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最強の蒼水龍(※ただし見た目はショタ)な僕が、不敬で無礼な勇者の相棒になったワケ 〜全部この男が不条理なせいです〜  作者: 瑛斗流


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3/7

威厳のある名乗り

 ――僕の水が、当たらなかった。


 その事実を受け入れるまで、しばらく時間がかかった。


 白い粉塵の向こうで、少年は立っている。


 少年の足元の氷床には大きな穴が幾つも空き、砕かれた氷が青い破片となってそこら中に散らばっていた。あれだけの威力をまともに受けたのだ。人間の柔らかな身体など、跡形も残らないはずだった。


 それなのに、血の一滴どころか、黒い服に穴一つ開いていない。


「これで、話し合いの続き……してもらえるか?」


 青ざめた顔へ貼りつけた笑みは、今にも剥がれ落ちそうだった。


 生きていた。


 胸の奥に張りつめていたものが、ほんの少し緩む。


 もちろん、安心などしていない。侵入者から事情を聞けなくなるところだったので、手間が省けたと思っただけだ。


 それよりも――僕の水が通じなかった。


 そちらのほうが、遥かに重大だった。


「話し合いではない。尋問だよ、盗人」


「盗人はもう呼ぶのやめてくれよ……。俺はカイト。前世は別の世界の高校生で、今は冒険者。役割(ロール)は――たぶん、元勇者」


 知らない言葉が三つほど混じっていたが、それ以上に聞き捨てならない部分がある。


「元と、たぶんが両立する役割(ロール)を初めて聞いたぞ」


「俺も名乗るたびにそう思う」


役割(ロール)が発現した時、魂へ刻まれ、生涯変わる事はない。元になどなるはずがないだろう」


「普通はな」


 カイトはそれだけ言って、口元を上げた。

 ひどく軽い言い方だった。けれど、その一言だけは氷床へ落ちず、胸の奥へ小さな棘となって残る。


 普通なら変わらない。


 ならば、この男は何をした?


「次は僕の番だ」


 疑問を呑み込み、僕は外套を払った。胸へ片手を当て、顎を上げる。


「六柱の原初龍脈(げんしょりゅうみゃく)の一つ、水の龍脈を預かり、この聖域と北の領域を任された守護龍。蒼水龍(そうすいりゅう)リル・アクエルだ」


「リルか。俺よりずっと立派な自己紹介だな」


 リル。


 たった二文字が、彼の声に乗って返ってくる。


 自分では何度も口にしてきた名だ。それなのに、僕ではない誰かに呼ばれただけで、長く誰の足跡もなかった氷の聖域へ、初めて印をつけられたような妙な感覚がした。


「気安く呼ばないでもらおうか」


「じゃあ、蒼水龍リル・アクエル様」


「長い。リルでいい」


「どっちなんだよ」


「君の理解力に合わせてやったのだ。感謝したまえ」


 カイトは何か言いたそうに口を開き、結局、諦めたように閉じた。


 どうやら、礼を言うだけの知性は残っていないらしい。


「それでは聞こう、僕の千晶水弾サウザンド・クリスタル・アクア・バレットに、何をした?」


「千? どう見ても千どころじゃなかったぞ」


「技名は響きと美しさを優先している。現在の最大同時制御数は、八千四百十六だ」


「ちゃんと数えてるところが怖いんだよ!」


「質問に答えたまえ。避けても、防いでもいなかった。僕の水弾は、確かに君を貫いたはずだ」


 床に散った水を浮かべ、カイトの胸元へ近づける。


 水は逃げもせず、弾かれもせず、黒い服を濡らした。


 常に身体をすり抜けるわけではないらしい。


「いまは普通に触れるのだね」


「濡らしてから確認するなよ。寒いんだから!」


「この程度で凍えるなら、初めから聖域へ盗みに来なければよかったのだよ」


「正論で追い打ちするの、好きだよな……」


 カイトは濡れた胸元をつまみ、不満そうに絞った。


 その指が、かすかに震えている。


 寒さのせいだけではない。呼吸は先ほどより浅く、額には薄く汗が浮かんでいた。水弾を受ける前にはなかった変化だ。


「俺の固有能力(スキル)規則破断(システム・ブレイカー)


