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武家の嗜み  作者: 澪亜
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少女の誓い

「ハアハア……」


生まれて初めて、私は全力で走っていた。

逃げるために、必死で。


普段の私ならば、考えられない行動。

汗をかき、髪を乱したこの姿を晒すことなど。


けれども、そんなことはどうでも良い。

とにかく、逃げなければ。


けれども、限界は近い。

息は絶え絶え、足元はふらついている。

その結果、あと少しで大通りというところで道端の小石に躓き、そのまま倒れ込んでしまった。


後ろから聞こえる、自らに近づいてくる足音に私は絶望する。


「嬢ちゃん、困るよ。俺らの手を煩わせないでくれるかな?」


「そうそう。お嬢ちゃんは、お父さんたちがお迎えに来るまで良い子に待ってましょーねー」


「そういうこと。お父さんが来るまで君が無事でいれるかは、君次第なんだからさ」


下卑た笑いを浮かべながら近づいてくる男たちから、それでも私は逃れようと後ずさる。

私のその行為が気に食わなかったのか、男の一人は舌打ちをして苛立った様子を見せた。


「……一応、聞くけど。おじさんたちは、ちゃんとこの子をお父さんのところまで送り届けるつもり、ある?」


突然、この場に先ほどまでいなかった第三者の声が聞こえた。

幼さの残る頼りなげな声なのに、けれども男たちのそれではないことに安堵して私は顔を上げる。


「ん?大丈夫?」 


見上げた先にいた人影は、小さい。

私と同じぐらいの歳ぐらいだ。

髪や格好から見るに、男の子だと思った。

その人物は恐れた様子もなく、私を見てにこりと微笑んだ。


「あの人たち、知り合い?」


続けられた質問に、私は何度も首を横に振る。


「そっか、そっか……」


その人物は、納得したように頷いた。

なんで呑気な……と、思わず溜息を吐きそうになる。


「なんだ?お前」


「お前には用がないんだよ。怪我したくなきゃ、さっさとどっか行ってろ」


「この子と一緒なら、この場から離れてあげるよ。じゃなきゃ、ここから離れてやらない。……どうする?おじさんたち」


睨みつける男たちもなんのその、その人物は飄々とそう言った。


「痛い目みないと分からないようだな!」


男たちは思い思いの武器を持って、その人物に襲いかかる。

私は、恐ろしいその光景に一瞬目を瞑った。


……いくら男の子だからって、私ぐらいの年の子が敵うはずがない。

あんな体格差があるのだ……これでもかと痛めつけられてしまうに違いない、そう思っていたのに。


恐る恐る目を開けて見た景色は、その真逆も真逆。

大の男たちが傷だらけになって、床に転がされていたのだ!


私はその光景を唖然と見るしかできない。

これは夢ではないかと、思わず頬を捻った。

……思いの外強く捻ってしまって、痛い。


「大丈夫?」


少年は、私の方に近づく。

この光景を作り出した人物なのだけれども、恐ろしさはない。

むしろ、安堵と喜びが包む。


「……は、はい。大丈夫です……」


「そっか……良かった。災難だったね。こんなに傷ができてしまって……」


少年は、私の頬を撫でる。

まさか自分で捻った故に赤く腫れたとは言えず……気恥ずかしさと、少年の優しい手にうっとりしつつ目を細めた。


「助けていただいて、ありがとうございます」


「礼には及ばないよ。あなたみたいな可愛い子が、こんな道を通ってはいけないよ。さ、大通りまで送るから一緒に行こう」


彼の手に引かれ、私は立ち上がり歩き始める。

彼らはどうなったのか、また後ろから襲ってこないかと少し心配になり、一瞬チラリと後ろに視線をやる。


「大丈夫。あいつらはふん縛っておいたから、自力では起き上がれないよ」


私の考えを見透かしたように、少年は苦笑いをしつつ言った。


「そ、そうなんですね……」


「うん。後で軍に引き渡す予定」


「分かりました。本当に、貴方様のおかげで助かりました。ありがとうございます」


私の礼に、少年は今度は混じり気のない本当の笑みを浮かべう。


ドキリ……。


その笑みに見事に充てられてしまった私は、それ以降道中の間ずっと無言を突き通す羽目になってしまった。


大通りに無事出て少し歩いたところで、人混みの中で異質なほどの存在感を放っていた集団が逆の方から歩いてきた。


……国軍の兵士たちだ。

それも、将軍直属の兵士たち。

彼らは将軍の名に恥じぬ軍きっての実力派であり、厳しい訓練をくぐり抜けてきたが故か、その立ち振る舞いは凛としている。


「……あ、やば……」


彼らを見て、それまで私と同じく無言であった少年が呟いた。

明らかに、狼狽えていた。


大の男たちにも果敢に挑む彼が、何故……という疑問が頭に浮かんだけれども、その答えはすぐに知ることとなる。


国軍の兵士たちを率いるように歩いている男が、その少年を見るなり明らかに驚いたような顔を浮かべ……突進してきたのだ。


「……ばっかもーん!!」


……怒声と共に。

何事かと思いきや、少年に向けて拳骨を振り下ろしていた。


「姿を見かけぬと思いきや、こんなところで何をしておる!いや、待て……大体分かったぞ。全く……お主は首を突っ込むな、首を!」


「最初から首を突っ込むために出た訳じゃないんですよ。街中歩いていたら、この件を知って、少し歩いたら彼女を発見したので」


「……はあぁぁ……もう、良い。さっさと帰れ」

「はあい。……ごめんね、そういうことだから帰るよ」


少年はひらひらと手を振ると、あっさりとこの場から離れて行った。


「……あ……」


呼び止めようとして……けれども名前も知らなかったために、それができなかった。


「遅くなりまして、申し訳ありませんでしたな。儂の名は、ガゼルと申します。貴女を迎えに参りました」


英雄の登場に、常ならば舞い上がって握手を求めたことだろう。

けれども今は目の前の国の英雄よりも、自分にとっての英雄の方が重要だった。


……それから帰りの道中、幾度となく彼女は将軍に少年の名を尋ねるが……将軍は、言葉を濁すばかりで決して教えてくれはしなかった。



 ……絶対に、また会ってみせる。

その時はお礼とそれから……そんな決意を、少女は胸に誓った。


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