私のお見合い 弐
本日2話目です
「私の方こそ教えて欲しいわ。……どうして、貴方がここにいるの!? ルイ……!」
至近距離から見上げるようにして彼を真っ直ぐに見つめ、詰問する。
「どうきても何も……自分の家にいるだけだ」
彼は驚いたような困ったような反応を示しつつ、言った。
「え、じゃあもしかして……貴方が……」
私たちの会話に、突然、ロメルおじさんが笑い出した。
「ははは……やっぱり、そういうことか」
「……何、訳分からんことを言っているんだ? といいうかそもそも、メリー。お前、ルイ殿と知り合いだったのか?」
ロメルおじさんの言葉に、睨むように目を細めつつお父様が問いかける。
「何、こちらの話だ。……さて、ガゼル。もうとっくに二人は知り合いだったようだし、俺たち親がいても話しにくいだろ。俺たちは部屋から出ようぜ」
『おい、ちょっと待て! 話を逸らすな……』というお父様の声が聞こえてきたけれども、それを押し込めるようにロメルおじさんがさっさとお父様を連れて出て行った。
後に残ったのは、私とルイそれから無言で立つアルメリア公爵家の使用人。
「……知っていたの? 今日ここに来るのが、私だって……」
「知らなかった。当主命令だとか、父上にしては珍しいことを言うとは思っていたが……まさか、メリーが来るとは」
「なら……。貴方は、アンダーソン侯爵家の令嬢と婚約するつもりだった?」
卑怯なことを聞いたものだ、と我ながら思った。
何故なら、そう聞いた自分こそがこの場にいるのだから。
「……いいや。この場に来ることは命令されたが、婚約するかどうかは会って決めて良いと言われていた。だから、断るつもりだった」
「……え?」
その言葉の真意を読み解こうとするものの、どうしても自分に都合の良い方にばかり考えがいってしまう。
そんな私を他所に、彼は深く溜息を吐くと椅子に座り込んだ。
「……また、やられた。こうなることを、どうせあの人は読んでいたんだろうな……」
不満を露わに、彼は俯きつつ頭を掻き毟る。
くしゃくしゃ、と彼の前髪が崩れていた。
「メリー」
再び溜息を吐いたと思ったら、彼は顔を上げて真っ直ぐと私を見つめる。
その強い視線に、思わずびくりと身体が震えた。
「お前のことが、好きだ」
ポン、と頭の中が爆発した気がした。
気恥ずかしさと嬉しさとが頭の中を占めて、思考が現実に追いつかない。
「だから、アンダーソン侯爵家のご令嬢との婚約は断るつもりだった」
それは、強烈な愛の告白だった。
何故ならその言葉の意味するところは、アンダーソン侯爵家の令嬢としてではなく、ただのメリーを好きだと言っているのと同じなのだから。
「……どうして? 貴方は、アルメリア公爵家の子息なのでしょう? お父様を越えたいと言っていた貴方ならば、妻の家に力があった方が良いと思うけれども」
聞いても詮なきことだった。
何故なら私がアンダーソン侯爵家のたった一人の娘であることは、変えようのない事実。
意識したことはこれまでほぼなかったが、この身に流れる血は脈々と受け継がれてきた武門の名門アンダーソン侯爵家のもの。
何より、英雄と称されるお父様の娘なのだなのだ……貴族社会においては、それなりの影響力を有すると目されていることであろう。
私が社交の場で貴族らしく振る舞えるるのであれば、の話だが。
それはともかく、私は確かめたかった。
事実がそうである以上、聞いてもしょうがないことだとは認識しているが……彼の言葉をどうしても確かなものとしたかった。
だから、理由を聞いたのだ。
「……父の力を越えたいと、それをずっと目標にしてきた。けれどもそれは、自分の力で成し遂げなければ意味がない。だから妻の実家の力に頼るつもりは、元よりなかった。……探すつもりだったんだ。メリーのことを。好きだと、共にこれから先を歩んでいきたいと思っていたから」
