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異邦人〜昭和歌謡の名曲にのせて送る恐ろしくて悲しい山姥の伝説

飛騨高山・荘川の六厩(むまや)に伝わる、女滝の山姥伝説。


雪深い山奥に潜み、旅人を襲うという恐ろしい山姥。


しかし、その山姥にも、かつて人として生きた日々がありました。


愛する者を救いたいという願いが、いつしか取り返しのつかない罪へと変わってしまう。


時は江戸時代。


飛騨郡代に仕える一人の乳母が、ある夜、忽然と姿を消しました。


それから20年。


山姥退治を命じられた若き役人が、吹雪の山奥で出会った一人の老婆。


温かな粥と味噌汁。


決して覗いてはならない部屋。


そして、20年の時を超えて明かされる真実。


飛騨に伝わる山姥伝説を題材に、母と子の愛情と宿命を描く物語です。


どうぞ最後までお付き合いください。

【ペルソナ】※想定時代=江戸時代中期〜後期(およそ1700年代〜1800年代前半)

・惟羽=いわ(31歳/49歳/CV:岩波あこ)=かつて高山陣屋(飛騨郡代屋敷)に仕え郡代の子供の乳母をつとめていた。病弱な郡代の娘を救うため、実の子(生駒)を置いてまで、六厩の山奥「女滝」近くに潜み、薬(生き肝)を探し求める山姥となった

・生駒=いこま(21歳/CV:岩波あこ)=惟羽が陣屋を去る際、やむを得ず高山に置いていった幼い息子。のちに剣術と才覚を認められ、飛騨郡代に仕える地役人となり山姥退治に向かう

・野良陰陽師(拝み屋)=(40歳/CV:日比野正裕)=乳母の惟羽をそそのかし、郡代の娘のために生肝を集めてくるよう密かに命ずる

・高山郡代=(CV:田中遼大)=親のいない生駒を重用し陣屋の有能な捕り方(役人)に育てる


【シーン1(プロローグ)/20年前(惟羽28歳)飛騨高山・郡代の屋敷にて】


▪️SE/虫の声


「え?陰陽師どの、いまなんと申されました?」


「しいっ、声が大きいぞ。乳母殿」


「は、はい・・・」


「乳母殿もわかっておろう。

御殿医どのも匙を投げた、姫様の病。

それを治す唯一の方法があると言うのじゃ」


「ま、まことにござりますか?」


「ああ。

だが、そう簡単ではない」


「と申しますと?」


「飛騨の国の雪深い山中にて、生肝(いきぎも)を集めねばならぬ」



「ひっ!

生肝・・・?」


「これより20年。毎年冬至の日に必ず生肝を捧げよ」


「捧げる・・・?どこへでございますか?」


「六厩の山深くにある女滝(めだき)じゃ」


「女滝・・・白川郷の・・」


「20年目の冬至。

20人目の生肝にて満願成就となろう。

さすれば娘の命も永らうはずじゃ」



「そんな・・・そんな・・・」


「無理に、とは言わぬ。

だが、郡代の姫様を憐れむ気持ちがあるのなら・・・」


「ああ・・・なんと恐ろしいことを・・・」



恐怖に震えていたのは、郡代に支える乳母の惟羽(いわ)。


ときは文化(ぶんか)12年(1815年)。

陣屋の奥向(おくむき)にて、姫様は不治の病に伏せっていた。

身も凍るような企てを持ちかけたのは、屋敷に出入りする陰陽師。

惟羽はその夜、書置きを残して、暗闇のなかへ姿を消したのである。


時代は流れ、20年後の天保(てんぽう)6年(1835年)。



【シーン2/20年後(生駒21歳)飛騨高山・郡代の屋敷にて】


▪️SE/鳥の声


「生駒(いこま)、表(おもて)をあげよ」


「はっ」


「親なき身でありながら、

お主(ぬし)をこの陣屋(じんや)の捕り方(とりかた)として召し抱えたのは

剣術(けんじゅつ)の腕と見事な才覚(さいかく)じゃ。

知っておろうの」


「ありがたきお言葉にございます」


「今日呼び出したのは他でもない。

知っての通り、飛騨の木材は、江戸の城や街を支える公儀(こうぎ)の至宝(しほう)。

して、六厩(むまや)周辺の街道は、我が領内の要所。

だが、近年その六厩の峠越えにて、

旅人や馬が、次々と行方不明になっておる」


「その噂、存じ上げております」


「噂ではない。

六厩の山奥、女滝(めだき)の近くに身を潜め、旅人を襲っては腹を裂く、

おぞましき『山姥(やまんば)』の所業じゃ」


「山姥、にございますか」


「いかにも。

これは公儀、つまり江戸幕府よりの密命(みつめい)である。

お主の腕前を見込んでの差配(さはい)じゃ。

極秘ゆえ、加勢(かせい)の者をつけることはできぬが・・・

見事山姥を討ちとってまいれ」


「はっ。加勢は無用。必ずや、妖魔を討ちとってまいります!」


「頼んだぞ」


まもなく冬至、という季節。

飛騨の国に、冬の訪れはどこよりも早い。

艮(うしとら)の連峰はすでに白く装いはじめている。

目指す六厩の山並みは、白銀に染まり峠道を閉ざしていた。

(※艮=北東の連邦は北アルプス、飛騨山脈)



