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武家の嗜み  作者: 澪亜
78/144

側仕えと主人と護衛と 捨

本日5話目の更新です

「エナリーヌが、いない……」


メルリス様のご活躍で、盗賊を排除しつつ早々に村を一周した。

けれども、エナリーヌの姿が見当たらない。

私は盗賊にやられ倒れた人の中にいないかと、恐々と馬から降りて見回す。

中には親しい家族が倒れている人に縋り付き、なを泣き叫んでいた。

その慟哭に耳を背けたい思いを抱きながらも、万が一倒れて治療が必要だったらと探すのを続ける。


「……あれ、君……もう戻って来たのか? 君だけでも、無事で良かったよ……」


そんな私に、見覚えのない村人が声をかけてきた。


「え……」


「え? ほら、さっき君は盗賊に連れ去られた村人たちを追いかけてあの村に入って行っただろう?だから……」


「え、ああ……そうです。一旦仲間を呼びに戻って来たんです」


この時、私はエナリーヌのフリをした。

それは目の端に涙を浮かべ顔色の悪いその村人に、これ以上心配をかけたくないと思ったが故のとっさの嘘だった。


すぐにその場を離れ、事と次第をメルリス様に報告する。

エナリーヌの後を追うために。


「……状況は分かった。盗賊たちの行った方角は?」


「あ、あちらの森です……!」


「……すぐに追う」


「危険過ぎます! 盗賊の規模も分からぬというのに……!」


「近くの軍の屯所に報告をあげるには、時間がかかり過ぎる。それに……場所を確認してみないと何とも言えないけれど、建物内であればやりようがある」


「しかし……」


「くどい。……ただ、アンナの言うことも尤もだから、アンナはここに残りなさい」


「……いいえ。メルリス様がどうしても行くと言うのであれば、私も連れて行ってください!」


「これは命令」


「しかし……っ!」


一瞬、メルリス様と睨み合った。

冷たく重い空気が、その場に落ちる。

……やがて、折れたのはメルリス様の方だった。


「ここで問答する時間も惜しい。……アンナ、せめて自分の身は自分で守りなさい。行くわよ」


メルリス様は号令と共に、駆け出していた。

その後を、またも付いて行く形で私と護衛隊が駆け抜ける。


誰も、言葉を発しない。

ガサガサと草の擦れ合う音と馬のいななきだけが、皆の耳に入る。

月明かりの下、獣道を人を乗せた馬が駆け抜けていた。


ふと、メルリス様が馬を止める。


「……ここ。村から続いていた馬の足跡も、ここで途切れている」


そう呟きつつメルリス様は馬から降りると、じっと建物を見つめていた。

森の中、村からそう離れていないところにポツンと存在する一つの建物。

中からは、笑い声が聞こえる。


ふと気配を感じると同じように建物を伺う人物……それは、エナリーヌだった。


「エナリーヌ!」


「え、アンナ……え?」


私の姿にホッと安心したような表情を浮かべたのもつかの間、私の後ろに立つメルリス様の姿に驚いたように口を開いていた。


「エナリーヌ、無事で良かった」


「どうして、ここにメルリス様が?」


「説明は後。……護衛隊は一人一人別れて。一人は、エナリーヌと共に裏口から侵入して、連れ攫われた女性の救出を第一に動くように。途中遭遇した敵は、迷わず殺しなさい」


「は、はい」


恐らく多くの疑問が思い浮かんでいただろう……けれどもメルリス様のその威圧感に、エナリーヌ はただただ頷いていた。


「一人はアンナと私と共に正面突破」


「は、はい」


「……皆、先ほどの村人の叫び声を覚えている?」


緊張が最高潮に達したその時、メルリス様がポツリと呟く。

その問いに、メルリス様以外の全員が戸惑いつつも頷いた。


「今この時も、囚われた人たちは恐怖に震え助けを求めている。今この時も、村では彼女たちの帰りを祈っている。そして、もう帰らぬ人に泣き縋っている。……これ以上、あの盗賊たちに何も奪わせるな」