「ルイ……」
不意に視界が涙でボヤける。
家の付属品でもなく、英雄の父の名前の付属品でもない……彼の言葉は、私自身を好きだと言ってくれているのと同じだ。
「……本当は、俺自身の地位を確立してから伝えるつもりだったんだ。目標達成とは言わずとも、父の後を継いでからにしようと。誰を婚約者に迎えても、文句を言わせないぐらいにな。だけど……全く、父上の策略で全部吹っ飛んだ」
そっと、ルイが私に手を差し出す。
「俺は、お前のことが好きだ。これから先、共に人生を歩むのはお前が良い。この手を、取って欲しい」
ふらりと、私は彼の手を取ろうと自分の手を伸ばす。
けれどもそれを制止するように、彼は再び口を開いた。
「……だけど、この手を取る前に考えて欲しい」
その言葉に、ピクリと条件反射で反応して私の手が止まる。
「俺は、俺の進もうとする道を変えることはできない。お前がその道を共に歩んでくれるというのであれば、俺は、たくさんのことを求めるだろう。夢も、諦めさせてしまう。……どれだけお前が真にそれを追い求めていたか、知っているというのに」
何を身勝手な、と受け手側によっては思うかも知れない。
自分の道は変えられず、他者にそれを求めるということなのだから。
けれども、私はその言葉に誠意を感じていた。
わざわざ言葉にせずとも良いのに、選択を私に委ねてくれているのだから。
何せ『私』をよく知る彼ならば、気に喰わない婚姻には出奔も辞さない気性の持ち主だということが想定できるだろう。
「……一つだけ、教えて」
「……何だ?」
「貴方と共に歩むことで、私は守られる側ではない……守る側で有れるかしら?」
「……お前がお前のままである限り」
ルイの言葉に、私はつい口角が上がった。
そしてそっと、彼の手を握る。
「確かにあなたの婚約者になるのであれば、私は国軍の入隊を完全に諦めなければならないでしょう。それぐらい、分かっているわ。アルメリア公爵家の次期当主の婚約者が、国軍を目指すことなんて決してできないでしょう? 剣を持つことも許されないかもしれないわね。それでも、この手を私は私の意思で取るの」
「……メリー?」
「私、考えたの。あなたとあの日、塔で話したこと……私の夢を、私の願いを。……確かに、この剣で誰かを守ることが私の夢。でもそれは、目的ではなく手段なの。私の目的は、願いは、私と同じように大切な人を失って悲しむ人が現れないことよ。その目的が叶うのなら、手段はどうだって良いの」
「……そうか」
「私は、貴方の側にいたい。貴方とこの先の人生の道のりを歩みたい。この縁談の話がきたときに、貴方のことだけがどうしても心の整理がつかなかった。……貴方が、好きだから」
「メリー」
そっと彼の手が私の頰に添えられ、顔が近づく。
私は徐々に近づいた彼の顔に恥ずかしくて、目を瞑った。
そして軽く触れた唇。
その温かく柔らかな感触が今のこの状況に現実味を帯させ、幸せで涙が溢れた。
「ありがとう」
離れた彼は、少し照れ臭そうに笑いながらそう言った。
「お礼を言われることは、何にもしてないわ。私は、私の意志でそうするのだもの」
「……お前には、敵わないな」
ボソリ呟いた言葉は、近距離ながら聞こえなかった。
私がそれを問う前に、彼はそのまま歩き出す。
「さて、ガゼル将軍に挨拶に行くか」
「お父様に?」
「そう。……メルリスとの婚約を許して貰わないとな」
「許すも何も、ここに連れて来たのはお父様よ? ……許すつもりがないのなら、始めから連れて来なかったと思うけど?」
「だとしても、ケジメだ。惚れた女性の親……将来の自分の義父に挨拶するのは当たり前のことだろう?」
