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史上最悪のマッドサイエンティストは公爵令嬢に転生して第二の人生を始める 〜魔力ゼロでも、超能力で何とかなります〜  作者: Emona
ミレアレイス王立学院入学...1年生

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第12話 破られたページ

 禁書庫へ向かうと決まってから三日後の放課後。

 ルシェルたち三人は、書庫の最奥の閲覧席に陣取っていた。


「閉館後の自習の許可、本当に下りたんですね……」

「司書の方に、『殿下が三人で調べ物をしながら自習をなさりたいそうです』とお願いしたら、すんなりでした」

「ええ……そんな簡単に……」

「流石、殿下の名前は強くて助かりますわ」

「なんだか、いま生まれて初めて王族でよかったって思えたかもしれない」

「そんなバカな……っていうか、間違いなくルシェル様のお名前も十分お強いと思いますけど……」


 キセラが困った様子で項垂れる横で、レオナルドとルシェルは、涼しい顔で本を開いている。

 禁書庫に入る許可ではない。

 あくまで、閉館後の書庫での自習の許可だった。

 嘘はついていない、というのが、彼らの言い分らしい。


「それで、あの、本当に入るんですか……?」

「入れない、とは言っておりませんので」

「それ、前も聞きました!」


 キセラが小声で悲鳴を上げた。

 向かいの席でレオナルドが、肩を震わせて笑っている。


 やがて、閉館を告げる鐘が、書庫に響いた。


 その瞬間、レオナルドの眉が、ほんの一瞬だけ寄った。

 ごく小さな動きだった。

 けれど、ルシェルの目は、それを見逃さなかった。


「殿下、どうかなさいましたか」

「ううん、何でもない。思ったより鐘が大きかっただけだよ」


 レオナルドは、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻った。

 ルシェルは、「そうですか」とだけ答えて、視線を本へ戻した。


 ――鐘の音が、そんなに気になる性質だっただろうか。


 そのときは、それ以上深く考えなかった。


* * *


 司書が灯りをひとつ残して、扉の鍵を預けて出ていったあと。

 三人は、書庫の奥へと足を向けた。


「本当に誰も残らず帰って行ってしまうだなんて……」

「私たちは随分と信用されてますのね」

「でも、王太子様と、ミラースト公爵家のご令嬢がいたら信用せざるを得ないと思います……」

「そういうものですか」


 昼間でも薄暗い一角は、夕暮れの今、ほとんど闇に沈んでいる。

 その突き当たりに、鉄の扉が静かに立っていた。

 古い錠前。

 『立入禁止』と書かれた札。


「うう……近くで見ると、余計に怖いです……」

「キセラさん、念のため、扉には触れないでください」

「は、はい!」

「僕も、触らないほうがいいかな?」

「ええ。殿下もです」


 ルシェルは、扉の前に静かに膝をついた。

 錠前を、じっと観察する。


 ――物理的な鍵に、魔力を感知する仕組みを組み込んでいるのか。


 扉全体に、薄い魔力の層が張りついている。

 触れた者の魔力を読み取って、許可のない者だと判断すると、警報を鳴らす仕組みらしい。

 ルシェルの目には、その流れが、うっすらと見えていた。

 実際には、見えるというより、読み取っている、と言ったほうが正しい。


「ねえ、もし僕が触ったら、どうなる?」

「おそらく、警報が鳴って、先生方が駆けつけますわね」

「それは困るな」

「ええ。ですから、触れるのは私だけです」


 ルシェルは、さらりと言った。


「魔力のない私であれば、この仕組みは反応しませんので」


 一瞬の沈黙。

 キセラが、はっと息を呑んだ。


「そっか……魔力がないから……! ルシェル様にしか、開けられないんだ……!」

「そういうことですわ。魔力がないのも、たまには役に立ちますのね」


 ルシェルは、珍しく少しだけ得意げに言った。

 そして、どこからともなく一本の古い鍵を取り出した。

 

