事をしようとした時、水鏡に映る桃が懐から何かを取り出した。小さいけど、見覚えがある。あれは――僕が桃に預けた桃色の懐紙包みだ!

「……!」

 ドクン!心臓が飛び跳ねた。鼓動が速くなる。

 あれを渡した時、桃は「ちょっと貸して」って言った。「ちゃんと返す」って言った。大好きな桃への初めてのお土産にした物。僕にとっては大事なお揃いの砂金粒。小さいけど、自分だけの力で採った大切な思い出の品なのに…。

 水鏡に映る桃が懐紙を開けて、砂金粒を取り出す。

 桃、それどうするの?まさか…真朱にあげちゃうの…?


 バシャン!


 気付いたら、水面を叩いてた。水飛沫が飛んだ。水面は揺らいでもう何も映さない。

「…ひわ?」

 濡れた半が吃驚してこっちを見た。

「…!ご、ごめん…っ!僕、もう帰るっ!」

 何とか言葉を絞り出すと、窓から凄い勢いで飛び出した。そのまま一直線に自分の部屋に飛び込む。押し入れを開けて桃柄の着物を取り出し、顔を埋めて泣いた。


 僕は桃が大好きだけど、桃は僕より真朱が好きなのかもしれない…。真朱は僕と違って頭がいいし、背も高い。きっと一緒にいて楽しいんだ。僕とは一緒に里帰りとかした事ないのに、真朱の里には二人で行くんだ…。そう思ったら、胸が張り裂けそうだった。桃からしたら、僕なんてどうでもいいのかもしれない。桃は優しいから、売り飛ばされそうになってた僕を義侠心で助けただけなんだ、きっと。困ってる誰かがいたら、桃は誰にでも手を差し伸べる。そうだよ、半の時だって、そうだった…。金糸雀さんを助けに行った時もそうだった!桃は優しいから、困ってる人を見過ごせないだけなんだ…。

「そうだよね…。」

 ぼとん、と落ちた涙が桃の花の色を濃くさせる。

「だって、僕…。桃に「好き」って言われた事ないもん…。」

 知ってる。分かってる。自分で言って傷ついた。どんなに僕が「桃、大好き!」って言ったって、桃から「好き」って返された事一度も無い。昔、真朱に言われた言葉を思い出す。

『霊力は普通だし。足は遅くて鈍くさい。』

『君の凄さは飛ぶ速さだけだね~。面白くないな~。』

 …返す言葉も無い。加えて、ここ一か月付き人として一緒にいた蒲公英様の凄さを思い出して、更に凹んだ。自分と同じ少年期でありながら、向こうは信省一位だ。なんだか難しい和歌集も沢山読んでた。それに比べて自分は…。

 つい先日、金糸雀さんが「皆違って皆いいんですよ~♪今の鶸が大好きって人も~、沢山いるでしょう~?」と言ってくれて、僕は僕だと割り切った筈なのに、こんな自分を大好きでいてくれる人なんか一人もいないんじゃないか…と思って更に泣いた。僕の心はべしょべしょでぐちゃぐちゃな水溜まりみたいだ。


「…ヒワ、鶸!起きてますか~?」

 窓から聴こえた金糸雀さんの声で目が覚めた。もう外は明るかった。

「――嘘っ!?もう朝!?」

 昨日、桃柄の着物を抱えて泣きながら眠ってしまっていたらしい。

「す、す、す、すみません…!今、急いで支度しますっ!」

「大丈夫ですよ~♪ここのところ、気が張る事ばかりで疲れていたのでしょう~?」

 金糸雀さんはいつだって優しい。僕は優しい人に助けられてばかりだ。急いで支度して、出発した。飛びながら、金糸雀さんが問う。

「何か~、悲しい事がありましたか~?」

「え?」

「涙の跡があったので~♪」

「だ、大丈夫です!」

「そうですか…?」

「は、はい…!」

 それを聞いた金糸雀さんが小さく溜め息をついた。

「私では駄目ですね~♪ここに桃がいてくれたら~、鶸を元気づけられたのに~♪」

「…!」

 その名を聞いて、また胸が軋む。それで気付いた。僕がしょっちゅう「桃、大好き」って言ってるから、周りは全員、僕が桃を大好きって知ってるんだ、って。だから、桃は僕に対して冷たく出来ないのかな、って…。桃は僕を「好きじゃない」って思ってても、それを言えなくしてるのは僕なんじゃないか、って…。

