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史上最悪のマッドサイエンティストは公爵令嬢に転生して第二の人生を始める 〜魔力ゼロでも、超能力で何とかなります〜  作者: Emona
幼少期

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第4話 魔法の仕組みが知りたい

 ミラースト公爵家での生活が始まって、数日が経った。

 

 ルシェルの朝は早い。

 起床すると身支度を整え、朝食を済ませる。

 

 その後は、家庭教師による授業。

 公爵家の令嬢として必要な礼儀作法。

 

 読み書き。

 歴史。

 外国語。

 ダンス。

 そして――魔法。

 

 孤児院にいた頃とは、生活がまるで違った。

 けれど、ルシェル自身は特に困ってはいなかった。

 

「では、ルシェル様。まずは基本の礼を」

「はい」

 

 家庭教師の女性が立ち上がる。

 

「貴族の女性は、相手によって礼の深さを変えます。目上の方には深く、同格の方には――」

「このくらい?」

 

 ルシェルが、教えられた通りに身体を傾ける。

 背筋はまっすぐ。

 足の位置も正確。

 視線を下げるタイミングまで完璧だった。

 

「……はい。完璧です」

「そう」

「では、もう一度――」

「必要?」

「……いえ」

 

 家庭教師は少しだけ困ったように笑った。

 どうやら、一度見ただけで覚えてしまったらしい。

 

 ダンスも、読み書きも同じだった。

 ダンスの教師が一度ステップを見せれば、ルシェルは二度目にはもう音楽に合わせて踊り、速度が上がっても難なくついていった。

 むしろ途中からは、教師の動きを先読みして足を運んでいるほどだった。

 

「驚くほどの才能ですね。普通は何週間も練習して、ようやく身につけるものですから」

「そうなの?」

 

 ルシェルには、やはりよく分からなかった。

 読み書きは、貴族の子供向けの教材を、ほとんど問題なく読みこなした。

 筆を持たせれば、見本を見ながら丁寧で美しい文字を書く。

 

「ルシェル様は、天才でいらっしゃいますね」

「天才?」

「はい」

「そう」

 

 ルシェルはそれ以上、興味を示さなかった。

 聞き慣れた言葉すぎて、天才と呼ばれることに特別な感慨はない。

 

 見た。

 理解した。

 再現した。

 それだけ。

 

 アルシエルとして生きていた頃も、未知の知識を理解することには慣れていた。

 知らないことを知る。

 仕組みを理解する。

 理解したものを再現する。

 それは、ルシェルにとってごく自然なことだった。

 

 それよりも――

 

「今日は歴史?」

「はい。では、今日はこの国について――」

「その前に、昨日の続きの魔法について聞きたい」

「魔法、ですか?」

「うん」

 

 その時だけ、ルシェルの目が、ほんの少しだけ輝いた。

 

* * *

 

 ルシェルは、魔法の勉強を気に入っていた。

 

 この世界には、魔力というものが存在する。

 魔力を体内に宿し、それを魔法という形で外へ放出する。

 

 火を生み出す。

 水を操る。

 風を起こす。

 土を動かす。

 治癒魔法。

 結界魔法。

 身体強化。

 

 魔法には様々な種類があるらしい。

 

「興味深い……」

 

 ルシェルは家庭教師の説明を、一言も聞き漏らさないように聞いていた。

 その顔つきは、もはやただ勉強を教わる者のそれではなかった。

 知的好奇心を満たそうとする、研究者の顔だった。

 

「魔力は、生まれつき量に差があります。一般的には、幼い頃から少しずつ魔力を扱う練習をして――」

「魔力はどこから生まれるの?」

「身体の中にある魔力器官から、とされています」

「魔力器官?」

「はい」

「どういう構造?」

「え?」

 

 家庭教師が瞬きをする。

 

「……その、詳しい構造については、現在でも諸説ありまして」

「そう」

 

 ルシェルは少し残念そうだった。

 前世の世界の人類と、今世の世界の人類は、見た目だけでいえば大差がなかった。

 なのに、どうしてこの世界の人類は魔力を持ち、魔法を使えるのか。

 どういう回路が人体の中に形成されて、魔力を生み出しているのか。

 ルシェルの興味は尽きなかった。

 

「ねえ、今日も魔法を見せて」

 

 目を輝かせながら、ルシェルは家庭教師に詰め寄った。

 家庭教師は少し戸惑いながら、手のひらを前へ向けた。

 

「では、今日は水を出します」

 

 淡い光が手のひらに集まる。

 次の瞬間、空中に小さな水球が浮かび上がった。

 

「……!」

 

 ルシェルの紫色の瞳が大きくなる。

 水球は家庭教師の手の上で、ゆっくりと回転している。


「なるほど……」

 ルシェルは水球をじっと観察する。

 魔力の流れ。空気中の変化。

 水が形成される過程。

 何もかもが気になる。

 

「もう一度。最初からゆっくり見せて」

「……分かりました」

 

 家庭教師がもう一度、魔法を使う。

 ルシェルは今度こそ、一瞬たりとも目を逸らさなかった。

 魔法。

 前世には存在しなかったもの。

 

 だからこそ知りたい。

 

 どうして。

 なぜ。

 どんな原理で。

 何を利用して。

 この現象を起こしているのか。

 

