私のお見合い
それから、あっという間に三日が過ぎた。
そして今日、お父様と共にアルメリア公爵家へと向かう。
お兄様とお話をしてから、私は逃げ出すことを止めた。
逃げ出した先で後悔をしないのか……お兄様と話してから、その選択に自信が持てなくなってしまったのだ。
自由を望むことは、我が儘なのか。
夢を見ることは、幼稚なのか。
……そんなこと、ない。そんな訳が、ない。
けれども……自由よりも、夢を見ることよりも、叶えたい願いが私にはある。
自由も夢も、全てはその願いを形にするために求めたこと。
ならば、その願いを叶えるのにどうすれば良いのか……そこに立ち返り、考えるべきなのだ。
果たして、アルメリア公爵家との縁談はそれに繋がるのか……それは正直なところ甚だ疑問だった。
けれども、始めから拒絶するのは止めよう。……そう、決めた。
私は、剣以外知らない。だからこそ、目的を叶えるための手段の選択肢がそもそも今の私にはないのだ……一度、他に目を向ける良い機会なのだろう。
それに、見極めてみたいとも思うようになっていたのだ。
この国の宰相を代々勤める、筆頭貴族のアルメリア公爵家を。
ただ、そこまで腹を括っても……ルイの存在が未練と共に私の心の中で燻っていた。
会って、どうするのか。
……思いを伝えて、どうなるというのか。
言葉を選ばずに言うならば、最悪、アルメリア公爵家との縁談はどうとでもなる。
アルメリア公爵家のご子息が例えば貴族の存在意義を取り違えているような、そんなどうしようもない方で、婚約をすれば願いの結実から遠ざかりそうであれば、今度こそ本気で出奔すれば良い。
……けれども仮に出奔したところで、彼と共に歩く道を選ぶことはないだろう。
彼の枷にだけは、なりたくないら。
瞼の裏に映るのは、彼の横顔。
かつてのトワイル戦役での犠牲を悼み、もう奪わせまいと……国のために駆け抜けたいと願う、夢を語る彼。
できることならば、志を共にする彼と共に駆け抜けたかった。
「……支度は、できたか」
ノックと共に現れたのは、お父様だった。
お父様も軍服を一部の隙もなく着こなしていらっしゃった。
「……はい」
今日の私の姿は、ばあやと使用人二名の三人がかりで整えられたものだ。
短く切られた髪には付け毛が付き、顔は薄く化粧が施されている。
そしてこの日のために誂えたドレス……普段着ないようなそれは、相変わらず肩がこるようで苦手だ。
それはともかく、鏡で姿を見たときには一体これは誰だ?と問いかけそうなほど普段のそれとはかけ離れた仕上がりとなっていた。
一種の詐欺のようだ……と、ばあやたちの腕を賞賛しつつも化粧の恐ろしさに慄いたものだ。
お父様に連れられ、私は馬車に乗り込む。
息をすることさえ気遣うような、そんな重苦しいほどの静寂が馬車の中にあった。
あの捕り物劇のような戦いから、お父様とまともに向き合っていなかったのだ。
今この場で何をどう話せば良いか、思いつかなかった。
逃げるように、窓の方を向いて流れる景色を眺める。
酷く時間がゆっくりと流れるような心地がした。
……何度も心の中で重い空気に溜息を吐きつつ、『まだかまだか』と急かし続け、ようやく、アルメリア公爵家別邸に到着した。
扉のところに到着すると、中年の執事らしき男性が私たちを出迎える。
「……少し、早く着きすぎたか?」
意外なことに、まるで何度も会ったことがあるような気軽さが滲み出ている声色でお父様が話しかける。
「いいえ。当家の主人も、ガゼル様とご息女のご到着を今か今かと楽しみにしておりましたので」
「そうか。それは良かった。……ああ、メリー。こいつは、ここの執事を務めるアルフだ」
「初めまして。メルリス・レゼ・アンダーソンです」
「一介の執事めに、ご丁寧にありがとうございます。私は王都のお屋敷を任されておりますアルフと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。それでは、ガゼル様、メルリス様。案内をさせていただきますので、どうぞこちらへ」
アルフさんが先導し、私たちはその後ろを歩く。
中は派手さはないものの、歴史のありそうな重厚感ある調度品が随所随所に飾られていた。
「……失礼致します。ガゼル様とメルリス様がご到着されました」
一つの扉の前で足を止めると、アルフさんがそう声を出す。
間をおかず、ガチャリと扉が開いた。
……いよいよ、アルメリア公爵と相見えるのかと思うと、一歩踏み出すごとに緊張して足が震える。
足下を見るように視線を下に向けつつ、お父様の後を追うように歩いた。
お父様の足がピタリと止まった瞬間、緊張も最高潮に達する。
けれどもそのまま下を向いていてもどうしようもない……と、私は顔を上げた。
……そして目に映ったものに、私は一瞬時を忘れた。
あまりのことに、理解が追いつかない。
……何故……何故、ロメルおじさんがここにいるの!?