「僕…、桃にずっと迷惑を掛けてたのかな…。」

 その独り言は風が連れ去った。

 今度から、「桃、大好き」って人前で言わないようにしようって思った。


     *****


 防人の地に着いた。ここまでくるとはっきり分かる。この地は…淀んでいる。空もどんより曇り空だ。水墨画のような光景だった。色が乏しい。

「遠路遥々お疲れ様でした。」

 青様が迎えてくれた。

「疲れたでしょう?何もないですが、とりあえず、お茶でも飲んで一息入れて下さいね。」

 そう言って湯呑を差し出すお姿は緑様そっくりで、なんだか不思議な感じだ。じっと見てたら、目が合った。

「ふふっ。そんなに似てますか?」

 心を読まれた気がした。

「す、すみませんっ!」

「謝らなくていいですよ。私と緑はそっくりですからね。都での混乱を防ぐ為にも、私はここにいるのです。」

 にこりと微笑む姿まで同じだった。


 その時、警笛が耳を刺した。

「―――!」

 瞬時に青様が立ち上がる。

「失礼っ!」

 そう言うと窓を開け、飛び降りた。砂浜を一目散に走り出す。その先に、黒くうごめく巨大な影があった。

「鶸!私達も行きますよ!」

「…はいっ!」

 訓練で戦った事はあっても、実戦は初めてだ。体が震えた。


 巨大な黒い影に青様の攻撃が当たる。影は二つに分かれた。向こうに飛んだ影は深黒様が斬り捨てた。もう一つがこっちに向かってくる。

「――っ!」

 訓練でやったみたいに桃の枝を出そうとしたのに、出来なかった。焦る僕の傍らを金色の風が通り過ぎる。それは黒い影に巻き付いて、動きを封じる。次の瞬間には、金糸雀さんが僕の目の前でそいつを倒していた。

「御見事!」

 青様の声がした。金色に輝く羽根を手にした金糸雀さんが振り向き、心配そうに聞いてくる。

「鶸、大丈夫でしたか?」

「…はい…。すみません…。お役に立てなくて…。」

「いいんですよ。初めての実戦です。体が動かないのも無理はありません。」

「…は、はい…。」

 震えが止まらない。怖い…、と初めて思った。そんな僕の肩をぽんと叩いた人がいた。

「案ずるな。俺がいる。お前の仕事は警邏だ。戦闘は俺と青に任せておけ。」

 深黒様だった。今見た黒い影に負けず劣らず黒かった。その黒さはどこか不吉を思わせる…。そう考えて頭を振った。深黒様は味方だ。不吉だなんて思うなんて、失礼だ!

「以後精進…致します…。」

 小さく言った。そう、僕は頑張らないといけないんだ!


 翌日から、金糸雀さんと近辺の調査に出掛けた。どこかにあるかもしれない淀みの発生源を見つけ出すのが今回の僕達の任務だから。案内を兼ねて、青様も同行して下さった。茂みを覗くと、小さな黒い影がいる事がある。昨日の巨大な影と同じ怨霊だと教えられた。近年その数は増すばかりらしい。青様は動じず、瞬時に斬り捨てる。手慣れたものだった。

「もうずっと、黄泉平坂への扉が閉まり切らない状態のようなのです。きっと、あの世でも怨霊の数が増えすぎているのでしょうね。恨みを残して死んだ者は生まれかわる事も出来ずに、ずっと黄泉で怨霊として過ごしますから。盆にこちらに戻って来られる綺麗な魂ばかりではない、という事ですよ。」

 冷めた目でそうおっしゃった。その姿は緑様そっくりなのに、なんだかとっても冷たい人に見えた。海風のせいかなぁ?


 たまに怨霊の塊に出くわす事もある。僕は吃驚して固まってしまうのだけど、青様と金糸雀さんは素早い。あっと言う間に敵を倒す。だから、僕も漸く少し動けるようになってきた。だって、青様と金糸雀さんは強いもん!僕はそのお手伝いをすればいいんだ、って割り切った。今日の探索を終えて、拠点に戻ろうとした時、向こうから深黒様の声がした。

