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史上最悪のマッドサイエンティストは公爵令嬢に転生して第二の人生を始める 〜魔力ゼロでも、超能力で何とかなります〜  作者: Emona
幼少期

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第0話 史上最悪の錬金術師

――サイレンが鳴っている。


 けたたましい警報音が、配管と鉄屑、そして未知の金属で地下深くに築かれた巨大都市の隅々まで響き渡っていた。

 赤い警告灯が明滅する。白銀の壁に反射した光は、まるで血のようだった。


『警告。第七研究区画、完全封鎖』

『警告。生命維持システムに異常発生』

『警告。全区画に非常事態を発令します』


 無機質な機械音声が、何度も繰り返される。

 それを聞きながら、一人の少女がゆっくりと歩いていた。


 長く夜闇のように美しい黒髪。

 夜闇に輝く宝石のように紫色の瞳。


 見た目は、十代後半の少女にしか見えない。

 けれど、その実年齢は――ゆうに200歳を超えていた。


 彼女の名は、アルシエル。


 かつては研究者。

 そして今では、この地下都市サイリエンスを支配する最高権力者。


 彼女なくしてサイリエンスは成り立たない。

 世界の中枢とも呼ばれるこの都市の、まさに王だった。


 史上最悪のマッドサイエンティスト。

 最低最悪最古の錬金術師。

 不老不死の超能力者。


 人々は彼女を、そう呼んだ。


「……やれやれ、騒がしいな」


 心底どうでもよさそうに呟く。

 目の前で、分厚い金属製の隔壁がゆっくりと閉じていく。それでも彼女は足を止めず、ただ静かに片手を持ち上げた。


 ――瞬間。


 轟音とともに、隔壁が宙へ浮かび上がった。

 数十トンはある金属の塊が、まるで紙切れのように持ち上がる。

 壁の向こうには、武装した無数の兵士たちがいた。


「来るな!」

「アルシエルを止めろ!」

「撃て!!」


 一斉にレーザー銃の銃口が向けられる。

 閃光。無数のレーザーが放たれた。

 しかし、アルシエルが手を一振りしただけで、そのすべてが弾かれた。


「……馬鹿馬鹿しい」


 思わず、ため息がこぼれる。


「化け物……」


 アルシエルは首を傾げた。


「化け物?」

「お前は……人間じゃない」

「そう」


 反論する気もないらしい。


「それで?」

「……え?」

「人間じゃないなら、何だというんだ?」


 答えは返ってこなかった。


 アルシエルにとって、人間かどうかなど大した問題ではなかった。

 彼女はただ、知りたかった。


 世界の仕組みを。

 生命の仕組みを。

 物質の構造を。

 意識とは何か。

 空間とは何か。

 この世界を構成するすべてを。


 それだけだった。

 けれど――。


 知識は力になり、力は権力になった。

 権力はいつしか、彼女を止められる者のいない存在へと変えていった。


 最初は、誰もが彼女の研究を歓迎した。


 新しいエネルギー。

 新しい医療技術。

 新しい兵器。

 新しい生命工学。


 アルシエルが一つ発見するたびに、人類は前へ進んだ。

 便利になり、豊かになり、寿命も延びた。

 けれど、力を手に入れた者が、その力を正しく使うとは限らない。

 アルシエルは、それを理解していなかった。


 正確には――理解する必要がなかった。

 誰も、彼女に教えなかったからだ。


 それが、してはいけないことなのだと。

 どこまでが許されるのか。

 何を奪ってはいけないのか。

 誰かを傷つけることが、なぜ悪いのか。


 成功すれば、それでいい。

 結果が出れば、それでいい。

 そんな価値観の中で、二百年を生きてきた。


 だから彼女は知らなかった。

 自分が、いつから「人間」ではなくなったのかを。


「……来た」


 アルシエルが足を止める。

 長い廊下の先に、一人の少年が立っていた。


 血に汚れた剣を握っている。

 傷だらけで、息も荒い。

 それでも、少年は立っていた。


「アルシエル……」


 その声には、恐怖と怒りが混ざっていた。


「やっと見つけた。みんなが命懸けで道を開いてくれたおかげで、ここまで来られた」

「君が……」


 アルシエルは少年を見やる。


「私を殺しに来たヒーローくん?」

「ああ」

「そう」


 アルシエルは少しだけ笑った。


「それは楽しみだ」


 少年が駆け出し、剣を振り下ろす。

 しかし、アルシエルは避けなかった。


 ――いや。

 避ける必要がなかったのだ。


 剣先が届く直前、軌道がねじ曲がる。

 少年の身体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「ぐっ……!」

「弱すぎる」


 アルシエルは淡々と言った。


「君じゃ私には勝てない」

「……それでも……!」


 少年は立ち上がる。


「俺が……やらなきゃ……あいつらの分まで……!」

「なぜ?」

「お前が……世界を壊すからだ!」


 アルシエルは黙った。


「世界を……?」

「お前が作ったものが、もう制御できなくなっている!」

「……」

「このままじゃ、人間も、都市も、全部――」


 アルシエルは少年を見つめた。

 そして、ほんの少しだけ考えた。


「……そう」


 その声は、驚くほど静かだった。


「それは、困るね」


 少年が剣を握り直す。


「だったら――」

「でも」


 アルシエルが遮る。


「君に私を殺す理由があるのなら」


 紫の瞳が、少年を見据えた。


「私にも、君を殺さない理由はない」


 空気が震えた。

 床が割れ、壁が軋む。

 巨大な都市そのものが、彼女の力に呼応するように悲鳴を上げた。


 そして――。

 世界で最も高度な文明を誇った地下都市サイリエンスは、崩壊を始めた。


 その日、アルシエルは死んだ。

 そして、人類が築き上げた文明もまた――彼女の死を境に、終焉へ向かっていった。


     * * *


 人間と魔族が存在し、魔法が存在する世界。

 ――そんな世界の、とある小さな孤児院で。

 3歳の少女が、高熱にうなされていた。


「ルシェル! しっかりして!」


 少女は答えない。

 小さな身体が熱に苦しみ、やがて意識が暗闇へ沈んでいく。


 そして――。

 少女は、目を開いた。

 紫色の瞳で、見知らぬはずの世界を見つめながら。


「……ここは?」


 その瞬間、200年分の記憶が、彼女の中へ流れ込んだ。


 知らない街。

 知らない人々。

 知らない言葉。

 そして――自分自身の、もう一つの人生。


 これは、史上最悪のマッドサイエンティストと呼ばれた少女が、もう一度、人間として生きる物語。


 ――ルシェル・ミラースト。

 彼女の二度目の人生が、ここから始まる。

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