側仕えと主人と護衛と 参
本日4話目の更新です
「メルリス様!」
宿に着くとノックを忘れ、乱暴に扉を開いた。
「……どうだった?」
私の慌て様とは対照的に冷静にそう問いかけたメルリス様は、先ほどまでとは異なる格好をしていた。
質の良い生地で仕立てられたドレスではなく、質素で動き易そうな男物の服。
髪は上で一つにまとめており、腰には剣が差されている。
「メルリス様……その格好……」
「そんなことより、状況は?」
問いかけつつ私の方を見るメルリス様の視線の鋭さに、一瞬たじろいだ。
その上、口調もいつもとは異なるそれ。
優雅で柔らかな声色は淡々としていて、まるで詰問されているようだと感じる。
「は、はい……どうやら盗賊が来たようで」
「……そう。行くわよ、アンナ」
これからアルメリア公爵家にでも行くとでも言っているかのような、まるでそれがごく日常的な行為かのような気軽さで口にする彼女に私は益々混乱する。
「い、行くとはどこへ……っ!?」
「決まっているでしょう。外へよ」
「ああ! お逃げになるのですね! 馬車の準備を致します」
「馬車は不要。貴女、馬には乗れる?」
「は、はあ……」
さくさくと歩くメルリス様の後を、慌てて追いかける。
そして私の後ろを護衛隊が付いて来ていた。
「ならば、付いて来なさい。エナリーヌのところに行くわよ」
「な……ダメです! 逃げてください! ……僭越ですが、戦えないメルリス様が行っても、足手まといです」
「今この時も、恐怖に震える民がそこにいる。そしてその中には、私の側仕えであるエナリーヌもいるのよ……行かない訳にはいかないでしょう」
「ですが……!」
「……それに、戦えないと誰が言ったのかしら?」
「え……?」
「エナリーヌを助けたいなら、しのごの言わずに付いて来なさい!」
鋭い、一喝だった。
私はそれ以上何も言えず、ただメルリス様の後を付いて行くことしかできない。
馬宿に到着すると、メルリス様は手慣れた手つきで馬の支度をしていた。
その光景に唖然としつつも、置いていかれる訳にはいかないと自身の支度をする。
そして、メルリス様は馬に乗って駆け出して行った。
いやいや、速すぎるでしょ。
ついて行くのがやっとなぐらい、気を抜けばあっという間に置いていかれそうな、そんな速さで駆け抜けるメルリス様に、思わず顔を顰める。
ふと横を見れば同じように護衛隊の二人も顔を歪めていたので、きっと私が特別遅い訳ではない……筈だ。
そんな風に四苦八苦しつつ駆けていると、前方に馬に乗った三つの人影が私の目に入った。
その内の一人は、どうやら地面に転がる人影に剣を突きつけているようだ。
その瞬間、前を行くメルリス様が更に馬のスピードを速めた。
……まだ、速くなるのか!
そう叫びたい気持ちを抑え、懸命に後に続く。
というか、こんな危険な場所で護衛や側仕えが主人を前に行かせるなんて、護衛や側仕え失格なのではないか。
こんな状況でそんな今更どうしようもないような疑問に気を取られていた一瞬の間に、前を行くメルリス様が剣を抜き、馬に乗る男に斬りかかった。
「……何、あれ……」
三人の男たちを次々と斬り捨てる。
その余りにも鮮やかな剣筋に、思わず魅入ってしまった。
まるで舞っているかのような美しさと同時に、躊躇いなく命を確実に奪う剣を振るう様は死神のようだ。
呆然とそれを見つめつつ、私や護衛隊が追いついた時には、既に全員事切れていた。
「大丈夫?」
馬上から地面に転がる村人らしき人物にメルリス様が声をかける。
「……は、は……はい」
彼女は震えながら、メルリス様を見上げつつ頷いた。
「そう。……ここは、目立つ。早く、家の中に入りなさい」
「は、はい……」
彼女が肯定すると、メルリス様は再び馬を走らせ始める。
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
助かったという事実を認識し、涙ながらに彼女はメルリス様の背に何度も礼を告げていた。
メルリス様の耳にその礼が届いたのか、一度振り返り笑みを見せた。
けれども次の瞬間、再び彼女は前へ前へと駆け出す。
「ま、待ってください……!」
私の叫びも何のその、メルリス様はただ前を見て走り続けていた。
次々と、村人を襲っている盗賊を彼女は遭遇する度に斬り捨てる。
私も護衛隊も、ただ彼女に付いて行くことしかできなかった。