彼の言葉が嬉しくて、顔が熱い。
それを隠すように俯きつつ、黙って彼に手を引かれるがまま歩いた。
そうして到着した、部屋。
彼がノックをして扉を開けると……真っ先に感じなのは酒臭さ。
その強烈な臭いに、思わず顔を顰める。
「……父上、貴方またこんな真昼間から飲んでるんですか!?」
隣でルイがロメルおじさんに詰問していた。
「何、前祝いだよ。ま・え・い・わ・い! どっかの誰かさんと可愛いメリーちゃんとの婚約のな」
けれどもロメルおじさんの言葉に、照れて彼は一瞬言葉を詰まらせる。
「わ、儂のメリーが……儂のメリーがー!!」
おいおい泣きながら、お酒の入ったグラスを勢いよく仰ぐお父様。
……少し嬉しいけど、かなり恥ずかしい。
「……父が、申し訳ございません。アルメリア公爵」
「んな固い呼び方すんなって。いつも通りロメルおじさんで良いぞー。ほれ、ガゼル。落ち着けって。そんな泣いてたら、声が枯れるぞー」
「いや、しかしメリーが……!」
「分かってたこったろーに。覚悟を決めたから、ここに連れて来たんじゃねーの?」
溜息交じりで問う、ロメルおじさん。
「そ、そうだが……」
「……ガゼル将軍」
二人の会話に入るように、ルイが近づいて声をかける。
お父様は先ほどまでのあの情けない姿から一転、鋭い視線をルイに向ける。
その力強さと恐ろしさすら感じられる威厳は、将軍として軍を仕切る時のお父様と同じだ。
「……ご息女、メルリス・レゼ・アンダーソン令嬢との婚姻をお許しください」
「お前は、メリーのことを愛しているのか?彼女をその身で守ることを誓えるか?!」
「お、お父様……」
お父様を止めようと声をかけたところ、逆にルイがそんな私のことを止める。
「はい、愛しています。何事にも直向きな彼女のことを。……ですが、この身で彼女を守ることは難しいでしょう」
「……何?」
「単純な話、武術の腕前はメルリス令嬢の方が上でしょうから。私の剣の腕前は、嗜む程度です。いざという時、この身では盾になるぐらいしかできない可能性もあります」
お父様が厳しい顔つきで、ルイを見る。
目は完全にすわっていて、軍との訓練の時よりも恐ろしい形相になっていた。
「……武で劣る私が彼女を守るために、私は私の武器を磨き続けます。そしてその武器で、彼女を守ります」
ルイの言葉にしばらくお父様は無言だったけれども、突然、大きな溜息を吐いた。
「……そうか」
そんな、諦念の言葉と共に。
「……ロメル! 付き合え! 前祝いだ!! 朝まで義息も交えて飲むぞ!! と言う訳で、ルイ殿も付き合え」
そしてくるりと振り返って、急にそんな言葉を叫び出す。
「……よしきた! 朝まで飲むぞ!!」
「ち、父上! 朝まで飲んで、仕事はどうするんですか!? ……というか、私は仕事があるので……」
「お父様! 朝までこちらにいらっしゃるのは、迷惑ですよ! それに、お父様も仕事は良いのですか?」
「「固いこと言うなって! 祝いの時ぐらい、仕事は忘れろ!」」
私とルイが止めても、どこ吹く風。
結局ルイまで巻き込んで、三人で飲み始めることになった。
……私は、と言えば。
流石に淑女がその場にいるのはよろしくないと言う事で、一旦一人別の部屋で待つことにした。
できれば、お父様が酔った頃合いを見計らって回収して帰りたいなとの思いから。
……お父様がルイとの婚約を祝ってくれるのは嬉しいけれども、ルイは大丈夫かしら。
いかんせん、お父様はウワバミだから。
そんなことを考えて、しばらくぼんやりとしていた。
ここ最近感じたことのないような、穏やかで幸せな気持ち。
知らず識らず、口角がつい上がってしまう。