 カイトが胸元へ手を当てる。


 指の隙間に、黒いものが滲んだ。


 影ではない。闇の魔力ですらない。


 紙から一行だけ乱暴に切り抜いたような、何も存在しない空白。その小さな裂け目を見た瞬間、僕の龍核が警鐘を鳴らした。


 空っぽなのではない。


 そこだけ、世界が何も記していない。


「さっき使ったのは、接触否定コンタクト・キャンセル。平たく言えば、ルール無視だな。水弾が俺に触れた事実だけを、一瞬なかったことにした」


「防いだのではなく、『当たった事実』そのものを消した……?」


「そういうこと」


 魔法は、魔力を用いて世界へ働きかけるものだ。


 水よ集まれ。凍れ。敵を貫け。


 どれほど複雑な術式であろうと、世界へ新たな答えを求めることに変わりはない。


 だが、この男は答えを書き足していない。


 僕の水が導いた正しい結果を、書かれる直前で一行だけ破り捨てたのだ。


 三千年、命じれば必ず従った水。


 三千年、同じ答えしか返さなかった世界。


 そのどちらもが今、目の前の男によって初めて形を崩された。


「……面白い」


 言葉が、勝手に零れた。


 胸の底から、冷たい泡が次々と浮かび上がってくる。悔しい。腹立たしい。仕組みを知りたい。もう一度見たい。


 それらが混ざり合って、じっとしていられない。


 知らないということが、これほど心を騒がせるものだとは思わなかった。


「もう一度試そう」


「その結論になると思ったよ!」


「次は速度と角度を変える。八千四百十六発を同時に消せたのなら、一万でも大差はないだろう?」


「ある! あと千五百回分くらい大差がある!」


 カイトが後ずさろうとして、右膝をついた。


 笑みが消える。


 片手を床につき、もう片方で腹を押さえた。喉の奥で息が詰まり、指先が自分のものではないように痙攣している。


 それでも僕と目が合うと、彼はすぐに口元を持ち上げた。


「いまので残り魔力はスライム一匹分だ!次は無理無理!」


「魔力量を魔物で数えるな。それに、君の魔力はほとんど空ではないか」


「見ただけで分かるのかよ」


「僕を誰だと思っている」


 しゃがみ込み、彼の顔を覗き込む。


 近くで見れば、唇からも色が失われていた。先ほどまで騒がしかった声も、少しずつ掠れている。


「代償があるのだな?」


「世界の決まりを破って、何も払わず帰れるほど世の中は甘くないらしい。魔力が空になって、全身が痛む。特に腹の中が、雑巾みたいに絞られる」


「最後だけ妙に具体的だ」


「現在進行形だからな」


「それだけか?」


 ほんの一瞬。


 返事より先に、カイトの指が外套の内側へ触れた。

 そこに何があるのか確かめるように胸元を押さえ、それから、いつもの軽い笑みを作る。


「それだけだ」


 嘘だ。


 水面のわずかな揺れさえ見逃さない僕に、その一拍を隠せると思っているらしい。


 追及してやってもよかった。けれど、今はまだ、この男が隠しているものまで暴く必要はない。


 別に、心配したわけではない。


「殺す気で撃ったのに、妙なところで手加減するんだな」


 カイトが柱の向こうへ目を向けた。


「手加減?」


「周りの柱は、一本も壊してない。俺の逃げ道は全部潰してたのに、守るべき場所は射線から外してる」


「当然だろう。守護者が、自分の聖域を壊してどうするのだ」


「怒ってても、守るものは間違えないんだな」


 カイトは感心したように笑った。


 その言葉が、胸の奥へ小さな熱を灯す。


 できないことを数える声なら、いくらでも知っている。


 けれど僕が壊さなかったものを、誰かに見つけられたのは初めてだった。


「この程度、守護龍なら当然だ」


 浮かびかけたものを見透かされないように、ことさら尊大に顎を上げる。


「やっぱり、本当に龍なんだな」


「先ほどから、僕はそう名乗っているだろう」


「いや、それは分かったんだけどさ」


 カイトの視線が、僕の角から、肩、細い腕、半ズボンの下の脚へと下りていく。


 嫌な予感がした。


 先ほどまで胸にあった熱が、急速に冷えていく。


「でも、なんでガキの姿のままなんだ?」


 音が、消えた。


 落下していた水晶の欠片が、氷床へ触れる寸前で止まる。


「龍なら、もっとでかい姿になったほうが戦いやすいんじゃ――」


 違う。


 僕は、この姿でいるのではない。


 胸の内側へ、細い氷柱を突き込まれた気がした。


 痛い、と思うより先に、知られた、という羞恥が全身を駆け上がる。


 胸の奥で生まれかけた興味も。


 この男へ抱きかけた、ほんの僅かな好意も。


 すべて凍りついた。


 龍にならないのではない。


 ――なれないのだ。


 三千年、一度だって。


「……黙れ」


「リル?」


「その名を、気安く呼ぶな!」


 自分の声が、ひどく遠くから聞こえた。


 ぴしり、と。


 僕の周囲を漂っていた水が、一滴残らず宙で凍りついた。


 しなやかに揺れていた水の帯は、無数の鋭い氷晶へと姿を変え、青白い光を抱いたまま静止する。


 遅れて、僕の身体から凄まじい冷気が溢れ出した。


 白い霜が氷床を奔り、水晶柱を一息に這い上がっていく。空気さえ凍りついたように重くなり、カイトの吐息が細かな氷粒となって足元へこぼれた。


 ぱき、ぱき、と柱が軋む。


 聖域のすべてが、僕の怒りに触れることを恐れるように、音を失っていく。


 千の水弾を前にしても消えなかったカイトの笑みが、初めて消えた。


 凍りついていく聖域とは裏腹に、僕の中で三千年閉じ込められていたものが、いま、音を立てて割れた。

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