「青!そっちに行った!」

 見れば、深黒様に攻撃された怨霊三体がこちらに逃げてくるところだった。僕は急いで桃の枝を出して、素早く振った。桃色の花吹雪が舞って怨霊が消えた。

 それを見た深黒様と青様が驚いた顔をした。お二方が使う刀みたいに純然たる武器じゃないから、呆れられたのかな…。

「あ…、その…。実戦は初めてだったのですが、無事に倒せました…」

 恥ずかしくて、もじもじしながら言ったら、青様が言った。

「貴方、凄いですね!」

「え?」

「私達は単純に斬り捨てているだけですが、貴方のそれは浄化です。」

「…ジョーカ…?」

 きょとんと聞き返すと、青様が教えて下さった。

「ええ。怨霊を斬り捨てるだけでは、時間の経過と共に復活します。ですが、浄化した場合、復活はありません。しかも…。貴方、自分と違う色の霊力が使えるのですね。」

「え?」

「普通、自身の霊力は己と同じ色をしています。」

 そう言われて見ると、深黒様の手にある刀は漆黒、青様の刀は青い色をしていた。

「ですが、貴方の技は鶸色ではなかった。」

「も、桃の花は桃色をしてるから…」

 だから、花吹雪も桃色なのが当たり前だと思ってた。訓練で披露した時も、誰にもそんな事言われなかったし…。

「ほぅ…。疑問に思った事が無い?」

「は、はい…。あ、あの…、僕の霊力、何かおかしいのですか?」

「いえ…。」

 青様は口元に手を当てそう言って、僕をじっと見た。それから、「あぁ。成程」と言って微笑んだ。

「確か…。貴方、前代未聞の二人、の片割れですよね?」

「え?あ、はい…。」

 そんな事を言われて入省したのはもう随分と昔の事なのに、まだそれ言われるんだ…。

「もう一人が、確か…桃、でしたよね?」

「はいっ!ぼ、僕と違って桃は強いから、桃の枝にしたんです!」

 ぐっと両手を握りしめて言う。そう、桃は強くて優しい。僕はそんな桃が大好きだから。

「成程…。素敵な気付きをありがとうございます。」

 何故だか分からないけど、青様にお礼を言われた。なんで??


 その日以降、僕は出来る範囲で怨霊を浄化していた。勿論、まだ一人じゃ無理だ。深黒様達が先ず攻撃して、弱らせた所で僕が一気に浄化する。その成果か、空気が少しだけ澄んで来た気がする。灰色だった空がほんの少し、青みを帯びて来た。

「少しは~、淀みが減ってきたようですね~♪」

 金糸雀さんが褒めてくれる。

「はい!僕、頑張ります!」

 そう、僕、頑張って真朱や蒲公英様に負けないようになるんだ!だって…僕がすごい僕になったら、桃だって僕の事好きになってくれるかもしれないもん!そう思って、ぎゅっと両手を握りしめる。

 ここに来て、もう一月経った。怨霊の浄化は捗っていても、肝心の任務が終わってないから、まだ六省に帰れない。

 桃からは四回、手紙が来た。いつも『元気か?大変な事はないか?早く無事に帰ってこいよ』って書いてある。僕はそれを丁寧に畳んで、腰巻の所に入れて持ち歩いてる。お守りみたいな物だ。夜、そっと取り出して何回も見る。何回見てもおんなじ事しか書いてないけど、桃が書いてくれた僕の名前が嬉しい。僕が桃の傍にいない時でも、この手紙を書いてくれた時だけは、桃が僕を想ってくれてたって事だもん。桃のその時間は僕がもらえたって事だもん。

「えへへ…。」

 ぎゅっと手紙を抱きしめて眠る。ほんの少しだけど、桃の気配を感じて安心できる。早く六省に帰って、桃にぎゅっとしてもらいたい…。そう思って、ハッとした。駄目!そんな事してもらってるうちは駄目なんだ!桃に頼らなくても大丈夫なように、ううん…、桃に頼ってもらえるように、しっかり強くならないと!


