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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
1章 風の旅立ち
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『風の決闘2』

「大丈夫ですかっ!?」


 俺らに近づいた途端、レインは血相を変えた。顔は真っ青に染まり、身体は震えている。

 一瞬とはいえ眼前まで迫った刃が横をすり抜け、腰を抜かしそうになったことは情けないから秘密だ。


「寸止めだったみたいだし、大丈夫だよ」

「いえっ、その……」


 レインが指差したのは自身の頬だ。鏡のように俺も自分の頬へと手を添える。

 指一本ほどの長さの切れ込みと、ぬめりと生温かい感触に肝が冷える。触れた左手を広げてみると、ベッタリと血液が絡み付いていた。


「わりぃ、ちょっとミスっちまった」


 寸止めだと思っていたけれど、痛覚が働かないほど速く衝撃波を受けたのかもしれない。

 頬の傷はあまり深くは無さそうだが、止血を施していないことが問題だった。痛みは無くともダラダラと絶え間無く流れ、徐々に視界が霞んでいくような気がする。

 その時、心洗われるような穏やかで暖かな旋律が耳に届いた。


「癒しを与えようか♪ 女神の慈悲による安らぎを~♪」


 木に背を預けるようにして、ソナーレが立っていた。手には小さな竪琴がある。

 普段から軟派で不真面目なこいつの手に掛かると、女神様の神聖さは失われているように感じる。

 ソナーレは俺の表情を見ながら、俺の不機嫌そうな態度の理由を考えている様子だ。


「んん? そんなにボロボロな姿を見られたくなかったのかねぇ?」

「当たり前だろ」


 自分でも仏頂面になっているのがわかる。

 ソナーレには死んでも弱みを見せたくない。


「二人には治癒魔法が使えないからしょうがないだろう?」

「お前のそれだって治癒魔法じゃねぇだろ」

「確かに、あくまでこれは治癒力を促進するように鼓舞する魔法だけれど、ないよりはマシだろう?」


 無粋だと言わんばかりにソナーレは口を尖らせながら竪琴を腰の留め金に引っ掛ける。

 頬の傷は塞がってはいないものの、出血はいつの間にか止まっていた。


「……それに、お前さんらのところへ、もしかしたらお客さんが来ているかもしれないと思ってね」

「お客さん??」

「ああそうさ。杞憂で済んだようだがな」


 この二人以外にも俺の家を教えたのかと一瞬思ったけれど、『お前さんら』ということはこの二人への客ってこともありうる、のか?

