父の疾走
本日9話目の投稿です
儂は僅かな護衛を引き連れて、馬をかけていた。
パークスが出た日と同日の夜、メルリスの書き置きが見つかって屋敷は大騒ぎとなった。
書き置きの発見が遅くなったことを使用人たちは謝罪していたが、儂は彼らを責めることはできなかった。
何せメルリスは普段より、訓練で屋敷の中に戻るのは日が暮れた後。
しかも、対外的にメルリスは貴族の令嬢ではなくただの影武者扱い。
彼女が真実侯爵家の令嬢と知るのは、彼女がばあやと呼ぶ老女だけなのだ。
他の使用人たちが、彼女がいないことを不審に思わないのも仕方のないことだろう。
彼女を速攻連れ戻すことも考えたが……結局、止めた。
何せ、彼女もまた動いているのだ……追いつくのは難しい。
護衛隊たちや国軍の面々もいる一行と共にいるのであれば、余程のことがない限り安全だろう……そんな考えからの判断だった。
後々彼女が戦いのその時まで別行動だったと早馬の報告を受け取って知った時に、儂は激しくその甘い考えをしたことを後悔することになるのだが。
「……将軍、お待ちしておりました」
アンダーソン侯爵領とその隣の領地の領境にある国軍詰所に到着すると、クロイツが待ち構えていた。
「今回の一件、ご苦労であった」
詰所の中を歩きつつ、まずはクロイツを儂は労う。
詰所自体はそれ程広くはなく、あっという間に奥の幹部用の部屋に到着した。
「……して、敵は?」
誰もいないその部屋に入ってすぐ、本題を切り出した。
「事前の情報通り、傭兵でした。金払いの良い仕事だということで、受けたそうです。仕事内容は、アンダーソン侯爵領の領境で、高い身分を持っていそうな者を無差別に襲うのがその仕事内容だったと自供しています」
クロイツの報告に、重い溜息を吐いた。
「そうか……。雇い主については?」
「それが……」
一瞬、クロイツの顔が曇る。
「分からない、と」
「……分からない、だと?」
思ってもみなかったその答えに、眉を顰めた。
「はい。何でも、直接雇われたのではなく、仲介人を介しての契約だったそうです。その仲介人について調べていますが、未だ足取りは掴めず……。生き残った者たち全てに尋問しましたが、全員同じ回答でした」
「……引き続き、捜索に当たってくれ」
「はっ!……であれば、事前の情報をどこから得たのか教えていただいても宜しいでしょうか?そちらの方から話を聞けば、より痕跡を辿り易くなると思いますが」
「……アルメリア公爵家当主だ」
「……は?公爵様が?」
思ってもみなかった人物だったのだろう……クロイツはつい素で言葉を返してしまっていた。
「ああ。公爵には、儂が聞いておく。何か分かり次第、その情報はお前たちに共有する」
「畏まりました。……にしても、公爵様が何故……」
「彼の方は大きな耳をお持ちだからな。……それから情報源については、他言無用だ」
「はい」
そこまで話して、今更ながらドッと疲れが出て椅子に座る。
王都からここまでほぼ不眠不休の旅程だったせいだろう。
共に来ていた護衛隊たちは、到着するなり仮眠室で熟睡していた。
「……メルは、どうだった?」
座りながら何気なく問いかけたその言葉に、けれどもクロイツは答えない。
不審に思って視線を向けると、そこには抑えきれない震えを見せるクロイツの姿があった。
「……凄まじいものでした」
一瞬の沈黙の後、クロイツはそう重々しく告げる。
「ほう……?」
「個人の技量もさることながら、状況に則した指示をすぐさま出す判断力。何より……あの気迫」
恐れからくる震えかと思いきや、違った。
彼は、興奮していたのだ。
「彼女の指示に従う謂れはないというのに……気がついたら、彼女に従っていた。そんなこと、どうでも良いと。自然と二十も年下の彼女の背を追っていたのです」
その証拠に、彼の言葉には徐々に熱がこめられていく。
「将軍とはまた違った、けれども紛れも無い将の才を彼女は間違いなく持っています」
「儂と違った将の才、か。ちなみにそれはどう違うのだ?」
「将軍の背は灯台です。将軍についていけば、大丈夫だと……その背を追うことそれそのものが誇りであり、道しるべなのです。だからこそ、迷いがなくなる。それに対して彼女の背は……燃え盛る業火のようでした。我々の中にある本能を焚き付け、そして強引に迷いを無くす。あくまで、個人の感覚ですが」
「……なるほど、な」
「以前将軍がベルリスにパークス様の軍略の教授を依頼されていた時に、私は最強の軍団でも作るつもりですかと揶揄しましたが……強ち、間違っていなかったですね」
「お前にそこまで言わせるとは……まあ、良い。クロイツ、儂は明日朝にここを出て領地に向かう。もし雇い主について何か分かったら、即早馬を領地に寄越せ」
「畏まりました」
クロイツはそう返答すると、一礼をして部屋から出て行く。
扉が閉まり、その姿が完全に見えなくなったところで再び溜息を吐いた。
そしてゆっくりと、目を閉じていく。
肩の力が抜けたのか、徐々に椅子の背中のクッション部分が沈んでいた。
ほぼ不眠不休のこれまでの道のりには、流石に疲れた。
そのままそこで眠りについた。