【シーン3/六厩の峠道・女滝の近く】


▪️SE/吹雪の音


「くっ、一寸先(いっすんさき)すら見えぬか!

女滝も近いというのに・・・

このまま進んでも山姥討伐どころか、雪の中で行き倒れるだけだ」


真っ暗闇の峠道。

視界を遮る猛吹雪のなか。

行く手にぽつりと小さな灯火が見える。

あれは・・・杣小屋か・・・

かくなる上は、あそこで暖をとらせてもらおう。


▪️SE/囲炉裏の音


「こんな吹雪の日に、よくもまぁ六厩の峠を超えてきたものじゃ」


杣小屋の主(あるじ)は、意外にもおだやかな佇まいの老婆であった。


「山奥の荒れ果てた小屋ゆえ、ろくなお構いもできませぬが・・・

今、あったかい粥と汁をよそいますでな」


「かたじけない。

代わりに拙者に手伝えることがあれば、なんなりと申しつけてくだされ」


「滅相もない。ここはばば独りの住まいじゃでな。

何も必要はございませぬ。

そういえば・・・今宵は冬至じゃな・・・」


そう呟きながら、老婆は吹雪の音に耳を傾けた。


▪️SE/椀を置く音


「お口に合いますかねぇ。

干し葉(ひしば)とキノコを放り込んだだけの大汁(おおじる)やが」


老婆に礼を言って粥を口に運ぶ。


うむ?


なんだ?この違和感は?

頭の中になにか語りかけてくるような・・妙に優しい味だ・・・


「ちょうど味噌汁も用意しておったでな」


そう言って別の椀に味噌汁もよそった。

田舎味噌のいい香りが漂ってくる。


田舎味噌・・・?


いや、違う。これは・・・


地味噌ではない。米味噌・・・?

高山の町で食するような麹の香り・・・いや、それだけではない。

たまらなく懐かしい味・・・

なぜだ?


老婆はじっと私の顔を見つめている。


「ハッ!」(※思わず立ち上がりかける)


「どうされたのだ?」


「いや、なんでもない・・・ お口に合わなんだかな。

・・・おぬし、名はなんと申す?」


「名前か?なぜそんなことを・・」


「すまん、すまん。

自分の名前も忘れてしもうたからの。

どうも年を食って、もうろくしてきたようじゃ」


「それにしても、先の粥といい、この味噌汁といい、

美味い。五臓六腑に染み渡る」


「よかったの。

今宵は泊まっていくがよい」


「いや、そこまで甘えてしまっては申し訳ない・・・」


「さっきも言ったが、ここはばば独りじゃ。

遠慮は無用。

狭いが客人ひとり横になれるくらいの場所はあるでな」


「そうか・・・では、お言葉に甘えて」


「おお、おお。そうすればええ」


「かたじけない」


「ただな、ひとつだけ約束してくれ」


「なんだ?」


「一番奥の部屋だけは絶対に覗かんでくれ。

年をとっているとはいえ、ばばもおなご。

見苦しい寝姿を見られたくないでな」


「承知つかまつった」


「ほんじゃあ、ゆっくり休むがいい」



【シーン4/冬至の深夜/杣小屋にて】


▪️SE/隙間から聞こえる吹きこむ隙間風の音


そろそろ丑三つ時か・・・


だめだ。

さきほどのあの感覚が気になる。

どうにも胸騒ぎがして眠れぬ。


私は扉を開けて、吹雪の中、厠へ。

戻り道、奥の部屋から微かに灯りが漏れている。


なんだ?


まだ起きているのか。

なにやら作業でもしているのか。


小屋へ戻ると、足音を立てぬようにして奥の部屋へと近づいた。

仕切りの隙間から蝋燭の灯りが漏れてくる。

覗き込むと・・・老婆の姿は見えない。


私は好奇心にかられて思わず中へ入る。すると・・・


「うわっ!」


床に散らばっていたのは、おびただしい白骨の山。

大きな骨は馬と・・・その中に人骨が混ざっている。

これは・・・


「見たな」


振り返ると、後ろに老婆が立っていた。

髪を振り乱し、鬼のような形相になって、手には出刃包丁・・・


「あれほど入るなと頼んだのに・・・」


「おのれ!山姥!」


「どうして・・・」


「覚悟!」


▪️SE/剣が人を斬る音


「ぐふっ!」


はぁ、はぁ、はぁっ・・・

仕留めたか・・・南無阿弥陀仏。


▪️SE/お守り袋が落ちる音「チリン」


なんだ・・・?


