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武家の嗜み  作者: 澪亜
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私と婚約者の逢瀬

本日5話目の更新です

彼女たちが来てから、しばらく時が経った。

随分彼女たちも屋敷に慣れたようで、私の側仕えとしての仕事も徐々に彼女たちが行うようになっている。


現に今、私が本を読む横でアンナがお茶を淹れていた。

本を読みつつ、その彼女が淹れたお茶を飲む。


「……このお茶、少し熱すぎるわ」


「え?」


「フィルリデン産のお茶は、もう少しぬるめお湯で淹れないと渋みが出てしまって風味が落ちてしまうの。本来の甘みを楽しむためには、もう少し湯をぬるくしないと」


お茶をしっかり飲むようになったのはアルメリア公爵家でのマナーのレッスンが始まってからだ。

貴族の嗜みとして、世に出回る『良いもの』や『本物』を知ることは当然のことだと。


最近ではレッスンの合間に休憩としてお茶を飲むのも、その勉強の一環のためなのではないかと思う。


……閑話休題。


お茶の種類もさることながら、そのお茶に対する最適な淹れ方も女主人として知っておいて損はない……ということで、それも勉強中なのだ。

正直、マナーのレッスンを受けるようになる前までは茶をゆっくりと楽しんだこともなく、訓練でいつも汗だくで飲み物を欲していたので、『飲めれば良い』という意識が根強い。

勿論、美味しい美味しくないの意識はあったが。


「あ、は、はい! 申し訳ございません……」


将来アンナとエナリーヌがどこで何をしているかは分からないが、知識はあっても重荷にはならないだろう。

そんな訳で、余計かつ細かい注意かとも思ったけれども伝えたのだ。


「良いのよ。今は仕事を覚えてもらっているところですもの。次からは気をつけてくださいね」


本から目を離し、彼女の目を見て言う。

彼女は慌てたように頭を数度下げると、一旦ポットを持って部屋から出て行った。

再び、視線を本に戻す。

それからしばらく本を読み続け、日が傾いた頃私は座ったまま体を伸ばした。

そして部屋に、ばあやを呼ぶ。


「……お嬢様、いかがされましたか?」


「今から訓練しに行ってくるわ。戻って来て、着替え終わったらまた知らせるから」


「承知致しました」


用件だけを伝えて下がってもらうと、早速私は訓練用の服に着替えた。

ふと、鏡に映る自分が気になって視線を向ける。


……着慣れた、服。

だからこそふと目に入った鏡に映る自分の姿に、違和感を感じる。

ずっと男の子のような短い髪だったというのに、今では随分と伸びて肩の下まで髪があるからだろう。


流石にこのままでは訓練はし難いということで、一括りに結んだ。

そして剣を持つと、屋敷を出た。

まずは、屋敷の周りを数周走り込む。

久々故か、一周目を終えた辺りからぶわりと汗をかき始めた。


走り終えると、今度は剣を持って素振りをする。

……やっぱり、剣は良い。

一振りするごとに、余計なものが削ぎ落とされて心が凪いでいく。

けれども逆に頭は冴え渡り、その適度な緊張感が酷く心地が良い。

そのまま無心で剣を、ずっと振り続けた。


そして昼過ぎに、部屋に戻ると着替えてご飯を食べた。

マナーレッスンを受けるようになってから遠のいていた訓練を久々に行った時に、随分身体が鈍っていたのを実感して反省した。


それ以来、継続的に継続的に訓練をするようになって、大分調子が戻ってきた気がする。

少なくとも、訓練後すぐに部屋で座りこまなくなるほどには。


継続は力なり、とはよく言ったものだ。

そんなことを考えつつ食事を終えると、鏡を前に私は身支度をする。


服良し、髪良し。

何故こんなに身嗜みに気を使っているのかというと、今日は用事があってこの近くまで来るらしいルイがアンダーソン侯爵家に立ち寄ることになっているからだ。


毎日のようにアルメリア公爵家を訪れているものの、なかなかルイに会うことはできない。


代わりに、頻繁に手紙のやり取りをしているが。

最初ルイはプライベートの手紙を書いたことがないからと、文体が随分肩のこるようなそれだった。


とはいえ私も手紙を書いたことはなく、目下オーレリア様に教えていただいているところだが。

それはともかく、いざ彼に会えるとなると、嬉しいのだけど存外不安に思う気持ちもあり……居ても立っても居られなくて、ついつい身嗜みを整えることで気持ちを落ち着かせようとするのだ。


