私と側仕えと護衛と
本日6話目の更新です
知見を広めるためだけの旅行だったというのに、まさかの村ごと盗賊に襲われて久々の実戦の翌日。
事後処理と報告の為に国軍の屯所へと護衛隊の隊員を一人向かわせ、私たちは宿に留まっていた。
何か手伝うことはないかと村の人たちに伺ったものの、そこまでして貰うのは申し訳ないと固辞されたため手持ち無沙汰の状態だ。
結果、宿でのんびりとするしか選択肢がない。
昨日の騒動の最中私たちが飛び出した後入れ違いでこの宿に盗賊が入って来たらしく、宿の中も慌ただしい。
私たちの荷物も幾つかなくたっていたが、それ以上に昨日顔を合わせた従業員の方が亡くなっていたという事実に心が沈む。
私でさえそうなのだから、宿の方たちの心情は推して知るべし……だ。
その嫌な気持ちを押し込むように、私はアンナに淹れてもらったお茶を飲む。
先ほどからチラリチラリとアンナとエナリーヌから向けられる視線が痛い。
「……何か、聞きたいことがあるのでしょう?」
その視線に耐え切れず、私の方から問いかける。
「あの、お嬢様……」
「何故、お嬢様はお強いのですか?」
アンナが言い淀む間に、エナリーヌがズバリと聞いてきた。
エナリーヌは直接私の戦う様をていないのでは?と思わなくもなかったけれども、そこはアンナにあの時の状況の聞いたのだろう。
「アンナに聞かなかったのかしら? ……小さい頃に、私のお母様が野盗に殺されたの。それから、復讐のためにアンダーソン侯爵家の訓練に参加して鍛錬を積んだのよ。結局、お父様が件の野盗を討伐してしまったのだけれどもね」
「そういうことではなくてっ! ……何故、あそこまでアンダーソン侯爵家のご令嬢たる貴女様がお強いのですか?」
私の答えに、アンナが痺れを切らしたように大きな声で問う。
その表情はどこか切羽詰まったようなそれだった。
けれども次の瞬間、ハッと我に返ったように固まり俯く。
「……失礼致しました。メルリス様の戦う姿に、衝撃を受けましたもので」
「いいのよ。にしても、何故……と問われても、先ほどの答えしかないわ」
「それでも、問わずにはいられなかったのです。同じ女として……その強さに至る術を」
アンナとエナリーヌの視線は、鋭いそれだった。
緊迫した重い空気に、思わず溜息を吐く。
「……護衛隊や国軍の訓練以外にも、朝から晩までずっと自主練を繰り返していただけよ。毎日毎日、ただそれだけを繰り返し続けた……何てことはない、ただその積み重ねね」
「どうしてそこまで……」
尚も納得できないのか、アンナは更に問いを重ねた。
「先にも言った通り、復讐のため。お母様を私たちから奪った者たちを残らず地獄に叩き落とす……ずっと、その為だけに生きていたから」
「……ガゼル将軍が、討伐を果たしたことで訓練をお止めになられたのですか?」
「いいえ。その後は……もう誰にも、私のように大切な人を奪われる苦しみを味あわせたくないと国軍への入隊を志していたから、訓練は続けていたわ」
私のその答えに、二人は驚いたように目を見開く。
「貴女たちを迎え入れたのは、そんな当時の私と貴女たちの姿が重なったからよ。……貴女たちの気持ちは痛いほどよく分かったから」
「……恐れながら、メルリス様」
アンナが、言い澱みつつ口を開いた。
「諦められたのですか? その夢を」
「アンナ!」
彼女の率直な物言いに、エナリーヌが咎めるように名を呼ぶ。
「良いのよ。……諦めた訳ではないわ。私にとって、国軍への入隊は手段であって夢そのものではなかったから」
「ならば、その夢とは?」
「もう誰にも、私のように大切な人を奪われる苦しみを味あわせたくない。……全ての人は無理だとしても、私の手の届く範囲……いいえ、この国の人には。そのためには国軍の入隊だけではなく、私にしかできない方法もあるのだと、朧げながらそう思うようになったの。ただのメルリスには、幼い頃から磨いてきた剣の腕だけしかないけれども、お父様の娘にしてアルメリア公爵家の婚約者である私には、それだけ大きな力と多くの人を動かすことができるわから」
あの時私は選んだ。
彼らを殲滅し、村人を助けることを。
その選択を、私は後悔しない。
例え彼らにそうするだけの理由があったとしても、大きな視点で見ればその場しのぎに過ぎない解決法だとしても、それでもあの状況の中で私は武の力を持って解決する道を選択した。
……そう、その場しのぎなのだ。
盗賊が出て、それを討伐して、また盗賊が出たら討伐して……イタチごっこにしかならない。
