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モブになりたい悪役令息ですが、ヤンデレ王太子の執着を逆手にとって真の玉座に君臨します  作者: 水凪しおん


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第11話「盤面を支配する影と忠誠の証明」

 王宮の奥深くに位置する、限られた者しか足を踏み入れることのできない円形の談話室。

 壁一面に精緻な彫刻が施された見事な空間は、今、ひどく重く息苦しい空気に満ちている。

 磨き上げられた黒檀の円卓を挟み、数人の高位貴族たちが額に冷たい汗をにじませながら座っている。

 彼らは皆、かつて王太子ノアの政策に異を唱え、影で反逆の企てを進めていた反対派の中心人物たちである。

 その円卓の上座に、私はゆったりと背もたれに身体を預けて座っている。

 手元にある白磁のティーカップから、上質な紅茶の湯気が静かに立ち上っている。

 ヴィンセントの背後には、護衛の騎士ではなく、王太子であるノア自身が静かに立っている。

 彼から放たれる鋭い冷気を帯びた樹木の香りが、部屋全体を威圧するように隅々にまで行き渡っている。

 ノアの黄金の瞳は、ヴィンセントに敵対する可能性のある者たちを、毛虫でも見るかのような冷酷な光で射抜いている。


「さて、侯爵。先日の領地における不正な資金の流れについてですが、ひどく興味深い資料が手に入りました」


 ヴィンセントは抑揚のない平坦な声で告げる。


「な、何のことか全く身に覚えが……」


 侯爵と呼ばれた初老の男が、引きつった笑いを浮かべて言葉を濁す。


「南部の鉱山で得た利益を、正規の帳簿を通さずに隣国へと流している。その見返りとして、王家を脅かすための私兵を集めているのではありませんか」


 私は手元にあった数枚の羊皮紙を、指先で滑らせて円卓の中央へと押しやる。

 そこには、前世のゲーム知識を総動員し、自らの手足となって動く裏の組織に集めさせた決定的な証拠が記されている。

 羊皮紙に目を落とした瞬間、侯爵の顔から血の気が完全に引き、土気色に変わっていく。

 彼が震える手を伸ばそうとしたとき、背後に立つノアの気配がわずかに動く。

 室内の温度が急激に下がり、肌を突き刺すような濃密なαの威圧が反対派の貴族たちを襲う。

 呼吸すらままならない重圧に、侯爵は椅子から転げ落ちるようにして床にひざまずく。


「殿下、どうかお慈悲を。これは何かの間違いでございます」


 床に額をこすりつけながら、侯爵が必死の命乞いを始める。

 ノアは侯爵の言葉を一顧だにせず、ただヴィンセントの横顔だけを見つめている。


「彼らをどうするかは、君が決めることだ。君が望むなら、今すぐこの場で首をはねても構わない」


 ノアの低い声が、冷たい刃のように室内に響き渡る。

 その言葉に嘘や誇張は一切なく、ヴィンセントが頷けば即座に実行されるだけの殺気が満ちている。

 ヴィンセントはティーカップを静かにソーサーへと戻し、陶器が触れ合う澄んだ音を鳴らす。


「血を流すことは、私の趣味ではありません。侯爵、あなたが持つ南部の利権をすべて王家に献上し、領地で隠居生活を送るのであれば、この羊皮紙は火の海へと消えるでしょう」


 冷徹な取引の条件を、淡々と突きつける。


「承知いたしました。すべて、すべてクロード様の仰る通りにいたします」


 震える声で服従を誓う侯爵の姿を見下ろし、私は小さく息を吐き出す。

 これで、ノアの即位を脅かす最大の障害は完全に取り除かれた。

 ただの悪役令息として処刑されるはずだった運命は、すでに跡形もなく消え去っている。

 今やヴィンセントは、表向きは王太子の婚約者として振る舞いながら、裏では王国の実権を握る影の支配者としての地位を確立している。

 反対派の貴族たちを次々と懐柔、あるいは排除し、ノアの手足を縛っていた鎖を自らの手で断ち切ってきた。

 部屋にいた他の貴族たちも、青ざめた顔で逃げるように退出していく。


◆ ◆ ◆


 重厚な扉が閉じられ、室内にはヴィンセントとノアの二人だけが残される。

 周囲の気配が完全に消えたことを確認し、ヴィンセントは肩の力を抜く。

 その瞬間、ノアが背後からヴィンセントの座る椅子を包み込むように身をかがめる。

 彼の高い体温が背中越しに伝わり、冷え切っていた室内の空気が徐々に熱を帯び始める。


「見事だった。君の思考の冴えは、何度見ても私を魅了してやまない」


 ノアの顔がヴィンセントの首筋に近づき、衣服の隙間から漏れる匂いを深く吸い込む。

 ヴィンセントは身をよじることなく、彼の頭を自身の肩に預けさせる。

 以前であれば恐怖の対象でしかなかったその接触も、今では完全にコントロール下にある。


「私が動かなければ、あなたは強引な手段で彼らを排除し、余計な反感を買っていたはずです。玉座に座る者に、不要な血の匂いは似合いません」


 ヴィンセントが静かにたしなめる。


「君がそう言うなら、私は君の用意した道を歩むだけだ。私の剣も、権力も、すべては君を守り、君の望みを叶えるために存在するのだから」


 ノアはヴィンセントのうなじに顔を埋め、すり寄るように頬を擦り付ける。

 完全無欠の王太子が、自らの意思で首輪を差し出し、忠犬のように尻尾を振っている。

 ヴィンセントは手を伸ばし、ノアの漆黒の髪をゆっくりと梳くように撫でる。

 ノアの喉の奥から、満足げな低い呼気が漏れる。


「殿下、あなたは少し従順すぎる。私が国を売り渡すと言っても、頷くつもりですか」


 意地悪な問いかけを口にする。

 ノアは顔を上げ、黄金の瞳でヴィンセントを真っ直ぐに見つめ返す。


「君が望むなら、喜んでこの国を解体しよう。私にとっての玉座は、君の隣にしか存在しない」


 その狂気じみたまでの純粋な愛の言葉に、ヴィンセントの胸の奥で微かな熱が跳ねる。

 ゲームのシナリオにおける彼は、正義感に溢れ、国と民を第一に考える模範的な主人公であったはずだ。

 それが今や、ただ一人のΩにすべてを捧げる狂信者へと変貌している。

 自分が彼の運命を狂わせ、この歪な形に作り変えてしまったという罪悪感はない。

 あるのは、この強大な存在を完全に手なずけたという、背筋が凍るような暗い達成感である。


「国を壊されては、私が静かに暮らす場所がなくなります。あなたは立派な王となり、私を最も安全な場所で甘やかさなければならないのですから」


 ヴィンセントはノアの顎に指先を添え、挑発するようにわずかに顔を近づける。


「ああ、約束する。君の望むすべてを、私の手で与えよう」


 ノアの瞳が熱を帯び、ヴィンセントの香りに当てられたように呼吸を荒くする。

 二人の間の空気は、かつての恐怖による支配から、濃密で甘やかな共犯関係へと完全に作り変えられていた。

 盤上の駒はすべてヴィンセントの思い通りに配置され、もはや誰一人としてこの遊戯を覆すことはできない。

 権力の頂点に立つαを足元に侍らせ、ヴィンセントは静かに微笑を浮かべた。

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