メルリス様から発せられた冷気を帯びた殺気に、私を含めた全員漏れなく身体をブルリと震わせた。


「……生きて、為すべきことを果たせ」


「「「はい!」」」


それから、護衛隊の一人とニーナは裏口から入るべく別行動をする。


「……一つ、聞いて良いですか」


「何?」


メルリス様の鋭い視線に竦み上がりつつ、けれども自身を鼓舞して口を開く。


「何故、盗賊という単語に過剰に反応されるのですか?」


こんな時にこんな場所で、聞くべきことではないだろう。

けれども、どうしても気になったのだ。


街で盗賊と遭遇してから、彼女から放たれるプレッシャーは鋭さを増すばかり。

特に、彼女は一瞬憎々しげにこの建物を睨みつけた時のそれは、酷く冷たく恐ろしいものであったのだ。


私の問いかけに、一瞬メルリス様は驚いたように目を見開いていた。


「……母が、殺されたから」


けれども次の瞬間、ポツリと小さく彼女は言葉をこぼす。


「え……」


思いもよらなかった言葉に、私もまた目を見開いていた。


幸せに溢れた、箱入りのお嬢様。

それが、私の彼女に対する印象だった。

……けれども、それならばあの凍え上がりそうなほどの鋭い殺気と、恐ろしいほど確かな剣筋は何なのか。


その答えの一端が、母親を盗賊によって殺害されたことならば……果たして私は、今まで彼女の何を見てきたのだろうか。

そんな疑問が私の中に渦巻く。


「質問は後で受け付けるから、話は後。……行くぞ」


けれどもメルリス様の言葉に、私は強制的に思考の渦から現実に引き戻された。


その間に、メルリス様が音も無く建物に近づく。

そして目にも留まらぬ速さで入り口に立っていた見張りを二人殺した。

二人の音が崩れ落ちる瞬間に護衛隊の隊員が入口に駆け寄ると、崩れ落ちる二人を受け止めて静かに転がす。


そして、そっとメルリス様が入口を開けた。

廊下で遭遇する敵を次々と撃破し、進む。

敵は反応らしい反応もできず、次々と倒れていった。

その間、私と護衛隊の隊員はその様をただ唖然と見守ることしかできない。


あっという間に、誰もいなくなった廊下。

シンと静まり返るそことは対照的に、楽しげな笑い声が廊下奥の扉の向こうから聞こえてきた。

……まさか部屋の外がこのようなことになっているとは、誰も想像していないだろう。


メルリス様は扉を開けると、敵が彼女の存在に疑問を投げかける前にすぐさま一番近くの敵に斬りかかった。

瞬間、先ほどまで笑い声が響いていたその部屋が、廊下と同じようにシンと静まり返る。


その状況に頭が付いてくる前に、一人また一人と次々とメルリス様は敵を沈めていった。

彼らが現在進行形で自身の仲間が倒れているという現実の状況を認識できたのは、彼女が部屋にいる人間の三分の一を沈めた後だ。


……アレは、何だ? 一体、何が起こっている?


そんな心の声が聞こえてきそうなほど、彼らは恐怖に顔を引きつらせていた。


「あ、相手は一人だぞ! 皆でかかれ!」


そしてその恐怖のままに、叫びながらメルリス様に斬りかかる。

それを皮切りに、次々と部屋にいた敵たちがメルリス様に斬りかかった。


流石に、一対多数は分が悪いだろう……それまで呆然と事の成り行きを見守っていた私と護衛隊の隊員もその段階になって、始めて動き出そうとする。


けれどもその予測を裏切り、彼女は難なく次々と敵を沈めていく。


「ひ、う、うぁぁ! た、助けてくれ!」


一人の叫びに、ピタリとメルリスが止まった。

その瞬間を好機とばかりに、皆襲いかかる。


「……お前たちは、今まで助けてくれという願いを聞き届けたことがあるのか」


けれども彼女はそう問いかけつつ、見事に全方位からの攻撃を避けた。


「慈悲を乞うなど、愚行。……お前たちにできるのは、地獄で赦しを請い願い続けることだけ」


次の瞬間、彼女から更に濃密な殺気が溢れた。

ドロリとまとわりつくそれに抗うかのように冷や汗をその場にいた皆が全員かいていた。


「……どのような背景があるにしろ、お前たちは選んだ。選んでしまったんだ。剣を持つことを。剣で、奪うことを。ならば、剣によって自ら滅びることも覚悟していたはず……そうでしょう?」