根本的に、盗賊が出ないような対策が必要だ。
ただのメルリスは剣で討伐しかできないけれども……メルリス・レゼ・アンダーソンは違う。
これから有用な人脈を作り上げれば、その根本的な原因への対策を講じることけらできるかもしれないのだ。
「でも、貴女たちのことは素直に応援しているわ」
最後にそう言って締めくくった。
アンナもエナリーヌも口を開かない。
ただ、自分の考えを纏めるかのように遠くを見ていた。
私はそんな彼女たちの様子を、お茶を飲みながら観察する。
動かない彼女たちを眺めつつ、頭の中では違うことを考えていた。
「……そろそろ、彼らが国軍を連れて帰って来る頃かしら」
視線をズラし、窓にそれを向けつつ呟く。
ふと、そこで思い出した。
「……エナリーヌ、お願いがあるのだけど」
私の言葉に、エナリーヌは我に返ったのか反応を示す。
「今すぐ私の着ているコレに着替えて、メルリスのふりをしてくれないかしら?」
暫くの間、エナリーヌは無反応だった。
……一体何を言っているのか? と言わんばかりに、首を傾げてはいたが。
「……それは、一体どういうことでしょうか?」
「今回私、思いっきり村人の前で戦っているでしょう? 貴女が不審に思ったように、普通、貴族の子女が剣を振るうことはないでしょうに」
「それと、私がメルリス様のフリをするということにどのような繋がりがあるのでしょうか?」
「……一応今までもね、アンダーソン侯爵家での訓練に出るときにはメルという字名で護衛兼影武者として通していたの。 昨日戦っていたのは、メル。で、メルリス様は宿を抜けて村から少し離れていたところに避難していた……そんな筋書きね。国軍の面々はメルを知る人もいるから、何とかなるでしょう。アンダーソン侯爵家の令嬢が剣を振るったということよりも、現実味があるでしょうし」
最後の言葉は、希望的観測であることは否めない。
……とはいえ、このまま何もしないではいられないのも確かだ。
「というわけで、貴女にはメルリスのフリをしていて欲しいのよ。大丈夫。昨日のことが恐ろしくて人と会いたくないと突っぱねれば良いし、いざとなればずっと扇で顔を隠しておけば良いから」
「……全く大丈夫のように聞こえませんが」
「行き当たりばったりだからね。とは言え、何もしないよりマシでしょう。さ、さっさと着替えて」
その場で私は服を脱ぐ。
そして、昨日着ていた服を再度着る。
戸惑いを隠せないエナリーヌを説き伏せ着替えさせると、馬車に乗って貰った。
……この村にいても手伝えることがない以上、護衛隊隊員が到着次第国軍の面々に挨拶をして村を出よう。
ちょうど準備が終わったところで、タイミング良く国軍の面々を連れなって護衛隊の隊員が帰還した。
護衛隊の隊員は私の姿を見て一瞬瞠目したものの、すぐに察したようだった。
……彼らはメルを訓練を通して知っていたからこそ、昨日の戦いを見て悟ったのだろう。
メルリスが、メルであることを。
「……あれ? メルちゃん?」
ふと、国軍の一員からそんな問いが聞こえてきた。
その顔には、見覚えがある。
「どうもご無沙汰しております」
彼に向けて、私は頭を下げた。
そんな私たちのやり取りに、一団の先頭に立っていた男が視線で問う。
「彼女は、メル。アンダーソン侯爵家のご令嬢の護衛です。幼い頃からお役目を全うすべくガゼル将軍の訓練をこなしてきたせいか、とても剣の腕が立ちます。少ない人数でどう盗賊を討伐したのか疑問でしたが……彼女がいたのならば、なるほど納得致しました」
私に問いかけてきた彼が、先頭の男にそう紹介する。
「……それほど、なのか」
「ええ。少なくとも、ガゼル将軍の訓練に参加している者たちがその腕を認めるほどには。彼女がいるのであれば、少ない護衛の数でアンダーソン侯爵家のご令嬢が旅立ったとしても何ら不思議ではありませんね」
「……ご紹介にあがりました、メルと申します。この度は、ご足労いただきましてありがとうございます」
「いやいや、むしろご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ない。この度は村を護っていただいてありがとうございます」
「いえ……お嬢様をお守りする者として、当然のことをしたまでです」
「ご立派な職業意識です。……重ね重ねすみませんが、盗賊たちの根城まで案内してもらえますか?それから、その時の状況を詳しく教えていただきたいのですが」