「……ルシェル様、それってもしかして」

「この扉の鍵ですわ。ここの司書の方々は少々大事なものの管理が杜撰ですわね」

「ルシェル、君なんだか手慣れてない?」

「用意周到すぎます……」


 二人の言葉を聞き流しながら、ルシェルは古い鍵を錠前の鍵穴に差し込んだ。

 しかし、ルシェルはこの鍵を使って扉を開けようとは思ってはいなかった。

 不自然に見えないよう、鍵を借りてきただけだ。

 このまま馬鹿正直に鍵を回せば、間違いなく魔法が作動するだろう。

 なので、鍵を囮にしながらルシェルは僅かに力を使った。

 『鍵は開いてない』と誤認識させるように空間を歪め、魔法の働きを妨害する。

 そのまま、ルシェルは鍵を回した。


 カチリ、と小さな音がした。


「開きましたわ」


 キセラが、口を両手で押さえたまま、目を見開いている。

 レオナルドも、感心したように息をついた。

 ルシェル自身も、成功するかどうか五分五分に考えていたので、内心感心しながらゆっくりと重たい扉を開けた。


「……本当に開けるなんてね」

「こんなに堂々と隠されては気になってしまうのが人間の性ですわ」


 ぎい、と軋む音が、やけに大きく響く。

 冷たく乾いた空気が、中から流れ出してきた。


* * *


 禁書庫の中は、思っていたよりも狭かった。

 窓はなく、壁一面に古い書架が並んでいる。

 空気は、ひどく冷えていた。

 紙とインクと、時間の匂いがした。


「くらい……」

「灯りが必要ですわね」

「それなら魔法で光を……」

「それはおやめになったほうがよろしいかと」


 魔法で灯りをともそうとするレオナルドに、ルシェルは制止の声をかける。


「ここには魔法の発動を感知する魔法がかけられていますので」

「えっ……」

「この中でも魔法は使えないんですか!?」

「随分と厳重に対策されてますわね。それほどまでに封じておきたいなにかがあるのか、それとも魔法を使うと危険な書物でも眠っているのか……」


 暗闇の中、楽しそうに笑みを浮かべながらルシェルは制服のポケットからガラス玉を三つ取り出した。


「でも、こんな暗いんじゃ何も見えないですよ?」

「ルシェルは何か考えでもあるのかい?」

「もちろんですわ」


 ルシェルは暗闇の中、取り出したガラス玉を両掌で覆い隠した。

 そして、手のひらの中で僅かに力を発動する。


 チチッ


 小さな小さな、静電気が手のひらの中で弾けるのを感じた。


「なんの音だ……?」

 

