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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
1章 風の旅立ち
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『風の決闘1』

「待たせた」


 外へ出ると、フレアは花を一輪手にしていた。


「遅かったじゃねぇか」


 摘んだばかりの花をレインの胸元に飾る。


「お前が勝ったら、1つだけ望みを叶えてやんよ。でももし負けたら、過去にすがるよりも未来を見るべきだって認めろ」

「…………え?」


 てっきり同行することを条件にされると思っていたため、口がポカンと開いた。

 ……いや、その方が好都合か。メイジーが未来は自分で掴み取れって言ってたもんな。


「おい、どうした?」


 ボーッとしていると勘違いしたんだろう。フレアは俺の顔を覗き込んでいた。


「俺が勝ったら、さ……」


 また喧嘩するかもしれないと考えると目を合わせるのが怖く、つい俯きがちになってしまう。


 ――違う。


 俺は何年も前を向いていなかったから、他人に自分の意志を吐露していなかったから……

 心の内を曝け出すのが怖いだけなんだ。

 でも、少しずつ変わっていかないと。


 せっかくメイジーが背中を押してくれたんだ。俺もそれに応えるために、勇気を出さないといけない。


「……んだよ、黙ってねぇでさっさと言いやがれ」


 痺れを切らし、フレアは不満をぼやいてきた。

 俺の中での決意を固める。


「もし俺が勝ったら、俺を連れていってくれないか?」

「お前が勝てるわけねぇけどな」


 了承したととって良さそうだ。けれどすぐにフレアはつまらなそうに伸びをした。


「でもお前が未来のこと考えてる時点で、この賭け事成立しねぇじゃん」


 レインがオロオロしながら俺とフレアを交互に見る。


「――っつーわけで、お前が負けたらこの町に残留な」

「…………わかった」


 渋々ながらも変更された条件を飲む。

 フレアはニッと笑うと、準備運動として身体を少し動かした。


「ルールは魔法有り、降参するか倒された方の負け。んで、決闘の采配はレインに全部任せっから」

「は、はい!」


 レインは緊張した様子で固まっていた。

 ……こいつ、大丈夫かよ。

 心配していても埒が明かない。俺は俺でストレッチをして身体をほぐす。


「えっと、両者準備はいいですか?」


 レインの問いに応えるように、フレアがローブの裾をめくる。

「おう」


 俺も腰に括り付けた短剣を逆手で引き抜いた。

「こっちも問題ない」


 レインは俺ら二人の間で手を挙げた。


「では……始めっ!」

 声と同時に手を下げる。それが開始の合図だった。


 俺は素早く詠唱を始める。

「疾風の如し速さを与えよ……」


 風が身体を包み込み、フワリと羽根のように軽くなる。


「行くぜ!」


 魔道師相手ならば接近戦に持ち込むのが定石。一瞬にして距離を詰める。


「いつも思うんだけどよぉ」


 まだ一歩も動いていないフレアに向け、短剣を振るう。

 短剣が、ピタリと止まった。


「なんで人ってのは身なりで判断すんだろぉなぁ?」


 短剣を止めたのは、鞘から抜かれた刀身だった。

 俺が後ろへ飛び退くと、フレアは両刃の長剣をスラリと抜く。


「俺は一言も魔道師なんて言ってねぇし、それ以前に魔法が使えない剣士だぜ?」


 剣先を俺へ向け、不敵な笑みを浮かべる。

 ローブの生地は魔法がかけられているため、物理だけでなく魔法防御力も高く、その分重くて丈が長い。つまり戦闘には向かない。

 魔道師は前に立つ必要が無いためローブでも問題ないが、剣士などの前衛には向かない服装だった。


 気配を消せていないとはいえ、そんな装備で加速した俺に瞬時に対応してみせた手腕、相当な手練れだろう。


「さて――そんじゃあ今度はこっちから行くぞ」


 瞬発的なフレアの刃は受けるだけで精一杯だった。

 刃が交り、火花を散らす。

 受け流そうにもフレアの方が腕力が上らしく、どれだけ押しても微動だにしない。


 逆に腕を引き、短剣に角度をつけて斜めに反らせる。

 力んでいたフレアの剣は何かに引っ張られるかのように俺の横へと剣を下ろした。


「はっ!」


 クルリと背後に回り、背中へ向けて蹴りを入れる。

 ――が、フレアは屈んでそれを避けた。