そう叫びたいのに、言葉が口から出てこなかった。
ただただ、パクパクと口を開け閉めするだけ。
「……おんや、その表情じゃあガゼルから俺のことを聞いてなかったか」
「……話す暇がなかったんだ。お前の予想通りメリーは逃亡しかけてな。それを捕まえて以来顔を合わせてなかったんだ」
ロメルおじさんらしきアルメリア公爵の言葉に、不承不承といった体でお父様が答える。
何かの見間違え、もしくは他人の空似かと思っていたが……この会話のやり取りは、間違いない。
やはり、アルメリア公爵はロメルおじさんだったのだ!
「驚かせちまって悪かったなあ。改めて、ロメル・ジブ・アルメリアだ」
「な、な、ど、どうして……っ!」
「いや、どうしてもこうしても……言葉のまんまだぞ? 今まで、別に嘘も言ってないし。あ、ちなみに酒場で会ったのは、本当だからな」
「お前と接して、誰が公爵家当主だと思うものか。……酒場のこともそうだが、お前は確かに嘘は言っていないが、真実を伝えていない辺り底意地の悪さを感じるぞい」
「……やめてくれよ、照れちまうだろ。俺は単に仮面被るのが上手いだけさ。それから、俺が公爵家当主に見えないっつうのはまあ……嬢ちゃんの前の俺じゃあしょうがないとは思うけどな?その言葉、そっくりそのままお前さんに返すぜ」
「……うるさいな」
二人はいつも通りのやり取りをしている。
それを見ている限り、おじさんには大変失礼だが……けれども誰が信じられるだろうか。
あのおじさんが、この国の筆頭貴族と称されるアルメリア公爵家当主だなんて!
「……おっと、そろそろ俺の倅が来るころだな」
混乱の真っ只中にいた私はすっかり今日の目的を忘れていたが……おじさんのその言葉でハタと我に返った。
一体、おじさんの息子とはどんな人なのだろうか。
興味は湧くものの、けれども会う目的を考えるとやはり気持ちが沈んだ。
部屋に入った時よりも、緊張が増して鼓動の音がうるさい。
その音に重なるように、扉からノック音が聞こえてきた。
おじさんが頷くと、室内で待機していたアルメリア公爵家の使用人が音をたてずに扉を開く。
咄嗟に、私は顔を俯けた。
「……失礼致します」
けれども扉の方から聞こえてきた聞き覚えのある声に、顔を上げてその方角に視線を向ける。
「……え」
思わず、相手を見て私はぽかんと口を開きつつ声を出してしまった。
……ロメルおじさんの時以上の驚きに、最早それ以上反応もできない。
ただただ、扉から入って来た彼を見つめていた。
彼も私と同じように驚いたのか、呆然と私を見ている。
「……メリー?」
……やはり、別人ではない。
私の知っている、彼だ。
「どうして、お前がここにいるんだ?」
驚いたような彼の言葉に、私はその確信を深める。
咄嗟に、私の身体が動いた。