鈴の音のような、凛としていながらも可憐な声色。

けれどもそれが逆により壮絶さを、彼女の言葉に与えていた。

その問いかけに、一人、また一人と彼女から背を向けて逃げ出す。


「邪魔だ!」


彼らと入口との間に立っていた私と護衛隊に向けて、彼らは剣を振り上げた。

それを、私たちは迎撃する。


一方逃げなかった者たちは、再び彼女に全員で襲いかかっていた。

それは戦いを仕掛けるというよりも、恐怖が形となって現れた彼女を自分たちから遠ざけたい……そんな願いの果てのような行動だったのかもしれない。


敵と対峙しつつ、けれども私も護衛隊の隊員も意識は自然と彼女に向いていた。

村の中でのそれと同じように、華麗で鋭い剣筋。

そして、恐ろしいほどに冷たい殺気。


先ほど認識できたのは、そこまでだった。

それだけ衝撃的な戦いぶりで、そこまで意識が回らなかったというのもあるだろう。

けれども何より……ここに来るまでの間、ずっと彼女は前を走り続けていたため彼女の背中しか見てこれなかったからというのが大きい。


部屋で縦横無尽に動き回る彼女の姿を見てやっと気がついた。

その恐ろしい戦いぶりとは対照的に、彼女が浮かべる表情は……どこにぶつけて良いか分からない憤りと悲しみで泣き出しそうなそれだということに。


もうこれ以上失わせたくない、奪わせない……そんな叫びが聞こえてきそうなほど。

まるで、それは祈りのようだと思った。

冷たく恐ろしい殺気も、彼女のそんな悲しみを覆う鎧なのだと。


……それからあっという間に、メルリス様は部屋にいた全員を床に沈めていた。

一対多数の不利な状況の筈だったというのに、その事実はメルリス様にとって障害となり得ていなかった。

その証拠に彼女は何ら喜色や安堵を示さず、すぐさま部屋を出ようと私と護衛兵のいる方へと踵を返す。


「……アンナ!危ない!」


突然、メルリス様が叫んだ。

視線を横に向ければ、床に伏していた筈の一人が剣を振りかざしていた。

……彼は、私が対処した敵だった。


「……え?」


その事態に頭が追いつかず、一瞬呆然としてしまった。

その僅かな隙が、生死を分けるというのに。


剣が、振り下ろされた。

その様が、私の瞳には酷くゆっくりと映る。


けれどもその剣は、彼女に届かなかった。

それは、恐ろしい速さで間合いを詰めたメルリス様の剣が私の代わりに受け止めたからだ。


彼女は剣を受け止めつつ徐々に体制を整えると、襲って来た男を蹴り上げ距離を取る。

そして、そのまま斬り伏せたのだった。


「……大丈夫? 怪我はない?」


そのメルリス様の問いかけに、やっと私の頭も動き出す。


「は、はい。……申し訳ございません!」


「……仕方ない。実戦は、初めてでしょう? ……むしろ、無理をさせて申し訳ない」


そう言いつつ、彼女は再び足を動かし始め部屋を出た。そして淡々と、一つずつ扉を開けては残党がいないかを確認する。


そうして、メルリス様は盗賊団の団員が全滅するまで戦い続けた。


「ここで、終わりか」


……そんな呟きと共にメルリス様が最後の部屋を開ける。

室内には、攫われた村人たちやエナリーヌそして護衛隊の隊員。

既に見張りのためにいた盗賊は、床に伏している。


「メル……!」


エナリーヌの言葉を遮るように、メルリス様が人差し指を口元に置きつつ首を横に振った。

その意図を察したエナリーヌは心得たと言わんばかりに頷くと、口を閉ざす。


一方捕らえられた女性たちはメルリス様たちの登場に当初は訝しんでいたようだったけれども、メルリス様から盗賊の脅威が去ったことや村へ帰れるという説明がなされると泣いて喜んだ。

そうして彼女たちを連れたって、メルリス様と私たちは盗賊の根城を後にした。




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