側仕えと主人と護衛と 弐
本日3話目の更新です
……それから、五日間。
私はメルリス様と共にルーベル地方を観光した。
メルリス様はどちらかと言うと室内でのんびりとするよりも活発的に動く方が好きらしく、精力的に街だけでなく街の周りに広がる森にまで足を運んで楽しんだ。
メルリス様に付き合わさて私たちもあちらこちらと出かけ、あっという間に五日が過ぎた。
「楽しかったわ。是非ともまた来たいぐらい」
そして、旅行の帰り道。
ほう、と目を細めて笑みを浮かべつつメルリス様は独り呟く。
「それは宜しゅうございましたね」
私の淡々とした答えに、けれどもメルリス様は目を輝かせていた。
「ええ。街並みはとても美しく、何より食事はどれもとても美味しいものでしたもの。……特に、新鮮な魚を使った魚料理は絶品でしたわ」
メルリス様と私が旅行の思い出話を繰り広げている間、エナリーヌはずっと窓の外に視線を向けていた。
行きとは異なる景色……それは、折角行くのであれば色んな景色を楽しみたいというメルリス様の発案故だった。
往路はルーベル地方と王都との行き来によく使われる道であったが故に人通りも多いそれであったが、復路はそうではない。
そんな人通りが少なくかつあまり変わりのない景色をただ単にぼんやりと眺めているのか、それとも警戒しているからなのか。
エナリーヌは表情にあまり感情を出さないため、それを伺い知ることは難しい。
「アンナとエナリーヌは、あの地で何か心惹かれるものはありましたか?」
メルリス様の問いに、私とそれから窓から視線を外したエナリーヌは顔を見合わせる。
「……そうですね。森の中を歩いていると、自分の故郷を思い出してとても懐かしい気持ちを感じました」
口を開いたのは、私だった。
その言葉に、エナリーヌも同感だと頷く。
「……そうですか。貴女たちは、我が家に来る前はずっと故郷に?」
「いえ。父方の祖母に引き取られ、故郷から離れた村に住んでいました。……尤もそこでは鍛錬を積むことに時間を費やしていたので、あまりそれ以外の記憶はありませんが」
「……お祖母様は、貴女たちの夢を応援してらしたのかしら?」
「いえ。女だてらに鍛錬をする私たちを、祖母は何度も止めました」
「あら……では、お祖母様をどうやって説得したのかしら?それとも、黙って出てきてしまったのかしら?」
「祖母は、亡くなりました。数年前からずっと体調に優れなかったので、覚悟はしていましたが」
「そう……ごめんなさいね」
「いいえ。……祖母には感謝しております。身寄りのなかった私たちを引き取ってくれたこと、人並みに生活をさせてくれたことを」
「……そのまま、村で過ごす未来は見れなかったの?」
メルリス様の問いに、またもや私の心の中にドロドロとした黒い感情が生まれる。
それに気がついていないのか、メルリス様は能天気に笑っていた。
「勘違いしないでね。……貴女たちの夢を、馬鹿にしている訳ではないの。ただ、知りたかったの。村での平穏な生活に触れて、別の道を選ぼうと思うことはなかったのかと」
「……ありません」
エナリーヌがきっぱりと、否定した。
「もう随分と時が経つというのに……目にはあの戦禍の光景が、耳には皆の悲鳴がこびり付いています。それは、きっと一生付きまとうでしょう。……時が戻せない以上、せめて私たちのような者がこれ以上現れないようにしたいと、ずっと、そう強く願い続けていましたので」
「……そう」
メルリス様は視線を馬車の外に向けた。
思考に没頭するように、眉間に皺を寄せながら。
一体何だったのか……どうせ貴族様の気まぐれの質問だろう。
そう結論付け、私は唇を結んで俯いた。
沈黙の中馬車は進み、そして村に到着したところで止まる。
早々に宿に行くと、メルリス様は休息にと私の淹れたお茶を所望された。
「……美味しいわ、アンナ。腕をあげたのね」
「光栄に存じます」
瞬間、この静かな街に似つかわしくない喧騒が室内に届く。
「あら、貴女も気がついたのね。……一体、何があったのかしら」
「……私とエナリーヌで見てきます。メルリス様は護衛隊から離れないように」
「そうね。分かったわ」
メルリス様の許しを得た私たちは、急ぎ宿を飛び出す。
宿に入る前と比べるべくもなく、辺りは騒がしい。
「……一体何があったというのですか?!」
逃げ惑う道行く人を一人捕まえ、私が問いかける。
「……に、逃げろ! 盗賊だ! あっちの方から来ている!」
それだけ言い切ると、男は私の手を振り切り再び走り出した。
「盗賊か……停戦が果たされてから時が経ち、治安も大分良くなったというのに……未だそういう輩がいるのね」
「この辺りは軍の屯所が遠い。おまけに、交通の要所とも言えないこの地を守るのに、国がすぐに動くとは思えない」
「……何故、メルリス様はこのような道を選んだというの……!?」
いくら国の様々な風景を見たいからとて、わざわざメジャーな交通路を外れたそれを選んだメルリス様に、つい私は憤りを露わにする。
「今はそんなことを論じている場合ではない。すぐにメルリス様の護りを固めるべき」
「そうね」
エナリーヌの言葉を受けて走り出した
けれども、横にいるべきエナリーヌはいない。
「エナリーヌ!」
振り返り、叫ぶように名前を呼ぶ。
「……助けが来ないこの人たちを、私は見捨てられない。あの時の私たちと、同じだから」
「それは私だって……!」
「でも今、私たちはアンダーソン侯爵家の雇われの身。メルリス様に何かがあっては、ならない。だから、アンナはメルリス様のところに行って」
エナリーヌの言葉に、けれども私は中々動け出せなかった。
「早く!」
そんな私に喝を入れるように、エナリーヌが叫ぶ。
「……すぐに、戻るわ!」
迷いは、一瞬。
私は進むべきを見据え、すぐ様駆け出す。
逃げ惑う人の間を縫い、そうして宿へ向けてひたすら走って行ったのだった。




