父上の詰問
本日6話目の更新です
「……久しぶりだな、ヴェルス」
儂は単騎、王都よりアンダーソン侯爵領に戻っていた。
そしてその足で護衛隊を捕まえると、弟のヴェルス・オル・アンダーソンの家に向かった。
ヴェルスは、アンダーソン侯爵本宅から離れ領北東部の別宅に住んでいるためだ。
「久しぶりですね、兄上」
ヴェルスはガタイの良い儂も更に長身で、まるで細長い棒のような痩せ型の体型。
日焼けしない体質のため肌は白く、今は体調が悪いのか青みがかっていた。
「顔色が悪いが、体調が悪いのか?」
「いえ……ここのところ、寝不足なだけですよ」
苦笑いを浮かべつつ、儂の正面の席に座る。
「そういえば、遅まきながらおめでとうございます」
「……は?」
何を言っているのか、その意味が分からず首を傾げる。
「メルリスちゃんの婚約の話ですよ」
「あ…ああ……」
「全く羨ましいことです。ウチの娘も早く良い人と婚約できると良いんですけどね」
やれやれと呟きつつ、お茶を飲んだ。
儂は暫くジッとそんなヴェルスを見つめていたが、溜息を吐いてまたお茶を飲む。
「……それで? どうされましたか、兄上。兄上がこちらにいらっしゃるのは珍しいじゃないですか」
「そうか?」
「ええ」
一瞬、目を瞑る。
室内には重々しい空気が流れていた。
「……お主に、ちと聞きたいことがあってな」
「何でしょう?」
そう問いかけた瞬間、ヴェルスの首筋に剣を添えた。
ヴェルスは驚いたように目を見開き、恐々と自分の首にある剣とその主である儂を交互に見る。
「……な、え……これは、ど、どういう……
」
どもり、慌てたように言うヴェルスに儂は鼻を鳴らした。
「儂は、まどろっこしいのが嫌いだ。……なあ、ヴェルス。何故、儂の家族を襲わせた?」
「……は……?」
「答えよ、ヴェルス。既にお主と傭兵らが繋がっている証拠は掴んでおるぞ」
赤い筋が剣を突きつけられた首につき、そこからポタリポタリと雫が垂れ落ちた。
今にも切りかかられそうなその状況で……けれどもヴェルスは息を飲むと笑った。
「……剣を、収めて下さいませんか? 兄上」
先ほどまでの焦りようはどこへやら、ヴェルスは動じた様子は見せない。
「何故、と貴方が問うのですか……」
重苦しい沈黙の中、ポツリと呟いたヴェルスの言葉が響く。
「それの、何がおかしい?」
「貴方は、勝手ですよ……兄上。好き勝手にした挙句、嫡男としての務めを放棄して。家を出たかと思えば英雄だと祭り上げられ、ちゃっかりと当主の座について。……それに振り回された私のことを、少しでも考えたことがありますか?」
ピクリと、剣が震えた。
「それは……」
一瞬、後ろめたくなってヴェルスから視線を外す。
「……ずっと、憎かった。兄上と剣の才を比べられ落胆され、それならばと勉学を必死にしたというのに……親が見るのはいつだって、剣の才に恵まれた兄上ばかりだった。兄上がアンダーソン侯爵家を放り出された時は、心底嬉しかったですよ。やっと、私を皆が見てくれたのだと。ずっと……好き勝手剣ばかりしていた兄上ではなく、努力をして知識を身につけた私こそが領主に相応しいと思っていましたし。その時ばかりは、アンダーソン侯爵家の発展のために身を粉にして働こうと思っていましたよ。……だというのに戦争が終わって兄上が帰って来た途端、あっさりと放り出されたのは私の方だったんだ……」
「ヴェルス……」
「……私の人生は、一体何だったんですか!? 私は兄上の、アンダーソン侯爵家の都合の良い駒なんかではない! だというのに誰も私のことなど考えないで、自分たちの都合ばかりで私を振り回し続けたんですよ!」
「だから、家族を襲わせたのか?」
「ええ。本当は兄上を襲わせようとしたんですがね。……まあ結果として、兄上が苦しむ様が見れたのでとても満足でしたが」
少し離れかけていた剣が、再び彼の首筋に当たる。
「何故、儂ではなく儂の家族を……!」
ギリリ、とこみ上げてくる憎しみを耐えるように儂は己の唇を噛み締めていた。
「兄上を殺すことができるほどの力を持った人材がいなかったのですよ。兄上は、剣の腕前だけは凄いですからね。まあ……妥協のつもりでしたが、存外兄上の苦しむ姿を見ることができて、非常に愉快でしたよ」
それに対して、ヴェルスはあくまでも飄々と応える。
そんな彼の反応に、ついに儂も耐えきれなくなって、手に持っていた剣を素早く振りかぶった。
……けれども、ヴェルスはそこから先動かない。
静かに迫り来る運命を待つかのように、ただただじっと儂を見ていた。
ふわり、剣によって生まれた風がヴェルスの首に触れる。
けれどもそれ以上、儂は剣を動かすことはなかった。
「……儂がお主の所業を知った時点で、お主は終わりだ。だというのに、何故わざわざ自分の不利な方向へ自供する?」
寸前のところで、踏み止まったのだ。
そして、ヴェルスに対して重ねて問いかける。
「さあ……自分でも、分かりませんよ」
そう言いつつ、ヴェルスは乾いた笑みを浮かべていた。
「計画が半ばで終わったのであれば、それは悔しいことなのかもしれませんが……兄上に自身の心中を語れたことで、私は満足しているのかもしれませんね」
儂は、剣を僅かに引く。
その様を、ヴェルスは淡々と眺めていた。
「……お主は蟄居処分とする。以後牢より出れるとは思うな」
瞬間、部屋の外に待機していた護衛隊の隊員たちがヴェルスを拘束する。
「兄上は、随分と甘いですね」
それに対し、慌てるでもなくヴェルスは静かに笑っていた。
そして、護衛隊に促されるままに立ち上がり扉の方へと歩を進める。
「……ヴェルス」
反対に、凍りついたようにその場から動けない儂は顔を向けることなく弟の名を呼んだ。
「儂は、謝らん。例えお主の歪みが儂の過ち故だとしても、お主は儂の大切な者を奪ったのだから」
何を今更と言わんばかりに、ヴェルスは肩をすくめる。
「……だが、儂はお前を愛していたぞ。家族として」
「本当に、兄上は甘いですね」
ヴェルスは笑顔のまま、護衛隊に連れられて行った。




