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史上最悪のマッドサイエンティストは公爵令嬢に転生して第二の人生を始める 〜魔力ゼロでも、超能力で何とかなります〜  作者: Emona
幼少期

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2/14

第1話 二度目の目覚め

 熱い。

 身体が、燃えている。

 苦しい。

 息をするたびに、胸の奥が痛い。


「ルシェル……!」


 誰かが呼んでいる。

 でも、その声が誰のものなのか分からない。

 身体を起こそうとしても、腕に力が入らない。

 喉が渇く。

 寒いのか、暑いのかも分からない。

 ただひたすらに、苦しかった。


「お願い……目を開けて……!」


 頬に何かが触れた。

 冷たい。

 気持ちいい。

 けれど、それもすぐに熱に飲み込まれていく。


 ――死ぬ。


 三歳のルシェルは、ぼんやりとそう思った。

 死ぬという言葉の意味を、正確に理解していたわけではない。

 ただ、周りの大人たちが泣いている。

 いつも忙しそうにしているシスターが、自分の手を握りながら、何度も名前を呼んでいる。

 それだけで、自分が危ないのだということは分かった。


「ルシェル……お願い……」


 また声が聞こえる。

 でも、その声がどんどん遠くなっていく。

 視界が暗くなる。

 音も消えていく。

 身体の感覚さえ、なくなっていく。


 ――ああ。

 これで終わるのかな。


 そう思った、その瞬間だった。


 ――知らない記憶が、頭の中に流れ込んできた。


 巨大な都市。


 白銀の壁。


 空を覆うほどの建造物。


 無数の光。


 機械。


 研究施設。


 大量の資料。


 見たこともない装置。


 そして――。


 一人の少女。


 黒い髪。

 紫色の瞳。

 白衣を着て、何かの装置を眺めている。


『アルシエル』


 誰かが、その名前を呼んだ。

 その瞬間、ルシェルは理解した。


 ――私だ。


 自分自身だ。

 なのに、知らない。


 こんな場所を知らない。

 こんな名前も知らない。

 こんな人生を生きた記憶もない。


 なのに、知っている。

 全て知っている。


 目の前の装置が何なのか。

 そこを流れるエネルギーが何なのか。

 壁に表示された文字の意味も。

 この都市がどんな構造になっているのかも。


 そして。

 自分が何をしてきたのかも。


 記憶が、次々と押し寄せてくる。


 研究。


 実験。


 発明。


 失敗。


 成功。


 人間。


 科学。


 戦争。


 権力。


 都市。


 そして――。

 死。


「……っ」


 ルシェルの身体が、小さく震えた。

 頭が割れるように痛い。

 けれど、痛みよりも混乱の方が大きかった。


 ――私は誰?


 今の私は、ルシェル。

 孤児院で暮らしている、三歳の女の子。

 では、さっきの私は?