「仕返しだぜ?」


 フレアは軸足目掛けて足を振り、俺のシャツの裾を思い切り引っ張った。

 重心がぐらりと傾く。


「うおっ!?」


 足が払われたせいで顔から地面に着地した。

 身体に衝撃が走り、ジンジンと後に引くような鈍い痛みが広がる。額からは血が垂れていた。

 フレアが切っ先を突き付けてくる。


「……本気で戦ってねぇだろ?」

「別に本気で戦ってないわけじゃない」


 正確には、本気で戦えないだけ……

 いや、いっそ俺らしく戦えばいいか。


「そこま――」

 レインが終了を告げようとした瞬間、俺はブーツの踵でフレアの手を蹴り上げた。剣が離れ、地面を転がる。


 ひょいっと立ち上がると、ズボンの砂ぼこりを払い、服の袖で額を拭う。


「まだ終わってない。倒されても、降参してもいないからな」


 フレアと視線を交わし、その場から走り出す。追い掛ける前に、フレアは剣を取りに行ったようだ。

 湖から少し離れたところに位置する森へと駆け込み、木の上に隠れた。


「フレアが来る前に準備を済ませないとな」


 腰元のポーチを漁り、目当てのブツを取り出した。

 グローブを付けた左手の上にそれを乗せ、右手でベストの裏に収納している物を何本か抜き取る。


 後は森に入ってくるのを待ち構えるだけだ。

 息を殺し、気配を消し、音を風の膜で閉じ込める。


「ちっ、見失っちまった」


 悔しげにぼやきながら、フレアが森へと足を踏み入れる。

 その足下に、カツンと矢が刺さった。

 急襲にフレアは慌てて木陰へと身を潜める。

 ……まぁ、そんなこと予想済みなわけで。


 俺が装着したのはスリングショットという狩猟用のパチンコだ。ただY字の棒にゴム紐を付けただけのやつと違い、命中率を安定させるために腕に固定させるための台となる部分が存在する。

 普段は折り畳みすることも出来て便利だ。


 先ほどは毒矢を打ってみせたが、今度はベストの胸ポケットからゴム弾を1つ掴み取る。

 木の上に座った状態では狙いにくいため、枝に足を引っかけてぶら下がる。

 マフラーで居場所を特定されないよう、マフラーは風で木の枝に乗せたままだ。

 ユラユラと揺れながら、木陰から出たフレアの影を見つけた。

 そこへ向け、ゴム弾を放つ。


 ゴム弾は幾つかの木を反射しながら、フレアの身体に命中する。

 直撃による悲鳴が聞こえてきた。

 飛び出してきたフレアへと、もう一度毒矢を射る。

 だが、俺の殺気に気付いたのか、フレアは剣で矢を真っ二つに折ってみせた。


「……いつまでも隠れてんじゃねぇよ!」


 走ってきたフレアは、その勢いのまま俺が乗っていた木を叩き折った。

 ひょいっと地面に飛び降り、膝を曲げることで衝撃を殺して着地する。

 ふと、顔がニヤけていることに気づいた。

 胸に沸き上がる高揚感はまるで戦いを楽しんでいるようで、急に自分の戦意に恐怖を覚えた。


「随分余裕そうじゃねぇか」


 剣が迫り、近くの木を蹴って背後へと回る。

 木を走るのは予想外だったらしく、フレアは動きに追い付けていない。

 振り向いた瞬間、ブーツの先で顎を蹴り上げる。

 衝撃で脳が揺れたのか、フレアの動きが鈍った。

 その隙に後退し、今度こそ毒矢をフレアの太ももへと命中させた。


 毒はすぐには回りきらないため、時間を稼ぐためにその場から逃げる。

 ところが、俺の頬を猛スピードで掠めた物があった。


「…………え?」


 いくら即効性ではないとはいえ、平衡感覚が微かに麻痺する効果は現れるはずだった。


「残念だけどよぉ、俺には毒があんま効かねぇんだよなぁ……」


 毒矢を引き抜きながら呼吸を整え、フレアは肩をトントンと剣の面で叩いた。


「んじゃ、そろそろ終わりにすっか」


 呆気に取られた隙に、フレアが一瞬で距離を縮めた。

 スリングショットを構え直す暇など与えられるわけがない。

 背後の木にザクンと剣が刺さり、切っ先は首まであと数センチというところで止まっていた。


「んで? どうすんだ?」


 命が危ぶまれるような状況下に拒否という選択肢を選ぶことなど出来ず、両手をその場に上げた。


「こ、降参だ……」


 これで俺はまた、この町で独りぼっちになることが決定した。

 ようやく追い付いてきたレインは、俺らの様子から戦況を察し、胸に当てていた拳の力を強めていた。

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