     *****


 怨霊を浄化していたある日、金糸雀さんと僕は同時に気付いた。来た当初に比べて大分青みが増した空の一部に小さいけれど、異質な穴がある事に。

「金糸雀さん!あれ!」

「…ええ!行ってみましょう!」

 二人で穴の近くまで飛んだ。そっと覗いてみる。向こう側は無ではない。何かある。二人で顔を見合わせ、頷いた。一度拠点へ戻り、深黒様と青様の二人に報告する。

「成程…。怨霊を祓ううちに淀みが消えて、それが見えるようになったのかもしれませんね。」

「……。」

 深黒様が苦虫を噛み潰したような顔をした。そして、苦しそうに言った。

「すまない…。この世界の結界が破壊されたのも、金糸雀の足が動かないのも全部…俺のせいなんだ…。」

 そう言って、右手で顔を押さえた。一筋の涙がみてとれた。

「深黒様のせいでは、ございませんよ~♪」

 澄んだ声が言った。

「私が~、望んでした事ですので~♪どうぞ、お顔をあげて下さい~♪」

 僕は二人を見る。金糸雀さんが昔教えてくれた贄の話に、深黒様が関わっているのだろうか?…そうかもしれない。青様が僕達に同行する事はあっても、深黒様は無かった。それどころか、深黒様は金糸雀さんと目を合わす事もなかった。いつだって、目線を逸らせていた。それは…金糸雀さんに対して、どこか後ろめたい気持ちがあるから?


 とりあえず、何かあったらすぐ対応してもらう手筈を整えてから、僕達二人は再び穴へと飛んだ。穴にそっと手をかける。それから指を押し下げた。ゆっくりとめくれる空。その先には、見た事の無い街が広がっていた。

「――っ!!」

 ごくり、と唾を飲みこんだ。

「行ってみましょう。」

 金糸雀さんに促されて、僕達は空の向こうに飛んだ。

 目が…チカチカする。派手な色の洪水だ。良く分からない文字みたいな物があちこちを埋め尽くして点滅している。建物は四角かったり、鋭角だったりで、どれも見た事無い形ばかりだ。二人で、そっと物陰に潜んだ。

「…どうやら…、異世界なる物は本当にあったのですね…。」

 小声で金糸雀さんが言った。

「…はい…。」

 驚きを隠せない。その時、背後から声が聞こえた。

「そこ!誰か~、いるのかい?」

 僕達はビクッと体を震わせた。足音が近づいてくる。金糸雀さんが金色の羽根を手に持った。いざとなったら、あれで敵を討つつもりだ。

 僕達がいる角の向こうに、コツコツ近付く足音の影が見えた。金糸雀さんが身構える。見知らぬ誰かが姿を現すと同時に、金糸雀さんの右手が相手を討った――筈だった。

 金糸雀さんは見知らぬ誰かに左腕で首から口元を押さえられ、僕もまた右手で口を塞がれていた。一瞬の出来事だった。何が起こったのか分からなかった。

「…懐かしい匂いがしたと思えば、やっぱりか…。おい。お前ら、悪いこたぁ言わねぇ。今すぐ向こうへ帰ぇれ。空が閉じたら、戻れねぇ。あと、一番大事な事を教えといてやる。耳かっぽじって良く聞きな。いいか、こっちの奴に絶対に真名を名乗るな。真名を取られたら、もう戻れねぇ。覚えときな!」

 そう言われて、漸く口元から手を離してもらえた。

「ぷはっ…!」

「貴方は…一体…?」

「俺ぁいいから、はよ帰ぇれ!じきビビットカラーの連中が来る時刻だ。アイツらに見付かっちゃ~、お前ら無事には帰れんぞ。」

 無精髭を生やした男はそう言って、顎をしゃくった。黒い眼鏡に頭巾のようなものを被っていて表情は分からない。黒い手袋、足にピタリとはりつく黒い服に、だぼだぼの黒の上着を羽織っていた。

「はよ行け!ミロクに会えたら、よろしく言っといてくれ!」

 そう言うと、「ふぁ~あ!」と大きく伸びをして、向こうに歩いて行った。僕達は再び顔を見合わせて、大急ぎで空へと戻った。少しだけめくれた跡のある場所を見付けて、大急ぎで元の世界に飛び込んだ。


「どうでした?」

「どうだった?」

 青様と深黒様が駆け寄り、聞いてくる。

「違う世界が…ありました。」

「こちらの世界を知ってる者に会いました。絶対に真名を名乗るな、真名を取られたらもう戻れない、と忠告されました。」

「なんですって!?それは…その人物がこちらの世界の住人だったという事ですか?」

「…分かりません…。見回りに見付かったら無事には帰れないからいますぐ帰れ、と言われて、大急ぎで戻ってきたので…。」

「……。」

 僕達は顔を見合わせた。青様が口を開いた。

「急ぎ、六省へ戻って報告して下さい。真名を名乗ってはならない、を徹底させる必要があります!」

「えぇ!鶸、長距離ですが今すぐ飛べますか?」

「はいっ!」

 僕達は急いで、六省へと向かった。


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