 ルシェルの後ろで、レオナルドがつぶやいた。

 そのつぶやきが聞こえてきて、思わずルシェルはレオナルドの方へ視線を向けた。

 そして、その瞬間、ルシェルの手のひらから淡い光が漏れ出した。


「あれ、ルシェル様それって……」


 ルシェルが手のひらを広げると、暗い禁書庫の中に淡く温かい光がぼんやりと現れた。

 光源の正体は、ルシェルが手のひらに載せていたガラス玉だった。


「わあ……きれい……」

「ルシェル、それは?」

「……開発中の試作品ですわ。中に導電性の高い金属を埋め込んでいるので、静電気で点灯できる仕組みです」


 レオナルドに今の音のことを問いただしたい気持ちを飲み込んで、ルシェルは手元のガラス玉を軽く説明した。

 そして、一つずつレオナルドとキセラに手渡した。


「魔力を使わない光源か……なんだかとんでもない発明品を軽々しく渡されてしまったな……」

「細かいことは気にせず、調べてしまいましょう。時間もそんなにありませんので」


 照らされた書架には、古い背表紙がぎっしりと並んでいた。

 魔力の根源に関する研究。

 魔石の分類。

 古い詠唱の原型。

 ルシェルの目が、わずかに輝いた。


 ――これは、予想以上だ。


 確かに、普通に書庫に並べておくには少々内容が濃そうな本ばかりが並んでいた。

 彼女は、一番近い書架の一冊を、そっと手に取った。

 ぱらぱらとページをめくる。

 その速度は、普通の人間の読み方とは明らかに違っていた。


「ルシェル様、それって読んでるんですか……?」

「もちろん、読んでますわ」

「読むの、速くないですか……?」

「そうでしょうか」

「僕は、ひとまず王家に関する本がないか探してみるよ」


 レオナルドは、そう言って、奥の書架へ向かった。

 それから、しばらく、紙をめくる音だけが部屋に響いた。


 ルシェルは、魔力に関する数冊の研究書を、立て続けに読み終えた。

 内容は、おおむね、すでに知っていることの延長だった。

 魔力は、体内で生成されるのか、外から取り込まれるのか。

 いまだ、確かなことは分かっていない。

 そう、どの本も、同じ結論に行き着いていた。


 ――この世界の人間は、魔力の根源をまだ知らないのか。


 それが、ルシェルには少しだけ意外だった。

 けれど同時に、確かな手応えでもあった。

 知らないということは、調べる余地があるということだ。


「ルシェル、これを」


 奥から、レオナルドが一冊の薄い手記を持って戻ってきた。

 表紙は擦り切れ、題名も消えかけている。


「王家の歴史を調べた手記のようなんだけど、ほらここ……瞳についての記述がある」


 三人で顔を寄せ合って、ページを開いた。

 そこには、整った筆跡で、短い記述が並んでいた。


 紫の瞳を持つ者は、魔力量が多いとされている。

 しかし、実際に魔法に優れる者は、その一部にすぎない。

 むしろ、魔法では説明のつかない現象を起こす者が、まれに存在する。


「魔法では、説明のつかない現象……?」

「これって、どういう意味なんでしょう」

「……分からない。続きがあるはずなんだけど」


 レオナルドが、ページをめくった。

 けれど、その先は、不自然に破り取られていた。

 残っているのは、ページの切れ端だけだ。


 切れ端の隅に、小さな字で、一行だけ書かれていた。


 『詳細は、原本に記す。原本は王城にて保管』


「王城……」

「原本は、王城にあるのか」


 レオナルドが、小さく息を吐いた。

 紫の瞳に、複雑な色が浮かぶ。

 期待と、不安と、少しの苛立ちのようなもの。


「ここにあるのは、ほんの一部、ということですわね」

「そうみたいだ。……王城の書庫なら、僕は入れる。でも、そんな内容の本あったかな……」


 レオナルドは、考え込むように呟いた。

 ルシェルは、それ以上は追及しなかった。


 ――王城の書庫、か。


 以前、自分が力を使っているところを、レオナルドに見られた場所だ。

 あの書庫には、まだ何か、あるのだろうか。


 そのとき。


「……待って」


 レオナルドが、低い声で言った。

 彼の手が、ほんの一瞬、自分の耳のあたりに触れる。


「誰か来る。……廊下の向こうの、階段のあたりから。一人だ」

「え?」


 キセラが、きょとんとした顔をする。

 ルシェルが耳を澄ませても、何も聞こえない。


「灯りを消して」


 レオナルドが小声で言うと、ルシェルはレオナルドとキセラの手からガラス玉を受け取って制服の中に隠した。

 光が、ふっと消える。

 闇が、部屋を満たした。


 三人は、書架の影に身を寄せた。

 息を殺して、じっと待つ。


 やがて、扉の向こうから、かすかに足音が聞こえてきた。

 ルシェルの耳に届いたのは、レオナルドの警告から、おそらく数十秒後のことだった。


 ――この人は、足音を、こんなに早く……。


 足音は、禁書庫の扉の前で、ぴたりと止まった。

 鉄の扉の隙間から、わずかに灯りが差し込んでいる。

 心臓の音が、やけに大きく聞こえた。


「…………」


 しばらくの沈黙。

 それから、低い男の声が、ぽつりとこぼれた。


「……今日も異常はなし、か」


 足音が、遠ざかっていく。

 やがて、完全に聞こえなくなった。


 三人は、しばらく息をひそめたまま、動けなかった。


「い、今の、先生ですか……?」

「声に聞き覚えがある。……魔法学の教師、かな」

「え……!」


 ルシェルは、闇の中で、じっと考え込んでいた。


 ――扉は閉めてあった。魔法も作動はしていないし、鍵にも不自然な痕跡は残していない。

 ――それなのに、あの教師は、わざわざここへ見回りに来た。


 偶然だろうか。

 それとも、何かを知っていて、確かめに来たのだろうか。


 判断するには、まだ材料が足りなかった。


* * *


 禁書庫を出たのは、それからさらに少し経ってからだった。

 ルシェルは、扉の錠前を、元通りに戻した。

 ぱちり、と小さな音を立てて、鍵がかかる。


「痕跡は、残っていませんわ。これで大丈夫です」

「ルシェル様、手慣れすぎてて怖いです……」

「そうでしょうか」


 キセラが、ほうっと息をついて、その場にへたり込んだ。


「でも、ちょっと、楽しかったです……! 怖かったけど、わくわくしました!」

「そう思っていただけて、光栄ですわ」

「殿下はどうでした?」

「うん。……収穫はあった、と思う」


 レオナルドは、静かに笑った。

 その笑顔は、いつもより少しだけ、疲れているように見えた。


「瞳のことは、まだ何も分からない。でも、原本が王城にあると分かっただけでも、大きな一歩だよ」

「そうですわね」

「また、一緒に調べてくれる?」

「ええ。もちろんですわ」


 ルシェルの返事に、レオナルドは、ほっとしたように目を細めた。


 そのとき。

 遠くの校舎から、夕刻の鐘が重く響いた。


 レオナルドの肩が、ぴくりと跳ねた。

 彼は、無意識のように、そっと片手を耳に当てた。

 ほんの一瞬だった。

 すぐに、その手は降ろされ、何事もなかったかのような顔が戻ってくる。


 けれど、ルシェルは、その一瞬を見ていた。


 ――鐘の音。足音。……それに、あの小さな静電気の音。


 点と点が、ゆっくりと線に近づいていく。

 けれど、まだ確信には届かない。


 ルシェルは、何も言わずに、レオナルドの横顔を、静かに見つめていた。

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