「面白い……」

 

 ルシェルは小さく呟いた。

 

* * *

 

 そして、ルシェル自身の魔力を確認する日がやってきた。

 

「では、ルシェル様。こちらへ」

 

 家庭教師が、魔力測定のための道具を用意する。

 透明な水晶。

 魔力を持つ者が触れると、その量に応じて光を放つものらしい。

 

「手を置いてください」

「こう?」

「はい」

 

 ルシェルが水晶に手を触れる。

 ――何も起こらない。

 光らない。水晶は透明なまま。

 

「……?」

「もう一度お願いします」

「うん」

 

 もう一度触れる。

 やはり、何も起こらない。

 

「……おかしいですね」

 

 家庭教師が水晶を確認する。

 故障ではない。

 もう一度。

 結果は同じ。

 

「ルシェル様……」

「うん」

「魔力が……ほとんどありません」

「そうだね」

 

 ルシェルは水晶を見つめた。

 

「知ってるよ」

 

 家庭教師の表情が曇る。

 

「本来であれば、ルシェル様ほどの年齢なら、少なからず魔力があるはずなのですが……」

「聞いた話だと、流行病で生死を彷徨った時に失ったらしいんだよね」

「なんと……!」

 

 ルシェルは少しも気にした素振りを見せず、淡々と話した。

 それを聞いた家庭教師は、悲しそうな表情で、思わず手で口元を覆った。

 魔法が使えない。

 確かに少し残念ではある。

 けれど――なくても別に困りはしない。

 生活にも。戦いにも。何も問題はない。

 

「魔法は使えなくてもいい」

 

 ルシェルはそう言った。

 

「私は、魔法そのものの仕組みが知りたい。魔力がどういうものなのか。それが分かれば十分」

「ですが……」

 

 家庭教師が困惑したような顔をしたとき、扉が開いた。

 

「どうした?」

 

 入ってきたのはベルファルグだった。

 家庭教師が立ち上がる。

 

「旦那様……実は」

 

 魔力測定の結果を伝える。

 ベルファルグは、水晶とルシェルを見た。

 

「そうか」

 

 驚きはなかった。

 孤児院から、すでに聞いていたからだ。

 ルシェルが三歳の時、流行病にかかり、高熱を出して生死の境を彷徨ったこと。

 その後から、魔力がほとんどなくなってしまったこと。

 だから、覚悟はしていた。

 

「魔法が使えないことについては、問題ない」

 

 ベルファルグは静かに言った。

 

「この子が私の娘であることに変わりはない」

「……旦那様」

 

 家庭教師が言葉を失う。

 ベルファルグはルシェルを見る。

 

「ルシェル。魔法が使えないからといって、何かを恥じる必要はない」

「うん」

「お前はお前だ」

「……分かった」

 

 ルシェルは素直に頷いた。

 けれど、ベルファルグの胸には、別の感情があった。

 

 悔しさ。

 自責。

 

 もし、自分がもっと早く娘の存在を知っていれば。

 もし、隣国の孤児院で暮らさせることなどなければ。

 もし、自分の手元で育てていれば。

 流行病になど、かからなかったかもしれない。

 あの小さな身体が高熱に苦しみ、生死の境を彷徨った。

 そして――魔力を失った。

 

 紫色の瞳を持って生まれた、ミラースト家の娘。

 その力を持つはずだった子。

 

「紫の瞳を持って生まれたというのに……」

 

 ベルファルグは、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。

 

「流行病で魔力を失ってしまうとは……」

 

 悔しい。申し訳ない。

 もっと早く見つけていれば。

 もっと早く、この腕で守ってやれていれば。

 そんな思いが、胸の奥に残っていた。

 

 けれど。

 

「お父さん」

 

 ルシェルが呼ぶ。

 

「なんだ?」

「魔力がなくても、私は困らないよ」

「……そうか」

「うん」

 

 ルシェルは少し考える。

 

「それに、魔法は面白い。だから、もっと教えてほしい」

 

 ベルファルグは目を細めた。

 

「もちろんだ」

「本当に?」

「ああ。必要な本なら、いくらでも用意しよう」

「ありがとう」

 

 ルシェルは笑った。

 

 魔力がない。

 魔法が使えない。

 それは確かに、この世界では不便なことなのかもしれない。

 けれど、ルシェルにとって、それは大した問題ではなかった。

 

 前世から受け継いだ力がある。

 念じれば物を動かせる。

 空間さえ歪められる。

 身体も自由に変えられる。

 戦いになったとしても困らない。

 だから――魔力がなくてもいい。

 

 ただ。

 

「魔法って……どういう仕組みなんだろう」

 

 ルシェルは水晶を見つめる。

 分からない。

 だから、知りたい。

 知らないものを知る。

 その好奇心だけは、前世から何も変わっていなかった。

 

 こうして、ルシェルの公爵家での日々は始まった。

 礼儀作法も、ダンスも、読み書きも、歴史も、魔法も。

 彼女は驚くほどの速さで吸収していく。

 公爵家へ来て、まだ数日。

 それでもすでに――誰が見ても、公爵令嬢らしい少女になりつつあった。

 そしてその日々は、ルシェルにとって、今まで知らなかった世界を知るための、何よりも充実した時間になっていった。

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