「……お嬢様、ルイ様がお越しになりました」


鏡の前でそわそわとしていた私に、エナリーヌが声をかけてきた。


……今の自分の状態を見られて少し恥ずかしい、とピタリと固まる。

しばらくジッと固まったまま彼女を見ていたが、彼女は表情一つ変えずに私の次の言葉を待っていた。


「そう……分かりました。彼を部屋に案内しておいて」


「畏まりました」


それから最後の悪あがきで髪型を整えると、部屋を出た。

早足で廊下を歩き、目当ての部屋に向かう。

扉の前で待機していたアンナに声をかけ、扉を開けさせた。


「お待たせ致しました、ルイ」


「いや、全然」


軽く頭を下げると、ルイは柔らかな笑みを浮かべて手を横に振る。


「アンナとエナリーヌは、下がって貰えますか?」


「ですが……」


戸惑うように私とルイを交互に見た二人を説得するために、再び口を開いた。


「ルイなら、良いの。それに、ばあやがもうすぐこちらに来るわ」


「……承知致しました」


私の言葉に不承不承といった体で頷く。


「彼女たちが、噂の新入りか?」


二人が部屋の外に出たタイミングで、ルイが言った。


「ええ、そうなの。屋敷内の仕事も訓練もどちらも頑張っているわ」


「そうか……」


「ねえ、ルイ。彼女たちがよく王宮に来ているという話は耳に入って来てる?」


「ああ。その手の話題に注視しているからな」


「それは、つまり……注視していなければ拾えないほどの話題性ということかしら?」


「残念ながら、な。上にまでは上がっていないし……正直なところ冗談と見ている向きが強いな」


「そう……」


「まあ実際受け入れられたとしも、軍内の制度を整えなければならないから、ハードルは高いけれどもな」


「ええ、腹立たしいことにその通りね」


「とは言え、彼女たちの根性は本物だと俺も思うよ。……でなければあんな風に何度も嘆願書を持っては来れないだろう」


「そう……」


彼の言葉に嬉しくなって、つい顔が緩む。

彼女たちが本当に軍に入隊したいのであれば、彼女たちは自らがそれを勝ち取らなければならない。


お父様は軍内での発言力が強いし、ロメル様は宰相として宮中での発言力が強い。

……二人にお願いすれば、案外制度を変えることも夢物語ではないだろう。


無理矢理、という注釈が付くが。

ただし、それでは無用な反発が彼女たちに向かう可能性が高い。


否、彼女だけではない……これから先同じように軍への入隊を目指す女性全てにそれが向かう可能性が高いのだ。

それで彼女たちが潰れてしまえば、女性の国軍入隊への門戸は一切合切閉ざされるだろう。


二度と門戸が開かなくなる可能性だとてある。

そうならないためにも二人の力で無理矢理押し切るのではなく、宮中で審議されて制度として整えられるべきなのだ。


「それとなく、関係のある人物には話を繋げておく」


「ありがとう、ルイ」


「礼を言われるまでもないさ」


ちょいちょい、とルイが手招きをする。

首を傾げつつ、対面に座っていた彼に近づいた。

そんな私の頰に、彼はそっとキスを落とす。


「悪いな、これからまた用事があるんだ」


そう言いつつ、彼は立ち上がった。


「あ……」


申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる彼に、引き留める言葉は言えなかった。


「また、会える?」


「ああ、勿論」


肯定した彼の元へと駆け寄り、抱き着く。

彼は私の突然のその行動に驚くでもなく、笑って背中を撫でた。


……腹立たしい。

まるで、私だけが寂しいと思っているようではないか。

なんて、忙しい最中わざわざ顔を見せに来てくれた彼に思うことではないか。


けれども私だけ、どんどん好きの気持ちが大きくなっているようで、それ故に今の彼の余裕さが恨めしい。


彼を、慌てさせてみたい。

私だけしか見えなくなるぐらい、彼の頭の中を私でいっぱいに満たして。

そんな欲望がむくむくと、私の中で顔を覗かせる。


今度は私から彼の頰にキスを送り、彼から一歩離れた。


「またね、次またこの屋敷に来る機会があったら、案内するわ」


「ああ。楽しみにしているよ」



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