 アルシエル。


 二百歳。


 科学者。


 錬金術師。


 超能力者。


 そして――。

 史上最悪のマッドサイエンティスト。


「……アル……シエル……」


 小さな唇から、名前がこぼれた。


 その瞬間、握られていた手に強い力が加わった。


「ルシェル!?」


 誰かが叫ぶ。

 でも、ルシェルは答えなかった。

 答えられなかった。

 頭の中を埋め尽くす記憶の整理で、それどころではなかったのだ。


 ――前世。


 そう考えるのが、一番しっくりきた。

 自分は一度死んだ。

 そして、別の世界で生まれ直した。


 だから、今の自分はルシェルで、前の自分はアルシエル。

 そういうことなのだろう。

 ルシェルは、そう結論づけた。


     * * *


 それから三日後。

 ルシェルの熱は、奇跡的に下がった。


「よかった……本当に良かった……」


 シスターは、何度もそう言って泣いた。

 ルシェルはベッドの上から、その姿を眺めていた。


 以前なら、たぶん何も考えなかっただろう。

 でも今は違う。

 頭の中には、二百年分の記憶がある。

 目の前の人間が泣いている理由も、理解できる。


 自分が死にかけていたから。

 助かって嬉しいから。

 安心したから。


 理屈としては分かる。

 けれど、自分の胸の中には、同じ感情が湧いてこない。


 悲しい。

 嬉しい。

 怖い。

 寂しい。


 そういったものが、どこか遠い。

 ルシェルは首を傾げた。


「……変なの」

「え?」

「なんでもない」


 シスターは不思議そうな顔をした。


「本当に大丈夫?」

「うん」


 ルシェルは頷いた。


「大丈夫」


 ――嘘ではない。

 本当に大丈夫だった。

 ただ、自分の中に、自分ではない誰かの人生が存在している。

 そのことだけが、少し不思議だった。


     * * *


 病気が治ってから、ルシェルは少しずつ自分の力を試すようになった。


 最初は、ベッドの上に置かれた木製の玩具。

 小さな積み木。

 それをじっと見つめて、手を伸ばす。

 でも、触れない。

 積み木は、少し離れた場所にある。


「……」


 ルシェルは目を細めた。


 ――動け。


 念じる。

 すると、積み木が僅かに震えた。


「……やっぱり」


 積み木が宙に浮いた。

 数センチ。

 ほんの数秒。

 けれど、確かに。


「……できる」


 前世の記憶にある力。

 アルシエルが使っていた力。

 ルシェルは、浮かんだ積み木を眺めた。


 少しだけ。

 ほんの少しだけ、懐かしい気持ちがした。


「……」


 ルシェルは、自分の手を見る。

 三歳児の、小さな手。

 こんな小さな身体に、二百年分の知識と、かつて世界を震撼させた力が眠っている。


「……おかしいな」


 ぽつりと呟いた。


「魔法は使えないのに、こっちは使えるなんて」


 魔法が使えないことは、孤児院の子供たちとの会話で知っていた。

 この世界では、魔法が使える人間の方が多い。


 火を出す。

 水を出す。

 風を操る。

 傷を癒す。


 それが、この世界では当たり前らしい。


 でも、ルシェルには魔法の才能がなかった。

 けれど。


「これなら……」


 積み木をもう一度浮かせて、くるくると回す。

 そして、元の場所へ戻す。


「魔法なんて、いらない」


 その言葉には、三歳児とは思えないほどの確信があった。


     * * *


 それから数ヶ月。


 ルシェルは、孤児院で以前とは少し違う生活を送るようになった。


 表面上は、普通の子供。

 食事をして、遊んで、眠る。


 けれど、誰も見ていないところでは、本を読む。

 まだ三歳の少女には難しい本でも、構わず読んだ。

 この世界の文字は知らなかったが、理解するのに大した時間はかからなかった。


 科学書。

 魔法学。

 歴史。

 錬金術。

 医学。


 様々な本を読み、少しずつ、この世界について知っていく。


 魔法。

 魔物。

 魔族。

 王国。

 貴族。

 王族。


 知らない言葉や常識ばかりだった。

 アルシエルの世界とは、何もかもが違う。


 空を飛ぶ機械はない。

 遠距離通信もない。

 自動で動く機械も、ほとんどない。

 医学も遅れている。

 科学も遅れている。


 文明そのものが、アルシエルの知る世界とは比べ物にならない。


「……本当に別の世界なんだ」


 ルシェルは窓の外を眺めた。

 青い空。

 緑の木々。

 遠くには山。

 そして、小さな町。

 平和な景色。


 アルシエルが生きていた世界とは、あまりにも違う。


「……まあ」


 ルシェルは小さく息を吐いた。


「知らない世界での二度目の人生。面白そうだし、悪くないな」


 そう思った。

 魔法も、魔物も、魔力も。

 この世界は、気になることが多すぎる。

 どれもこれも気になって、好奇心が抑えられそうにない。

 ただし、今度は下手に目をつけられて、命を脅かされないよう気をつけて生きよう。


 ――少なくとも。

 この時のルシェルは、本気でそう思っていた。


     * * *


 それから三年。

 ルシェルが六歳になった、ある日のこと。

 孤児院の前に、一台の馬車が止まった。


 黒塗りの、高級な馬車。

 扉には、見慣れない紋章が刻まれている。

 シスターたちが、慌てて外へ出ていった。


「貴族様……?」

「こんなところに、どうして……」

「待って。あの紋章……」


 年配のシスターが、息を呑む。


「ミラースト公爵家の……!」


 ざわめきが広がった。

 そんなシスターたちを尻目に、馬車から一人の男が優雅に降りてきた。


 黒い髪。

 紫色の瞳。

 整った顔立ち。

 高価な衣服。

 そして。


 その瞳には、隠しきれないほどの緊張が浮かんでいた。

 男は、小さな教会に併設された孤児院の建物を見上げる。


 そして、震えるように息を吐いた。


「……ここにいるのか」


 長い年月をかけて、探し続けた。


 愛した女性との間に生まれた、自分の娘。

 生まれたことすら、知らなかった。

 その存在を知ったときには、もう母親はこの世にいなかった。

 だから、せめて娘だけは。

 何としてでも見つけたかった。


「……ルシェル」


 男――ベルファルグ・ミラーストは、その名前を口にした。


 六歳のルシェルと、彼女の人生を大きく変える男。

 二人の最初の出会いが、ここから始まる。

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