「お……メル、それは私が……」
彼の依頼に護衛隊隊員から声があがるが、私はそれに対して首を横に振った。
「貴方は馬車で待っていて。……お嬢様が早く村を離れたいと希望されているのだけど、同時に二つ先の村の駐屯地まで国軍の皆さまをお迎えに上がって疲れているだろうと貴方のことを気にされていてね。だから、特別に貴方が馬車に同乗することをお許しになると」
「いえ、自分はそこまで……」
「……それに、今回の件で少しお嬢様は怯えていらっしゃるの。アンナがずっとお側にいるのだけど、それだけでは不安が拭えないようだから今は近くに控えていた方が良いと思うわ」
「……お嬢様がそう仰るのであれば」
「詳しくは、馬車に乗っているアンナに聞いて。それから、私が国軍の皆さまをご案内することとなったことも伝えておいてくれるとありがたいわ。……それでは、皆さま行きましょうか」
私は彼らに盗賊たちの拠点を案内した。
そのまま、彼らにその時の状況を説明する。
既に終わった事案だからか一通り説明を終えると特段質問をされることもなく、割と早く解放された。
そして馬車を停めているところに戻ると、私は扉越しに全て終わったこととこれから帰路に着くことを馬車に乗る面々に伝える。
馬車に乗っているメルリス様……もといエナリーヌが頷く仕草が窓越しに朧げに見えた。
「それでは、これにして失礼致します」
……メルリスに挨拶をしたいだとか、彼女からも今回の件の詳しい話を聞きたいと誰も言い出さなくて良かったなだとか、エナリーヌに折角変装してもらったが、特段出番がなくて良かったけれども彼女には申し訳ないことをしたなだとか、そんなことをツラツラと考えながら馬の手綱を手に取ったその時。
「お、お待ちください!」
いきなり引き留めて一体どうしたのだろう……と首を傾げつつ後ろを振り返れば、昨日街中で助けた女性がそこにいた。
昨日は馬上だったことと日が沈み始めていたため顔が殆ど見えなかったが……改めて見るととても綺麗な女性だ。
「ブリトニーと申します。昨日は本当に、ありがとうございました……貴女に助けていただかなければ、今頃どうなっていたことか……」
「お力になれたのであれば、良かったです」
「あ、あの……差し出がましい申し出ですが、お礼をさせて下さい」
「いいえ。お気持ちだけで」
「そんな……」
その女性は、オロオロと視線を彷徨わせる。
「あ、あの……今日もうお発ちになられるんですよね?」
「ええ。こちらにいてもお邪魔になってしまいますし、国軍の方々が到着しているので後のことについては安心できますし」
「……そうですか」
申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女に、逆に私の方こそが申し訳なくなる。
「本当に気にしないでください。正直なところ、お嬢様がこの村を通る旅程を組まなければ私はこの村に来なかった。そして、お嬢様の護衛である私の役目はお嬢様を守ること……危険が近づけば排除すること。今回はたまたま、私の排除すべき敵と貴女たちにとっての脅威が同じだっただけです。ですので、本当に気にしないで下さい」
「そうは言っても、貴女たちのおかげで助かった……それは事実ですから」
ブリトニーはそう言いつつ、柔らかな笑みを浮かべる。
けれども次の瞬間には、何かを思案するように眉間にシワを寄せていた。
「ああ! でしたら、王都にいらっしゃるご予定はございますか?」
急に何かを思いついたのか晴れやかな顔を浮かべると、持っていた小さな籠から紙を出して何やら書き始める。
「へ?」
そう言いつつ、連絡先の書かれたメモを渡された。
「実は私、歌劇団に所属しておりまして……もしも王都にいらっしやった際には、歌劇の席をプレゼントさせていただければ、と」
なるほど、歌手か……この美しさも納得だと内心頷く。
「そういうことですか。……では、この村には、旅の途中で?」
「いえ、故郷なんです。恥ずかしながら、長らく帰っておりませんでしたので……それで、休養も兼ねてこちらに戻って参った次第です」
「そうだったのですか……」
「貴女がたのおかげで、私は生きてまた歌うことができるのです。本当に感謝の気持ちしかありません」
「……そう。そこまで仰るのであれば、こちらはいただきます。貴女の歌、楽しみにしていますね」
「本当に、ありがとうございました!」
その後村に残っていた国軍の人たちに別れの挨拶をした後、そのまま私たちは村を出た。