 ふと、ソナーレが俺を見ながら微笑んでいることに気付く。


「……なんだよ」

「いんや、少しはマシな面になったと思ってね。この二人と会って、少し刺激でも受けたのか?」

「それはない」


 口調的に茶化しているつもりではないらしいが、キッパリと言い放つ。予想を裏切られたソナーレは呆気に取られていた。

 俺にとっては二人以外に、信じるに値する存在はいない。なんならソナーレのことは『家族』を連れて行ったから嫌いだ。


「俺が信じるのは、家族であるリーフェルとメイジーの言葉だけだよ」

「それじゃあ、お前さんは二人のどっちかに会えたってことか?」


 その質問は少し答えに困った。夢のように現実感がないまま、俺の中のメイジーが背中を押してくれた。

 それでも、俺にとっては指針になる。


「メイジーが、俺の未来は自分で掴めって言ってくれたんだ」


 その言葉にソナーレは驚愕していた。

 フレアは俺の言葉を世迷言だと思ったのか嫌に冷静だった。


「メイジーってヤツは死んだんじゃねぇのか?」

「幽霊でも妄想でも、俺にとっては真実だ」

「俺が言うのもなんだが、お前さんはいくらなんでも二人に執着しすぎだ。それに、リーフェルとメイジーだけじゃなく――」

「お前は家族じゃないだろ」


 自分でも変にやさぐれているとは思う。でも、未来に進むと決めながら、俺はまだあの時間に囚われたまま抜け出せない。


「ハヤテ、だったか。お前の本質である風は自由だってのに、何に怯えてんだよ。マジでわけわかんねぇヤツだな」


 フレアが口にした風と自由という二つの単語は、メイジーとのやり取りを想起させた。


「…………そういえばメイジーは、俺の本質が風じゃないって言ってたな」

「その話が本当なら、お前さんには風以外の魔法が眠ってるってのか?」


 目を輝かせたのはレインだった。


「調べてみましょう!」


 期待に胸を膨らませ、今までに見たことがないほどに晴れ晴れとしている。

 好奇心旺盛、興味津々。子供のようにはしゃぐレインの姿に、少したじろぐ。

 けれど腕を掴まれ、家の方へと引っ張られていく。

 見た目に反した剛力で、俺は抵抗しているというのに、掴んでいる腕は微動だにしない。


 後方ではソナーレとフレアが談笑していた。離れているため聞き取りにくいが、十中八九俺やレインのことだろう。



          ☆☆☆



「これもお前さんの作戦ってわけかい?」


 ハヤテやレインとの距離が開いたことを確認すると、俺はフレアに問いかけた。

 リーフェル伝いでハヤテの本質については知っている。

 そしてフレアにも俺の口からハヤテの魔法について伝えていた。


「確かにある程度は策を練ったが、ここから先は未知数だ」


 ハヤテの本質を引き出すため、そしてレインのとある事情を解決するため。フレアは二人が自主的に未来を見据えるように、偶然を装って引き合わせた。


「ここまでお膳立てしても、レインがハヤテを選ぶかはわからねぇし、俺らがハヤテの家族になってやれるかもわかんねぇぞ?」

「ハヤテを救ってほしいってのは、お前さんに押し付けた俺の我が儘だ。無理して叶えてくれなくとも構わないさ」


 フレアがレインの護衛を探していると知った時、腕利きを紹介する条件として二人がハヤテの家族になることを望んだ。

 俺はハヤテに嫌われているから、家族になることは叶わないと踏んでいたからだ。


 リーフェルという存在は俺らにとって大きく、ハヤテは『家族』を取られ、俺はリーフェルとの『友情』を邪魔されたと互いに嫉妬し合っていた。

 同族嫌悪……ってやつだったんだろうな。そう簡単には相成れなかった。

 今の俺はリーフェルとの『友情』を守るために、ハヤテを導く責任がある。

 だからレインとフレアがハヤテの『家族』になるという条件を飲んでくれたことに安堵していた。


 煙草を取り出し、ライターを探そうとポケットを探ろうとしたが、その手をフレアが止めた。

 フレアが煙草に近付けた指先に、小さな火が点る。


「俺だって、これでも少しは成長してるんだぜ?」

「随分とちっぽけな希望じゃないか」

「こんだけ魔力をコントロールできるようになったってのに、まだ認めてくれねぇのかよ」

「いや、これからその希望を燃やしてくれればいいさ……」


 紫煙を燻らせ、吐いた息に混ざって煙が周囲に広がるのを眺める。

 せっかく一息ついてるってのに、忙しないもんだな。

 遠くから音が聴こえた。草を踏みながら、誰かが近づいてくる音だ。


「お客さんのご到着だ」


 俺が伝えると、フレアは先行く二人を逃がすため、大きく手を振って声を張り上げた。


「ちょっと忘れもんしたみてぇだから、先行っててくれ!」

「一緒に探しましょうか〜?」

「問題ねぇよ!」


 なんの疑問も抱かずに去っていく背中を見送り、フレアは剣を抜いた。俺も留め金から竪琴を外す。

 どうやら敵さんは接近の足を止め、様子を窺ってるみたいだな。


「てめぇらこそこそと隠れてねぇで、さっさと出てきやがれっ!」


 挑発に乗るほど容易い相手ではないらしい。

 やれやれと肩を竦めると、竪琴の弦を鳴らした。

 周囲に音波が広がっていく。耳を澄ませ、微かに異なる音の響きや反射から索敵する。


「敵さんは少数。二人はそこの木陰に隠れ潜んでる。それと、ハヤテ達の方に一人……」


 視角を作らないように背中合わせに立ち、小声で作戦会議を開く。


「あのくらいの腕ならレインを任せられるっつーか、レインが戦えりゃ敵じゃねぇんだけどな」

「嬢ちゃんが戦えないからこその護衛探しだろう?」

「……まあな」


 一度竪琴を留め金に戻し、煙草を脇へ放り投げた。

 懐へと手を伸ばし、火打石で点火するフリントロック式の小銃を取り出す。


「手伝ってくれんのか?」

「ああ。若人の友情に嫉妬する気持ちはわからんでもないが、邪魔立てさせるつもりはないさ」


 ガサリと音を立て、二人の人影が現れた。どちらも大和ノ国で生まれた和服という種類の服装に身を包んでいる。

 一人は長い袖が邪魔にならないように紐で身体に縛り付け、もう一人は闇に紛れる色の服で顔を隠すための口当てをしている。


「……貴様らはあの女子の護衛か?」


 口当てをした方が、苦無と呼ばれる投擲可能な両刃の小刀を構えて問い掛けてくる。


「違ぇよ。ただの護衛と一緒にすんじゃねぇ」


 凛とした声でフレアは答え、そして両刃の長剣を目の前で高々と掲げた。


「俺はあいつの――ドロップリア王国騎士団副団長、レイン・スノウホワイトの剣だぜっ!!」

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