私と側仕えの出会い 参
本日4話目の更新です
「まあ……それは貴女にとって良い経験になるのではなくって?」
レッスンの休憩中、話の中でアンナとエナリーヌの話題になった時のオーレリア様の反応がそれだった。
「人の手本になるということは、自分が思っている以上に勉強になります。曖昧は許されないですから」
オーレリア様の言葉に、思わず乾いた笑みが出てしまった。
「という訳で、これからもしっかり学びましょうね」
そんな私の反応に構わず、ニコリと微笑んだ。
「は、はい……」
「それでは、休憩はここまで。もう一度、最初から致しましょうか」
その声と共に、ピアノで曲が奏でられる。
その音に合わせて、目の前に立つアルフと共にステップを踏み出した。
「そう、そうですよ。音を意識して……そう、動きは優雅に」
オーレリア様の言葉を耳にしつつ、意識は足に向ける。
そうでないと、ステップで足がもつれて転んでしまいそうだからだ。
音楽に合わせて身体を動かすのは、中々難しいものだと心の底から実感する。
唯一の利点は、今まで武術をやっていたおかげで体力が十分保つということぐらいか。
「足元は見ない! 常に笑顔を浮かべて……そうですよ。もっと流れを意識なさって」
オーレリア様のアドバイスに、私はニコリと笑顔を浮かべる。
自分でも引き攣ったような笑みのように見えるということは、想像がつくものだったが。
「姿勢はキープですよ。そうです、良いですよ」
そしてその曲が終わるまで、私はアルフと共に踊り続けた。
「本日も、ありがとうございました」
レッスンが終わってオーレリア様とアルフにお礼を伝えるとその場から退出し、私は馬車に乗って家に帰った。
そのまま私室に戻ると、私は服を替える。
そして屋敷内の訓練場が見える場所に移動し、訓練の様子を眺めた。
アンナとエナリーヌの二人は、何とか基礎訓練についていけているようだ。
お父様の訓練を初めて受ける人たちの中には、基礎訓練の時点で根を上げる者も少なくない。
そう考えると、彼女たちは中々確かに鍛錬を積んでいたようだ。
……とは言え、既に息切れをして疲れ果てた様子を見るに持久力をもう少しつけた方が良いだろう。
それから二人は護衛隊の皆に混じって素振りを行っていた。
二人自身の言う通り、確かに剣筋には我流らしく荒削りだ。
「どうですか? お嬢様。お二人の鍛錬の方は」
「あら、ばあや。ばあやも興味があるの?」
席に座っている私にお茶を出しつつ、ばあやが問いかけてきた。
「いいえ。……武術については、よく分かりませんので。ただ、彼女たちの様子が気になりまして」
「そう。二人とも、しっかりとお父様の訓練に食らいついているわ。……今の彼女たちの腕では、共に戦ってもらうことはできないけれども。それでも、彼女たちの今後の成長が楽しみだわ」
「左様でございますか。……ところで、お嬢様。彼女たちがこの屋敷に初めて来た時から、二人の力量を把握していらっしゃるご様子でしたが……もしかして、お屋敷に来る前から二人をご存知だったのでしょうか?」
「そんな訳ないでしょう? 正真正銘、この屋敷の前で初めて会ったわ。それに、私ばあやにそんな話をしたかしら」
「直接的なお言葉はいただいておりませんでしたが……『屋敷の者たちに害がないように護衛隊二人に監視を任せている』『いざとなったら彼らで制圧ができる』といったようなことをお話しされていらっしゃったので。あれは、二人の力量を把握していなければ断言できないことかと」
「ああ、そういうこと……。ふふふ、それは勘よ、勘」
私の言葉が意外だったのか、ポカンとばあやが目を瞬かせた。
その様に再び笑いがこみ上げて来て、それを抑えるようにお茶を飲む。
「歩いている時の重心の掛け方、目線の動き等々の立ち振る舞いで判断したの。『相手の力量を、何気ない動きで察しろ』とお父様によく言われているから、昔から訓練の時に気にして観察するようにしていたのよね。後は、オーレリア様の教えのおかげかしら?」
「……オーレリア様?アルメリア公爵夫人の教えで、何故……?」
「染み付いた動きって、中々隠せないものなの。おかげで、よくオーレリア様に私の動きをご指摘いただくのよね。それで、自分の動きを気にするようになったら、相手の動きを普段から観察するようになったのよ」
尤も、あくまでそれは私の経験則から下した判断のため勘の域を出ないのだが。
それでも、自分の経験を私は信じている。
「なるほど……。お嬢様、私、今のお話を伺って一つ合点したことがございます」
「あら、何かしら?」
