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武家の嗜み  作者: 澪亜
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私と側仕えの出会い 弐

本日3話目の更新です

「……何故、お主はあの二人に肩入れする?」


「そんなの、分かりきったことでしょう?」


かすかに笑って立ち上がったお父様を見上げれば、お父様は気まずそうに目線を逸らす。


「……失言だったな」


「それに、そっくりそのままお言葉を返します。フェロッタ村の名前を聞いたとき、随分反応していましたよ? それに、側仕えをお許しになったのも、その名を聞いたからではないでしょうか? ……一体、フェロッタ村とどのような関係があるのですか?」


「何、感傷に浸っただけよ。メリルダと出会った村……それが、セズン領フェロッタ村なんだ」


「へえ……。って、もしかして……」


私の中に、とある考えが思い浮かぶ。

ありえない……そう理性が否定しつつも、それでもその考えを捨てきれない。


その理由……それは、果たして貴族の子女が危険を犯してまで他領の、それも戦場であった場所に赴くことがあり得るのか? という疑念故だ。

そもそも、貴族の子女が看護のためとはいえ現場に赴くこと自体稀……むしろありえないと言って良い。

それなのに、一体どうしてわざわざ他領の戦地へと赴くというのか。


「そう。お主の母、メリルダはセズン男爵家の生き残りだ」


ドカリ、お父様は先ほどまでアンナとエナリーヌが座っていた私の正面の席に座りつつ答えた。


「何故……。そもそも、セズン男爵家はトワイル戦役で全員亡くなられたのでは……?」


「間違えられたんだ。その時屋敷に避難していた従姉妹と、な。あやつはその時家族の反対を押し切り、儂らが解放した村々を看護して回っていたそうだ」


「……その、従姉妹の方のご家族は?」


「セズン領に在住し、広大な領地の一部の管理を任されていたそうだ。だが、彼女の家族は戦争が始まって早々に亡くなったんだ。それで、身寄りのない彼女をセズン男爵家が一時的に引き取った……という訳だ」


「その、突飛な質問ですが……本当は従姉妹がお母様で、やはり戦争で亡くなられたのは直系の方ということは?」


「何だ、その質問は……」


「だって……そうでなければ、何故お母様はセズン男爵家をお継ぎにならなかったのですか?」


「彼女の家で、未完成の肖像画のスケッチを見たさ。セズン男爵夫妻と共に描かれていたそれを、な。ちなみに肖像画に残るセズン男爵と彼女は瓜二つだ。見たければ後で見てみろ。メリルダの部屋に今も保管しているぞ。……まあ、儂からしたら正直メリルダが従姉妹だろうが直系だろうがどうでも良い話なんだがな。何せ儂は、彼女がセズン男爵家の者と知らずにプロポーズをしたのだから」


「それならば、一体何故……」


「むしろ、何故お主がそこに拘る?」


お父様のその問いに、急に私の頭が覚めた。

そうだ……何を今更、と。

お母様が何者であろうとも、私のお母様という事実には変わりがないのに。


「まあ、一言で言うと王家の判断だ。当時あの地は可及的速やかに復興することと、防衛陣を築くことが求められていた。特に王家は王国の北部の守りを固めたいが為に、切望しておった。それ故に、女性の彼女が領主に立つ訳にはいかなかったんだ。婿を取る方法もあったが……まあ、儂が婿入りしようとしたんだが、王都にその報告をしに戻れば儂はアンダーソン侯爵家を継ぐことが決まっておってな。それで、猛反対されたんだ。だが儂はメリルダと添い遂げられぬならアンダーソン侯爵家を継ぐつもりはなかったし、軍を辞して婿入りしようと本気で決めておった。それで暫く話し合いは平行線だったんだが……儂に軍を辞めてもらいたくない王家と、アンダーソン侯爵家を継がせたい家、領地のために国の復興支援と国軍による防衛陣の構築を欲したメリルダ、そんなメリルダと添い遂げたいと願う儂の四者の思惑が合致してこのような形になったんだ」


思いもよらなかった壮大な話に、私は暫くポカンと呆然としていた。


「……何とも、壮大な話ですね」


「まあ、な。……で、話は大分逸れたが、彼女たちが旧セズン領地の、それもメルリスと出会ったフェロッタ村の出身と聞いてな。つい、甘くなったんだ」


「そういう、ことですか……」


「……で? お主は聞きたい言葉を、彼女たちから聞けたのか?」


その言葉に、アンナとエナリーヌの存在を思い出す。

そもそもの発端を忘れるぐらいには、お母様の話は衝撃的なそれだったのだ。


「ええ、まあ。ですので、後はただ見守りますよ。……どうやら、彼女たちはまだまだ鍛錬が必要な様でしたから」


「そうさなあ。この部屋から出る時の動きを見るに、あれは訓練が必要そうだったな。お主なら、儂に会わせる前には気づいていたんだろ? それなのに、何故……」


「見たいからですわ」


「見たい?」


「ええ。私、部屋に入る前にお父様にお伝えしましたよね? 『その目で見てその耳で聞いてみて下さい』と。彼女たちの願いは『聞き』ましたので、次は『見て』みたいのです。彼女たちの願いの強さを。……そして、意志の力で人がどれ程強くなれるのかを」


