私の日常
「パークス様、おかえりなさいませ」
屋敷に帰ると、偶然お兄様に遭遇した。
一応、他の人の目もあるのであくまで護衛役として挨拶をする。
「おかえりは、お前じゃなくて俺が言うべき言葉だろう。……また、街に出ていたのか」
「うっ……」
街行きの格好をしている時に遭遇してしまったのだから、早々にバレてしまうのは仕方ない。
言い逃れもできない。
だからこそ、誰にも会わないような道を選んだのだけれども……運が悪かったか。
「街に兵たちを連れずに不用意に出るなとあれほど言っているのに。父上の英雄という名は、それ故に妬む貴族も多い筈だ。お前が強いのは勿論分かっているが、束になって暗殺者でも送られてきたら流石にどうなるか分からない。護衛役のお前がそんなことで倒れては、本末転倒だ。……まあ、過ぎたことは仕方ないが、せめて父上にはバレぬようにするのだぞ」
「……あー……。ガゼル様には露見しています」
少し言いにくくて、目を泳がす。
「何?」
私の言葉に、お兄様はギラリと目を鋭くしていた。
「街に出たら貴族のお嬢様がいなくなったって大騒ぎになっていて……で、探していたら見つけたので送り届けようと思ったら、ガゼル様に偶然遭遇しちゃったんです」
最近私は暇を見つけては街に出る。
以前も単独で街に出たことはあったけれども、それは大通りを突っ切って塔との行き来だけだった。
今は、それだけでなく街の隅々をうろちょろしているのだ。
クロイツさんに連れて行ってもらった時に、見るもの聞くもの初めてのものが多くて、色々知りたいと思ったから……というのが理由の一つ。
そして最大の理由は、私の中にある覚悟を鈍らせないためだった。
塔の上から遠目に見る……それだけでは、足りないと思った。
もっと彼らの生活を、彼らのことを近くで感じて知りたいと思ったのだ。
ずっと、遠ざけていた民のことを。
近くに感じることで、私の決意はより深くなる……そう考えたのは、強ち間違いではなかった。
……私のような苦しみを味わうことがないようにという、その願いを。
彼らを近くに感じれば感じるほど、それは強く私の心に刻まれるような心地がした。
とはいえ、今日の一件は完全な偶然だ。
街を探索していたら、街角で少し騒ぎがあって。
何が起きているのか興味本位で首を突っ込んだら、なんとまあ、少女が姿を消したということだった。
それも、貴族のお嬢様だというのだから騒ぎが大きくなってしまったのも仕方のないことだったのだろう。
少し探してみようと、会ったこともない少女の考え……外の世界をあまり知らないということはきっと同じだから、だとしたら自分が興味惹かれるような場所……と考えて歩き回っていた結果、見つけたのだ。
可愛らしくもシンプルな服を纏った少女は、私が到着した時には既にお近づきになりたくないような男たちに追われていた。
そういえばあの子、送り届けている間ずっと無言だったな。
……やっぱり、男を追い払った時の姿が怖かったのだろうか。
お兄様は深く溜息を吐いた。その様に申し訳ないな、とは思いつつも未だあの子を助けることができた満足感が胸を占めている。
「父上は将軍なのに、現場に出ることが好きだからな……その上貴族の子女が攫われた案件とあっては、自身も出た方が良いと思ってのことだろう。まあ、何だ。諦めて叱られて来い」
「既に叱られた後なのですが……」
「甘い。街に出れぬようにと厳しい訓練が待っていることだろうよ」
「まあ、それはそれで良いんですけどね」
「あの訓練を褒美と喜ぶのは、お前ぐらいだ」
お兄様は空笑いをして、私の頭をポンポンと撫でると再び歩き始めていた。
それから私は自分の部屋に戻ると、着替える。
「……メル。当主様がお呼びです」
丁度着替え終わったところでばあやが部屋に入って、そう告げた。
「はあ……メル。あまり危険なことはしないで下さいな。このばあや、身体が持ちません」
妙に厳しい表情を浮かべていると思ったら、特大の溜息と共に言われた。
……ばあやには、心配を掛けっぱなしだな。
「ごめんなさい。でも、私らしいでしょ?」
そう嘯けば、ばあやは諦めたように再び息を吐く。
「……当主様を待たせるべきではありません。早く、行きなさい」
「はあい」
私は、ばあやの言葉に大人しく従って歩き始めた。
ばあやは共に行かないようで、その場にそのまま立っているようだ。
「……そう思ってしまうから、困るのですよ。諌めるべき私が、貴女のその前を見据えて歩く姿を『貴女らしい』と思ってしまうなんて」
背中越しにそんな言葉が聞こえた。
それは本当に、小さな小さな声。
けれどもしっかりと聞こえたその言葉に、私は思わず笑みをこぼした。
お父様の部屋に行くと、その部屋の中央にある椅子にお父様は腰掛けていた。
ばあやと同じく、厳しい顔つき。
ばあやと違うのは、流石お父様で迫力が段違いなことだ。
「……何か儂に言うことは?」
「勝手をして、申し訳ありませんでした」
開口一番、私はお父様に謝罪する。
心配をかけてしまったのは、変えようのない事実なのだから。
けれどもお父様は、私の謝罪に何故か特大の溜息を吐いた。
「全く、お前は……いや、良い。よくぞ、マクレーン伯爵家の令嬢を守ったな。感謝する」
お父様の言葉に、私は頭を下げる。
「だが、儂の言いつけを破って街中に一人出たのもまた事実。お主には明日より一週間、罰として厳しい訓練を課す。当分街に出れると思うな」
「はい」
お兄様の言っていた通り、特別訓練か。
……ここ最近、少しばかり街中に出ていて訓練の量が減っていたところだ。
良い機会だと思って、鍛錬し直すか……そんなことを考えつつ、私はお父様に向けて再度頭を下げた。