「僭越ながら、アルメリア公爵家にてマナーレッスンを受けられるようになってからの、お嬢様のご成長は目を見張るものがございます。勿論、お嬢様が相応に努力されていることも……それからアルメリア公爵夫人の教えが素晴らしいから、という理由もございましょう。ですがその何よりも、今まで培ってきた観察力故というのが大きいのでしょう。観察し、違いを理解し、そしてその違いの良いところを自らのものにする。それが自然とお嬢様はお出来になるからこそ、素晴らしい速さでご成長されていらっしゃるのでしょう」
「まあ……ばあやにマナーのことで褒めて貰えるなんて、嬉しいわ」
そう言いつつ、ばあやの言葉が頭の中で繰り返し響いていた。
確かに一見関係ないことに見えたとしても……それはどこかで交差し、関わり合うものなのかもしれないと、そんなことを頭の片隅で考えつつ。
「とんでもないことにございます。引き続き、お嬢様のご成長を楽しみにさせていただきます」
「ええ、頑張るわね。ばあや」
その返事に、ばあやはニコリと柔らかな笑みを浮かべていた。
「……そう言えば彼女たちが訓練受けている間、私は鍛錬どうしようかしら?」
けれども私の口から続けて出た言葉に笑顔から一転、呆れたような溜息を吐く。
「メルとしてご挨拶されるのは、いかがですか?」
「あら、ばあや。止めないのね」
「一体何年、お嬢様にお仕えさせていただいていると思っているのですか」
「ふふふ、それもそうね。……メルとして挨拶しても良いけど、これから先二人が側仕えするとなると、メルと私が同一人物だとすぐに分かってしまうかなって」
「……隠すおつもりなのですか?」
意外だったようで、ばあやは少し驚いたような表情を浮かべる。
「露見しても、当家の使用人だから良いと言えば良いけど……あまり広めたくないというのが、正直なところね」
武術の鍛錬を積んでいることは何ら恥じることではないのだが……やはり貴族の子女としては異端。
それが広まってしまえば評判にも差し支えるので、貴族の方々には絶対の秘密。
秘密は、知る人が少なければ少ないほど漏れにくくなる……だから、自分の家の者だとしても大々的に広めるつもりは全くないのだ。
「……なるほど。では、鍛錬を諦めることは?」
「それは嫌。訓練から遠ざかっていたらあっという間に体が鈍ってしまって、反省したの。だから、鍛錬は積みたいのだけど……」
一日の訓練メニューを思い浮かべる。
最近はアルメリア公爵家でのマナーのレッスンを受けてばかりのため、そもそも皆との訓練に参加することも難しい。
「……いずれにせよ、訓練に参加することが難しいから自主練にすれば良いか。彼女たちが屋敷内で仕事をしている間に、適当に護衛隊の人に声をかけて付き合って貰えれば良いし」
「それでしたら、メルリス様が訓練に行かれる際は私の方で訓練場の側に行かないような仕事を申し伝えます。それに、彼女たちにはまだまだ教えなければならないことがたくさんございます。しばらく私が側にいますので、早々に露見することはないかと」
「そう。……ありがとうね、ばあや。」
「いいえ」
私のお礼に、ばあやは柔らかく笑って応えた。
「……そういえば、ばあや。あの話は考えてくれた?」
『あの話』とは、ばあやの家族の話だ。
ばあやは夫を既に亡くしているものの、その夫との間には子が一人いる。
その子どもは既に独立していたため、ばあやが私と共に王都に来ることが決まっても領地に残ることを選んで、二人は別れて暮らしていた。
……そして王都に来て以来、長期の休みを取っていないばあやは領地にも戻らず、当然その家族とも会っていない。
そのことが気になって何度か休みを取って里帰りを提案したのだが、その全てを断られてしまっているし、それならばいっそのこと家族に仕事を紹介するから王都に来るように言ってみたらどうかと打診していたのだ。
「お嬢様。取るに足らない私のことを案じくださり、誠にありがとうございます。ですが、本当に良いのですよ。私はアンダーソン侯爵家に忠誠を誓う身なれば、こちらでお仕事をさせていただくのが一番良いのです」
「……本当に? 私が来てから一度も領地に戻ってないようだけれども」
「はい。良いのです」
断言しつつ浮かべる笑顔に、これは何を言っても意見は変わらないのだろうなと悟る。
私のことを言い出したら聞かないと称していたが、それは、 ばあやも同じだ。
「気が変わったら、いつでも言ってね」
「ええ、そうさせていただきます」
「……じゃあ、昨日の読書の続きをしようかしら。ばあや、熱めのお茶を私の私室に持って来てちょうだい」
「畏まりました」