老婆の袖からなにかが床に落ちた。

蝋燭の灯りに小さな袋が浮かび上がる。


これは・・・

一本杉白山神社(いっぽんすぎはくさんじんじゃ)の護符・・・!


私が肌身離さず持っている、母の形見。

どうして・・・

どうして山姥が、同じものを・・・


「天罰・・・じゃな・・・」


床に倒れた山姥が、虫の息で声を絞り出す。


「い・・こま・・・」


「なに?

なぜ私の名前を知っている!?」


「あんなに・・・好きやったのに・・・」


「なん・・だと・・・」


「粥も・・・味噌汁も・・・」


私は床に落ちたお守りを拾う。


間違いない。

私と同じ一本杉白山神社の護符。

陣屋の奥。

郡代の屋敷で働く者だけに許された、特別な護符。


まさか・・・まさか・・・

陰陽師から、母は20年前に亡くなった、と聞かされていたのに・・・


「母の味さえ忘れてしもう・・たん・・じゃな。

すべて・・・わしの業(ごう)が深いばかりに・・・

すまぬ・・・すまぬ・・・生駒・・・」


そんな・・・そんな・・・


母上!

母上!

母上〜!


私の腕の中で冷たくなっていく山姥・・

いや違う!山姥などではない!


20年ぶりに再会した母を抱えながら、

私はいつまでも叫び続けた。


吹雪はますます激しさを増していく。

いつ止むともしれず、小屋の扉を揺らし続けた。

まるで嗚咽しているように・・・



【シーン5(エピローグ)/夜明け前/杣小屋にて】


▪️SE/北風の音


一夜明けた明け方。

暁の空にいつしか吹雪は止み、北風だけが小屋を揺らしている。


郡代からは、山姥の首を持ってくるように言われていた。

結果として、

私は生まれて初めてお上(かみ)に逆らうことになるのだが・・・


母を丁寧に荼毘に伏した。

東雲の空へ昇っていく黒い煙。


私は空に向かって両手を伸ばす。

それはまるで、子供が母親を見上げて手を伸ばしているように・・・




♪子供たちが空に向かい 両手をひろげ

鳥や雲や夢までも

つかもうとしているその姿はきのうまでの何も知らない私

あなたにこの指が・・届くと信じていた

空と大地がふれ合う彼方

過去からの旅人を呼んでる道

あなたにとって私”

ただの通りすがり

ちょっとふり向いてみただけの異邦人


市場へ行く人の波に身体(からだ)を預け

石だたみの街角を

ゆらゆらとさまよう

祈りの声、ひずめの音

歌うようなざわめき

私を置きざりに

過ぎてゆく白い朝

時間旅行が心の傷を

なぜかしら埋めてゆく不思議な道

サヨナラだけの手紙

迷い続けて書き

あとは哀しみをもて余す異邦人

あとは哀しみをもて余す異邦人

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回の『異邦人』は、飛騨高山・荘川の六厩に伝わる山姥伝説を題材にした創作です。


恐ろしい山姥にも、かつては人を愛し、人のために生きた日々があったのかもしれません。


そんな想いから、この物語は生まれました。


母親の顔を忘れても、その声を忘れても、幼い頃に食べた料理の味だけは、心のどこかに残っている。


生駒が老婆の粥と味噌汁に感じた懐かしさは、遠い記憶の奥底に眠っていた母親との絆だったのでしょう。


しかし、その記憶が蘇ったときには、すべてが手遅れでした。


母親を討った剣を持つ手。


その手で、今度は母親を抱きしめる。


そして最後には、空へ向かって両手を伸ばす。


それは、母親に抱き上げてもらいたいと願う、幼い子供の姿だったのかもしれません。


母と子は、20年という歳月を隔てて再会しました。


しかし、互いの心が本当に通じ合ったのは、永遠の別れの瞬間でした。


人は時として、誰かを救おうとするあまり、別の誰かを傷つけてしまいます。


惟羽が犯した罪は決して消えません。


それでも、彼女が息子を愛していたという事実まで、消えてしまうわけではないと思います。


この物語を読み終えたとき、皆さんの心にはどのような想いが残ったでしょうか。


ヒダテン!では、飛騨高山の歴史や文化、伝説、そして人々の営みを題材に、さまざまな物語をお届けしています。


これからも、飛騨高山の物語をお楽しみいただければ幸いです。

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