使用人の人が待っている間にと淹れてくれた紅茶に映る自分の姿はにやけていて、少しそれが恥ずかしい。
「……あら、こちらにいらしたのね」
ノック音がしたかと思ったら、一人の女性が入ってきた。
その女性はとても痩せていて、全体的に色素が薄い。
儚げなその容貌と雰囲気に、ついつい視線が釘付けになる。
彼女は、私の前の席に座った。
「初めまして、将来の私の娘。私の名前はオーレリア。オーレリア・ラル・アルメリアと申します。ロメルの妻であり、ルイの母です」
ぼうっと彼女に見惚れていたけれども、その言葉に我に返った。
「は、初めまして! メルリス・レゼ・アンダーソンです! ぜ、是非これからよろしくお願い致します」
私の挨拶に、クスクスとオーレリア様が笑った。
「まあ、お元気なこと。……ですが、減点ですわ」
終始柔らかな声色だというのに、途中からピシリと空気が凍ったように冷たくなる。
「淑女がそのような大きな声を出すのは、はしたないことです。それに、早口で喋るのも聞き苦しく、相手に不快感を与えますわ」
オーレリア様は笑顔のままなのに、何故かぶるりと悪寒が身体に走る。
けれども、ここで引いてはならないと私は腹と目に力を込める。
「……それは、大変失礼致しました。オーレリア様にお会いできて嬉しいあまり、つい我を忘れてしまって」
そう言い返せば、オーレリア様は扇子を口元に当てられて再びクスクス笑いだした。
思ってもみなかったその反応に、私はどうして良いか分からず呆然とただその様を見ていることしかできない。
「ああ、おかしい……。ごめんなさいね、あまりにも楽しくって」
オーレリア様の笑いは止まらず、ついには目元に涙が溜まっていた。
それを拭いつつ、再びオーレリア様は口を開く。
「負けん気は上等。でも、それを相手に簡単に悟らせてはダメよ。目は口ほどに物を言う、と言うでしょう?」
「……失礼致しました」
「メルリスさん。貴女のことは、夫から伝え聞いておりますわ」
つまりは、今まで全くと言って良いほどマナーの勉強をせずに武術だけしかしていないと言うことを知っている……と言う訳だ。
アルメリア公爵家への輿入れするのに私は相応しくない、とでも言われるのだろうか?
「貴女のこれまでがどう、というのは問いません。大切なのは、これからです。……ですから私から聞きたいことは、ただ一つ。夫より貴女の教育を直々にせよと言われておりますが……頑張れますか?」
何故、だろう。
オーレリア様の物腰は終始柔らかく、温和そうな笑みを浮かべている。
だと言うのに私には、『アルメリア公爵家に嫁入りするのなら、できないと言わないわよね?それぐらいの根性はあるわよね?』と否定させないような凄みを感じさせられた気がする。
「勿論です。至らぬ点が多々ございますが、ご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い致します」
……けれども、負ける訳にはいかない。
多分、私はまだルイの婚約者としてオーレリア様には認められていない。
だからこそ、尻尾を巻いて逃げる訳にはいかないのだ。
「……良いでしょう。そうしたら、早速明日より授業を始めますわ。ただ、今日は遅いからもうお帰りなさいな。ガゼル様はお泊りになって行かれるでしょうが、流石に婚約前の貴女には外聞が悪いですからね」
お父様の回収は諦めるか、と内心溜息を吐いた。
「……父が申し訳ありません」
「良いのですよ。夫がまた年甲斐もなくはしゃいでいる結果でしょうから。明日より、貴女が来るのを楽しみにしておりますわ」
「……私も、楽しみです。よろしくお願い致します」
そして私は酔っ払っているであろうお父様を残し、オーレリア様の言いつけ通りアンダーソン侯爵家に帰ったのだった。