私の言葉に、お父様は呆れたように笑った。


「……何だ、素直に言えば良いではないか。彼女たちが、気に入ったと。どうせ儂に会わせる前に、既にお主の中で彼女たちを家にあげることは決めておったのだろう?」


「ええ、そうです。……それも所謂勘、というものでしょう?」


「ははは、違いない」


「それでは私はこれで、失礼致します。……お父様、お付き合いくださいましてありがとうございました」


私が立ち上がって礼を伝えると、お父様は気にするなと言わんばかりにヒラヒラと手を振った。

その仕草に思わず笑みを浮かべつつ、私は部屋を出た。


自室に戻ると、私は本を読むために机に向かう。

オーレリア様からの課題で諸外国の言葉で書かれた本や歴史書等を読んでいるが、その他にも最近は話題の本を読むようにしているからだ。


……本を読むのに慣れていないせいか、一冊読み切るのに随分と時間がかかる。

それに鍛錬にも時間を当てたいので、最近私室にいるときはほぼ机に向かっていた。

暫く静かに本を読んでいると、扉の方からノック音がした。


「……お嬢様、失礼致します」


部屋に入って来たのは、ばあやとアンナとエナリーヌの三人。

アンナとエナリーヌは着替えさせられたらしく、この家の使用人の制服を着ていた。

……それにしても、とぼんやり彼女たちを見ながら思考に耽る。


こうして同じ服を着てしまうと、顔立ちが全く同じなのでどちらがどちらか分からない。

先ほどまでは服の僅かな違いで判断できたのだが……これからは制服のため、二人は全く同じ服を着ることになる。


今後のためにも、どこかで見分けがつけられないか……と、じっと二人の顔を凝視する。

年の頃はお兄様よりも上の二十代ぐらいで、涼やかな目元が特徴的な二人。


……ダメだ、どこに違いがあるのか分からない。


そう内心息を吐きつつ、私は口を開いた。


「私の名前はメルリス・レゼ・アンダーソン。これからよろしく」


「こ、こちらこそよろしくお願い致します!」


「……お願い致します」


「二人の指導は、私が行います。早々にお嬢様のお役に立てるよう、私も全力を尽くす所存です」


二人を見守っていたばあやがそう言って、まるで手本のようなお辞儀をする。


「ばあやがそう言うのであれば、安心ね。……二人も慣れぬ仕事に最初は大変かもしれませんが、頑張ってくださいね。それからお父様の訓練は、明日の夕方から参加が可能です。なので、必要なものがあったら早々にこの屋敷の誰かに伝えて」


「は、はい!」


「……承知致しました」


同じ顔立ちながら、全く異なる反応を見せる二人が面白い。


「……それでは、お嬢様。読書中にお邪魔致しました。二人の挨拶が済みましたので、私たちはこれで失礼致します」


「ええ」


三人が退出すると同時に、私は視線を本に戻す。

その後、私はひたすら目の前の本に集中し続けた。

パラパラと、ページをめくる音だけが耳に入る。

……とても、静かだった。

まるで本の世界に入り込んでしまったかのように、没頭する。


「……失礼致します。お嬢様、夕食の支度ができたとのことです」


そうして時を忘れて読書に夢中になっていたら、コンコンというノック音と共に部屋の外からばあやの声がした。

本から視線を外し、扉を開ける。


「初日、どうだった? あの二人」


「慣れぬことに、随分戸惑っているようでした」


「まあ、それはそうよね。……ふふ、その気持ちも分かるわ」


「ならば、お嬢様も良き手本となっていただきたく存じます。私も、あの子たちがどこに出ても恥ずかしくないように指導致しますが、やはり良き手本は多くある方が成長が早いでしょうから」


「……精々精進しますわ」


それからダイニングで夕食を食べると、私は自分の部屋ではなくお母様の部屋に向かった。

扉を開ければ、今もここでお母様が過ごしているのではないかと錯覚するほど部屋の掃除は隅々まで行き届き、また、至るところにお母様の痕跡が残されていた。


「……お母様……」


まるで時が止まったかのようなその部屋を前に、私の時もまた止まる。

けれども暫くして我に返ると、私は部屋の中を探り始めた。


私の目的のもの……肖像画のスケッチは、すぐに見つかった。

机の中に、まるで宝物のように大切に保管されていたそれ。


セズン男爵夫妻らしき人物に囲まれるようにして、若い頃のお母様が描かれている。

とても、幸せそうな笑顔。



……けれどもそれが、酷く悲しい。

この幸せな光景が、そう遠くない内に戦によって粉々に壊されたのかと思うと。


それまでただ知識として私の中にあったかつての戦が、急に私の中で身近なものにと変わった。

あの優しげなお母様の笑顔の裏には、一体どれだけの悲しみを秘めていたのだろうか。

一体、どれだけの遣る瀬ない思いを抱いていたのだろうか。


もう一度目に焼き付けるようにそのスケッチを眺めると、丁寧にそれを仕舞って部屋を出て行った。



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